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師いわく 〜不惑・一之輔の「話だけは聴きます」<第16回>

第16回 『ここぞというときに失敗します』
猛暑の続く毎日に私キッチンミノルは夏バテ気味。対して、一之輔師匠は休みなく毎日高座に上がり続け……この人は疲れるということを知らないのだろうか? 毎日まいにち高座へ上がるための心構えを尋ねてみた。

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キッチンミノル(以後、キ):師匠は休みなしで今年の前半を終えたということでしたが、休まなくて疲れとか溜まったりしないんですか?

一之輔師匠(以後、師):溜まるよ。とはいえ、なんとかやってこられているからなぁ。……でも休みたいねぇ。3か月くらいは休みたい。

キ:3か月ですか……プロのスポーツ選手が、休養すると試合の勘を取り戻すのに苦労するという話を聞いたことありますが。そういうことって落語ではないんですか?

師:あるある。10日間、寄席を休むと感覚が鈍る。
【編集部注】…東京の「定席」と呼ばれる寄席(上野の鈴本演芸場・新宿末廣亭・浅草演芸ホール・池袋演芸場)では、毎月1~10日を「上席」、11~20日を「中席」、21~30日を「下席」と10日間ずつ区切って興行が行われる。

キ:ホールとかで毎日落語をやっていたとしても?

師::そう。独演会とかはやっていても。寄席に出ないと寄席の感覚は鈍るんだよ。

キ:空気の読み方とか?

師:うん。時間配分とか寄席のお客さんへの対応とかも。独演会ばっかりやっていると、わからなくなる。

キ:へー。寄席のお客さんへの対応?

師:独演会だと、お客さんが自分のことを知っている前提で話すけど、寄席はそうじゃないからね。

キ:それじゃ寄席を10日間休んだ後は上がりづらい?

師:上がりづらいってほどではないけど、「そうだ…ここは寄席だなんだ」って確認する。初心に返って上がるようにしているかな。

キ:なるほどなぁ。

師:どう? 考えてるでしょ、オレだって! (したり顔の一之輔師匠)

キ:まぁ、それくらいはみんな考えていると思うんですが……

師:おい!! ここまで聞いといて、その一言はないだろ。

キ:え? あっ。す、すみません!

師:これが織田信長だったら、即刻打ち首で河原に晒されてるぞ!! どうすんだよ、オレが信長だったら。

キ:だ、だったら私もそんなことは言いません……

師:キッチンさぁ、相手を選んでそういうことを言うなよ。

キ:すみません。

師:びっくりポンだよ。

キ:…………

師:いまのは「あさが来た」ね、朝ドラの。

キ:……はい。存じております。

 

師に問う:
子どもの時分から、ここぞというときに大概失敗します。自分は生まれつき本番に弱いタイプだというイメージが染みついているようです。
今からでも克服できるでしょうか。 (匿名/30代主婦/静岡県)

 

キ:師匠はどちらかというと本番に強いですよね。

師:そうね。そうだと思う。

キ:それでも緊張はするんですか?

師:するよ。むしろ、しないとダメだね。ときどき緊張もせずスーッと高座に上がっちゃうことがあるけど、そういうときはダメだもんなぁ。

キ:それは昔からですか? 子どもの頃に失敗したことはありますか?

師:う〜ん……あっ! あった。今思い出したけど「自転車の正しい乗り方コンテスト」っていうのがあって…

キ:自転車の…正しい乗り方…コン…テスト? すみません、初めて聞く単語なんですけど。

師:小学校で、秋の全国交通安全運動の時期だけ自転車クラブっていうのができてさ。道路交通法に則った自転車の乗り方というのがあって、そのスキルを競うコンテストがあったんだよ。

キ:どんなコンテストなんですか?

師:例えば「田」の字になったコースがあって、そのコースを決められた順番で左折したり右折したりするの。

キ:それをやっていたんですか。

師:小6のときだったかな。学校を代表する4人のうちのひとりに選ばれてさ。

キ:学校代表に? すごいですね。

師:うん。なんだけど、コンテスト本番の最中に頭の中が真っ白になっちゃって。

キ:あら〜… それで?

師:泣いた。

キ:ええーーッ!!

師:で、途中棄権になった。
……なんかみんなに慰められた気がする。

キ:小6にもなって、みんなの前で泣くなんて、大事件じゃないですか。

師: 悔しくてね、恥ずかしくてね。
……すっかり忘れていたけど、そういうことあったなぁ。

キ:コンテストの前に練習はしていたんですか?

師:放課後、なんども練習を繰り返していたよ。

キ:コースを走る順序は、テスト当日に初めて知らされるんですか?

師:いや、事前に決まっていた。だからテストと同じコースを何度も練習していたのに、本番ですべて吹っ飛んじゃったんだよね。

キ:師匠にもそういうことがあったんですね。今からは想像できないことですけど。見てみたかったなぁ。それでどうやって立ち直ったんですか?

師:う〜ん。どうやって立ち直ったか……全然、引きずってなかったな。寝て起きたらケロッとしていたと思う。

キ:みんなの前で泣いたのに?

師:そこなんだよ。まったく引きずらない。

キ:はぁ…大物ですよ。師匠は。

師:完全にバカにしてんだろ!

キ:バカにはしてないですけど、ノーテンキだなとは思いました。

師:このヤロー…!

師いわく第16回文中画像1

▲我らが師の磨き上げた自転車技術は、息子たちに受け継がれてゆく……
小社刊『春風亭一之輔の、いちのいちのいち』より(転載&複製禁ず)

キ:まぁまぁ、落ち着いてください。
……それじゃ、高座で頭の中が真っ白になったことは?

師:あったよ。何度も。

キ:そういうときは、どうなっちゃうんですか?

師:混乱しちゃうんだよ。何もできなくなっちゃう。

キ:あはは、師匠にもそういう時期があったんですね。今はさすがにないでしょうけど、そのときはどうやって立ち直ったんですか? この場合は自転車のコンテストと違って、もうプロとしてお金もらってやっていたわけですよね。

師:そうねぇ……でも頭の中が白くなったって、やっていることはどうせ落語なんだからさ。死ぬわけじゃないし、まぁいいや…って。すぐに忘れちゃう。

キ:そんなに忘れっぽくて、よく落語を覚えられますね。

師:おい!

キ:だけど、この方は失敗したら落ちこんじゃうタイプなのかもしれないですね。

師:あのね、他人になんてさ、誰もそんなに期待してないから。

キ:たとえ失敗しようとも?

師:そう。みんな自分のことで精一杯だから。
「ここぞというとき」がいつなのか、この質問ではわからないけれども、どの程度の本番なのかね。

キ:主婦って書いてあるので、例えば子どもの行事などで大人数の前で話さなければならないとか…

師:あー、あるある。うちのかみさんも、PTAをやっているからそういうときがあって、すごい緊張してんだよ。

キ:そりゃあ緊張するでしょ。

師:この前もさ、今度するスピーチについて、この表現でいいのか…この服装でいいのか…みたいに迷って何回も訊いてくるからさ。「正直どうでもいいんだよ! そんなことなんて」って思わず言っちゃって…

キ:ええ〜ッ!! おかみさんにそんなこと言ったんですか!? めちゃくちゃ怒られませんでした?

師:めちゃくちゃ怒られた……

キ:当たり前ですよ。

師:「あんたはそういう仕事してるから人前で話をすることが平気かもしれないけれど、これで失敗してみっともないところを見せたら、子どもがあとでいじめられたりするんだから!」って。……そのあと修羅場よ。

キ:あはは、真っ当な反論ですね。

師:だけどさ。本当にどうでもいいのよ、そんなことは。例えばスピーチの場合だったらだよ、表現とか服装なんてどうでもよくて、話し方だってたどたどしくていいんだよ。一言だけ記憶に残ることを言えば、それでいいの。

キ:それが難しいんだけどなぁ。

師:前にも言った小河原先生のスピーチなんかさ。内容なんてないけど、今でも心に残っているんだから。そういうことだよ。
【編集部注】小河原先生…「第2回 『朝礼のスピーチが苦手です』」をご覧ください。

キ:話し手の個性もあるから、誰もができるというわけではないと思いますが、大人のスピーチなんか子どもたちはそもそもちゃんと聞いていないですからね。

師:そうそう。本番で失敗する人って、晴れの舞台を自分でつくりすぎちゃう場合がある。冷静に考えれば「たいしたことないよ、それ」って思うんだけど、ここで一旗あげようみたいに考えちゃって、自分で自分を追い込んで固くなっちゃう気がする。

キ:自分で勝手に、これは晴れの舞台だって思いこんじゃうということですか?

師:そう。それで思ったようにできなくて、落ちこんじゃうんだろうけど。
……例えばPTAの挨拶だったとしてもさ、「本当にそれ本番なの?」って思うよね。

キ:え、本番でしょ?

師:次に進むためのステップかもしれないじゃない、長い目で見れば。
……落語家には本番がないって言われたよ、権太楼師匠に。

キ:桃太郎師匠に?

師:ぜんぜん違うよ! 昔昔亭桃太郎師匠は絶対にそんなことは言わねぇから。
【編集部注】…言うかもしれません。

師:柳家権太楼師匠に言われたの、「落語家には本番なんてねぇんだ」って。
じゃあ本番っていつだろう…って思うとさ、いつも稽古なんだよ。

キ:常にそういう気持ちで挑めってことですか。

師:そう。そして一之輔的にさらに一歩進んで言うと、「いつも本番。いつも稽古」ってイメージでやるのがいいと思う。本番だけど稽古。稽古だけど本番。

キ:今、全国の大きなホールを巡る独演会ツアーをしていますけど、そういう場合でも同じような心持ちなんでしょうか?

師:そうね。いつもどおりやったほうがいい。どんなに頑張ったって、いつも以上にはできないんだから。

キ:いつも本番が稽古だからといって、普段の稽古なんかしなくていいってことでは…

師:ない。もちろん稽古はしたほうがいい。噺家の世界では「怖さを忘れるために稽古をする」とも言うからね。

キ:なるほど。

師:つまりオレの言葉をチャップリン風に訳せば、「Next one!!」ってことよ。

キ:なんで急に横文字に?

師:横文字、かっこいいじゃない。

キ:チャップリン風に訳す…っていう意味がわからないですが、チャップリンが「あなたの最高傑作はどれですか?」と記者に尋ねられたときに、「次回作だ(The next one)」と答えた…と伝えられている一言ですよね。

師:イエス! Of course!!

キ:……そうか! 師匠は常にそういうイメージで高座に上がっているんですね。昨日よりも今日、今日よりも明日。より優れた傑作を目指して、常に進化し続ける……それが一之輔落語なんだ! スゲーかっこいいです!!

師:……う〜ん。そんなふうに真面目にとらえてもらうと困るなぁ。今のは単に、オレが言いたいことをチャップリンの言葉になぞらえただけなのね。

キ:ん?

師:だって最高傑作ばかり目指しても疲れちゃうでしょ。

キ:疲れちゃう?

師:いつも本気だと。

キ: え〜と……「Next one」の話ですよね、喜劇王チャップリンの。

師:志ん生師匠がおっしゃっていたそうだよ。

キ:あの古今亭志ん生師匠が…

師:「女郎だって、いつも本気でやってたら疲れちゃう。気ィ抜くときだってあんだよ」って。
つまり、それこそが一之輔流NEXT ONEなのよ。

キ:…………

師:今回がダメでも次がある。ハイ、つぎ~~!

 

師いわく:

師いわく第16回キメ画像

(写真・構成/キッチンミノル)※複製・転載を禁じます。

プロフィール

師いわくプロフィール画像2

(左)春風亭一之輔:落語家

『師いわく』の師。
1978年、千葉県野田市生まれ。2001年、日本大学芸術学部卒業後、春風亭一朝に入門。前座名は「朝左久」。2004年、二ツ目昇進、「一之輔」に改名。2012年、異例の21人抜きで真打昇進。年間900席を超える高座はもちろん、雑誌連載やラジオのパーソナリティーなどさまざまなジャンルで活躍中。

(右)キッチンミノル:写真家

『師いわく』の聞き手。
1979年、テキサス州フォートワース生まれ。18歳で噺家を志すも挫折。その後、法政大学に入学しカメラ部に入部。卒業後は就職したものの、写真家・杵島隆に褒められて、すっかりその気になり2005年、プロの写真家になる。現在は、雑誌や広告などで人物や料理の撮影を中心に活躍中。

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