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【NYのベストセラーランキングを先取り!】昏睡状態に陥った判事はなぜ、ひとりの法務書記にすべてを託したのか ブックレビューfromNY<第67回>

NY在住のジャーナリスト・佐藤則男が紹介する、アメリカのベストセラー事情と、注目の一作をピックアップするコラムの67回目。今回は気鋭のリベラル派女性政治家、ステイシー・エイブラムスによるリーガル・スリラーを紹介します。

政党に縛られない最高裁判事

アメリカ最高裁判所判事の政治姿勢は、その判事がどの大統領によって指名されたかによって左右されるケースが多い。民主党の大統領に指名された判事は民主党寄りの判断をし、共和党の大統領に指名された判事は共和党寄りの保守的な判断をする傾向がある。ステイシー・エイブラムスの最新小説While Justice Sleepsでは、9人の最高裁判事のうち4人が民主党寄り、4人が共和党寄り、そして9人目の判事ハワード・ウィンによって構成されている設定だ。ウィン判事は政治に全く縛られず、独自の調査に基づき判断する判事として有名で、《浮動票》(Swing vote)と呼ばれている。最高裁判所が政治的に難しい判決を下す時、しばしばウィン判事の判断が最高裁の判決を左右してきた。ちょうど最高裁では、アメリカのバイオ医薬品企業Gen Worksとインドの世界的なバイオ技術企業Advarの合併を、ストーク大統領がエクソン・フロリオ条項[2]によって阻止しようとしている案件の裁判が始まろうとしていて、この裁判でもウィン判事の判断が判決を左右すると推察された。ところが、ウィン判事は脳の難病にかかっていて、そのことは最高裁長官(主席判事)や大統領など数名にしか知らされていなかった。

6月18日(日)夜、自宅の書斎に籠っていたウィン判事は、最後の決心をすると、看護師ジェイミー・ルイスの勧めに従い寝室へ引き上げた。夜11時頃、判事の様子を見に寝室へ入った看護師は、そこで意識不明になっている判事を発見した。床には、空の薬瓶が転がっていた。看護師は慌てて救急車を要請した。

昏睡状態になった判事の後見人

ウィン判事の法務書記(Law Clerk)[3]の一人、アベリー・キーンは、6月19日(月)の朝出勤するとすぐに、主席判事テレサ・ローズボローの部屋に呼ばれた。部屋には国土安全保障省のウィリアム・ヴァンス少佐も同席していた。そこでアベリーはウィン判事が昏睡状態で入院したことを知らされた。そして、驚いたことに判事は自身が無能力になった場合、別居している妻や一人息子のジャレド(亡くなった前妻との間の子)ではなく、アベリーを法的後見人(法的保護者:Legal guardian)に指定し、全面的委任権を与えるという文書を用意していたことを知った。次の日、アベリーはウィン判事の遺言状、後見人や委任状に関する文書を作成した弁護士ノア・フォックスから詳細で膨大な量の関連文書を渡されたが、なぜ判事が彼女を後見人に指定したのか、彼女に何をしてほしかったのかは皆目見当がつかなかった。

アベリーは家族の問題を抱えていた。優しかった黒人の父を子供の時に事故で亡くして以来、白人の母はアルコールと薬物に依存するようになった。彼女は何度も転校し、引っ越しを繰り返した。それでも成績はいつもトップクラスで、イェール大学のロースクールで法律を学んだ。今でも母はお金がなくなったり問題が起きたりすると連絡してきて、そのたびにアベリーは振り回される。それでも最高裁判所の仕事はこなし、将来この道で出世しようという野心も十分持っているアベリーは、ただ単に頭脳明晰なだけのエリートではなく、どんな状況にも対応できる強さや適応性・柔軟性を持った女性なのだ。

ヒントはチェスの世界選手権

ウィン判事がアベリーに残したものは、後見人や委任権に関する文書だけではなかった。昏睡状態に陥る前、看護師が意識不明の判事を寝室で発見した直後に、いったん目を覚ました判事は、アベリーへの伝言を看護師に託していた。看護師は伝言をアベリーの留守電に残したが、その翌日、自宅で殺害された。留守電を1日遅れで聞いたものの、よく意味がわからなかったアベリーは、詳しい事情を聞こうと看護師の家を訪ね、死体を発見したのだった。

すぐに警察に通報しなかったことで、アベリーは看護師殺害の嫌疑をかけられ、ヴァンス少佐とFBIから追及を受けた。また、ウィン判事の後見人となったことで、世間からは判事の愛人ではないかと疑われ、さらには判事の息子ジャレドとの深夜のツーショット写真が公開されて、メディアの格好のターゲットになった。最高裁判所はクビにならなかったものの、主席判事はアベリーに、事件の真相が解明されるまで休職を言い渡した。

しかし、それでめげるアベリーではなかった。ウィン判事の後見人になることを正式に了承した後、弁護士ノア・フォックスから渡された判事の自宅と金庫のカギとメモ、死んだ看護師からのメッセージを最初の手がかりとして謎解きを始めた。看護師からのメッセージは、チェスにまつわる言葉だった。ウィン判事とアベリーの共通の趣味はチェスだったが、対局したことは一度もなかった。しかし5か月ほど前、アベリーは判事から個人的なことをいろいろ聞かれ、その時にチェスの話で盛り上がったことがあった。看護師からのメッセージにあった《ラスク》、《バウアー》は、チェスの世界では有名な1886年の世界選手権でのラスカー対バウアーの対局を指しているとアベリーは気付いた。劣勢だったラスカーが2つのビショップを犠牲にすることで、最終的に勝利した一局だ。どうやらウィン判事は、自身をビショップになぞらえ、アベリーに今後の方向性を示唆しているようだった。

ウィン判事の命が危ない!

ストーク大統領にとってウィン判事は邪魔な存在だった。Gen WorksとAdvarの合併はどうしても阻止したかった。何とかウィン判事を排除し、代わりに共和党寄りの判事を指名したかった。最高裁判所の判事職には定年がなく、仕事ができない重病であっても本人の意思で辞職しない限りは生涯判事であり続ける。大統領から直接指示を受けていたヴァンス少佐は、看護師ジェイミー・ルイスを脅迫し、ウィン判事の病状が急変した場合は、救急車を呼ばずに放置するように言い渡してあった。しかし、ジェイミーは意識不明の判事を発見した時、看護師としての自覚に目覚めて救急車を要請、そして判事の伝言をアベリーの留守電に残した。

ウィン判事と不仲で別居中のミセス・ウィン(2番目の妻)は、夫の後見人が自分ではなくアベリーになったことを知って怒り狂った。ミセス・ウィンは、昏睡状態の判事に回復の見込みがないとして、生命維持装置を外すことを希望した。アベリーは、自分にはとてもウィン判事の後見人という重責は負えないと思ったが、もし辞退すれば、ミセス・ウィンが後見人になり、すぐさま判事の生命維持装置を外させるだろうと考え、判事の命を守るために後見人になった。そんなアベリーの決意に対し、母(最初のミセス・ウィン)の死後は叔母に育てられ、父親であるウィン判事と疎遠になっていた一人息子ジャレドは驚きと感謝の気持ちを抱き、アベリーに協力を惜しまなかった。アベリーは若い3人の仲間、ジャレド、弁護士ノア・フォックス、そしてルームメートの女性医師リングの協力を得て、ウィン判事が自分に伝えようとしたこと、託したことを探ろうとした。

次第にアベリーはウィン判事が調べていたGen WorksとAdvarの合併問題の真相へと導かれていく。そして、ストーク大統領が合併を阻もうとしている《危険な真相》へと近づいていくのだった……。

⚫︎ はたして、アベリーはウィン判事の後見人の務めを果たすことができたのか?
⚫︎ ストーク大統領が隠そうとしたGen WorksとAdvarにまつわる《危険な真実》とは何か?
⚫︎ ウィン判事は昏睡から覚めるのか?

著者と2020年アメリカ大統領選挙[4]

著者ステイシー・エイブラムスは、2007年から2017年までジョージア州議会の民主党下院議員、2011年から2017年までは下院少数党院内総務を務めた。2018年のジョージア州知事選挙で、民主党候補者として共和党候補ブライアン・ケンプと激しい選挙戦を争い、5万5千票の僅差で敗れた。ジョージア州では、長年にわたり、多くの有権者(特に有色人種や社会的弱者)の選挙登録が恣意的に無効にされてきたという疑惑があった。エイブラムスは知事選敗北後、投票権保護活動組織「フェア・ファイト・アクション」(Fair Fight Action)を立ち上げ、ジョージア州内の多くの有権者の選挙登録を実現させた。2020年大統領選挙において、ジョージア州は接戦の末に28年ぶりに民主党が勝利を収め、バイデン大統領誕生に大きく貢献したが、その原動力となったのが、エイブラムスの率いる投票権保護活動だとされている。著者の政治的背景を踏まえると、この作品への興味が増すのではないか。

また、この作品は激しい競り合いの末、NBCユニバーサル・インターナショナル・スタジオ系列のプロダクションがテレビ・ドラマ化権を勝ち取っている[5]

作家としてのエイブラムスは、ノンフィクション2作品Our time is Now(2020年)、Lead from the Outside(2019年)を出版し、いずれもニューヨーク・タイムズ ベストセラーになっている。また、イェール大学ロースクール在学中からSelena Montgomeryというペンネームで小説を出版していた。本名で小説を出版するのは本作品が最初である。

[2]エクソン・フロリオ条項:1988年に制定された法律で、外国企業によるアメリカ企業の買収が国家安全保障を脅かす恐れがあると認められる場合、大統領が企業買収を停止したり、禁止したりする権限を行使できる。提案者である上院議員エクソン(Exon)と下院議員フロリオ(Florio)の名をとってエクソン・フロリオ条項(Exon-Florio Provisions)またはエクソン・フロリオ改正(Exon-Florio Amendment)と呼ばれる。
[3]Law Clerkは判事の下で、判事を補佐し、法的判断や意見文書を作成したり、調査をしたりする専門職。
[4]Stacey Abrams – Wikipedia ; How Stacey Abrams Is Turning the Tide in Georgia | Vogue ; Stacey Abrams and Janelle Monae on the Fight for Democracy in an Election Season for the Ages (harpersbazaar.com)
[5]Stacey Abrams Legal Thriller Sells for TV Adaptation After Bidding War – The Hollywood Reporter

佐藤則男のプロフィール

早稲田大学卒。米コロンビア大学経営大学院卒(MBA取得)。1971年、朝日新聞英字紙Asahi Evening News入社。その後、TDK本社およびニューヨーク勤務。1983年、国際連合予算局に勤務し、のちに国連事務総長となるコフィ・アナン氏の下で働く。 1985年、ニューヨーク州法人Strategic Planners International, Inc.を設立し、日米企業の国際ビジネス・コンサルティングを長く手掛ける。この間もジャーナリズム活動を続け、ヘンリー・キッシンジャー元国務長官、ズビグニュー・ブレジンスキー元大統領補佐官らと親交を結ぶ。『文藝春秋』『SAPIO』などに寄稿し、9.11テロ、イラク戦争ほかアメリカ情勢、世界情勢をリポート。著書に『ニューヨークからのメール』『なぜヒラリー・クリントンを大統領にしないのか?』など。 佐藤則男ブログ、「New Yorkからの緊急リポート」もチェック!

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