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師いわく 〜不惑・一之輔の「話だけは聴きます」<第23回>

第23回 『先輩が部下になりました』
10月。ここ数年の一之輔師匠にとっては、大ホールでのネタ下ろしの会が催される大切な月である。ついにフィナーレを迎える今年は、なんと5日連続での開催となり……

新ヘッド

 

キッチンミノル(以後、キ):10月は、恒例のネタ下ろし独演会がありますね。今年は5日間連続で、毎晩初めて高座にかける演目を行うということですが……
【編集部注】…「2018落語一之輔・五夜」が10月23日から27日まで、よみうり大手町 ホールで開催されます。チケットは既に完売だそうで……映像化に期待しましょう!

一之輔師匠(以後、師):そうだよ。だからこんなところでビール飲んでホルモン食ってる場合じゃないんだよ。いい加減にしろ、キッチン!

キ:いやいや、これも仕事ですから! 何度も言うように。しかも師匠は、小学館の経費で酒飲んで飯食って喋ってるだけじゃないですか。

師:なに言ってんだよ!!  キッチンこそオレが喋ったことを、ただただ文字にしているだけじゃねぇか! オレは家に帰ったら稽古で大変なんだよ、バカ。

キ:稽古といっても、ブツブツ喋っているだけですよね。

師:お前、ひっぱたかれるぞ! 噺家全員に。

キ:いやいや、今のは売り言葉に買い言葉であって、もちろん尊敬してますよ。

師:ひどいなぁ。

キ:ちなみに新たに演じるネタは、もうどなたかの師匠に稽古をつけてもらったんですか?

師:まあね。

キ:ちなみにどちらの師匠に…

師:内緒。

キ:そういうのは、あまり言わないものなんですか…?

師:言いたくない。よく訊いてくる人いるけど、「うるせー!」って話だよ。

キ:ああ、そうなんですね。だけど、そこまで言わなくても…

師:……例えばキッチンがね、パン屋さんだとしてさ。客が「このパンおいしいですね」とか言わずに、いきなり「使っている小麦粉はどこ産なんですか?」って訊いてみな。うるせーよ!…ってなるでしょ。

キ:はぁ?

師:食ってから訊けよ!…ってなるでしょ。

キ:そう…ですかね……

師:それと一緒。「そんなこと知ってどうすんの? あなたも習いに行くんですか?」って訊き返したいよ。行かねーだろ!

キ:(やばい、やばい。変なスイッチ押しちゃったよ。深追いはやめておこう)……はい。すみませんでした。
……えーと、ネタ下ろしってことですが、師匠自身としては、その日が来るのをワクワクして稽古しているんですか。それとも…

師:憂鬱。すごく。だからここ何年も、10月は常に機嫌が悪いの。

キ:ああ。それならあんまり近づかないほうがいいのかな。

師:そうね。飲み会の誘いとかもやめてね。誘われると行っちゃうからさ。
静かにほっといてほしい……街で見かけてもチヤホヤしないでもらいたい。

キ:チヤホヤ……

師:キャーッ! とか叫んで寄ってこないでほしい。新幹線のホームとかで取り囲まないでほしいね、10月くらいは。

キ:そうなんですね。人気者は大変だなぁ…

師:そう。だからSPとかもいらないし。目立っちゃうから。やめてほしい。

キ:確かにSPは威圧感があるから、関係のないまわりの人までも「なに? なに?」ってなりますからね。…って、師匠に護衛がついているのを見たことないですけど!

師:それはたまたまです。

キ:……

店員:……失礼しまーす。ご注文の「生ハム4種盛り合わせ」でございます。

師:おっ、うまそう!

店員:こちらから、プロシュート・デ・パルマ、ミラノサラミ、コッパ、サンダニエーレになってございます。

師:へ〜、この見た目が同じそうなプロシュートとサンダニエーレは何が違うの?

店員:え? あっ、え〜と…ちょっと聞いてきます。

師:あ〜あ…聞きに行っちゃったよ。そこまでしなくてもいいんだけど。

店員:……失礼しました。産地が違うだけみたいです。

師:ああ、そうなんだ。味はどう違うのかな?

店員:……すみません。店長に聞いてきます!

師:あっ、それならいいよ。ありがとう。

キ:師匠……

師:なに?

キ:なんで尋ねたんですか?

師:だって、どう違うのか知りたいじゃない。まさか店員さんが知らないなんて思わないし。

キ:そうですけど、いま店員さんは思ったんじゃないでしょうか?

師:なんて?

キ:「食ってから訊けよ!」って。

師:……だね。
【編集部注】サンダニエーレ…正しくは「プロシュート・デ・サン・ダニエーレ」。イタリア北東部フリウーリ地方サン・ダニエーレ産の生ハム。ちなみにプロシュート・デ・パルマは、エミリア・ロマーニャ州パルマ産。

師いわく第23回文中画像1

 

師に問う:
今期から昇進したのですが、社歴も年齢も上の先輩が部下になりました。もともと気を遣う先輩だったので、指示や報告ひとつひとつに圧を感じます。大げさな言葉づかいですとか。
受け手の気持ち次第と気にしないようにするものの、なにか良いアドバイスいただけませんか?
(たむむ/29歳/女性/埼玉県)

 

師:昇進おめでとう!
……だけど、先輩が部下かぁ、キツイなぁ。

キ:そうですね。今回は同じようなお悩みメールがあったので、そちらも紹介します。

「序列に神経質な同僚について相談させてください。実年齢は同じ(学年が一緒)ですが、入社は彼のほうが早く、昔からいわゆる先輩風を吹かして上から語るキャラだったのですが、2年前に私が先に昇進したら、急にへりくだった口調になり、呼び捨てからさん付けになりました。同じグループではないし、人員配置上の理由で私が先だっただけなので私は気にしていなかったのですが、ところが今年の人事異動で彼が自分と同じ立場になった途端に、呼び捨てと先輩風が復活したのです。そういうキャラなのだと割り切ればそれまでなのですが、この先ずっと同じことが繰り返されるかもしれないと思うと気が重いし、肩書きや序列で態度を変えるのが忌々しいです。……すみません、悩みではなくタダの愚痴でした。 (匿名希望/38歳/男性/兵庫県)」

キ:こちらの方はただの愚痴ということですが……会社になると、こういうタイプの方は多いんですかね?

編集の高成さん:う~ん…私自身は出世欲もないので参考には……弊社で肩書きにこだわるタイプの人は……え~と…これに近い話は聞いたことあるようなないような……

師:高成さん、歯切れ悪すぎ!

キ:師匠の場合、真打になるときに21人抜きをしました。21人の中には気を遣う先輩もいらしたと思いますが、たむむさんや匿名希望さんみたいな経験をしたことはないですか?

師:まったくないなぁ。いい先輩ばかりだからね。だからこちらも、まったく変わらず普通に先輩後輩として接している。

キ:そうなんですね。

師:噺家って結局は個人商売だからさ、真打になった順番はあんまり関係ない。真打になった順番で香盤は決まっちゃうけど、その後の人気とは関係ないし。
……人気だってずっと同じままとは限らないし、まだ二ツ目だけど人気のある人もいる。そういうのはお客さんが判断することだから。
【編集部注】香盤…本来は香をたく器具の名だが、落語界では同じ協会内の序列、上下関係の順番を指す。

キ:そうなんですね。

師:そう。だから会社が決めた肩書きの絶対性みたいなものは、落語界にはないかなぁ。

キ:たむむさんは先輩の上司になってしまったもんだから、たぶん今までみたいに先輩後輩の間柄だけでは済まないような、上司としての指示や注意をこの先輩にも出さないといけない立場なんだと思うんです。

師:でも、この人のほうから先輩に「あなたの言葉遣いはなってない!」とは言えないでしょ。

キ:そうなんですよね。仕事以外のことについては言えないと思います。だからこそ悩みが深いんです。
……この先輩は、たむむさんが昇進する前から気を遣う人だったということなので、昇進する前は小言とかけっこう言われていたのかもしれません。先輩は心の中で「私のほうが仕事はできるのに…」と思っているのかも。

師:だからといって、たむむのほうが態度を変えてはダメ。ドーンと構えて。仕事のときは仕事に徹して、それ以外のときには今までどおり後輩として先輩を立てるのがいいと思う。

キ:先輩が慇懃無礼な態度で出てきたのだから、こちらも同じような態度で接するというのはどうでしょう?

師:あぁダメ! こういう先輩には逆効果。それに、そんなことやったら自分の気持ちが安らかにならないじゃない。

キ:そうですね。たむむさんも、受け手の気持ち次第と気にしないように努めていますからね。だけど、日々のことですから小さなストレスが少しずつ溜まっていって…

師:はい、そこ!!

キ:え…どこ?

師:毎日少しずつ溜まるストレス。

キ:辛いですよね…

師:でも、溜まっちゃうもんはしょうがない。

キ:しょうがない?

師:だったら、いっそ積極的に貯金しましょう。

キ:ストレスを??

師:そうです。
名づけて、「おめ、ちぃせーなぁ貯金」!!!

キ:な、なんですって?

師:後輩よりちょっと昇進が遅れたくらいで態度を変えるこの先輩、人間の器が小さすぎ。

キ:確かに。

師:ということで、今日からあなたの中に「ちぃせーなぁポイントカード」を作りましょう。
そして、あなたが日々感じる先輩の人間としての器が小せぇと感じた行動を1ポイントとして貯めていきます。

キ:嫌な出来事をポイント化する…

師:それで1日10ポイント貯まったら自分へのご褒美を! 「100ポイント貯まるごとに○○円」とかでも良し。昇進して給料も少し上がったことだろうから。

キ:なるほど。

師:これまでストレスだと思っていたことをポイント化することによって、ポイントの貯まる喜びと目標を達成したときのご褒美とで、二度楽しめるわけ。

キ:そうですね!

師:もちろん、ポイント獲得なんてものは自分のさじ加減ひとつだから、給料日前には審査を厳しくしちゃったりしてもいい。
「先輩、そんな程度ではポイントになりませんよ。フフフ」 って。

キ:おお! 先輩のキツイ一言で遊んでるたむむさんが見えました!

師:厳しい審査の上をいく一言を言われたときだって、「ほんと勘弁してくださいよ〜もう。給料前でお金ないのに、あ〜ポイント貯まっちゃったよ〜♪」なんて思いながら、ご褒美のこと考えちゃって笑みさえこぼしているかもよ。

キ:あはは、嬉しい悲鳴だ!

師:この方は文面から感じるに、いろんな人に気を遣う人だから、普段は自分にご褒美をあげてないと思うんだ。

キ:なるほど。先輩よりも先に出世までしちゃったから、余計に気を遣っているかもしれないですよね。

師:そう。だからあなたの出世祝いを、この先輩のポイントで祝おうよ。ド〜ンと!!

キ:わ〜~いッ!

 

師いわく:

師いわく第23回キメ画像

(写真・構成/キッチンミノル)※複製・転載を禁じます。

プロフィール

師いわくプロフィール画像3−1

春風亭一之輔:落語家

『師いわく』の師。
1978年、千葉県野田市生まれ。2001年、日本大学芸術学部卒業後、春風亭一朝に入門。前座名は「朝左久」。2004年、二ツ目昇進、「一之輔」に改名。2012年、異例の21人抜きで真打昇進。年間900席を超える高座はもちろん、雑誌連載やラジオのパーソナリティーなどさまざまなジャンルで活躍中。
 
 
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キッチンミノル:写真家

『師いわく』の聞き手。
1979年、テキサス州フォートワース生まれ。18歳で噺家を志すも挫折。その後、法政大学に入学しカメラ部に入部。卒業後は就職したものの、写真家・杵島隆に褒められて、すっかりその気になり2005年、プロの写真家になる。現在は、雑誌や広告などで人物や料理の撮影を中心に活躍中。

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