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【先取りベストセラーランキング】アメリカのスーパーリッチな人生と恋 ブックレビューfromNY<第57回>

NY在住のジャーナリスト・佐藤則男が紹介する、アメリカのベストセラー事情と、注目の一作をピックアップするコラムの57回目。父方のWASPと母方の中国系の異なった2つの文化のはざまで揺れ動く、若い女性のスーパーリッチな人生と恋の行方を描いた話題作を紹介します。

眺めのいい部屋

Sex and Vanityの著者ケビン・クワンはシンガポール生まれのアメリカ人で、11歳の時に両親とともに米国に移住した。2013年に出版した小説Crazy Rich Asians(邦題:クレージー・リッチ・アジアンズ)は、シンガポールを中心にアジアに住むスーパーリッチな中国人たちが登場するラブ・ストーリーで、たちまち世界的なベストセラーとなった。そして2018年、同名で映画化され(映画の邦題:クレージー・リッチ!)、アジア人中心の映画はヒットしない、というハリウッドの常識を覆して大ヒットした。同じ年、クワンのこの小説は続編2作品とともに、印刷・電子書籍を含め再び大ベストセラーとなった[4]。彼はタイム誌によって2018年の「世界で一番影響力のある100人」の一人に選ばれた[5]

クワンの最新作Sex and Vanityは、ニューヨークに住む19歳の主人公ルーシー・タン・チャーチルが6歳年上の幼友達のイザベル(イシー)・チューの結婚式に参列するため、2013年7月、カプリ島を訪れたところから始まる。医者として忙しい母親に代わってルーシーに付き添ったのは従姉のシャーロット(44歳)だった。2人がカプリのホテルにチェックインする時、一悶着起きる。海の見える眺めのいい部屋を予約していたはずが、裏通りに面した部屋に案内されたことが原因だった。シャーロットはフロントに強く抗議したが、満室で海の見える部屋は一つも空いていないと冷たくあしらわれた。その時、たまたまロビーにいた中国人女性が、シャーロットとフロントとの押し問答を聞き付け、自分と息子の泊まっている海の見える眺めのいい部屋とシャーロットとルーシーの部屋を交換してもよいと申し出た。自分たちは毎年カプリに来ていて景色を見慣れているので、初めてカプリを訪れた人こそ、ぜひ眺めのいい部屋に滞在してほしいと言った。ローズマリーと名乗るその女性は、息子のジョージとともにルーシーたちと同じ結婚式に出席するためカプリに来ていた。あまりに思いがけない、そして親切ながらもやや押しつけがましい申し出に、シャーロットはとても受けるわけにはいかないと断ったが、最終的には、ローズマリーの言い分がとおり、ルーシーとシャーロットはそれぞれ眺めのいい部屋にチェックインした。ルーシーとジョージの最初の出会いだった。

E.M.フォースターの1908年に出版されたA Room with a View(邦題:眺めのいい部屋)を読んだことのある、あるいは1986年の同名の映画を見たことのある人は、クワンのこの小説を読んで、フォースターを思い出すだろう。フォースターの作品では、舞台はカプリではなくフィレンツェ、主人公とその従姉がアメリカ人ではなくイギリス人、部屋の交換を申し出た親子が中国人の母子ではなくイギリス人の父子という違いはあるものの、主人公と従姉の名前が同じルーシーとシャーロット、部屋の交換を申し出た親子の息子の名前がジョージ、そしてストーリー展開も同じように進み、似たようなキャラクターが何人も登場する。インタビュー記事の中でクワンは、フォースターのこの作品が大好きだったので、いつか自分なりの設定で書いてみたかったと語っている[6]

WASPの父とABCの母の間に生まれたルーシーは、8歳の時に父が心臓発作で急死して以来、自分をWASPの世界にはめ込もうと努力してきた。父親似で白人にしか見えない弟のフレディと違い、母親譲りの黒い髪の毛、黒い目を持つ愛くるしいルーシーは、父方の祖母から「中国人形」(China Doll)と呼ばれ、白人の親戚の中で、自分の外見がほかの人と違うということを常に心のどこかで意識してきた。父の姉の娘である典型的WASPの従姉シャーロットと一緒にいると、最初はだれもが2人を親戚同士だとは思わなかった。ルーシーには、中国系の女友達がイシーも含め何人かいたが、取り巻きの男友達はいつも白人ばかりだったので、中国人のジョージに最初から強く惹かれる自分に戸惑い、反発しながら魅了される気持ちを持て余してしまった。しかし、結婚式の夜に起こったバツの悪い出来事のため、突然ルーシーとシャーロットは予定を切り上げ、ジョージやほかの招待客に別れの挨拶もせず、カプリを去った。そして、次第にルーシーにとってジョージは、束の間に会った過去の男性にすぎなくなっていった。

避暑地イーストハンプトンでの再会

2018年、2年前にブラウン大学[7]を卒業したルーシーは、マンハッタンで新進気鋭の美術コンサルタントとして働いていた。5年間付き合っていた金持ちの白人セシル・パイクとつい最近婚約したばかりだった。チャーチル家はイーストハンプトン[8]に別荘を持っていて、代々直系の男性によって相続されてきた。今はルーシーの弟フレディが所有しているが、夏のシーズン中は、フレディだけでなく、ルーシーやフィアンセのセシル、母のマリアン・チャーチルもこの別荘で休暇を過ごしている。時々従姉のシャーロットも遊びにきたりする。

そしてある日、ルーシーはイーストハンプトンで、ジョージとまさかの再会をしてしまった。カリフォルニア大学バークレー校で建築を勉強したジョージは、マンハッタンの建築事務所で働くことになり、母のローズマリーと一緒に最近ニューヨークにやってきた。ローズマリーは夏の間は暑苦しいマンハッタンには住みたくないと、イーストハンプトンの別荘を借りたのだった。週末に母ローズマリーを訪ねてきたジョージに、ルーシーはばったり会った。5年前のカプリでの複雑な気持ちについて、母や弟は知る由もなかったし、カプリでルーシーに会っていたローズマリーさえ気付いてはいなかった。イーストハンプトンで近所になった母親同士のローズマリーとマリアンは意気投合、ジョージと弟のフレディも気の合う遊び友達になってしまった。料理好きのローズマリーの影響で、今までほとんど中華料理を作らなかったマリアンもローズマリーと一緒に料理をし、中華料理の食事会が、両家合同で、しばしば開かれるようになった。ルーシーはジョージと会う機会が増え、ルーシーのジョージに対する複雑な気持ちは再び抑えきれなくなっていくのだった。シャーロットだけが、そんなルーシーの気持ちに気付き、心配するのだった。

ジョージに対する気持ちが強まるに従い、ルーシーは、フィアンセのセシルに対して価値観の違いなど、感覚的なズレを感じるようになり、そんな自分に狼狽する。 父の死後、父方の祖母の強い影響で、ルーシーは自分の中の中国的な部分をなるべく切り捨て、無視し、WASPとしての自分を確立しようと無意識のうちに努力してきた。母マリアンもそんなルーシーを応援するかのように自分の中国的な面を見せないようにしてきた。しかし、ローズマリーの強烈な影響力もあり、マリアンは次第に自然体で中国的な面を出すようになり、ルーシーも自分の中にある中国人としてのアイデンティティに目覚めていった。

自分の中にある2つの全く違ったアイデンティティのはざまで、自分自身をどうコントロールしてよいかわからなくなっていったルーシーは、果たしてどのような決断をし、行動をとるのか……。

再び、クレージー・リッチな世界

『クレージー・リッチ・アジアンズ』でアジアの中国財閥のスーパーリッチな世界を描いた著者ケビン・クワンは、この最新作に再びスーパーリッチな人びとを登場させている。アメリカのオールド・マネーの代表であるWASPは、今ではスーパーがつくほど金持ちというほどではない。しかし、テキサス出身のルーシーのフィアンセは、父親が一代で財を成し、父が死んだ後、未亡人の母ルネ・パイクが夫の遺産すべてを投資に回して、今や世界的投資家としてデザイナーズブランドを身にまとい、プライベート・ジェットで世界中を飛び回っているニュー・マネーの代表だ。そして、オールド・マネーとニュー・マネーが婚姻によって結びつくというこの婚約を非常に重要視したルーシーの祖母は、五番街に先祖代々所有するアパートメントでルーシーの婚約祝いのレセプションを開いた。このビルは、各階に1戸しかなく、ほとんどの住民はメイフラワーの子孫[9]だと言われ、先祖代々アパートメントを相続してきた。このビルのアパートメントは決して不動産市場に出ることはなく、いくらお金を積んでも買うことはできないと言われている。世界的投資家として、世界中の王侯貴族や富豪、政府高官とクールに渡り合っているルネ・パイクが、この婚約レセプションでルーシーの祖母をはじめ、チャーチル家の人びとと初めて会うことになり、緊張しまくっている様子が描かれている。

カリブでの結婚式もクレージー・リッチな人たちの集まりだった。式を挙げたルーシーの幼友達イシーの父親は台湾の財閥出身の外交官、イシーの結婚相手は彼女のブラウン大学時代の同級生で、イタリアの男爵の息子だ。イシーの父は一人娘とイタリア貴族との結婚式の費用に糸目をつけず、6日間にわたるウェディング関連行事は贅を尽くしたものだった。結婚式には、フィリピンの7000余りある島のうち5000を所有しているという老姉妹、マレーシアの女性スルタン(Sultanah)なども招待されていた。ローズマリーはイシーの母親の従妹で、今は未亡人となっているが、夫は香港財閥の家系――といった具合で、イタリアでクレージー・リッチ・アジアンズの世界が繰り広げられている。

この小説が発行された僅か1週間後には、すでにソニー・ピクチャーズ・エンタテインメントとSKグローバル[10]が映画上映権を買い取っている。クワンはプロデューサーとして映画製作に参加する予定だ[11]

 

[4]Crazy Rich Asiansはニューヨークタイムズ・ベストセラーリストの「印刷・電子書籍フィクション部門」で2018年9月、3週続けて第1位にランクされた。
[5]https://www.kevinkwanbooks.com/#about-page
[6]https://www.npr.org/2020/06/28/883876810/kevin-kwans-new-sex-and-vanity-is-a-summer-romp-with-a-satirical-sting (Author Interviews:Kevin Kwan’s New ‘Sex And Vanity’ Is A Summer Romp With A Satirical Sting)
[7]米国ロードアイランド州プロビデンス市に本部を置く、イギリス植民地時代(1764年)に設立された私立大学。アイビー・リーグ校の一つ。
[8]イーストハンプトンは、ニューヨーク州サフォーク郡南東部、ロングアイランドの南側の大西洋に面した海岸(South Shore)の東端に位置する。ニューヨーカーにとって最も人気の夏の避暑地、別荘地として知られている。
[9]1620年、イギリス船メイフラワー号は、イギリスからの最初の入植者を乗せて今のマサチューセッツ州プリマスの地に到着した。先祖がメイフラワーに乗っていたということはアメリカでもっとも古い家柄という意味。
[10]SKグローバルは2018年の映画Crazy Rich Asiansのプロダクション会社
[11]https://www.townandcountrymag.com/leisure/arts-and-culture/a33380851/sex-and-vanity-kevin-kwan-movie/ (Crazy Rich Asians Author Kevin Kwan’s New Book, Sex and Vanity, to Become a Movie)

佐藤則男のプロフィール

早稲田大学卒。米コロンビア大学経営大学院卒(MBA取得)。1971年、朝日新聞英字紙Asahi Evening News入社。その後、TDK本社およびニューヨーク勤務。1983年、国際連合予算局に勤務し、のちに国連事務総長となるコフィ・アナン氏の下で働く。 1985年、ニューヨーク州法人Strategic Planners International, Inc.を設立し、日米企業の国際ビジネス・コンサルティングを長く手掛ける。この間もジャーナリズム活動を続け、ヘンリー・キッシンジャー元国務長官、ズビグニュー・ブレジンスキー元大統領補佐官らと親交を結ぶ。『文藝春秋』『SAPIO』などに寄稿し、9.11テロ、イラク戦争ほかアメリカ情勢、世界情勢をリポート。著書に『ニューヨークからのメール』『なぜヒラリー・クリントンを大統領にしないのか?』など。 佐藤則男ブログ、「New Yorkからの緊急リポート」もチェック!

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