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師いわく 〜不惑・一之輔の「話だけは聴きます」<第25回>

第25回 『見切り品の割引忘れにモヤモヤします』
前回の続き。演劇部に所属する息子さんの文化祭の話題で盛り上がったところで、果たして一之輔師匠が学生の頃、どんな文化祭・学園祭をしていたのか尋ねてみた……

新ヘッド

キッチンミノル(以後、キ):……長男さんの文化祭を観てきたということでしたが、師匠が学生のときはどうだったんですか? 高校二年生のときに、休部状態だった落語研究会を立て直したという話を聞いたことがあるんですが。

一之輔師匠(以後、師):そうだよ。だから文化祭では落語をやってたね。

キ:文化祭でやった演目は覚えていますか?

師:たしか…「金明竹」だったかな。
【編集部注】金明竹…舞台は骨董屋。主人が留守中に訪ねてきた客人の上方言葉が聞き取れず、小僧(与太郎)とおかみさんが右往左往する物語。……と落語初心者の方向けに注釈を入れてみたけど、面白さはまったく伝わりませんね。

キ:それは誰かに習って……?

師:いやいや、テープと本を読んで覚えたんだよ。三代目の金馬師匠だったかなぁ。

キ:渋い高校生ですねぇ。お客さんは友達とかですか?

師:一般のお客さん。教室に座布団を並べて、高座は机の上に畳をおいて。

キ:初高座の手応え、お客さんの反応は覚えていますか?

師:そりゃあウケたさ〜

キ:あはは、そうですか。師匠って落語で挫折したことがないんですね。
……いや、ありましたよ!

師:いつ?

キ:欧州ツアーのワーテルロー、ベルギーで。地元のお客さんに向けて「笠碁」をやったとき、「前座の初高座のときよりウケなかった~」と落ちこんでましたよね。
【編集部注】…2016年の欧州公演のようすは小社刊『春風亭一之輔の、いちのいちのいち』で紹介されています。我らが師の手書き日記も掲載!

師:お〜い。思い出させるなよ。 

キ:はは、すみません。大学のときはもちろん落研ですよね。

師:そうね。

キ:そうかぁ、師匠は文化祭や学園祭といえば落語なんですね。

師:いや、バンドもやった。大学の学園祭で。

キ:ええーッ!?

師:文化部連盟っていうのがあって、オレが落研の会長をやっていたときに、軽音楽部とかフォークソングクラブとかの部長と組んで。オレは楽器できないからボーカルで。

キ:コピーバンド?

師:HOUND DOGのね。

キ:渋いなぁ、「ff(フォルティシモ)」とか演奏したんですか?

師:そうそう。「BRIDGE~あの橋をわたるとき~」とかさ。
……それでね、寄せ集めだからコンセプトが大事でしょ?

キ:その日限りのバンドですからね。

師:「ロックといちばんかけ離れているものはなんだ?」ってなって、あーだこーだ喧々囂々した結果、「赤ちゃんだろ」ってことになってさ。

キ:はぁ?

師:みんなで紙オムツ履いて演奏したのよ。

キ:う〜ん…

師:裸に革ジャンで紙オムツ。だけどまだインパクトが弱いから、もうひとつ要素を足そうってことになって、「じゃあカレーはどうよ?」って。カレーの好きな赤ちゃん。

キ:……いやもう全然なに言ってんのかわかんないっス。

師:え、そう? ……バスドラってあるじゃん。あれをドンドンドンって響かせて、それに合わせてカレーを完食するの。お客さんの前で。

キ:演奏せずに?

師:そう。舞台に出ていって最初にカレーをもりもり食べるの。カレーの器に仕掛けがあって、発泡スチロール製のカレー皿の両サイドに風船をつけておいて、完食したら飛んでいくっていう…

キ:あはは、バカだなぁ。

師:それがさ、当日飛ばなかったんだよ! スプーン載せてたせいで。

キ:あちゃー。

師:途中で気がついてスプーンを取ったら、ようやく飛んでいって。会場みんなでワーッ!…って盛り上がった。

キ:文化祭っぽいなぁ。

師:それを合図に「BRIDGE~あの橋をわたるとき~」の演奏が始まって、オレが歌い始めるの。

キ:やっと!

師:と思いきや、曲の途中で演奏が止まっちゃって。

キ:……?

師:突然メンバーみんなが泣き始めちゃうの

キ:……赤ちゃんだから?

師:そう。オシメを変える時間だからね。

キ:“だからね”って言われても……それじゃあ舞台からいったんはけて?

師:いやいや、その場で。

キ:え? ……その場?

師:オレが横になって、お客さんの方に足を向けて、お母さん役がオムツを替えてくれるの。

キ:丸見えじゃないですか!!

師:そしたらどうなったと思う? ずーっと見張ってたんだろうね。学生課の職員が、すごい勢いでスッ飛んできてさ!

キ:うわ〜

師:「お前ら脱ぐ気だろ〜!!」って。「今すぐ中止だ〜!!」ってさ。

キ:……

師:こっちだって意地があるから、絶対最後までやるぞって舞台の周りにいた後輩たちと職員がもみくちゃになって怒号が飛び交ってさ…

キ:うわ〜…

師:力ずくで突破してきた職員が腕を伸ばしてきた瞬間に!

キ:!?

師:オムツが取れて…

キ:アッ…

師:静まり返る会場。肩を落とす職員たち。

キ:……

師:だけど、よく見ると肌色のブリーフが仕込まれててさ。観客がそれに気がついてちょっとホッとする。
……はい、その瞬間にあの特徴的な「ff(フォルティシモ)」のイントロよ!

キ:うわーッ!!

師:会場全体がひとつになったよ。

キ:なるでしょうね。

師:あと一歩だった職員も舞台で一緒に「♪あ〜いがすべ〜てさ〜」って歌ったよ。
彼は曲がったメガネをちょっと気にしてたけど。

キ:……ロ、ロックっすね。

師いわく第25回文中画像1

【10/22緊急追加写真!】
師いわく第25回文中画像2

▲伝説のバンドは2010年に再結成され、再び脚光を浴びた。
写真はそのときの楽屋風景。……再々結成を待ち望む声は今なお止まない。

 

師に問う:
はじめまして。家計を預かる30代主婦です。普段、スーパーでは賞味期限の迫った2割~半額引きの食品、いわゆる見切り品をよく買います。なかには定価なら買わない商品でも、半額だから買うっていう物もあったりするんですが、そんなときに限って、レジのおば様が割引きし忘れて打っちゃうことが結構あるのです。そんなとき、「違ってます」と言って打ち直してもらうのはかなり気が引けるんです。たった数十円、数百円の差。しかもレジは混んでいて私の後ろには次のお客さんが列を作ってるし……言っても言わなくてもどっちもストレスです。一之輔師匠は、このモヤモヤをどう吹き飛ばしますか? (ぽむぽむヒップ/女性/静岡県)

 

師:言えばいいじゃん!

キ:まぁまぁ、そんないきなり。
……聞いてください。ぽむぽむヒップさんは、打ち直してもらうのに遠慮の気持ちがあるんです。

師:そうだけどさ、言わないのもストレスなんでしょ?

キ:そうですね。

師:ぽむぽむヒップは見切り品を買いたくて行ってるんでしょ? いわば目的だよね。それを定価で買ってしまったら、目的を達成せずに帰ることになるわけだ。

キ:はい。

師:どっちのストレスが大きいかって比べたら、目的を達成しないほうが大きいと思うけどなぁ。

キ:だから、「違ってます」と言って打ち直してもらうほうがいいと?

師:そう。

キ:ちなみに師匠自身は、こういうときには間違いを指摘するほうですか? スーパーだけでなく、居酒屋で注文したのと違う飲みものが来てしまったときとか。

師:……言わないね。

キ:言わないんだ! なんで言わないんですか?

師:めんどくさい。

キ:めんどくさいから……じゃあモヤモヤはしないんですね?

師:するよ。

キ:するんかい! だったら、ぽむぽむヒップさんの気持ちは…

師:よくわかる。

キ:わかるのに、なんでさっきあんなこと言ったんですか!?

師:あれは自分にも言ってたの。オレもいつも言えなくてモヤモヤしてるから。
たとえば、コンビニでいくら買いものすると1回クジが引けますみたいなの、よくやってるけどさ、なぜか忘れられるんだよオレ。そんなときとかね。

キ:あ〜、モヤモヤしますね。

師:たいした景品ではないんだけどモヤモヤはするよね。でも言えないね〜。
……定食屋で、自分のほうが先に注文した定食が後から来た客に渡ってしまうときとかもね。

キ:あはは。

師:すっごいモヤモヤする。こんな店潰れちまえ! って思うよ。

キ:ええーッ! そこまで!? 

師:もう二度とその店には行かないし。

キ:人間ちいさっ!

師:そのとおりだよ、悪い? オレは人間が小さいから、すぐにモヤモヤすんだよ。
それじゃ、キッチンは間違いを指摘できるの? こっちが先ですよって。

キ:いや〜、言えないっすね。目では追いますけどね。

師:あぁ、追うね。

キ:それに、いったん向こうに行った食べものがこっちに帰ってきても、なんか嫌ですしね。

師:うん、嫌だ。それは嫌だね!

キ:たとえ向こうが箸をつけてなくても嫌ですよね。どこかを経由した食べものって、魂が抜けた感じがします。味がしなくなる気がするというか。

師:そうそう! ……それって見切り品でも同じじゃない? レジで打ち間違えられたことで、見切り品の高揚感みたいなのが吹き飛んじゃうところあるよね。

キ:あると思います。

師:そんなモヤモヤを背負わないために、一之輔的指南があります。

キ:はい。師の教えをお願いします。

師:とても簡単です。それはカゴの中を長いもので仕切ること。

キ:長いもので?

師:キュウリでも魚肉ソーセージでもなんでもいい。カゴの中を、見切り品とそうじゃないのとで、自分があらかじめ分けておく。

キ:ほう。

師:レジの人だって、もし自分が打ち間違えていたことに後で気がついたら気まずいと思うんだ。

キ:たしかに……わざと見切り品を定価で売っているわけではないですもんね。

師:だから、こちらでできることはあらかじめやっておきましょう。

キ:なるほど。そうすればレジの人も打ちやすいです。

師:モヤモヤを吹き飛ばすより、モヤモヤを発生させない方法を!

キ:なるほど!

師:そういうことよ。

キ:だけど、これからは見切り品にまで気を遣わないといけないのかぁ〜。
「見切り品 お疲れ様と オレが言う」なんつって。

師:なんだよいきなり。急に変な川柳をひねるなよ。

キ:すみません、見切り品に気を遣う自分が想像できちゃって。……だけどあれですね、生活の知恵というかなんというか。あはは、いつになく実用的なアドバイスで! ありがとうございます!!

師:……おい、キッチンよ。

キ:はい?

師:実用的のなにが悪いの? オレのことバカにしてるよね? 

キ:いやいや、なんでですか〜、するわけないじゃないですか。

師:いや、完全にしてるな。

キ:ホントに感心していますってば〜!

師:……あ~、すげ〜モヤモヤする!

 

師いわく:

師いわく第25回キメ画像

(写真・構成/キッチンミノル)※複製・転載を禁じます。

プロフィール

師いわくプロフィール画像3−1

春風亭一之輔:落語家

『師いわく』の師。
1978年、千葉県野田市生まれ。2001年、日本大学芸術学部卒業後、春風亭一朝に入門。前座名は「朝左久」。2004年、二ツ目昇進、「一之輔」に改名。2012年、異例の21人抜きで真打昇進。年間900席を超える高座はもちろん、雑誌連載やラジオのパーソナリティーなどさまざまなジャンルで活躍中。
 
 
師いわくプロフィール画像3−2

キッチンミノル:写真家

『師いわく』の聞き手。
1979年、テキサス州フォートワース生まれ。18歳で噺家を志すも挫折。その後、法政大学に入学しカメラ部に入部。卒業後は就職したものの、写真家・杵島隆に褒められて、すっかりその気になり2005年、プロの写真家になる。現在は、雑誌や広告などで人物や料理の撮影を中心に活躍中。

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