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師いわく 〜不惑・一之輔の「話だけは聴きます」<第19回>

第19回 『江戸っ子の啖呵に憧れます』
昼下がりのファミレスの片隅で、お悩み相談はさらに続く……これも我らが師への信頼が厚い証だ。しかし世の中には他人に信頼される人間とされない人間がいるようで……

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一之輔師匠(以後、師):……さっきまで女子高の落研の子たちに、落語の講義みたいなことしてきたんだよ。

キッチンミノル(以後、キ):女子高ですか! いいですね〜。

師:この前の落語会で、オレへの手紙をキッチンに託した女の子がいたでしょ?

キ:はい、いましたけど……?

師:じつは、その子が部長でさ。

キ:ああ、そうだったんですか! ロビーで本を売っているところにやってきて、「これを一之輔師匠に渡してください」って手紙を預かったんですよ。

師:そう、その女の子。

キ:軽い感じで、わかりました…って受け取って、机に置いておいたんですね。しばらくして誰かに見られているなぁと思ったら、その子がキラキラした目でずーっとこっちを見ていて。

師:アハハ。その子も、この人に手紙を預けたのはいいけど、本当にオレのところまで届くのだろうかって心配になったんだろうね。

キ:こっちも本の販売に忙しいから、スタッフが通りかかったらお願いしようと思ってたんですけど、途中でまた近づいてきて「ちゃんと渡してくださいね」と念を押されて。

師:キラキラした目で……

キ:そうです。だから、これはヤバい手紙だな…気楽な手紙じゃないんだなと思って。販売を放棄して楽屋に向かいましたからね。

編集の高成さん(以後、タ):隣にいた私の印象だと、キラキラした目で“見ている”というより、鋭い視線で“見張っている”ようでしたよ、あれは。  

師:キッチンの、あの切羽詰まった顔はそういうことだったのか! マイクテストしているときにいきなり来たんでびっくりしたよ。

キ:こっちも必死ですから。キラキラした瞳を曇らせてはいけないって使命感がありますからね。それで師匠に手紙を渡してホッとして楽屋口からロビーに出たら、その子が外で待っていて……

師:ちゃんと手紙がオレに渡ったのか、最後まで見届けられていたんだ。

キ:はい。私はそのときに思いました。信用がないって辛いことだな…と。

師:だけど、あの子は人を見る目があるよね。すぐにわかったんだろうね。「あ…、こいつは信用ならないぞ」って。こいつには念をおしておいたほうがいいなと。さすがは部長、いい判断だね。

キ:……

師:そうそう……その子が、この前の「つけまつ毛」の質問をした子だったんだよ。
【編集部注】…第13回『つけまつ毛に、もやもやしています』をご覧ください。

キ:あ〜、つけまつ毛にもやもやしていた、アイアイさんだったんですか!

師:読者に信用されていないって……辛いだけでなく、とても悲しいな。

キ:なんかね…って、念を押して楽しまないでくださいよォ。

 

師に問う:
お悩み失礼します!
江戸っ子の啖呵に憧れます。普段、怒りっぽいほうではないので、いざ怒った! …となると、手が震えて声も震え気味に。心拍数はあがるし、喋りづらくなります。落ち着いて話そうと思っても、ボルテージが上がっているからか、いつもの声の調子ではないし……。
バーっ! っとスラスラ怒れる人ってすごいなと思うのです。嫌味とかでなく、そうなりたいのですが、性格の面が大きいのでしょうか。無意味に怒鳴り散らすのではなく、ここがこうおかしいだろってのを冷静にペラペラ顔色変えずに言えるようになりたいです。
ちなみに、御二方は怒ると、どういった感じになりますか?
(べらぼう/女性/29歳)

 

師:「お悩み失礼します!」って勢いあるなぁ。

キ:お名前も「べらぼう」ですからね。そうとう威勢がいいですよ。

師:べらぼうさんは江戸っ子に憧れすぎです。

キ:町を歩いていて啖呵を切っている人を見かけるってことはなかなかないですが、落語の世界には、聞いていてスカッとするような啖呵を切る『大工調べ』の棟梁みたいな江戸っ子が登場しますよね。私も大好きなんですが、日常ではなかなか……
【編集部注】大工調べ…古典落語の演目。家賃を滞納したせいで大家に大工道具を取り上げられた与太郎、棟梁が仲裁に入ったはずが…という噺。棟梁が放つ、江戸っ子の職人らしい威勢のよい啖呵が見どころ。

師:日常では使えないでしょ。
……啖呵っていうのは、心底怒ったときには出てこないんじゃないかな。稽古のときに教わったのは、啖呵はテンポよくはっきり言いなさい…ってことだった。怒っちゃダメなんだよ。つまり「啖呵は冷静じゃないと言えない」ということ。

キ:この方も、冷静にペラペラと理路整然と怒りたい…と書いてあります。

師:それはもう、怒ってないからね。心理的状況としては。

キ:確かにペラペラと理路整然と怒れるのは、頭のどこかが冷静であればこそか。
……ちなみに『大工調べ』の啖呵をスラスラと語るためには、やっぱりかなり練習するんですよね?

師:するする。けっこうする。

キ:何度も繰り返して?

師:それしかないよね、啖呵がうまくなるためには。

キ:それじゃあ、オリジナルの啖呵を考えたりすることは?

師:ない。
……啖呵っていうのは先人から長い年月かけて受け継がれてきて、すでに一息で言いやすい形になっているから。変えないほうがいいと思っている。

キ:練りに練られた言葉ということなんですね。

師:そうだよ。啖呵はフィクションだから。現実世界では、落語の世界の棟梁みたいにトントンって言葉が出てくる人なんてそうそういないでしょ。

キ:なるほど。 

師:志ん生師匠の言葉に「棟梁は啖呵が切りてぇんだよ」というのがあるんだけどさ、啖呵を切る人は啖呵を切りたくてしょうがないだけなんだよ。ファッションだから啖呵は。

キ:フィクションでファッション。言葉の様式美みたいなものかぁ……

師:そう。見せかけよ。
……現実に目の前で啖呵を切られてごらん。スラスラスラ〜って言葉が流れていくのに感心しちゃって、内容なんて入ってこないと思うよ。

キ:確かに、この人よくもまぁこんなに淀みなくしゃべれるもんだ…って驚いているうちに啖呵が終わっているかも。

師:「激おこぷんぷん丸」と同じだよ。

キ:ギャル語の? ……古い。師匠からその言葉が出てくるとは!

師:当時、その言葉を使いたいがために、別に怒っているわけじゃないのに「激おこぷんぷん丸」ってメールに打っている自分がいたからね。

キ:「激おこぷんぷん丸」と啖呵が同じかぁ。

師:どちらもファッションよ。ファッション啖呵であり、ファッション激おこぷんぷん丸。
……だからちゃんと怒りを相手に伝えたいなら、啖呵を切れる人よりも、べらぼうさんのように怒りで顔が真っ赤になって、手に力が入ってワナワナしてさ、口角泡を飛ばして。涙を流しながら怒るほうが、よっぽど人間らしくていいと思うけどなぁ。

キ:すごく人間っぽいです。
……ちなみに師匠が怒ったときは、どんな感じになりますか?

師:オレも怒り方はあんまりうまくないんだよなぁ。怒っている自分に熱くなっちゃうというか…
べらぼうさんとあまり変わらない気がする。

キ:でもべらぼうさんは、それはみっともないと思っているんです。

師:江戸っ子に憧れているからね。手ワナワナ、口角アワアワは粋じゃないと。

キ:そうですね。

師: それじゃ、もし怒りがこみ上げてきて冷静さが失われそうになったら、こうしてください。

キ:はい。

師:大きなため息を吐きましょう。「ハァ〜〜…」って。

キ:まずは体に充満した力みを取るんですね。

師:そして眉毛を上にあげましょう。

キ:眉毛を…あげる?

師いわく第19回文中画像1

師:心底呆れてますよ…っていう演技です。

キ:演技?

師:そして、傍に奈津子を呼びましょう。

キ:ナツコ……??? 誰ですか?

師:「ナツコ」といえば当然、我らの戸田奈津子でしょうが!

キ:いやいや。「でしょうが!」って言われても……“日本語字幕の生けるレジェンド”こと戸田奈津子さん?

師:そう。常に心のどこかに奈津子を棲まわせておいてだな…

キ:心に戸田奈津子を棲まわせておくんですか?

師:そして、あなたのアングリーレベルが上がってきたときに傍にお呼びしましょう。

キ:はぁ……

師:直接相手に怒りをぶちまけるのではなく、いちど奈津子に向けて怒りの思いを語るんだよ。気持ちよく翻訳してもらえるようにね。

キ:……あくまでも冷静さを失わずに、戸田さんが翻訳しやすいような心持ちで怒りをぶつけていく感じですかね。

師:そう。……テンポよくはっきりと。

キ:あっ! 落語で啖呵を切るときの大事なポイントですね。テンポよくはっきりと!

師:そのとおり!

キ:確かに、冷静さを失わずにテンポよくはっきりと…まで意識できたら、自然と啖呵を切っているみたいになるかも!?

師:しかもどんなに激しい怒りでも、奈津子はすぐに短い言葉で情緒豊かに翻訳してくれますから。ときには誤訳もしますよ。だけどそれはそれで、人間らしくていいじゃない。

キ:いやいや翻訳はしてくれないでしょ! 戸田奈津子さんはあくまでも架空なんだから。

師:バカ者! そこは本気で奈津子がいると思わなきゃ。頭で理解しようとしちゃダメ、感じなきゃ奈津子を。すぐに頭で理解しようとするのはキッチンの悪いところだぞ。

キ:はぁ……

師:そもそもここでの奈津子は、自分の考えが相手に正しく伝わるようにするための媒介であって比喩なの……わかる?

キ:媒介? あーそういうことか、理解しました。
……でも、戸田奈津子さんは英語から日本語への翻訳者であって、こちらの思いを伝えるのに日本語じゃまずいんじゃないでしょうか? それなら英語で伝えるんですか? もう啖呵どころじゃなくなっちゃうじゃないですか! どうしますか?

師:てめぇ、なにひとつ理解してねぇじゃねぇーか!! そういうことじゃないんだって。
……まぁいいや、めんどうくさいから。べらぼうは英語が得意なんだよ!!! すんげーペラペラなの。わかった? それでいいだろ!!

キ:いやいや、そんなこと一言も書いてありませんよ。話の辻褄が合わないじゃないですか!

師:うるさいなぁ〜! もういい! そんなことは架空なんだからどーでもいいんだよ! バ〜カッ!

キ:あー、言った! 「架空」って言った‼︎ いま逆ギレしながら架空設定を認めましたよね!?

師:お前は小学生か!
ハァ〜〜…

キ:…あ、呆れ顔? もしかして……

師:……ハァ…

キ:あれれ、どうしました? 

師:う〜ん……

キ:さぁ啖呵を! 啖呵を切ってくださいよ!

師:どうも奈津子はオレの中には棲んでいないみたい……

キ:ズコ〜〜〜ッ! 

 

師いわく:

師いわく第19回キメ画像

(写真・構成/キッチンミノル)※複製・転載を禁じます。

プロフィール

師いわくプロフィール画像2

(左)春風亭一之輔:落語家

『師いわく』の師。
1978年、千葉県野田市生まれ。2001年、日本大学芸術学部卒業後、春風亭一朝に入門。前座名は「朝左久」。2004年、二ツ目昇進、「一之輔」に改名。2012年、異例の21人抜きで真打昇進。年間900席を超える高座はもちろん、雑誌連載やラジオのパーソナリティーなどさまざまなジャンルで活躍中。

(右)キッチンミノル:写真家

『師いわく』の聞き手。
1979年、テキサス州フォートワース生まれ。18歳で噺家を志すも挫折。その後、法政大学に入学しカメラ部に入部。卒業後は就職したものの、写真家・杵島隆に褒められて、すっかりその気になり2005年、プロの写真家になる。現在は、雑誌や広告などで人物や料理の撮影を中心に活躍中。

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iwakuichinosuke@shogakukan.co.jp

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