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師いわく 〜不惑・一之輔の「話だけは聴きます」<第26回>

第26回 『褒めるのが苦手です(人材育成目的で)』
11月になると、写真を撮ることが本業の私キッチンミノルは、知り合いから七五三の撮影を頼まれることがある。私自身にはその経験がないのだが……どの家庭でも必ずやるものなのだろうか。一之輔師匠に七五三の思い出について尋ねてみた。

新ヘッド

一之輔師匠(以後、師):七五三ねぇ……やったよ。だけど、かしこまった場面で履かされるタイツがイヤだったね。

キッチンミノル(以後、キ):タイツ?

師:白の。半ズボンに白のタイツ。

キ:半ズボンに白のタイツ!?

師:キッチンだって履いたろ?

キ:いや、記憶にないですね。そもそもウチは七五三とかそういうイベントは皆無でしたから。

師:そうかぁ、キッチンの家は特殊だからな。

キ:失礼な。

師:『ケーキ屋ケンちゃん』とかの時代じゃないかな。寒いからなのか、男の子でも白いタイツを履いてたよね。
【編集部注】ケーキ屋ケンちゃん…1972~1973年にTBS系で放映された「ケンちゃんシリーズ」第4弾。洋菓子店の息子ケンちゃん(宮脇康之)が繰り広げる、ハートフルなドタバタファミリーコメディー。……というわけで、我らが師の生誕(1978年)以前のドラマのハズなのですが???

キ:へ〜、だけどそれを履くのがイヤだったんですね。

師:だってかっこ悪いじゃない。女の子みたいで。

キ:でも履いていたんですね。心の中ではイヤだなぁと思いながら。

師:だって、オレが文句を言っても始まらないでしょう。

キ:始まらない……

師:文句を言ったらそこで物事が停滞しちゃうじゃん。だから、なされるがまま黙ってた。

キ:ええーッ!? 5歳にしてすでに達観している……。自分が断ったら空気が悪くなるのを察して我慢を?

師:まぁね。

師いわく第26回文中画像1

▲我らが師の、みごとな白タイツ姿。
“女の子”というよりも、親御さんとしては「王子様」のイメージだったのではないでしょうか。

キ:ご自身のお子さんたちの七五三は?

師:そういうのめんどくさいから、するつもりなかったんだけど、一度だけ写真館で写真を撮った。次男がどうしても鎧兜を着たいっていうから。

キ:へ? ヨロイ…カブト!?

師:そうそう。鎧兜を着て、刀を手に持ってさ。木馬みたいなのにまたがって写真を撮った。

キ:アハハ。ちいさな暴れん坊将軍だ。

師:本人はすげ〜ノリノリでさ。こっちはもう面白すぎて笑いをこらえるのに必死。

キ:次男くんのノリノリな姿が思い浮かぶなぁ〜

師:うん。将来その写真を見たらすげー恥ずかしがると思うんだけどさ、自分でやりたいって言ってるんだから、しょうがないよね〜。

キ:そうですね。そういう恥ずかしい写真をちゃんと撮っておいて、分別のついた大人になってから見るっていうのは、写真だからできる気の長い楽しみだと思いますよ。

師:なるほどね……10年後に楽しみが待っている写真か。

 

師に問う:
褒めるのが苦手です。私は、仕事で人を教育する立場にあるのですが、出来てないところばかりに目がいって叱ることのほうが多いです。ちゃんと褒めようと心がけるのですが、取ってつけたような、ぎこちない褒め方になります。一之輔さんは、お弟子さんを教育するとき、どのように褒めていますか?(マッスルブラザーのり/33歳/男性/香川県)

 

キ:師匠がお弟子さんを褒めているところを見たことないんですが……褒めることってあるんですか?

師:ない。

キ:な、ないんですね…

師:オレも自分の師匠に褒められたことがないしね。そりゃ、お客さんの前や高座では言ったりするけれど、あれはサービスだから。
【編集部注】自分の師匠…春風亭一朝師匠のこと。東京で生まれ育ち、歯切れの良い 江戸弁の落語で知られる。NHK大河ドラマ『龍馬伝』(2010年)では江戸ことば指導を務めた。

キ:ああ、ああいうのはサービスなんですね。

師:そりゃそうだよ。

キ:それじゃあ師匠は、いままでにちゃんと一朝師匠に褒められたことはない?

師:う〜ん。面と向かっては…一度だけかなぁ。

キ:それは?

師:「二ツ目勉強会」っていう池袋演芸場でやっている会があるんだけど、それにうちの師匠が講評を務めに来たときに。 

キ:はい。

師:勉強会が終わってから二人でタクシーに乗って帰るとき、褒めてもらったことがあるなぁ。
「今日の間合い、よかったよ」ってその程度だけど。

キ:そのときの演目はなんだったんですか?

師:「提灯屋」っていう噺。
【編集部注】提灯屋…新しくできた提灯屋が、開店サービスで「お宅の家紋、無料で書き入れます。もし書けなかったら提灯を無料であげます」とチラシに書いたところ、町内の若い衆がタダで提灯をせしめようと……

キ:江戸っ子がたくさん出てくる滑稽話ですよね。その噺で自分の師匠に「間合いがいい」って言ってもらえたら、めちゃくちゃ嬉しいじゃないですか。

師:そりゃあ嬉しいけどさ……なんだかくすぐったい。
だけど、その一回きりだな。褒められたのは。……まあ、普段なにも言われないってことは、師匠の気に障ってないってことだから、それでいいのかなって思ってる。

キ:師匠が弟子を褒めないというのは、噺家の世界では普通のことなんですか?

師:そうだと思う。もしかしたらよその一門は違うかもしれないけど、基本的にはあまり褒めないとは思う。

キ:弟子を褒めて育てる師匠っていうのは…

師:いたとしても少数派だろうね。いるかなぁ……?

キ:そうなんですね。自分の弟子を褒めたくなることはないんですか?

師:……ないね。一度もない。イライラするだけだ。

キ:あはは、そうですか。

師:マッスルブラザーのりと一緒。できてないところにばかり目がいっちゃう。

キ:ちなみに、ご自分のお子さんも褒めないんですか?

師:子どもは褒めるよ。子どもと大人とは違うからね。子どもはそれを職業にするわけでもないし、できなくて当然だから、できたときには褒める。ちゃんと褒める。取ってつけたような褒め方ではなく、「よくやった! またがんばれっ!!」って。ちゃんと目を見て褒める。

キ:なるほど。一之輔師匠は子どもには素直に褒めることができるけれども、大人同士で仕事が関わってくると、褒めるのが難しくなるということですかね。

師:マッスルブラザーのりがどういう教育的立場なのかはこの文面からはわからないけど、大人だって子どもだって無理して褒める必要はないと思うけどなぁ。

キ:無理には褒めない……?

師:うん。無理してもいいことないでしょ。

キ:たしかに無理にはねぇ…ちなみに高成さんの会社ではどうなんですか? 部下に対してどう対処しているんですか?

編集の高成さん(以後、タ):うちの部署には若い人がいないから、あんまりこういう悩みはないですけれど、管理職のセミナーでは、叱るよりも褒めて伸ばしなさいって教わりました。

キ:そんなことをいちいち教わるんですか…

タ:少なくとも私が受けたときは、良いところを見つけて褒めなさいってハッキリ言われましたよ。

キ:そうなんですね。……褒めたほうがいいらしいですよ、師匠!

師:なんでオレが管理職セミナーに合わせなきゃいけないんだよ。それじゃあ褒めるところがないヤツはどうしたらいいわけ!?

キ:……さぁ?

タ:…それでもよく見て褒めるところを探すようにって。

師:師匠が弟子をよく見る? イヤだねそういうのは。う〜ん、つまり…「寝床」の師匠みたいなもんか。旦那のヘタな義太夫を、むりやり声がいいだの様子がいいだのとおだてて。
……だけどあれだって、無理して褒めていたせいで長屋の連中は大惨事になるんだぞ。
【編集部注】寝床…義太夫が大好きな、とある大家の旦那。長屋の店子たちを招いて義太夫を聞かせたがるが、その技量は恐ろしく下手であった。あれこれ理由をつけて逃げる店子や奉公人に業を煮やした旦那は……

キ:アハハ、確かに! 褒められると本人は嬉しいから本気にしますもんね。

師:噺家の弟子っていうのは、オレから弟子になってくれって頼んだわけじゃないからね。いつやめてもらってもいいんだ、オレとしては。

キ:なるほど!

師:ダメ出しくらいでやめるようだったら、さっさとやめてくれって思っちゃう。

キ:ただ会社の場合は、今は新入社員や若手社員がやめたら、上司の査定に響くのでは?

タ:会社とか部署って「チーム」ですから。やめられてチーム全体の戦力をマイナスにしちゃうのでなく、それぞれの上手な使い方を考えるのが良い上司…ってことなんでしょうね。

キ:そういうことなら一之輔落語では、粗忽者を見守る人たちの眼差しが温かいなぁっていつも思うんですけど……

師:オレを褒めるなんて珍しいね、キッチンさんよ。

キ:褒めたら伸びるかなって思って。

師:おいっ!

キ:あはは。まぁそれはさておき「粗忽の釘」とか特徴的ですよね。

師:そうかね。

キ:壁に八寸もある長い釘を打ちこんじゃった粗忽者の亭主が、隣の家に謝りに行かなければならないのに、通りを挟んだお向かいの家に行っちゃった場面で、それを見ていたおかみさんは大笑いしながら「それでいいの」って肯定するところが一之輔落語だなぁって思っているんですが…

師:変な人や使えない人って、見方を変えれば面白い人。ツッコまれ役って場を和ませる存在だと思うんだよね。

キ:現実の世界で、このおかみさんみたいにそういう人を好きになる方法はありますか?

師:他人ごとだと思ってみればね、面白いけど。……横にいたらやっぱりイヤだよね。

キ:イヤなんだ…

師:だから無理に褒めなくていいんだよ。褒めようがないヤツ褒めたってしょうがないでしょ。そいつのためにもならないし。

キ:そこは譲らないんですね、師匠は。

師:だって、みんなさんざん褒められて生きてきたんだから。大人は。

キ:大人になるまでに?

師:もう十分、褒められてるんだよ。本人が気づくかどうかは別にして。
だから無理には褒める必要はない。

キ:は、はい…

師:腹の底から出てきた褒め言葉ならいいよ。

キ:そりゃそうです。

師:でもこの人は、相手のできないことにばかり目がいって叱っちゃうんでしょ?

キ:そうですね。

師:じゃあ無理して褒める必要なし!

キ:…………

師:(悪い笑みを浮かべて)それじゃあさ…

キ:は、はい…

師:相手のできていないことを、いっそ思い切ってすべてぶつけちゃえよ!!

キ:ええーッ!? 褒めないで?……逆に気になるところを全部言ってしまうんですか!?

師:そう。バーって気になるところを全部並べてさ。

キ:ひぇ〜、落ち込む〜〜。

師:そして…言ってやるのよ。

キ:なんて?

師:「これ全部直したら褒めてやっから」って。

キ:ん?

師:いま言ったところを全部直したら、心の底から褒めてやるよって。ちゃんと目を見て、本気で言うの。

キ:おお〜ッ! 

師:(ニヤリ)

キ:最初は「この人なにを言ってんだろ?」って思いましたが。

師:……おい。

キ:師匠の言っている意味がわかってくると、ジワジワと褒められたい欲求が湧いてきます。

師:そうだろ。これだと無理には褒めないから。

キ:マッスルブラザーのりさんにとっても負担がない!

師:おうよ。

キ:しかも小言がそのまま目標みたいになるので、「褒める」「褒められる」ポイントが、マッスルブラザーのりさんにとっても相手にとってもわかりやすくなっています!

師:はい。……だから褒めるときはマッスルブラザーのりも無理をしない。

キ:なるほどなぁ。今日も素晴らしい金言をありがとうございます!

師:……でもさ、キッチン。

キ:はい?

師:そんなに他人に褒められたい?

キ:はい。……え、ダメですか?

師:修行中、先輩によく言われたよ。
「褒めてくる人がいたら罠だと思え!」ってさ。

キ:はぁ。

師:褒められてその気になったら成長が止まっちゃうぞ…とね。だから、なんでもかんでも褒めてくるヤツには気をつけろ!…って。

キ:……めちゃくちゃ怖い世界っスね。

師:そうだよ。オレはそういう世界に生きてんだよ、キッチン。

キ:はー、感服いたしました。

師:……というわけで、キッチン。そこに正座しろ!!

キ:あ、それなら結構です。

師:ん?

キ:小言ですよね?

師:…う、うん。

キ:なら結構です。

師:……お、お〜い。
 

師いわく:

師いわく第26回キメ画像

(写真・構成/キッチンミノル)※複製・転載を禁じます。

プロフィール

師いわくプロフィール画像3−1

春風亭一之輔:落語家

『師いわく』の師。
1978年、千葉県野田市生まれ。2001年、日本大学芸術学部卒業後、春風亭一朝に入門。前座名は「朝左久」。2004年、二ツ目昇進、「一之輔」に改名。2012年、異例の21人抜きで真打昇進。年間900席を超える高座はもちろん、雑誌連載やラジオのパーソナリティーなどさまざまなジャンルで活躍中。
 
 
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キッチンミノル:写真家

『師いわく』の聞き手。
1979年、テキサス州フォートワース生まれ。18歳で噺家を志すも挫折。その後、法政大学に入学しカメラ部に入部。卒業後は就職したものの、写真家・杵島隆に褒められて、すっかりその気になり2005年、プロの写真家になる。現在は、雑誌や広告などで人物や料理の撮影を中心に活躍中。

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