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【NYのベストセラーランキングを先取り!】カズオ・イシグロの話題の新作! 病弱な少女に献身的な愛を注いだAIロボットの独白 ブックレビューfromNY<第65回>

NY在住のジャーナリスト・佐藤則男が紹介する、アメリカのベストセラー事情と、注目の一作をピックアップするコラムの65回目。今回は、ノーベル文学賞を受賞したカズオ・イシグロによる、AIロボットと少女の美しく悲しい物語を紹介します。

好奇心旺盛なAIロボット

ノーベル賞作家カズオ・イシグロの最新作Klara and the Sunは、クララという名のAIロボットが、持ち主の病弱な少女ジョジーや周りの人たちについて語るかたちでストーリーが展開する。ペット・ショップで売られる動物のように、AF(Artificial Friend=友達の役割をするAIロボット)が専門店で売られているという近未来が舞台だ。主人公のAFクララがAFローザと共に店に入荷した直後から、物語はクララの独白で進んでいく。クララとローザの会話や、店の他のAFたちとのやり取りから、どうやらAFは人工知能でありながら個性があることに読者は気付くだろう。クララは他のAFに比べて周りの状況や出来事に興味津々で、観察力、洞察力が優れている。AFが売れるかどうかは、店のどこに陳列されるかで、かなり違う。店のマネージャーはどのAFにも公平に機会を与えるために、一番目立つショーウィンドーや入り口付近に置くAFを定期的に入れ替えていた。クララとローザがショーウィンドーに陳列されていた時、母親と店の前を通りかかった少女ジョジーがクララに目を留め、話しかけてきた。そしてクララをすっかり気に入ったジョジーは、今日は時間がないけど明日また来るからね、と言って母親と去っていった。

しかし、ジョジーはそのあと長い間姿を現さなかった。ショーウィンドーに陳列されている間に買い手のつかなかったクララは、店の奥の目立たない場所に移され、最新モデルのAFが入荷するようになると、だんだん売れ残り商品になっていった。それでも、クララに興味を示す別の少女が現れたりはしたが、クララは故意に無視し、他のAF を買うように仕向けた。マネージャーからは、「子供は気まぐれだから、あとでまた来ると言っても、もう忘れてしまっているかもしれない。あまりあの子(ジョジー)が戻ってくるのを期待しないほうがいい」と注意された。

再会

AFは太陽光エネルギーで動く。ショーウィンドーに陳列されることは、売れやすくなるというだけでなく、太陽光を一日中浴びることができるから、とても幸せな機会だった。ショーウィンドーに飾られていた時、クララは窓の外を行き交う人々をいつも観察した。そのなかに犬を連れたホームレスがいたが、ある午後、クララは彼と犬が向かいの建物の裏口付近で横になり、動かなくなっているのを見た。そのままずっと動かなかったので、男と犬は死んだと思った。しかし翌朝、朝陽が降り注ぐと男と犬は動き始め、何事もなかったように行動したので、クララは太陽が男と犬を生き返らせたと信じた。クララにとって、太陽は全能の神のような存在になった。

「明日来る」と言ったきり消えてしまった少女ジョジーは、クララがあきらめかけたころ、また母親と店を訪れ、店の奥に置かれていたクララと再会し、晴れてクララはジョジーの友達ロボットとなった。病弱なジョジーは、前に店に来た直後から病状が悪化し、回復するまで外に出ることができなかったのだった。

ジョジーの家での新生活が始まった。クララはその洞察力と親愛の情にあふれる視線で、クララや周りの人たちについて語る。病弱で学校に行けず、自宅でオンライン授業を受けている14歳のジョジーは、プロフェッショナルとして企業の要職にあるシングルマザーの母親と家政婦メラニアと暮らしている。近所に住む幼馴染のリックが唯一の友人だ。同じくシングルマザーの母親と二人で暮らすリックは、学校には行かず、独学でドローンの機能を持つ人工の鳥の開発に熱中している。クララの目を通して、母親、リック、そして離れて暮らす父親らのジョジーに対する愛情や思いが描かれていく。

クララは、ジョジーには病気で亡くなった姉がいたことを知った。そして、いつも毅然として感情の起伏をあまり見せない母親が、心の奥底ではジョジーも死んでしまうのではないかと常に恐れていることを感じ取るのだった。クララは大切なジョジーの命を絶対に助けようと決心した。そして、神のように崇拝している太陽に、ホームレスと犬の命を助けたように、ジョジーの命を助けてもらおうと思った。ショーウィンドーに陳列されていた時、道路工事の機械が排気ガスを大量に排出していたことを思い出し、太陽にとっては害になるに違いないその機械を見つけ出して破壊するので、代わりにジョジーの命を助けてほしいと太陽に願掛けするのだった。

AIと人間

AIロボットであるクララは人間以上の知能・知識を持ち、観察力、洞察力も人間並みかそれ以上、しかし、人間社会での経験は幼児並みかそれ以下なので、限られた経験から学び取った判断力、感情や愛情は非常に無垢で素朴だった。自分を好いて選んでくれたジョジーを大切な友達と感じ、自己犠牲もいとわない親愛の情を注いだ。クララの強い思いはリックや母親、離れて暮らす父親をも動かして、クララの計画は進んでいく。

一方で、人間の心は不変というわけにはいかない。ジョジーは成長するにしたがって、あれだけ夢中になっていたクララに対する熱意が冷めていった。母親は、一時はジョジーが死んでしまったら、ジョジーのすべてを記憶しているクララを、ジョジーに似せた姿に作り替えて手元に置こうと考えた。しかし、奇跡的に回復したジョジーが大学に入学するために家を出てからは、クララはただの《使用済みロボット》になってしまう。

昨今のAI技術のめざましい進化は、私たちにさまざまな疑問を投げかける。AIとはいったい何なのか、人間と同じように考えるのか? マシンは常に論理的に機能し、人間は非論理的なものなので、論理的なマシンを突き詰めていっても人間の代わりにはなりえないのではないか。一般的には、あくまでマシンである進化したAIが人間を追い抜くことはない、という考えが浸透しているように思う。しかし、この作品に登場するクララの自己犠牲を伴う親愛の情、あるいは太陽を神と崇拝し奇跡を信じる心は、論理的な機械の思考ではない。半面、クララを取りまく人間たちは、自分中心の合理的思考で、必要のなくなったものはどんどん切り捨てていく。皮肉にも、読者はAIであるクララの中に、現代人が失いつつある素朴で無垢な《人間性》を見ることになる……。

著者について[2]

カズオ・イシグロは1954年11月8日、長崎県生まれの日系イギリス人の小説家。1960年、海洋学者の父親の仕事の関係でイギリスに渡り、1974年ケント大学英文科、1980年イースト・アングリア大学大学院創作学科に進み、小説を書き始めた。1983年、イギリスに帰化。1982年に上梓したA Pale View of Hills 『遠い山なみの光』は王立文学協会賞(Winifred Holtby Memorial Prize)、1986年のAn Artist of the Floating World 『浮世の画家』はウィットブレッド賞、そして1989年のThe Remains of the Day 『日の名残り』はイギリス文学の最高峰とされるブッカー賞を受賞した。2017年にはノーベル文学賞を受賞。2018年に日本から旭日重光章を授与され、2019年、イギリス王室からナイトの称号を授与されている。

[2]カズオ・イシグロ – Wikipedia ; Kazuo Ishiguro – Wikipedia

佐藤則男のプロフィール

早稲田大学卒。米コロンビア大学経営大学院卒(MBA取得)。1971年、朝日新聞英字紙Asahi Evening News入社。その後、TDK本社およびニューヨーク勤務。1983年、国際連合予算局に勤務し、のちに国連事務総長となるコフィ・アナン氏の下で働く。 1985年、ニューヨーク州法人Strategic Planners International, Inc.を設立し、日米企業の国際ビジネス・コンサルティングを長く手掛ける。この間もジャーナリズム活動を続け、ヘンリー・キッシンジャー元国務長官、ズビグニュー・ブレジンスキー元大統領補佐官らと親交を結ぶ。『文藝春秋』『SAPIO』などに寄稿し、9.11テロ、イラク戦争ほかアメリカ情勢、世界情勢をリポート。著書に『ニューヨークからのメール』『なぜヒラリー・クリントンを大統領にしないのか?』など。 佐藤則男ブログ、「New Yorkからの緊急リポート」もチェック!

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