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【NYのベストセラーランキングを先取り!】HBOでドラマシリーズを統括していたミランダ・カウリー・ヘラーの小説家デビュー作! ブックレビューfromNY<第70回>

NY在住のジャーナリスト・佐藤則男が紹介する、アメリカのベストセラー事情と、注目の一作をピックアップするコラムの70回目。夏の避暑地で一日に、優しい夫と幸せな結婚生活を継続するか、初恋のジョナスと人生をやり直すかという、究極の選択を迫られた主人公の出した結論は……?

8月1日朝6時半からの24時間

この小説は、朝早く起きた主人公エレノア(エル)が一人、ケープコッドの別荘の敷地内にある池に泳ぎに行くところから始まる。ストーリーは、エルが自分の目線でこの後の24時間について語ることで進むが、同時に現在を語るなかで、生まれた直後から現在に至る50年以上の人生と、母、父、祖父母に関する回想が挿入されている。読者は、エルが夫や子供たちと一緒に過ごした夏の避暑地での一日に、この幸せな結婚生活を継続するか、初恋のジョナスと人生をやり直すかという究極の選択を迫られていることを知る。

前夜は、22年前に若くして癌で亡くなったエルの姉アンの命日で、アンのゴッドファーザーだったディクソン(母の2歳の時からの友達)、幼馴染のジョナスとその妻ジーナ、ジョナスの母など少人数が集まり夕食会を開いた。その最中、家を抜け出したエルは、外で待つジョナスと初めてセックスした。

泳ぎから戻ると、夫ピーター、子供たち、母ウォレスも起きていて、英国人のピーターが英国風スクランブルエッグとベーコンという朝食を作っていた。そして夫は、ジョナスの妻ジーナからビーチでのランチの誘いがあったとエルに伝えた。あまり気が進まなかったが、エルはピーター、子供3人とビーチに出かけ、ジョナス一家と浜辺でランチをした。夜はディクソンの家でのパーティへ、母ウォレス、夫、子供たちと再び出かけた。ジョナス一家も招かれていた。

翌朝6時半、エルは、人生の究極の決断をした。

愛憎にまみれた家族の群像

エルの母方の祖父エーモリーが遠縁のケープコッドの家を遺産として相続した時、家とは少し離れたブラックウッズの池と周りの土地も一緒に相続した。祖父は、祖母ナネットと結婚すると、この池のほとりに避暑のための《キャンプ》を自分で建てた。《キャンプ》はビッグハウスと呼ばれる母屋(スクリーン・ポーチ付き大部屋とキッチン)、4つの独立したベッドルーム小屋、そして外側にシャワーのついたトイレ小屋から成っている。建物そのものは頑丈な木で作ったが、貧しい彫刻家だった祖父は、建設途中で資金不足に陥り、やむなく内装には、厚いボール紙を使った。以来この《キャンプ》のことを、《ペーパー・パレス》[3]と呼ぶようになった。祖父母の結婚生活は長く続かず2人の子供ウォレス(エルの母)とオースティンがまだ幼い時に離婚した。その後ナネットは2度目、3度目の夫とも離婚し、3度目の夫との離婚調停の結果手に入れたグアテマラの広大な荘園に2人の子供たちと共に移り住んだ。祖父エーモリーも結婚、離婚を繰り返し、亡くなった後、遺言によりケープコッドの家は3度目の妻パメラが相続し、池の土地と《ペーパー・パレス》は娘のウォレスが相続した。以来、ウォレスは自分の娘であるアンとエルと一緒に、夏を《ペーパー・パレス》で過ごすようになった。

エルは、「私の家族にとって、divorce(離婚)は単に7文字の言葉に過ぎない」[4]と独白しているように、母方の祖父母はそれぞれ3回結婚しているし、母ウォレスはエルの父と離婚した後、2回、パートナーと一緒に暮らし、2回とも別れている。父はやはりウォレスと離婚した後、2回結婚した。エルや姉のアンは幼いころ父と別れて以来、母のパートナーやその子供たちと同居する生活をしてきた。また時々父と会う時は、父の結婚相手の女性との関係に気を使うなど、複雑な家庭環境で育ってきた。父親っ子だったエルは父の再婚相手のどちらともうまくいかず、間に入った父が自分ではなく再婚相手の肩を持つことにいつも腹を立てていた。エルは父の最初の再婚相手、若いベストセラー作家ジョアンナとぎくしゃくした関係だったし、2番目の再婚相手メアリーは、あからさまに父とエルが会うことを邪魔した。やさしかった父方の祖母マートルを、父とメアリーが本人の意思に反して老人施設に送り込み、マートルから「助けてくれ」と電話を受けて、慌ててレンタカーで会いに行った時には、すでに祖母は亡くなった後だったという出来事があって以来、エルは父親とは絶縁状態になった。一方、姉アンは父の再婚相手とはあまり問題を起こさなかったが、母の2番目のパートナー、レオとは対立を繰り返し、結局、レオに遠慮した母はアンを寄宿学校に入れた。アンは母が自分ではなくパートナーを選んだことに深く傷つき、以来家には寄り付かなくなった。大学はUCLA[5]に行き、卒業後もカリフォルニアで働いた。アンがニューハンプシャー州の寄宿舎のある学校に発った後、それまでテネシー州メンフィスで母と妹と暮らしていたレオの息子のコンラッドが、ニューヨークに住む父と同居することになり、ニューヨークのマンションのアンの部屋がコンラッドの部屋になった。

エル11歳の夏、森で道に迷った3歳年下のジョナスと会ったのが2人の出会いだった。ジョナスの家族はケンブリッジ(マサチューセッツ州)からブラックウッズに避暑に来ていた。エルにとっては道に迷った8歳の男の子を家に送り届けただけのことだったが、4年後の1981年の夏、2人はブラックウッズで再会し、その夏中、ジョナスはいつもエルの傍にいた。エルはジョナスがいると気持ちが落ち着いた。痩せて背が高い14歳のエルと、30センチは背が低い12歳のジョナスは、奇妙な組み合わせ(odd pair)だった。森の中を歩いている時、2人は古い朽ち果てた家を見つけた。ジョナスは、自分たちが結婚してこの家を建て直して住んだら素晴らしいだろうと言った。エルは、子供が何を言うかと取り合わなかったが、ジョナスが「大人になれば、3歳の年の差など何でもない」と言い返すと、エルは「それもそうだ」と言った。ジョナスは、「なら答えはイエスだね」と念を押した。

エルはレオの息子コンラッドからの性的悪戯に苦しんでおり、母にも誰にも話せず一人悩んでいた。エルの沈黙を良いことに、コンラッドの行為はエスカレートした。1983年夏、エルは夜中に寝室に忍び込んできたコンラッドにレイプされた。それでも母にも話せず、カリフォルニアに行ったきりの姉アンにも相談できなかった。もちろん年下のジョナスに話す気もしなかったが、ジョナスはエルの態度からすべてを察した。

運命を変えたヨット事故

1983年8月、嵐の後の美しく晴れた日、母のパートナーのレオは、自家用ヨットでセーリングに行こうと言った。エルはコンラッドと一緒に行くなどとんでもないと思い、ジョナスと約束があるから行けないと言ったが、何も知らないレオは家族全員で行くことに意義があると言ってきかず、ジョナスも一緒に来ればよいと言った。

晴天だったが海はまだ風が強く、思いのほか時化ていた。母は海が荒れているので、やめた方が良いと言ったが、レオは家族全員をヨットに乗せて沖に出た。ヨットの上で、エル、ジョナス、コンラッドは険悪な雰囲気になった。ジョナスはコンラッドに対して怒りを露わにし、コンラッドの悪行を誰にも言わないエルに対しては苛立ちをぶつけた。そんななか、ジョナスがヨットを急旋回したため回転したブームに当たったコンラッドがヨットから振り落とされた。もともと泳ぎが得意ではないコンラッドは波間に見え隠れし、助けを求めた。救命具を投げなくてはと思いながら、エルは動けず、ジョナスも呆然とエルを抱き支えるだけだった。

コンラッドの溺死体は3日後に浜辺に打ち上げられた。父親のレオは、波が高いにもかかわらずヨットを出した自分を責めた。誰も、コンラッドが海に振り落とされる直前、エルとジョナスが一緒だったことを知らなかった。エルとジョナスは強い罪の意識と後悔の念を共有した。次の夏、ジョナスは家族と一緒にブラックウッズには来なかった。ジョナスの母は、息子はメイン州北部のサマーキャンプに参加していると言った。その夏、エルはジョナスから1度だけ手紙をもらったが、サマーキャンプのことが書かれているだけだった。エルはジョナスに「捨てられた」と思った。

ジョナスと会うことのないまま数年後、ロンドンで留学生活を送っていたエルは、経済ジャーナリストのピーターと知り合い、しばらくして2人は一緒に暮らし始めた。その後、ピーターはニューヨークに移って、ウォールストリート・ジャーナルで働き始めた。1996年、エルとピーターはニューヨークで正式に結婚し、エルは優しい夫と3人の子供に恵まれ幸せな結婚生活を送ってきた。今はニューヨークで芸術家として活動しているジョナスとは時々連絡を取り合うが、ジョナスもジーナという妻を得て、もはや2人は幼馴染という以外、何の関係もなかった。

3日前、メンフィスにて

エルにとって、テネシー州メンフィスを訪れるのは、コンラッドの葬式以来だった。ピーターが急な取材でメンフィスに行くことになった時、一緒に行かないかとエルを誘った。メンフィスはエルにとって、コンラッドから受けた恥辱、彼の死に対する罪の意識と後悔を思い出させる場所なので、行きたくなかった。しかし、死んだコンラッドがエルにとって義理の兄だったことしか知らないピーターは、せっかくコンラッドのお墓参りの良い機会だと言い、エルは同行する羽目になった。ピーターの取材中、エルはコンラッドの墓参りをし、コンラッドの母はすでに亡くなっていたので妹ローズマリーの住所を突き止め、挨拶に行った。そしてそこで、ローズマリーからコンラッドに関する思いもかけない事実を知らされた……。 その夜、ただちにエルは、ジョナスに電話してその事実を伝えた。

⚫︎ ローズマリーが語ったコンラッドの話とは?
⚫︎ その話と、エルがジョナスと人生をやり直そうと考えたことにどんな関係があったのか?
⚫︎ それはジョナスにとっても、それほど衝撃的な内容だったのか?
⚫︎ エルは最終的にどんな人生の結論を下すのか?

この小説では、エルの母ウォレスも、自分の母親ナネットの2番目の夫から性的暴力を受けた経験があるという設定になっている。家庭内での性的暴力はこの小説のテーマの一つだ。親の離婚や再婚に伴い、血のつながる親との関係、義理の家族との関係などがストーリーの根底にある。主人公が義理の兄コンラッドに対して持ち続けた深い嫌悪感と罪悪感、そしてその気持ちから逃げるようにピーターと結婚したが、メンフィスでコンラッドの妹ローズマリーと話したことをきっかけに再び過去の自分と向き合い、人生を自分の意志で選択しようと決意したところでストーリーは終わっている。

著者について[6]

ミランダ・カウリー・ヘラーはニューヨーク育ちで、身内に文学・芸術関係者、著作者が多い。祖父マルコム・カウリーは詩人・評論家、父は編集者だった。英国人の夫のブルーノ・ヘラーは脚本家、夫の妹のゾーイ・ヘラーはジャーナリスト・小説家だ。カウリー・ヘラーは子供の時から書くことに興味があったが、自分が作家として才能があるかどうか自信が持てず、ゴーストライター、雑誌の編集者、HBOドラマシリーズ部門の上席副社長などを経て、59歳にして初めての小説The Paper Palaceを出版した。

[3]Paper Palace
[4]P. 64
[5]University of California, Los Angeles:カリフォルニア大学ロサンゼルス校
[6]From HBO TV to her debut novel: Miranda Cowley Heller on finding her voice (irishexaminer.com) ; Miranda Cowley Heller: ‘Writing sex scenes has never scared me’ | Fiction | The Guardian

佐藤則男のプロフィール

早稲田大学卒。米コロンビア大学経営大学院卒(MBA取得)。1971年、朝日新聞英字紙Asahi Evening News入社。その後、TDK本社およびニューヨーク勤務。1983年、国際連合予算局に勤務し、のちに国連事務総長となるコフィ・アナン氏の下で働く。 1985年、ニューヨーク州法人Strategic Planners International, Inc.を設立し、日米企業の国際ビジネス・コンサルティングを長く手掛ける。この間もジャーナリズム活動を続け、ヘンリー・キッシンジャー元国務長官、ズビグニュー・ブレジンスキー元大統領補佐官らと親交を結ぶ。『文藝春秋』『SAPIO』などに寄稿し、9.11テロ、イラク戦争ほかアメリカ情勢、世界情勢をリポート。著書に『ニューヨークからのメール』『なぜヒラリー・クリントンを大統領にしないのか?』など。 佐藤則男ブログ、「New Yorkからの緊急リポート」もチェック!

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