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【先取りベストセラーランキング】見聞きしたことを決して忘れないメモリー・マンの大人気シリーズ! ブックレビューfromNY<第43回>

NY在住のジャーナリスト・佐藤則男が紹介する、アメリカのベストセラー事情と、注目の一作をピックアップするコラムの43回目。今回は、一度見聞きしたことを絶対に忘れない超記憶症候群のエイモス・デッカー(メモリー・マン)を主人公にしたシリーズの5作目を紹介します。

超記憶症候群の刑事

“Redemption”の著者、デイヴィッド・バルダッチはバージニア州出身のアメリカ人。バージニア大学のロースクールを出た後、9年間弁護士として働いた。その間に3年かけて処女作となる“Absolute Power”(邦題:『目撃』)を執筆、この小説は1996年に出版されると一躍、世界的ベストセラーとなり、1997年にはクリント・イーストウッドの制作・監督・主演で映画化されている。2015年9月、一度見聞きしたことを絶対に忘れない超記憶症候群(hyperthymesia)の刑事、エイモス・デッカーを主人公にしたシリーズ最初の小説 “Memory Man”を出版、ニューヨーク・タイムズのベストセラー第1位となった。そしてシリーズ5作目、最新作“Redemption”を今年4月に出版した。

主人公のエイモス・デッカーは大学時代フットボール選手として大活躍した。NFL[2]のプロ選手にスカウトされたが、デビュー戦で頭部を負傷、意識不明状態が長期間続き、意識が戻った時、シナスタジア(synesthesia:共感覚)[3]と呼ばれる特殊な知覚を持つようになり(例えば死体に遭遇すると、ブルーの色を感じる)、また超記憶症候群の症状を示すようになった。フットボールをあきらめ、故郷のオハイオ州バーリントンに戻ったデッカーは警官になった。シリーズの最初の小説”Memory Man”では、腕利きの刑事として活躍をしていたデッカーは最愛の妻と娘、そして妻の兄の3人を何者かによって殺され、その殺人犯の疑いまでかけられてしまった。のちに容疑は晴れたものの、家族を失った悲しみで、生きる希望を失くしてしまったデッカーは、刑事を辞め、私立探偵になった。そしてFBI特別捜査官のアレックス・ジェイミソンとコンビを組みFBIの仕事を手伝うようになっていった。

新米警察官の時、誤認逮捕?

“Redemption”は、家族を失ってから4年後、亡くなった娘モリーの14歳になるはずだった誕生日に、デッカーが花束を携え、妻キャシーとモリーの墓を訪れる場面から始まる。今はワシントンD.C.に住むデッカーは、故郷のバーリントンを訪れることも稀になったが、娘の誕生日の墓参りだけは、4年間欠かさなかった。デッカーから少し離れたところにひっそりと立っているのは、FBIの仕事上の相棒であり、私生活でも一緒に暮らしている12歳年下のアレックス・ジェイミソンだった。

人気のない墓地で、デッカーに近づいてくる一人の老人がいた。彼は、デッカーが新米警察官だった13年前、初めて殺人容疑で逮捕したメリル・ホーキンスだった。人の顔を絶対忘れないデッカーですら認識できないほど、不治の病にかかっているホーキンスの外見はすっかり変わっていた。ホーキンスはデッカーに、「自分は絶対に殺人を犯していない。自分はもうすぐ癌で死ぬ。死ぬ前に冤罪を晴らしてほしい」と訴えた。13年前の殺人事件とは、銀行員ドナルド・リチャーズの家で、ドナルドと2人の子供、リチャーズ家を訪れていたレストラン「アメリカン・グリル」の経営者で、リチャーズが貸し付け担当をしていたデイヴィッド・キャッツの4人が殺害された事件だ。妻のスーザン・リチャーズはPTAの友人たちと外食しており、犯行時に家にいなかったので無事だった。あらゆる状況証拠は、当時、癌で瀕死の状態の妻を抱え、失業中のメリル・ホーキンスが犯人であることを示していた。妻の鎮痛薬を買う金が必要なホーキンスが窃盗目的でリチャーズ家に忍び込んだものの、家に人がいたため、殺人を犯して逃げたという容疑だった。当初犯行を否認していたホーキンスも、最後には犯行を認め、終身刑の判決を受けた。刑務所に入っているはずのホーキンスだったが、不治の病を理由に最近出所したのだとデッカーに語った。そして、ホーキンスの話に戸惑っているデッカーに、もし自分の冤罪を晴らしてくれる気になったら、自分が泊まっているモーテル「レジデンス・イン」に会いに来てくれと言い残した。

次の日、デッカーは、ホーキンスを逮捕した時の相棒だったメアリー・ランカスター刑事の家を訪ねた。ランカスターはまだ現職の刑事だ。ホーキンスはランカスターにも会い来たという。そして彼女がホーキンスに、墓地に行けばデッカーに会えるだろうと教えたのだった。デッカーとランカスターはホーキンスが冤罪であった可能性があるかどうかを話し合った。ホーキンス以外の容疑者が全くいなかったことや、状況証拠、そして最後には自供したことを考え合わせると、冤罪の可能性は薄かった。しかしそれでも、いくつかの説明がつかない矛盾点があったことも確かだった。

デッカー、ランカスターそしてFBI捜査官のジェイミソンの3人は、ホーキンスに会いに「レジデンス・イン」に行った。そして彼の泊まっている14号室で、椅子に座った状態で額に銃弾を受けたホーキンスの死体を発見したのだった。

13年前の殺人事件の再捜査と迫りくる危険

ホーキンスが殺害されたことで、この殺人事件の捜査だけでなく、13年前の殺人事件を再捜査する必要があると感じたデッカーは、FBIの上司ロス・ボガートに電話し、しばらく警察の捜査に協力するためにバーリントンに留まる許可を願い出た。ボガートは、「とんでもない」と言い、直ちにジェイミソン共々FBIの仕事に復帰するよう命じた。デッカーはボガートの命令を無視し、FBIを解雇されることを覚悟でバーリントンに残る決意をした。しかしジェイミソンに対してはFBIの仕事に復帰するよう説得し、彼女は一人、ワシントンD.C.に戻っていった。バーリントンに残ったデッカーはホーキンス殺人事件の担当になったランカスター刑事とともに、ホーキンス殺人事件の捜査と、13年前の殺人事件の再捜査に着手した。

とりあえずデッカーとランカスターは13年前の事件の関係者たち、ホーキンスの国選弁護人だったケン・フィンガー、2人の未亡人のスーザン・リチャーズとレイチェル・キャッツ、そして、ホーキンスの娘ミッツィなどから当時の話を聞いて回った。バーリントン警察署内では、デッカーが捜査に協力することに関し、刑事部長のマッケンジー・ミラーは大歓迎だったが、警察署長のピーター・チルドレスは快く思わなかった。そこでチルドレスは、捜査途中でランカスター刑事がホーキンス殺人事件の担当を辞退しなければならなくなった時、代わりに昔からデッカーをライバル視していたブレイク・ナッティ刑事を新しい担当に就け、デッカーの捜査を妨害した。

デッカーは、バーリントンから車で2時間のオハイオ州トラメルに住んでいるホーキンスの娘のミッツィを訪ねた。今は名前も変え、結婚して裕福な暮らしをしている。その帰り道、運転していた車が、大型トラックに何度も追突された。破損し大爆発する直前に、間一髪で車から抜け出して命拾いをしたデッカーは、13年前の事件の再捜査を妨害しようとしている何者かの強い意思をひしひしと感じたのだった。この後、事件の関係者たちが次々と殺害されたり、瀕死の重傷を負うことになる。

●果たして13年前の事件で、ホーキンスは冤罪だったのか? 
 冤罪なら何者かによって犯人に仕立て上げられたのか?
●そうだとしたら、なぜ彼がハメられたのか?
 たまたまホーキンスだったのか? あるいはホーキンスである必要があったのか?

デッカーはついに、13年前の殺人事件の背景にある大きな組織にたどり着く。その組織の存在は、アメリカ国家を脅かすほどであり、ついには、デッカーのFBIの上司ボガートが、ジェイミソンを含めFBIのチームを率いてバーリントンに乗り込んでくるほどの事態になった。

そして、13年前の殺人事件の真相が解明されていく……。

デッカーを支える友人たち

この小説は、あたかも自分の頭の中に「クラウド」をもっているように、必要な情報をすぐに取り出せる超人的能力を持つ元警察官の物語だが、同時に、頭部の負傷による昏睡状態から目覚めた時、性格もすっかり変わってしまい、明るく社交的な性格から、内向的で自分の感情を表現することが苦手、円滑な人間関係を保つことができなくなった孤独な男の物語でもある。そんなデッカーを妻キャシーは明るく支えてくれた。職場(バーリントン警察署)では相棒のメアリー・ランカスターがデッカーのことを理解してくれた。だから、4年前に妻が殺されたことは、デッカーにとっては、生きる意欲がなくなるほどの衝撃だった。そして、刑事をも辞めてしまったので、ランカスターと一緒に働くこともできなくなった。

FBIで働くようになってからは、アレックス・ジェイミソンが公私ともにパートナーとなり、自分の殻の中にこもりがちなデッカーの支えとなった。しかし今回、彼女は一人FBIの仕事に戻らざるを得なかった。バーリントンで孤軍奮闘するデッカーを心配したジェイミソンは、自分の代わりに、デッカーの親友のメルヴィン・マースをワシントンD.C.から送り込んできた。デッカーとマースは大学フットボールではライバル大学のエース同士で、試合でいつも戦った間柄だった。そして、警察官を辞めてFBIで働き始めたデッカーが、死刑の判決を受け、テキサスの刑務所に服役していたマースの冤罪を晴らして以来、2人の信頼関係は続いている。

本作では、デッカーとランカスターの相棒関係が復活した。しかし、この関係は昔のようにはいかなかった。メアリー・ランカスターは、建設請負業の夫アールとの間に、知的障害を持つ娘がいた。刑事として忙しいメアリーに代わり、自営業の夫が娘サンディの面倒をよく見て、夫婦仲が良く見えたランカスターだったが、どうやら最近は問題があるようだ、とデッカーは気づく。そのことが、ランカスターがホーキンス殺人事件の担当を一時辞退することにつながる。普段は他人のことに深入りしないデッカーだったが、ランカスター夫婦のことは気になり、メアリーとアールの両方に、よく話し合うようアドバイスしたりもする。2人は話し合い、離婚の危機を脱した後、ランカスターはデッカーの良き相棒に復帰した。

4年たった今も家族の死のショックから完全に立ち直れていないデッカーだが、彼を理解しようとし、温かく支える友人たちに囲まれながら、超記憶症候群という「特技」を活かして事件を解決することで、自分の生きる意味を見つけ出そうとしているのだろう。

[2]ナショナル・フットボール・リーグ(National Football League、略称:NFL)は、アメリカ合衆国で最上位に位置するプロのアメリカン・フットボール・リーグ。
[3]シナスタジア(synesthesia:共感覚)は、ある刺激に対して通常の感覚だけでなく異なる種類の感覚をも生じさせる一部の人にみられる特殊な知覚現象を言う。 例えば、共感覚を持つ人には文字に色を感じたり、音に色を感じたり、形に味を感じたりする。 英語名 synesthesia は、ギリシア語で共同を意味する接頭辞 syn- と感覚を意味する aesthesis から名づけられた。

佐藤則男のプロフィール

早稲田大学卒。米コロンビア大学経営大学院卒(MBA取得)。1971年、朝日新聞英字紙Asahi Evening News入社。その後、TDK本社およびニューヨーク勤務。1983年、国際連合予算局に勤務し、のちに国連事務総長となるコフィ・アナン氏の下で働く。 1985年、ニューヨーク州法人Strategic Planners International, Inc.を設立し、日米企業の国際ビジネス・コンサルティングを長く手掛ける。この間もジャーナリズム活動を続け、ヘンリー・キッシンジャー元国務長官、ズビグニュー・ブレジンスキー元大統領補佐官らと親交を結ぶ。『文藝春秋』『SAPIO』などに寄稿し、9.11テロ、イラク戦争ほかアメリカ情勢、世界情勢をリポート。著書に『ニューヨークからのメール』『なぜヒラリー・クリントンを大統領にしないのか?』など。 佐藤則男ブログ、「New Yorkからの緊急リポート」もチェック!

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