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【先取りベストセラーランキング】アメリカにおけるイマドキの仕事と恋の人種格差事情 ブックレビューfromNY<第52回>

NY在住のジャーナリスト・佐藤則男が紹介する、アメリカのベストセラー事情と、注目の一作をピックアップするコラムの52回目。今回は、現代アメリカ社会の複雑な人種格差を描いた小説を紹介します。

誘拐犯に間違えられた黒人女性ベビーシッター

2015年9月のある土曜日深夜近く、25歳の黒人女性エミラ・タッカーは、ベビーシッターをしている白人の2歳の女の子ブライアーを連れてフィラデルフィア市の裕福な地区の高級スーパーマーケットで買い物をしていたところ、店の警備員に女の子を誘拐しようとしていると誤解され、拘束されそうになった。白人女性の買い物客が、エミラとブライアーを見て、警備員に通報したためだった。警備員はエミラの釈明に聞く耳を持たず、白人女性客の主張を鵜呑みにしたのだ。ただしこの件は、エミラが雇い主のチェンバレン氏に電話し、彼が店まで駆けつけて警備員に強く抗議をしたことで一件落着した。

メリーランド州で養蜂家の父、製本技術者の母、全国ラテ・コンクールで2位になった腕前を持つバリスタの弟、腕の良い縫子として働く妹という、職人一家の長女であるエミラは、一家で初めて4年制大学に進学した。父の養蜂場では多くの耳の聞こえない従業員が働いていたため、エミラは小さい時から従業員たちと手話で会話をしていた。フィラデルフィアのテンプル大学では手話を学問的に学びたかったが、そのような講座はなく、英文学を勉強した。4年生の時、大学から頼まれ、耳の聞こえない学生のために講義を聞いて速記するアルバイトをした。エミラは人が話すことを聞きながら1分間に120字を正確にタイプする腕前を持っていた。しかし大学卒業後、フルタイムの仕事が見つからず、とりあえずフィラデルフィアの会社で火曜と木曜日、パートタイムの速記の仕事を見つけた。同時にベビーシッターを掛け持ちすることで、何とかフィラデルフィアで自活していた。しかし、手に職を持ち、着実な生き方をしている両親や弟妹と自分を比べ、さらに自分に対する両親の期待を考えた時、現状をふがいないと感じるエミラだった。

誘拐犯と間違えられ、店の警備員から受けた不当な扱いはショックだったが、それ以上に、自分がもし定職についていたなら、例えば正規採用の保育士であったなら、自信を持って警備員とも応対できただろうと思った。アルバイトのベビーシッターであるという自信のなさが自分の態度に現れ、警備員の疑いを深めたのではなかったかと、自分を責める気持ちが強かった。謝罪する警備員や、家に帰るためのカーサービスを手配するチェンバレン氏を振り切るようにして店を出たエミラは、路上でケリーと名乗る若い白人男性に呼び止められた。彼はこの出来事を店で目撃し、一部始終を携帯で録画したというのだった。彼は警備員のエミラに対する対応は非常に不当なものだったと言い、この録画をインターネットに流すことも、テレビ局に持ち込むことも、またスーパーマーケットや警備員を訴えるために使うこともできるが、どうしたいか? とエミラに聞いた。定職にもつかず、誘拐犯に間違えられるような自分の姿を両親には絶対に見られたくないと思い、エミラはケリーに録画を消してくれと頼んだ。ケリーは、この録画を使う権利はエミラにあるのだからよく考えて、消したければ自分で消すように言い、まずこの録画をエミラの携帯に送り、その後エミラの見ている前で自身の携帯から録画を消去した。

SNSを駆使した起業家、ブロガー、インフルエンサー

アリックスは大学時代、マーケティング専攻で、学生新聞で商品のレビュー記事を書いていた。いろいろな会社から商品をサンプルとして送ってもらうために、4年間に100通余りの手紙を書き、断られたことはほとんどなかった。4年生の時に学生新聞を辞めてからは、商品の写真とレビューを自分のブログに載せるようになった。そして次第に、彼女のブログはフォロワーが増えていった。

大学卒業後、アリックスはNY市立大学ハンター・カレッジの入学願書受付事務所で働いたが、ある日、高校教師をしている友人から、大学入学願書のカバーレターの書き方を教えるワークショップを開くよう頼まれた。そのワークショップの受講生の1人が、インスタグラムで36,000人のフォロワーを持つ17歳の高校生ルーシーだった。彼女はアリックスから個人指導でカバーレターとエッセイの書き方を教わり、カリフォルニア大学など有名大学から次々と合格通知を受け取った。ルーシーは、アリックスから指導を受けている場面、大学からの合格通知、アリックスへの感謝のメッセージなどをインスタグラムで発信した。そして一夜にしてアリックスの名前は人々に知れわたり、彼女自身が「ブランド」となった。29歳になったその年、アリックスはハンター・カレッジを辞め、起業した。大学入学のためのカバーレターやインタビューの受け方のワークショップを次々と開催し、働く女性のための文房具のデザインに関わったりもした。商品レビューの発信も精力的に行い、インフルエンサーとしても知られるようになった。次第に、ビジネス関連のパネリストやスピーカーとしても引っ張りだこになっていった。25歳の時、8歳年上のジャーナリストで、テレビのアンカーマン、ピーター・チェンバレンと結婚して、マンハッタンに住んだ。

アリックス・チェンバレンは時代の先端を行く女性として名前が売れ始めた頃、長女を妊娠した。出産後は赤ん坊のブライアーとベビーシッターを連れて、講演会やパネルディスカッションなどに出かけた。ネット上に掲載された仕事中に授乳しているアリックスの写真は、子供を持つ働く女性の美しい姿として非常に好意的に受け止められ、さらに数千人フォロワーが増えた。そんな絶好調の時、夫ピーターにフィラデルフィアのテレビ局からアンカーマンの仕事が舞い込んだ。ニューヨーク郊外のテレビ局で働いていたピーターは、全国ネットワークのアンカーマンとなる夢など捨てていた。フィラデルフィアの話は、ピーターにとって非常に魅力的だった。この時、アリックスは2人目の子供を妊娠していた。チェンバレン家は、マンハッタンとしては広めのアパートメントに住んでいたが、ここはアリックスの事務所も兼ねていて、アシスタントやインターン4人が働いていたから、家族4人が住むにはスペース的にきつかった。フィラデルフィアならもっと広い家に住めるし、アリックスの事務所スペースもゆったり取れる。ブログやインスタグラムでの発信はどこからでもできるし、マンハッタンに用事があれば、日帰りで往復できる。アリックスとしても引っ越しに反対する理由はなかった。そして、一家がフィラデルフィアに引っ越してすぐに次女のキャサリンが生まれ、アリックスは主に長女のブライアーの面倒を見るために、エミラをベビーシッターとして雇ったのだった。

エミラの新しい彼氏はアリックスの元カレ

エミラはブライアーをとてもかわいがった。ベビーシッターとしての報酬も悪くなかったし、チェンバレン夫妻は、とても良い雇い主だった。しかし、スーパーマーケットでの出来事以来、定職につかなければならないという気持ちは強まるばかりだった。一方でアリックスは、フィラデルフィアに引っ越してからは、講演などで外に出る仕事がほとんどなくなっていた。引っ越しの直前に本を出版することが決まり、ニューヨークの編集者からは、原稿を早く送るようにと催促されているが、なかなか集中して書けない。そして、エミラの気持ちを察したのか、エミラを失ったら自分は仕事ができなくなると心配するようになっていった。 エミラと高級ワインを飲んだりして、「雇い主とベビーシッター」以上の関係を築こうと躍起になった。

そんな時、エミラは仕事帰りの電車の中で、スーパーマーケットでの出来事の顛末を録画した白人青年ケリーと偶然再会した。そして、2人は時々会うようになった。エミラが親しい女友達3人とバーで飲んでいると、ケリーは友達と合流したりした。ケリーの友達は全員黒人だった。

エミラと親しく話をするようになったアリックスは、エミラのプライベートも知りたがり、エミラに彼氏ができたことを知ると、会ってみたいと思った。そして、感謝祭のディナーにエミラと彼氏を招待した。当日、エミラを出迎えたアリックスは、ケリーを見て一瞬フリーズ、一方ケリーのほうは、驚いて「アレックス?」とつぶやいた。アリックスは、高校時代は「アレックス」と名乗って、ペンシルベニア州アレンタウンに住んでいた。ケリーとは同じ高校に通い、付き合っていた。しかし、2000年4月のある日、2人は別れた。

ディナーの後、エミラは、アリックスとケリーの板挟み状態となった。アリックスは、ケリーはある日突然、「もう二度と会わない」と言って自分を捨てたひどい男だとエミラに言い、ケリーとは別れたほうが良いとアドバイスした。ケリーは、アレックス(アリックス)のせいで、黒人の親友ロビーは警察に捕まったとエミラに話し、彼女は黒人に親切そうにしながら、本心は黒人差別主義者だから、早くチェンバレン家のベビーシッターを辞めるべきだと言った。

動画の流出

そんなことがあったとはいえ、エミラはケリーと相変わらず付き合っていたし、ベビーシッターの仕事も続けていた。そんな時、スーパーマーケットでの出来事の動画が突然インターネット上に流出した。エミラは驚き、動揺した。当然、ケリーが動画流出の犯人だと疑われた。

アリックスは夫ピーターの働くテレビ局を巻き込み、この動画をステップにして、自分自身を再び売り出そうと画策した。12月の土曜日の朝、テレビ局のカメラ・クルーとピーターの同僚のアンカーウーマンがチェンバレン家を訪れ、スーパーマーケットでの出来事についてアリックスやエミラにインタビューをし、ピーターの番組で生中継された。

⚫︎ 果たして、このインタビュー中継はアリックスの「シナリオ」通りに進むのか?
⚫︎ テレビ中継が決まる少し前、エミラはアリックスからフルタイムの保育士(Nanny)として雇いたいと言われていたが、この申し出を受けるのか?
⚫︎ そもそも誰が動画流出の犯人か?
⚫︎ 高校時代、アレックス(アリックス)とケリーの間で本当は何があったのか?

裕福な白人女性のアリックスは、自分は黒人差別などしないと思っているが、高校時代、自分を捨てた白人のケリーがいつも黒人の友達と一緒にいて、今も黒人のエミラと付き合っていることに怒りを感じていた。そしてケリーはというと、今も友達は黒人ばかりで、付き合う女性も、アレックス(アリックス)と別れてからは黒人ばかりだ。アリックスによれば、ケリーは黒人に媚を売る「逆人種差別主義者」(opposite racist)だ。一方エミラは、ケリーに好感を抱いているが、両親が白人の彼を受け入れるかどうか、あまり自信がなかった――。現代アメリカ社会の人種格差事情はなかなか複雑だ。

著者カイリー・リードは1987年ロサンゼルス生まれ。アイオワ大学のアイオワ作家ワークショップで修士号(MFA)を取得している。“Such a Fun Age”は小説として処女作となる。

佐藤則男のプロフィール

早稲田大学卒。米コロンビア大学経営大学院卒(MBA取得)。1971年、朝日新聞英字紙Asahi Evening News入社。その後、TDK本社およびニューヨーク勤務。1983年、国際連合予算局に勤務し、のちに国連事務総長となるコフィ・アナン氏の下で働く。 1985年、ニューヨーク州法人Strategic Planners International, Inc.を設立し、日米企業の国際ビジネス・コンサルティングを長く手掛ける。この間もジャーナリズム活動を続け、ヘンリー・キッシンジャー元国務長官、ズビグニュー・ブレジンスキー元大統領補佐官らと親交を結ぶ。『文藝春秋』『SAPIO』などに寄稿し、9.11テロ、イラク戦争ほかアメリカ情勢、世界情勢をリポート。著書に『ニューヨークからのメール』『なぜヒラリー・クリントンを大統領にしないのか?』など。 佐藤則男ブログ、「New Yorkからの緊急リポート」もチェック!

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