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師いわく 〜不惑・一之輔の「話だけは聴きます」<第32回>

第32回 『成熟した大人になれそうな気がしません』
あけましておめでとうございます。年末年始はいかがお過ごしでしたでしょうか。さて新年早々ですが、『師いわく』の書籍化が決まりました! いきなりですが、来月末の発売予定で現在鋭意作業中! 楽しみにお待ちください。本年もどうぞよろしくお願いします。

新ヘッド

キッチンミノル(以後、キ):あけましておめでとうございます。

一之輔師匠(以後、師):突然、なんだよ!

キ:いやいや、新年一発目の更新ですから。

師:まだ12月じゃねーか!

キ:まぁそうなんですけど……正月は師匠がお忙しいからこうやって先に聞いているわけだから。そこは大人なんだし、わかってくださいよ。

師:オレは嘘は嫌いなの。嘘に大人とか子どもとか関係ないから。

キ:大人気ないなぁ。それに師匠は嘘をつく商売でしょう?

師:あのね、嘘はすぐバレるから。話はそりゃ少しは盛って話すときもあるけど、嘘はダメ。わかる? キッチン。

キ:はぁ…なんとなく。確かに、おもしろい話でも嘘だとわかると急に冷めますよね。

師:そう。だからオレはここでは「あけまして」は言わない。

キ:う〜ん……あれ? もうビール空いたんですか? ピッチが早いっスね。

師:今日は調子がいいみたい。ビールは2本、既に新幹線の車内でも飲んできてるからね。どうしても、仕事が終わった帰りの新幹線ではついつい…

キ:あのー、念を押すようですけれども、こちらも仕事ですからね。それじゃあお代わりは烏龍茶で。

師:なんでだよ!

キ:飲むのは仕事が終わったあとなのかなと。

師:飲むよ、バカにしやがって!!

キ:バカにはしてないですけど……なんで靴下を脱いでるんですか!? 完全に仕事を終えた人の顔になってるし…

師:だって、かみさんには「飲みに行ってきまーす」ってメールしてあるから。……お腹すいたなぁ。

キ:弁当は出なかったんですか?

師:出たんだけど、タイミングが合わなくて食べられなかった。

キ:弁当って食べるタイミングを逃すってことがありますよね。

師:そうなんだよ。楽屋で弁当を食べるのが楽しみのひとつなんだけど。

キ:やっぱり豪華な弁当のほうが嬉しいんですか?

師:豪華だからいいってわけじゃないかな。そんな弁当はまず出ないけどね。
よくあるのが田舎の仕出し屋さんが作る弁当ね。でっかくて透明なビニールに包まれてるやつ。

キ:法事に出てきそうな弁当ですね。

師:残したらお持ち帰りください…ってやつ。法事とかだと大きくても持って帰れるじゃん、地元の人は。だけど持って帰れないんだよ、こっちは。

キ:他に荷物もありますからね。

師:弁当の蓋を開けると天ぷらがあって、とんかつがあって、刺身があって…

キ:ご飯が梅の形になってたり…

師:松の型に抜かれていたり。ミートボールもあるでしょ。男の子が好きなものをとりあえず全部ぶち込んで。煮しめもあるし。

キ:盛りだくさんですね。私だったら嬉しいかも。

師:そうだけど、「食いきれねーよ!」って言いながら食べることになるわけ。申し訳ないけど、ご飯は半分残しちゃう。弟子には「残さずに食べろ!」って言うけどね。

キ:お弟子さんは、まだ若いですからね。

師:いやいや、弟子だって三十過ぎている奴もいるからなぁ……
【編集部注】…我らが師の一番弟子、春風亭きいちさんが今年の5月下席より二ツ目に昇進されます。

キ:あはは。弁当ひとつ用意するだけでもなかなか簡単にはいかないですね。

師:難しいよね。

キ:それじゃあ、もし師匠が主催者側になって弁当を用意するとしたら、どんな弁当を用意します?

師:出前!

キ:出前? 即答ですね……蕎麦屋さんとかの?

師:そう。メニューを渡されて「なんでも好きなもの注文してください」って言われたら、すげー嬉しい。温かいものが食えるぞ!…って。

キ:へ〜、弁当ではなく出前か! そういうことってよくあるんですか?

師:ときどきね。弁当が用意されていても「出前でもいいですよ」って言ってくれることもあるけど…ね〜、それは弁当を食べるでしょ。

キ:そうですね。せっかく弁当が目の前にあるのに「出前のほうがいいです」とは言えないです。

師:あとはケータリング。

キ:ケータリング? 楽屋にシェフを呼んで!?

師:これから落語すんのに楽屋でパーティーしてどうすんだよ! そういうのじゃなくて、温かいものを取り寄せておいてくれているっていうこと。

キ:温かいもの?

師:新潟に毎年一回独演会で行っているんだけど、会場の近くに「バスセンターのカレー」っていうのがあるのよ。

キ:有名な立ち食いそば屋さんのカレーですね!
【編集部注】…JR新潟駅から徒歩10分の「万代シティバスセンター」で営業。

師:そうそう。いつも楽屋にそこのカレールーが小さな寸胴に入れてあって、電子ジャーにはご飯が入っていて、自分で好きなだけ盛って食べてくださいってなってるの。

キ:へぇ〜。ちゃんと温かくして、自分だけのために用意してある…と。

師:うん。あれはいいよ、食べ過ぎちゃう。2杯は食べるからね。毎回行くのが楽しみなんだよ。

キ:いいなぁ〜、次は一緒に行きたいなぁ。

師:なんでついて来ようとしてんだよ? ひとりで勝手に行けよ! バスセンターで金払えば誰でも食えるんだから。

キ:楽屋で食べるっていうのがいいんじゃないですか。

師:そうなんだよね〜…って、キッチンには楽屋はないからっ!

 

師に問う:
理想の大人にまったく近づけず悩んでいます。
仕事でうまくいかないときについ人のせいにしてしまう、自分の機嫌が悪いときについ周りに当たってしまう、やらなくてはいけないことをつい後回しにしてしまう…などなど、就職して20年たっても我ながら子供のままです。先輩や上司からもはや指導や叱責はされない世代になってしまい、また多少わがままを言っても後輩がフォローしてくれ、ぬるま湯に浸っている毎日で今後成長できそうな気がしません。一方まわりの友人などは若いころと比べると格段に落ち着いて器の大きな大人になっている印象です。
みなさんはどうやって成熟した大人になっていく、あるいはそういうふるまいを身に着けていくのでしょうか。一之輔師匠は20代の頃と比べてご自分のどんなところが成長したと思われますか? 同年代のご意見をぜひ教えてください。
(どさんこがんばれ/43歳/女性/北海道)

 

キ:師匠にとって、子どもの頃に思い描いていた理想の大人って誰でしたか?

師:愛川欽也さんかな……

キ:キンキン?

師:大橋巨泉さんとか関口宏さんとか、司会業の人たち。

キ:司会?

師:そう。子どもの頃に思っていた大人のイメージというとね。その場をうまく仕切って、話を聞いて、ゲストの良さを引き出していくという。

キ:田原総一郎さんは?

師:ちょっと違うかなぁ。場を回す感じはないでしょ。
『ギミア・ぶれいく』っていう番組があってさ。大橋巨泉さんが司会で、隣に竹下景子さんがいて。関口宏さんがいて、へいちゃんがいてたけしさんがいて。大人が集まってるなぁって感じの番組だった。
【編集部注】ギミア・ぶれいく…’89年10月〜’92年9月までTBS系列で放映。

キ:「笑ゥせぇるすまん」をやってた番組ですか?

師:そうそう。いま思うとすごい番組だよなぁ。火曜の9時から2時間番組だからね。
英語やったりゴルフやったり。埋蔵金を掘ったりさ。

キ:それじゃあ師匠は、キンキンや巨泉さんを目標に成長してきたということですね?

師:いや。あくまでも愛川欽也さんとかは子どもの頃に思っていた大人の代名詞みたいなもので、別にそれを目標していたわけじゃないんだよ。どちらかと言うとオレはね、この人と一緒。

キ:どさんこがんばれさんと…

師:うん。40歳になったらもうちょっと大人になっていると思ったんだけど…

キ:なっていない?

師:20代の頃と何ひとつ変わらない。

キ:確かに、機嫌が悪いと私に八つ当たりしてきますもんね。

師:それはお前のせいだろ!

キ:家族やお弟子さんにも…

師:そうね。弟子にも家族にも八つ当たりするなぁ。「いま、八つ当たりしてんなぁ」って自分でも思ってるからね。

キ:自覚はあるんですね。家でイライラしていると、おかみさんには…

師:怒られるよね。

キ:それじゃ直そうとは…

師:一応努力はするよ。オレのイライラのせいで家族の雰囲気が悪くなっているわけだから。

キ:なるほど。努力はしているけどなかなか直らない。それじゃあ、師匠の周りの芸人さんたちと比べると師匠はまだ大人として成長してないなぁって感じることがよくありますか?

師:う〜ん…いや、周りも成長してないでしょ。

キ:周りも…!?

師:「歳をとったら成長する」っていうこと自体が幻想なんだと思う。

キ:げ、幻想?

師:結局さ、落ち着いてくるっていうのは、疲れてくるっていうことなんじゃないかな。余計なエネルギーを外に発散するのがダル〜くなってきて、なんとなくベンチに座る回数が増えて、電車に乗れば座れる椅子を探してしまう…という。

キ:あはは、それはわかる気がします。
私も若いときにはエネルギーがあるから、すべてのことにぶつかっていって動き回っていたけれど、この年齢になると使えるエネルギーには限度があるので、ここぞという場面以外は静かにしている気がします。だからといって中身はまったく大人じゃないですからね…

師:そうなんだよ。極論すれば「思慮深くなってきたね」イコール「疲れてきたね」だから。

キ:師匠はいつも私に会うと「疲れた疲れた」って言ってますもんね。

師:疲れてなくても言ってる。「疲れた」って言うのが大人だ…みたいな思いがあるから。

キ:はぁ…。ちなみに中身は別として、大人な振る舞いっていうのは前座修行中に身につけていくものなんですか…

師:前座修行って、そういうものじゃないから。
「どうやって成熟した大人になっていく」のかって質問だけど、今の世の中に成熟した大人なんているのかね?

キ:少なくともこの場には……いないでしょうね。

師:だから、どさんこがんばれは普通。それに「やらなくてはいけないことをつい後回しにしてしまう」のって、大人になった証拠だからね。

キ:え? 後回しにすることが…ですか?

師:そうだよ。後回しにしても大丈夫だと判断したから後回しにできるわけで。後回しにしてそのあとやらなかったら問題だけど、そうじゃないわけでしょ。

キ:そうですね。ちゃんと仕事は続けられているようですし……

師:「先輩や上司からもはや指導や叱責はされない世代になってしまい」かぁ。まぁそうでしょうね。先輩も疲れてきますから。

キ:どさんこがんばれさんよりも年上なわけですから、当然ですね。
……ちなみに師匠は、どさんこがんばれさんみたいに悩んだことは?

師:ない。だから、なんで悩んでんのって思っちゃう。

キ:気にすることないじゃん…ってことですか?

師:どさんこがんばれは、「多少わがまま言っても後輩がフォローしてくれるから成長できない気がする」と書いているけどさ、そういう立場にいるっていうのは、あなたががんばってきた証拠。

キ:そうかぁ。その立場にいられるのは、どさんこがんばれさんが積み上げてきた実績そのものなのか。そう考えれば、今の立場にいること自体、悩むことではなく喜ぶべきことなのかもしれませんね。

師:おうよ。

キ:それでも、どさんこがんばれさんはより良い自分を目指してこれからも成長していきたいそうなんです。どうしたら成熟した大人になれるのか。周囲の人たちのように大人の振る舞いができるのか?

師:できません。私もできませんから。

キ:できない! 師匠も…

師:オレは今でも惣菜売り場の前で平気で屁をこきます。

キ:イヤイヤ…知りたくないです、そんな情報。

師:音さえ出なきゃいいじゃない。

キ:……

師:ときにトイレで手を洗わずに出てきます。

キ:汚いなぁ。それは大人かどうかじゃないでしょ!

師:読んでもない新聞を、回収袋に入れるときがあります。

キ:あ〜、罪悪感を感じるやつですね。……それも大人かどうかとは関係ないですけどね。

師:友達が器の大きな大人に見えるってことは、その友達も疲れてきているってことでしょ。どさんこがんばれは目が霞んできて、友達が大きく見えているのかもしれないし。つまりさ…

キ:はい。

師:つまり、それは老いです。

キ:器が大きくなっているわけでもなく、大人の振る舞いができているのでもなく…

師:はい。それは老いーっす!
どさんこがんばれは、まだ気持ちが若いんだと思う。疲れたなんて言いたくないのかもしれない。だけどもう老いを受けいれていく時期なんだよ。自分の老いに抗わず無理をしなければ自然と大人っぽい振る舞いに見えてくるから。勝手に器の大きな人間に見られてしまうから。

キ:老いに抗わないことが、大人なふるまいの近道ってことか……

師:そう。楽だよ〜、老いを受け入れたら。どれだけ疲れてもいいんだから。

 

師いわく:
師いわく第32回決め画像「老いーッス」

(写真・構成/キッチンミノル)※複製・転載を禁じます。

プロフィール

師いわくプロフィール画像3−1

春風亭一之輔:落語家

『師いわく』の師。
1978年、千葉県野田市生まれ。2001年、日本大学芸術学部卒業後、春風亭一朝に入門。前座名は「朝左久」。2004年、二ツ目昇進、「一之輔」に改名。2012年、異例の21人抜きで真打昇進。年間900席を超える高座はもちろん、雑誌連載やラジオのパーソナリティーなどさまざまなジャンルで活躍中。
 
 
師いわくプロフィール画像3−2

キッチンミノル:写真家

『師いわく』の聞き手。
1979年、テキサス州フォートワース生まれ。18歳で噺家を志すも挫折。その後、法政大学に入学しカメラ部に入部。卒業後は就職したものの、写真家・杵島隆に褒められて、すっかりその気になり2005年、プロの写真家になる。現在は、雑誌や広告などで人物や料理の撮影を中心に活躍中。

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