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【先取りベストセラーランキング】アフリカ系オピニオンリーダーによる、奴隷をめぐる歴史小説 ブックレビューfromNY<第48回>

NY在住のジャーナリスト・佐藤則男が紹介する、アメリカのベストセラー事情と、注目の一作をピックアップするコラムの48回目。今回は、現代の人種問題について論じた記事で数々の賞を獲得してきたアフリカ系アメリカ人のエッセイスト兼ジャーナリスト、タナハシ・コーツの初めての小説を紹介します。

人種問題を論じる新進気鋭のエッセイスト・ジャーナリスト

タナハシ・コーツは1975年、米国メリーランド州ボルチモア生まれ。タナハシ(Ta-Nehisi)という珍しい名前は、古代アフリカ、ヌビア地域のエジプト語に由来していると言われている[2]。父は元ブラックパンサー党員[3]で黒人関連の本の出版社を経営していた。母は教員。名門黒人大学のハワード大学に入学したが中退。ジャーナリストとして「アトランティック」誌の記者や編集者、全米特派員を務めたほか、様々な雑誌や新聞に寄稿してきた。主に米国における現代の人種問題について論じた彼の記事は多くの人々に影響を与え、数々の賞を獲得してきた[4]。2014年、コーツはマッカーサー・フェローに選ばれ、「人並み外れた独創性、創造性探究への献身、顕著な自己実現能力」を発揮する人に贈られる奨学金[5]をうけた。彼はまた、コミック本のライターでもあり、マーベル・コミック社が発行する黒人ヒーローを主人公にした『ブラックパンサー』が代表作となる。

2008年、コーツは最初に出版した本(ノンフィクション)である『美しき闘争』“The Beautiful Struggle: A Father, Two Sons, and an Unlikely Road to Manhood”のなかで自分の生い立ちや父との関係を語り、このデビュー作は高く評価された。2015年に出版されたノンフィクション、『世界と僕のあいだに』“Between the World and Me” はベストセラーとなり、権威ある全米図書賞(National Book Award)を獲得した。

異母兄と川に落ちた天才少年

タナハシ・コーツは今秋、初めての小説を出版した。19世紀半ば、タバコ産業が斜陽化しつつあった頃のバージニア州のタバコ・プランテーションを舞台にしたこの小説は、ハイラムという奴隷の若者の「自分探し」の物語であり、アメリカ奴隷史上実在した奴隷解放のための地下活動「地下鉄道」(Underground Railroad) に触発された歴史小説である[6]。また、ハイラムが川など水の中を潜り抜け、人々を導いて瞬時に遠くへ移動することができる特殊能力を持つという、ファンタジー的要素もある。

ハイラムは奴隷の母から生まれた若者だが、父親はタバコ・プランテーションの所有者であるハウエル・ウォーカーだった。幼くして母ローズと別れ、テナという奴隷の老婆に育てられたハイラムは、見聞きしたことをすべて映像や画像として記憶する能力を持つ天才的な少年だった。しかし、不思議なことに母に関する記憶は一切なかった。ハイラムが9歳の時、母のローズは売られていったということを周りの人たちから聞かされて育った。13歳になった時、ハイラムは召使として父の住む邸宅で働くよう言われ、邸宅の地下に部屋を与えられた。しばらくして、異母兄メイナード(ハウエルと正妻の一人息子)の世話係をするよう父から言い渡され、その後7年間、メイナードの召使として、出来の悪い異母兄の面倒を見続けた。

物語は、ハイラムが御者をしていた馬車が、乗っていたメイナードもろとも橋からグース川に転落したところから始まる。激しい流れの中で、ハイラムは溺れそうになりながらブルーの光を見た。そして光の向こうに、頭に水瓶を載せて踊る美しい女性を見た時、自分が幼い時別れた母親だと思った。そして、ハイラムは父の邸宅のベッドで目覚め、メイナードは溺死したと聞かされた。

メイナードの婚約者コリン・クインは、跡取り息子を亡くし嘆き悲しむ年老いたハウエルをしばしば訪問し、やさしく慰めた。コリンは若くして両親を亡くし、広大なプランテーションを相続した裕福な女性だった。一方ハイラムは父親にとって、生き残った唯一の息子ではあったが、奴隷であることに変わりはなく、異母兄の代わりに父ハウエルの世話をするようになった。

「地下組織」をめぐる伝説の真相

その頃、タバコ・プランテーションで働かされている奴隷たちの間で、まことしやかの伝えられている「伝説」が2つあった。1つは、アフリカから奴隷として連れてこられたハイラムの祖母が、ある夜、48人の奴隷を引き連れてグース川を溺れることなく渡り切って対岸に到達し、全員無事にアフリカに帰ったという伝説。その時、祖母はハイラムの母ローズは連れて行かなかったという。もう1つは、奴隷を逃がす秘密地下組織があり、元奴隷で、自由を買い取って今は自由人となったジョージ・パークスが、どうやらこの地下組織と関係があるらしいというものだった。

この時代、タバコ産業は斜陽化しつつあり、バージニア州のタバコ・プランテーションはその影響を受けて経営が苦しくなっていた。ウォーカー家のプランテーションも例外ではなく、経済的に困難な状態が続き、奴隷たちの労働環境が劣悪になるだけでなく、若くて高く売れそうな奴隷から次々と売りに出されるようになっていた。それまでは奴隷同士で結婚し、家族を作っていた黒人たちは、親子、兄弟が離れ離れに売られ、家族が崩壊していった。ハイラムは、父の弟のナサニエル・ウォーカーの愛人をさせられていた奴隷のソフィアから一緒に逃げてくれと頼まれた。そして、ソフィアの意志の強さに押し切られるように、ハイラムは、秘密地下組織に繋がっているという噂のあるジョージ・パークスにソフィアと自分の逃亡を助けてくれるように頼んだ。そして、ある深夜、森の中のジョージが指定した場所に行くと、待っていたのは「猟犬」と呼ばれていた逃亡黒人狩りの白人たちだった。「伝説」とは裏腹に、ジョージは地下組織ではなく「猟犬」に繋がっていた。捕らわれたハイラムとソフィアは黒人専用の牢獄に入れられ、離れ離れにされた。

ハイラムは、異母兄の婚約者だったコリン・クインに助けられ、彼女の邸宅でかくまわれた。コリンはなんと「地下組織」(the Underground)のこの地域の責任者だった。メイナードの婚約者になったことも、メイナード亡き後、彼の父親のハウエル・ウォーカーに親切にしたのも、「地下組織」活動を隠すための仮の姿だった。そして、コリンと彼女のグループの助けで、ハイラムは自由都市のフィラデルフィアに逃れ、その地で黒人解放活動の協力者となった。

「モーゼ」と呼ばれた「地下組織」リーダー

ハイラムは、「地下組織」のメンバーが「モーゼ」と呼び敬愛しているリーダーのハリエットと会った。彼女は杖を突いた足の不自由な小柄な黒人女性だった。しかし、旧約聖書で、虐げられたユダヤの民衆を引き連れて海を割ってエジプトから脱出したというモーゼの「出エジプト」を彷彿させるような特殊能力を持っていた。彼女は人々を導いて、モーゼのように水に濡れることなく川を渡り、対岸のどこにでも瞬時に移動することができた。彼女はこの特殊能力を「コンダクション」(conduction)と呼んだ。そして、ハイラムにはまだ完璧ではないものの、この「コンダクション」能力の片鱗が見られると言った。彼がグース川に馬車ごと落ちた時、青い光と母の姿を見て溺れることなく岸にたどり着いたのは、この能力のおかげに違いないと言った。そして、ハイラムの祖母が黒人たちを導いてグース川を渡って逃げたという伝説は、彼女が「コンダクション」能力の持ち主だったことを示唆し、その能力をハイラムが引き継いでいるのだろうとも言った。

「コンダクション」を起こすためには、完璧な記憶力が必要だった。過去の人々を思い出し、その人々の姿を目の前に再現するエネルギーによって、川の中を水に濡れることなく移動できる。ハイラムの場合、母に関する記憶が完全に甦らない限り、「コンダクション」能力を完璧に身につけることは不可能だった。

フィラデルフィアでは、「地下組織」の仲間たちとともに、黒人救出活動を精力的に行っていたハイラムだったが、離れ離れになってしまったソフィアや、自分を育ててくれた年老いたテナのことは常に気にかかっていた。そしてこの2人を助け出すために、再びバージニア州に戻ることを決意した。

ついに覚醒した特殊能力

ハイラムは、コリン・クインの奴隷という触れ込みでバージニア州に戻った。そして、年老いたハウエル・ウォーカーのたっての願いで、コリンはハイラムをウォーカー家に「貸し出す」ことを了解した。執事としてハウエルの右腕になり、邸宅の仕事だけでなくプランテーション経営全般を代行する立場になったハイラムは、昔のいろいろな文書を見て、かつて父が母に行った仕打ちを知ることとなった。そして、書斎の引き出しの奥深くに隠されていた、母が別れる際に自分に手渡したはずの貝殻のネックレスを発見した時、母に関するすべての記憶が甦った。

ハイラムは自分が完全に「コンダクション」能力を得たことを確信し、ソフィアと幼い女の子(ハイラムが不在中に生まれた)、そして年老いたテナを連れて、グース川を渡ってフィラデルフィアに脱出することを決意した……。

この物語はthe Quality と呼ばれる白人のプランテーション所有者、the Tasked と呼ばれる黒人奴隷、そしてLowと呼ばれた白人でありながら貧しい人々、という3重の社会構造を持った19世紀のバージニア州を舞台にしている。プランテーション所有者の手足となって黒人奴隷を管理、監督した白人や、「猟犬」と呼ばれた逃亡奴隷捕獲に携わった白人は、すべてLowで、彼らが奴隷たちから一番恐れられていた。そのような社会構造の中で、the Qualityの父親とthe Taskedの母親から生まれたハイラムは、そのあいまいな社会的立場に翻弄されながらも、「地下組織」の力を借りて、次第に自分を確立していった。

再び故郷を脱出したハイラムは、ソフィアと女の子、そしてテナを連れてフィラデルフィアに戻ることになるのか? この物語は、意外な、しかし納得の結末を迎えることになるが、それは読んでのお楽しみに。

[2]https://www.britannica.com/biography/Ta-Nehisi-Coates
[3]ブラックパンサー党は1960年代後半から1970年代にかけてアメリカで黒人民族主義運動・黒人解放闘争を展開していた急進的な政治組織。
[4]2013 & 2015 National Magazine Awards, PEN/Diamonstein-Spielvogel Awardなど。(https://www.britannica.com/biography/Ta-Nehisi-Coates)
[5]https://www.macfound.org/programs/fellows/
[6]2016年10月のこのコラムでは、やはり歴史上の奴隷解放地下活動「地下鉄道」に触発されたコルソン・ホワイトヘッドの小説‟The Underground Railroad”を紹介している。

佐藤則男のプロフィール

早稲田大学卒。米コロンビア大学経営大学院卒(MBA取得)。1971年、朝日新聞英字紙Asahi Evening News入社。その後、TDK本社およびニューヨーク勤務。1983年、国際連合予算局に勤務し、のちに国連事務総長となるコフィ・アナン氏の下で働く。 1985年、ニューヨーク州法人Strategic Planners International, Inc.を設立し、日米企業の国際ビジネス・コンサルティングを長く手掛ける。この間もジャーナリズム活動を続け、ヘンリー・キッシンジャー元国務長官、ズビグニュー・ブレジンスキー元大統領補佐官らと親交を結ぶ。『文藝春秋』『SAPIO』などに寄稿し、9.11テロ、イラク戦争ほかアメリカ情勢、世界情勢をリポート。著書に『ニューヨークからのメール』『なぜヒラリー・クリントンを大統領にしないのか?』など。 佐藤則男ブログ、「New Yorkからの緊急リポート」もチェック!

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