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師いわく 〜不惑・一之輔の「話だけは聴きます」<第14回>

第14回 『ことばに「心がこもってない」と言われます』
寄席での二席を終え、晴れ晴れとした顔で現れた一之輔師匠。時刻は午後4時。浅草の居酒屋に集まる坊主頭三人。まっとうな世間の人々はまだ働いている。その背徳感を肴にしようという算段の師匠は飲む気満々。私としてはこれも仕事なのだが。太陽はまだまだ高く、日射しは容赦なく降り注ぐ……この日の東京の最高気温は34℃。

師いわくメインタイトル

 
一之輔師匠(以後、師):ビールでいいよね。
今日は昼メシ抜いて、楽屋で出されたお茶も断ってきたから。

キッチンミノル(以後、キ):がっつり食う気ですね!

一同:「カンパーイ!」

師いわく第14回文中画像1

キ:いやー、今日は暑かったから。冷えたビールがたまんないですね。
……あれ? そういえば師匠、ダイエットは?

師:現状維持だよ。それでいいんだよ。

キ:そ、そうなんですか。でも今日は食べちゃってもいいんですね?

師:話を聞いてた? 昼を抜・い・て・ん・の、オレは。

キ:す、すみません。楽屋のお茶まで飲まずに来たんでしたね。

師:そうなんだよ。時々、高座の後にビールが待っているってわかっているのに、間違って飲んじゃうことがあるから危ないんだよ。ふ〜…

キ:…って言っている間に、もうビール飲み干したんですか?

師:だって高成さんが飲み干してるから、オレはペースを合わせてんだよ!

編集の高成さん(以後、タ):あ、すいません。……いやぁ、なにしろ今日は暑かったもので。

キ:(こりゃあ高成さんも仕事する気ないな……)

師:店員さ〜ん! 生二つ!

キ:師匠は気ィ遣いだなぁ〜。

師:そうだよ。オレは気遣いの星から、気を遣いにやってきたんだから。

キ:それが本当なら、そのうち胃に穴があきますね。

師:そう。だからそれを毎晩の酒で治すんだ。

キ:……ところで、ちょうど今年の前半が終わりましたけど、なにかこの半年で思うことはありましたでしょうか? ゴールデンウィークには一緒に高尾山に登りましたが、他にやったことや思い出に残っていることとかは?

師:う〜ん…ないね。なにもない。覚えてない……全然立ち止まってないからなぁ。走り続けているから。オレは。

キ:日々に追われているだけでしょ?

師:おい!

キ:それじゃあ、この半年間ってあっという間に過ぎた印象ですか?

師:あっという間だね。つい先日、お年玉配っていた気がするもん。

キ:働きすぎですよ。忙しすぎちゃって記憶が脳みそに定着していかないんですよ。きっと。

師:それじゃあ、前半の休みを数えてみようか。

師いわく第14回文中画像2

▲ビッシリとスケジュールが書き込まれた手帳を開いて今年の前半を振り返る、我らが師。

師:えーと、あらー…連休にした2日しか休んでない。
しかもこの2日間、痛風を発症してずーっと寝てたんだ。辛かったなぁ……

キ:私といた次の日ですか! あの日、いきなり「痛風かも…」って言い出すから、本当かなと思って足を軽くつついたら、本気で怒られたやつですよね。

師:軽くじゃなかったろ! あのときは!!

キ:あはは、せっかくの休みなのに痛風ッ!

師:…………

キ:お子さん達の近況はどうですか?

師:そういえば、この半年で、中一の長男の背がどんどんでっかくなっていってる。

キ:あの長男くんが。そうかぁ…子どもの成長は早いなぁ。

師:それで最近、声もどんどん野太くなっていくんだよ。すごく嫌だね、声変わりの子どもって。

キ:子どもの成長は、なんでも嬉しいのでは?

師:そうじゃないの。突然、家におっさんが一人増えたみたいな感じで。足とか臭いし。
今まで家の中におっさんはオレ一人だったのに。

キ:家の中に、足の臭いおっさんが二人かぁ……確かに嫌だなぁ。

師:……他人に言われるとなんかムカつくなぁ。
それでさ、中学生になると制服だから学校にワイシャツ着ていくでしょ。

キ:ええ。

師:一日じゅう着ていると、襟元が黒くなるじゃない。

キ:なりますね。

師:その汚れを落とす、専用の洗剤があるでしょ。液状のりみたいな形状の襟元汚れ専用のやつ。

キ:ああ、ありますね。

師:あれを長男に、脱いだら塗れって言ってあるの。自分で塗れよって。ちゃんと塗ってから洗濯すれば、汚れは落ちるからって。

キ:そうですね。

師:……だけど全然、塗らねぇんだよ。「塗れって言ったろ!!」って毎日叱るんだけどさ、全然だめ。

キ:まぁ中学生ですからね。

師:だから渋々オレが塗るんだけどさ。最近、その役割に甘んじているオレがいるのよ。

キ:甘んじている…

師:最初はさ、イライラしてたんだけど、気づいちゃったんだよ、昨日。
襟の汚いワイシャツを見つけて、あった! …って喜んで洗剤をヌリヌリしている自分に。

キ:無意識に喜んでいた……「親心」ってやつですね。

師:違うんだよ。

キ:ん?

師:……なんか…好きみたい。ああいう作業が。オレってば。無心になれるっていうか。
キッチンさん、こういう場合、子どもの躾とオレの快楽と、どっちが大事だと思う?

キ:…………
 

師に問う:
人と話していて、感心したときに「さすがですね!」って言うと、必ず「心がこもってない」って言われます。他のときは言われないのに、「さすがですね」のときは、誰に言っても「心がこもってない」と言われます。心のこもった「さすがですね」を言えるようになるには、どうすればいいでしょうか?……困ってます。本当にさすがって思ってるのに!! この前、腕の良い整体師さんに言ったときも、「心こもってない」って言われました。わたしの心のことが、なんでわかるんだろ? (匿名/47歳/女性/東京都)

 

師:言葉って難しいよね。

キ:そうですね。

師:……鈴愛がさ、律くんに「ごめん、無理だ」って言ったじゃない。
【編集部注】…NHK連続テレビ小説『半分、青い。』の話題が突然はじまりました。観ていない方には申し訳ありませんが、知らない固有名詞の連発に少々おつきあいくださいませ。

キ:夏虫駅で律くんに鈴愛が告白されて、思わず言ってしまった一言ですよね。それで律くんはフラれたと思っちゃって、後に別の女性と結婚してしまう……

師:そう。鈴愛には、そんなつもりがなかったのに。
……言葉って、相手のいることだから…難しい。

キ:本当ですね。……ちなみに「さすが」って言葉を、師匠は使いますか?

師:う〜ん、使わない。

キ:反対に、高座から下りてきてお弟子さんから「今日は師匠、さすがでした!」とか言われることはあるんですか?

師:あるわけねーだろ!!
そんなこと言ったら破門だよ、破門!! おまえバカにしてんのか…って。

キ:あはは! それじゃ目上の人を褒めるときって、どういうふうに言うんですか?

師:目上の人を? 褒めないでしょ! 失礼でしょ、目下の者が“褒める”なんて。

キ:普通に考えたら、確かにそうか。

師:だからさ、この人は、そもそもの言葉選びが間違ってんだよ。

キ:心がこもるこもらないの前の段階で……

師:言葉の意味を、履き違えている。
「さすが」って言葉には、相手と対等な感じがないでしょ。相手に対して上から目線だったり、逆に極端にへりくだったり。

キ:あー、なるほど。対等ではないですね。それに少々相手との距離を感じます。

師:それに「さすがですね」って言葉を使うときには、必ず事前に情報が必要なんだよ。

キ:…というと?

師:初めての人には言わないでしょ。「さすがですね」とは。

キ:そうですね。確かにサッカーの解説者とかが「さすが」という言葉を使うときって、一般的にスターと認められている選手が、当たり前にすごいプレーをしたときなどのような気がします。そこには解説者と選手という距離感や年齢的なものもあるのかな。

師:だから例えば、いままで何度もキッチンに撮影の仕事を頼んでいて、キッチンの撮る写真をたくさん見てきた人が「今回の写真もいいですね。さすがですね」って言うのは納得できるでしょ。

キ:はい。照れますけど。

師:その前提なしに、キッチンのことを知らなくて、初めてキッチンの写真を見た人から「さすがですね」って言われたらどんな気持ちがするよ。

キ:なにに対して?…って疑問を持ちます。ちょっとバカにされたのかなとも思っちゃうかも。

師:そうでしょ。発言する人が、これまでどういうふうにキッチンを見てきたかっていう前提がないと、「さすが」って言葉はまったく意味をなさない。ちょっと相手を小バカにしている感じにすらなることもある。

キ:つまり、この方が「さすが」に込めている意味や思いが、世間一般の人が思う「さすが」と違うから、この方の思いが相手にまったく伝わっていないんだ!

師:その違和感を、周囲の人たちは遠回しに「心がこもっていない」って表現しているんじゃないのかな。

キ:そうかもしれません。「さすが」以外を使っているときには言われない…と書いてありますし。

師:ところで、この整体師の方とは旧知の仲なのかな?

キ:そこまでは書いてないですが……

師:書いといてくれないと!

キ:す、すみません。(……なんで私が怒られてるんだ!?)

師:もし、初めて施術してもらったときに「さすがですね」って言ってしまっていたとしたら、そりゃ相手も戸惑うでしょ。

キ:前提がないわけですからね。さっき私が感じたみたいな感情を抱いたかもしれないですね。

師:そうだろ。

キ:「さすが」って難しい言葉なんですね……なるほどなぁ。あんまり使わないほうが無難なのかな。

師:でもさ…

キ:でも?

師:この方はどうしても「さすが」っていう言葉を使いたいんでしょ?

キ:いやいや、そこまでは言ってないと思いますが……

師:それなら、こう言えばいい!

キ:…は、はい。

師:「次はさすがって言わせてもらいますから」
って。

キ:……んんっ!?
「次回は言いますよ」って予告をしちゃうってことですか!? 今回は初めてのことなので「さすが」って言えないもんだから。

師:そう! 「次も私の期待に応えてくださいね」ってニュアンスでさ。

キ:……なんか、すごい上から目線。

師:今回あなたへの基準が私の中で定まったんで、次回こそは「さすがですね」って言わせてもらいますから…って。

キ:……そして、とても挑発的!

師:言われた相手も「なんだコイツは?」って思うけど、こうも思わずにはいられないぞ。

キ:……?

師:「次回はコイツに“さすが”って言わせたい」って!!

キ:思いますかぁ~~??

師:思う。ハマる人にはハマるね、ものすごく。
「オレをちゃんと評価してくれているぞ、この人は!」って思うに違いない。

キ:どれほどの人が、この一言をそんなふうに受けとめてくれるかなぁ……。なんせこれを言う相手は、そのときが初対面ですからね。
ハマんなかった場合を思うと、この一言を使うには、相当の勇気がいりますが。

師:そこは挑戦してよ!! この方は「さすが」って言葉を、どうしても使いたいんだから。

キ:いやいや、だから…

師:オレに相談するって、そういうことでしょ!?

キ:いや、そこまでの強制力はないです。

師:「強制力はないです」ってキッチン、その言い方…

キ:それじゃあ、師匠はこの一言を、落語を初めて見た初対面の人に言われたら、どう思いますか?

師:そりゃあ「なに言ってんだコイツ!」って思うだろうね。

キ:ほらぁ~~ッ!
いまさっき自分が提案しときながら、最大級の拒否!

師:いやいや、このオレにはハマらなかった…ってだけだから。
恐れずに、一度は誰かに試してみたらいいんだよ。心配いらないから。

キ:いやいやいや。めちゃくちゃ心配でしょ!

師:はいはい、キッチンさんは真面目。さすがですね。

キ:……なんか腹立つなぁ。

 

師いわく:

師いわく第14回キメ画像

(写真・構成/キッチンミノル)※複製・転載を禁じます。

プロフィール

師いわくプロフィール画像2

(左)春風亭一之輔:落語家

『師いわく』の師。
1978年、千葉県野田市生まれ。2001年、日本大学芸術学部卒業後、春風亭一朝に入門。前座名は「朝左久」。2004年、二ツ目昇進、「一之輔」に改名。2012年、異例の21人抜きで真打昇進。年間900席を超える高座はもちろん、雑誌連載やラジオのパーソナリティーなどさまざまなジャンルで活躍中。

(右)キッチンミノル:写真家

『師いわく』の聞き手。
1979年、テキサス州フォートワース生まれ。18歳で噺家を志すも挫折。その後、法政大学に入学しカメラ部に入部。卒業後は就職したものの、写真家・杵島隆に褒められて、すっかりその気になり2005年、プロの写真家になる。現在は、雑誌や広告などで人物や料理の撮影を中心に活躍中。

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