本との偶然の出会いをWEB上でも

【NYのベストセラーランキングを先取り!】ガブリエル・ゼヴィン最新作! ビデオゲーム会社を立ち上げた3人の群像劇 ブックレビューfromNY<第80回>

NY在住のジャーナリスト・佐藤則男が紹介する、アメリカのベストセラー事情と、注目の一作をピックアップするコラムの80回目。『書店主フィクリーのものがたり』などで日本でも人気のガブリエル・ゼヴィンが、20世紀終わりのビデオゲーム最盛期に、ビデオゲームを共同で開発・製作して会社を立ち上げたアメリカの大学生たちを主人公にした小説を紹介します。

ケンブリッジでの10年ぶりの再会

ガブリエル・ゼヴィンの最新作Tomorrow, and Tomorrow, and Tomorrow は、20世紀終わりのビデオゲーム最盛期、学生時代の集大成のつもりでビデオゲームを共同で開発・製作してゲーム会社を立ち上げたハーバード大学とMIT(マサチューセッツ工科大学)の学生を主人公にした小説だ。そのゲームが世界的に大ヒットし、会社はその後も時代とともに新しいタイプのビデオゲーム、さらにはオンラインゲームを次々と生み出していった。その過程で、創業者3人の関係はどう変化したのか? 著者は後書きで、「Tomorrow, and Tomorrow, and Tomorrowは仕事についての小説である……同時に愛についてでもある」[2]と述べている。

1995年12月のある午後、マサチューセッツ州ケンブリッジの地下鉄の駅で、ハーバード大学数学科の学生サム(サムソン)・マスアは人ごみの中にセイディ・グリーンの姿を見つけ、大声で彼女の名前を呼んだ。立ち話をして立ち去ろうとしたセイディは、振り向いて「まだゲームをやっている?」とサムに聞いた。「もちろん、いつもやってるよ」とサムが答えると、戻ってきたセイディはサムに3.25インチのディスクを渡して、「私が作ったゲームよ。感想を聞かせてね」と言った。ディスクに貼られたラベルにはSolutionとゲームのタイトルが手書きされていた。

ロサンゼルス、ビバリーヒルズに住むセイディは11歳の時、13歳の姉アリスが入院していた病院にしばしば見舞いに行った。ある時、妹のなにげない言葉に腹を立てたアリスに病室から追い出され、待合室でしょんぼりしていたセイディを見かけた看護師は、「ゲームでもしない?」と彼女をゲーム室に連れて行った。そこには黒い巻き毛で眼鏡をかけ、パジャマ姿で左足にギプスをはめた11歳ぐらいの男の子がいて、任天堂のゲームをプレイしていた。セイディが見ていると、「やってみる?」と男の子は声をかけた。それがサム・マスアとの出会いだった。その日、二人は交互にゲームをやりながらいろいろな話をした。その様子を見ていた看護師から、セイディと母親にある提案がなされた。サムは交通事故で左足を複雑骨折し、手術を繰り返していた。怪我もさることながら、精神的ショックで口が利けなくなっているということだった。しかし、サムがセイディとゲームをしながら自然に会話していたことから、彼の精神的なリハビリのために時々相手をしてくれないかという提案だった。セイディの属するユダヤ教会では女子が12歳で成人式を迎えるにあたり、一定期間(20時間)の社会奉仕活動を義務付けていた。もしセイディが引き受けてくれれば、病院が社会奉仕活動として認定するということだった。こうしてほとんど毎日14か月間、放課後になるとセイディは病院へ行ってサムと一緒にゲームをし、いろいろな話をした。社会奉仕として始まったとはいえ、セイディはだんだんサムをかけがえのない親友だと感じるようになっていった。一方のサムは、セイディが社会奉仕として自分の相手をしてくれていたとは知らなかった。元々あまり友達がいなかったので、セイディのことは心の許せる唯一の親友だと思っていた。

生い立ちも境遇も全く違う二人だった。サムの両親である韓国系アメリカ人のアンナ・リーとユダヤ系アメリカ人のジョージ・マスアは結婚していなかった。母はニューヨークで女優を目指したが、1984年にサムを連れて故郷のロサンゼルスに戻り、韓国人街でピザハウスを営む両親と一緒に暮らし始めた。そして数か月後にテレビのゲーム番組のレギュラー出演が決まった直後、交通事故で死んだ。以後、サムは韓国人街で祖父母に育てられた。一方、セイディはユダヤ系アメリカ人の裕福な家庭に育った。

セイディは義務である20時間をはるかに超える602時間の社会奉仕活動を行ったことで、ユダヤ教会から表彰された。妹の表彰に嫉妬した姉アリスはサムに、セイディが社会奉仕としてサムの相手をしていただけだと告げ口した。プライドを傷つけられたサムは以後、セイディと会うことを拒んだ。ビバリーヒルズと韓国人街は地理的には近かったが、公立学校に通うサムと一流私立学校に通うセイディは偶然出会うこともなかった。

しかし10年後、ロサンゼルスから遠く離れたケンブリッジでセイディの姿を見た時、サムは思わず声をかけたのだった。そして、二人の人生のゲームが始まった。

不公平なゲーム

セイディの作ったビデオゲームSolutionをプレイしてみたサムは、その出来栄えに感服し、セイディに夏休みの3か月間に二人で新しいビデオゲームを作らないかと持ち掛けた。サムのルームメイトのマークス・ワタナベは、文科系なのでプログラミングはできなかったものの、ゲーム/ITオタクのサムとセイディが苦手とするその他一切のゲーム製作にかかわる雑用を受け持つことで、プロデューサーとしてこのプロジェクトに参加した。

新しいビデオゲームのメインキャラクターはおかっぱ頭の子供で、大人用のスポーツジャージ(15の数字入り)をワンピースのように着て、木製のサンダルを履いている。この子はある日、浜辺で津波にさらわれてしまい、海中でいろいろな困難に立ち向かいながら7年後にやっと家に戻るという展開になっている。このメインキャラクターの名前については、日本人の父を持つマークスの提案で、ジャージの数字15の日本語読み「イチゴ」とし、この名はゲーム名にもなった。セイディは大好きな葛飾北斎の浮世絵の波のデザインにインスパイアされて津波の荒々しさを表現しようとプログラミングに四苦八苦した。結局夏休み中に完成させることはできず、サムもセイディも秋学期を休学し「イチゴ」を完成させることに集中した。マークスだけは「イチゴ」プロジェクトの仕事をしつつ学業も続けた。そして、サムとセイディが地下鉄の駅で再会してから約1年後、「イチゴ」はついに完成した。サム、セイディ、マークスの3人はビデオゲーム会社を立ち上げ、社名をUnfair Games(不公平なゲーム)とした。多くの企業が「イチゴ」を商品化するパートナーに名乗りをあげたが、結局、大手IT企業のゲーム部門と提携することになった。多額の前渡し金が決め手になった。貧しい家に育ったサムは学生ローンを抱え、「イチゴ」開発のための出費で経済的ピンチに陥っていたので、彼の意向に他の2人が同意した形になった。イチゴのジェンダーに関しては、セイディは中性を強く主張していたので、この時まではイチゴは男の子でも女の子でもなかった。しかし、当時はゲームのメインキャラクターは男性でなければヒットしないというジンクスがあった。そのため提携企業の条件の一つがイチゴは男子であるべきということだったので、イチゴは男の子になった。アジア人の顔をした男の子イチゴは、どことなくサムを彷彿させたため、提携企業はこのゲームのプロモーションツアーにサムの参加を望んだ。イチゴに似たサムはどこでも人気者となり、関係者は「イチゴ」のデザイナーはサムだと信じたが、実際は、このゲームの原案を考え、最も重要なデザインやプログラミングを担ったのはセイディだった。ただ、セイディは人前で話すことは苦手だったし、1年後に発売予定の「イチゴ2」の製作と、休学していたMITを卒業するための勉強で忙しかったので、サムが前面に出ることに異議は唱えなかった。

1997年のクリスマス商戦に間に合わせて「イチゴ」は発売され、たちまち世界的な大ヒットとなった。同時に、ゲーム開発者としてのサムとセイディ、そして彼らの会社Unfair Gamesはビデオゲーム業界の寵児となった。

友情、愛情、誤解、そして葛藤

新しいゲームをサムと共同で作ることに同意した時、セイディは、二人だけのプロジェクトだと思っていた。だから、サムがセイディに無断でルームメイトのマークスを参加させたことを知って少し気分を害した。マークスはハーバード大学に入るほどの秀才だったが、天才の域に達するセイディやサムと比べれば普通の学生だった。セイディはマークスを、ハンサムだけど頭が空っぽな典型的な裕福な家庭の学生だと見なして全く興味を示さなかった。母親がサムと同じように韓国系アメリカ人だということも関係していたかもしれないが、マークスはサムに対して最初から兄弟のような親しみを持ち、交通事故の後遺症で今も左足の不自由なサムをいつも気遣っていた。「イチゴ」プロジェクトにプロデューサーとして参加できたことを非常に嬉しく誇りに思い、すべての雑用を引き受けて二人のゲーム開発者を支えた。

サムと再会した頃、セイディはゲーム開発のゼミの教授ダヴ・ミズラと付き合っていた。そして、サムがセイディのゲームSolutionに興味を持って連絡してきた時、セイディはダヴから別れを告げられて落ち込んでいた。そんなセイディにサムは熱心に一緒にゲームを作ろうと持ち掛け、セイディもやっと新しいゲームを作る気持ちになった。子供の時、一緒に任天堂のゲームで遊んだ時のように夢中になり、ゲーム製作に取り組んだ。次第にセイディは無邪気にサムに「愛してる」と言うようになり、それに対し、サムはいつも「とんでもない」と返事をしていたが、内心ではセイディに惹かれていた。

「イチゴ」が成功を収め、Unfair Gamesは「イチゴ2」や新しいゲームの製作のためにスタッフを雇う必要があった。広いオフィスを確保するためロサンゼルスに会社を移すことになったのだが、サムは「イチゴ」製作の無理と、プロモーションツアーで全国を巡ったことが原因で左足の状態が悪化し、忙しさにかまけて適切な処置をしなかったため、左足首の切断手術が必要になってしまった。ロサンゼルスで手術を受けたが、なかなか思うように回復せず、仕事に集中できなくなった。1998年のクリスマス商戦用に売り出した「イチゴ2」は、二番煎じの感をぬぐえず、売り上げはボチボチだった。セイディはプロモーションツアーで飛び回っているサムからのサポートもあまり受けられず、締め切りに追われて作った「イチゴ2」に対して不完全燃焼だと感じていた。それもあって、3作目のゲームBoth Sidesには全力を注いだ。現実の世界であるMapletownとファンタジーの世界であるMyre Landingでストーリーが同時進行し、ゲーマーは両方の世界を行ったり来たりすることができるという世界観だった。この頃、サムは足首切断手術の後遺症で時々激痛に見舞われ、Both Sidesの製作では、サムが担当したMapletownのデザインに遅れが生じた。しかも、やっと完成したBoth Sidesは全く売れなかった。サムは後遺症の激痛についてセイディには言わなかったので、セイディはサムが仕事を怠けていると不満を募らせた。この頃から一枚岩だったサムとセイディの間に亀裂が生じ、その隙間がだんだん広がっていった。

マークスはというと、自身はゲーム開発者ではないが、自分の下に2人の開発者、サイモンとアント(アントニオ)を雇い、RPGタイプのビデオゲームの開発を進めていた。完成したゲームCounterpart High(CPH)は大ヒットとなり、Both Sidesで生じた赤字を一気に取り戻した。ヤングアダルト向けのCPHは続編を次々と出し、売れ行きは好調で、会社の財務状況は安定化した。マークスにはリーダーシップがあり、スタッフからの信頼も厚くて、彼がいてこそのUnfair Gamesの安定経営だった。

その後のインターネットの普及に伴い、Unfair GamesはMMORPG[3]タイプのゲームを開発した。Both Sidesの現実の世界Mapletownを発展させ、サムはMapleworldという仮想空間を作り、そこにインターネットを介して多くの人々がアバターとして参加した。この頃からセイディとマークスはひそかに付き合い始めた。そして、そのことに気づいたサムは深く傷ついたのだった。

次第にサムとセイディはほとんど仕事を一緒にしなくなっていった。セイディはMapleworldに興味を示さず、Master of the Revelsというエリザベス王朝時代の劇場を舞台にしたゲームの開発に没頭した。

Unfair Gamesの創業者3人の関係はどうなっていくのか?
そして、Unfair Gamesに思わぬ悲劇が起こる……いったいなにが?

この小説のタイトルTomorrow, and Tomorrow, and Tomorrowはシェークスピアのマクベスの有名なセリフの最初の部分の引用だ。人は誰もが死に向かって、「明日、明日、明日」と歩んでいくという意味だろう。現実の世界では、死んでしまえば明日はもう来なくなる。しかし、ゲームの世界では、もし死んでしまっても、また最初からゲームをやり直すことができるので、「明日、明日、明日」は永久に続くことになる。だから人々はゲームにのめりこむのだろうか? 書名だけでなく、この小説では、いたるところでシェークスピアの引用や言及が見られる。マークスはハーバード大学の演劇部でシェークスピア劇を演じていたという設定だし、セイディが開発したゲームMaster of the Revelsはまさにシェークスピア劇を演じる劇場をイメージして作られたゲームだ。ミスマッチともいえるゲームと古典文学の両方を愛する人たちが興味をそそられる作品だ。ハーバード大学で文学を学んだ著者ゼヴィン自身も子供の時からゲームをプレイし、「私は生涯ゲーマーだ」と後書きで述べている[4]

著者について[5] [6]

ガブリエル・ゼヴィンは1977年10月24日、ニューヨークでロシア系ユダヤ系アメリカ人の父親と韓国人の母親との間に生まれた。小説家、脚本家。ハーバード大学卒(英語、とくにアメリカ文学専攻)。現在はロサンゼルスに住んでいる。

2005年、初めての小説Margarettownを上梓。
2014年のThe Storied Life of A.J. Fikry(『書店主フィクリーのものがたり』)は長い間ニューヨークタイムズ・ベストセラーリストに入り、2016年に日本で本屋大賞(翻訳小説部門)を受賞した。

ヤングアダルト向け小説としては、2005年のElsewhere(『天国からはじまる物語』)は、2006年に第53回産経児童出版文化賞を受賞した。
2007年、Memoirs of a Teenage Amnesiac(『失くした記憶の物語』)を上梓。2010年、ハンス・カノーザ監督、堀北真希・松山ケンイチ主演で『誰かが私にキスをした』の邦題で映画化された。

[2]Tomorrow, and Tomorrow, and Tomorrow is a novel about work, ……Tomorrow, and Tomorrow, and Tomorrow is equally about love” p. 401
[3]Massively Multiplayer Online Role-playing Game. インターネットを介して多くのプレイヤーが同時に参加できるオンラインゲーム.
[4] p. 399
[5]About – Gabrielle Zevin
[6]Gabrielle Zevin – Wikipedia

佐藤則男のプロフィール

早稲田大学卒。米コロンビア大学経営大学院卒(MBA取得)。1971年、朝日新聞英字紙Asahi Evening News入社。その後、TDK本社およびニューヨーク勤務。1983年、国際連合予算局に勤務し、のちに国連事務総長となるコフィ・アナン氏の下で働く。 1985年、ニューヨーク州法人Strategic Planners International, Inc.を設立し、日米企業の国際ビジネス・コンサルティングを長く手掛ける。この間もジャーナリズム活動を続け、ヘンリー・キッシンジャー元国務長官、ズビグニュー・ブレジンスキー元大統領補佐官らと親交を結ぶ。『文藝春秋』『SAPIO』などに寄稿し、9.11テロ、イラク戦争ほかアメリカ情勢、世界情勢をリポート。著書に『ニューヨークからのメール』『なぜヒラリー・クリントンを大統領にしないのか?』など。 佐藤則男ブログ、「New Yorkからの緊急リポート」もチェック!

記事一覧
△ 【NYのベストセラーランキングを先取り!】ガブリエル・ゼヴィン最新作! ビデオゲーム会社を立ち上げた3人の群像劇 ブックレビューfromNY<第80回> | P+D MAGAZINE TOPへ