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師いわく 〜不惑・一之輔の「話だけは聴きます」<第33回>

第33回 『イライラの悪循環に陥っています』
2019年1月10日、今年最初の打合せ。編集の高成さんが選んだ、牡蠣専門の居酒屋で一之輔師匠と待ち合わせる。私キッチンミノルは牡蠣を食べられないと今まで何回も話していたんだけどなぁと思いつつ……。

新ヘッド

一之輔師匠(以後、師):あけましておめでとう。

キッチンミノル(以後、キ):おめでとうございます。

師:いま無事に、今年の初席が終わったよ。
【編集部注】初席…寄席で、新年の元日から10日まで行われる正月興行。普段より多くの芸人が次々と登場して賑わう。

キ:やっぱり初席には特別な思いがあるんですか?

師:それはある。初席の香盤を見るのはドキドキするんだ。ちゃんと去年とおんなじような位置になっているかとか、いくつの寄席に出られるかとか、気になるなぁ。一人で出演できるか交互出演になるかでも違うし。
【編集部注】香盤…ここでは出演者の名前と順番が記されたスケジュール表のこと。落語の世界では、「香盤」は協会内の序列を指すときもあります。

キ:初席の香盤は年功序列なんですか?

師:いや、そうじゃないね。

キ:実力かぁ……昨年、真打に昇進して今年から新たに香盤に載る方たちは?

師:それはいっぱいいるよ。基本的には初席に必ず一度は出られるからね。「所属する芸人は、どこかの寄席に一度は出演させますよ」っていうのが協会のスタンスだから。その中でより良い香盤だったり、複数の寄席を掛け持ちだったりすると、やっぱりうれしい。

キ:それじゃあ、初席には毎年良い香盤で出続けたいという思いが強いんですね?

師:出続けたいと思っても、オレが決めることじゃないからなぁ。席亭が決めていくわけだから。だからなおさら、選ばれたらうれしいんだよ。
【編集部注】席亭…寄席の亭主の意。寄席の主人・経営者。

キ:前年の評価が初席の香盤に出るのかぁ。お正月は初笑いを求めてどの寄席も混みますからね。

師:そうね。

キ:子どものお客さんもたくさん来るんじゃないですか?

師:来るよ。

キ:子どもに合わせて、演目を決めたりするんですか?

師:オレはしないなぁ……

キ:そうですかぁ。読者の方からこういう相談がきているんですが……

「小5の息子がいます。落語好きで寄席に連れていきますが、子どもがいると噺家さん達が気にしている感じがして申し訳ないです。やや幼い顔立ちということもあるのかもしれませんが、子どもに害にならない噺をしてくれるように思います。また、周りのお客さんからも「今日は子どもがいるから…」という雰囲気を感じるときがあります。本人は落語も歌舞伎も大好きなので、吉原も花魁もへっちゃらなのですが。噺家さんには気にしないでいただきたくて、「廓噺OK!」のうちわでも持たせようかと考えています。気にしないでいただくにはどうしたらいいでしょうか。 (かぶきねこ/女性/42歳/東京都)」

……どう思いますか?

師:「吉原も花魁もへっちゃら」って! 立派な世之介だね。
……オレは気にしないけど、気にする演者は多いかもしれないね。
【編集部注】世之介…色男のこと。井原西鶴の浮世草子『好色一代男』の主人公の名が語源。

キ:気にするっていうのは…?

師:簡単な話にするというか。たとえば「転失気(てんしき)」とか。……それに演者よりも周りの客が気にすることはあるよね。子どもがいるのに廓噺をするのかよって。

キ:お客さんのほうが気にしちゃうこともあるのか。なかなか難しいですね。

師:そうだけど、そもそも寄席は大人の世界だからね。だからオレが主任(トリ)のときには、客席に子どもがいても『明烏』でもなんでもやるよ。

キ:気にせずに?

師:だって子どもに合わせるというのでは、来ている大人に申し訳ないじゃない。チャンネル権は大人にあるんだから、お前ら子どもが付き合うんだよ。ってね。

キ:それじゃ師匠が主任のときに寄席に行けば、たとえ客席に子どもがいても、廓噺がかかる可能性もある…と。
【編集部注】廓噺(くるわばなし)…遊郭(おもに吉原)を舞台にした落語。「くるわ」とは、元々は城などの囲いのこと。遊郭も塀や堀で囲われていたため。

師:あるある。

キ:それなら廓噺を確実にやってもらう方法はあったりしますか?

師:確実に? ……リクエストしてみたら? 出て来た瞬間に「待ってました、明烏!」って。

キ:えーっ、そんなこと言っていいんですか!?

師:年に1回くらい言ってくる人いるね。たま〜にだけど。

キ:勇気あるなぁ……

師:「やらねーよ!」ってすぐ答えるけどね。

キ:やらないんかい!

師:それがしたけりゃ座敷に呼びなよ…って。

キ:思いどおりにやってもらいたいなら、そうですよね。

師:でもさ、三代目の柳好師匠なんかは「野ざらし!」って客席から声が挙がったらちゃんとやってたって聞くよね。文楽師匠も「明烏!」と声がかかったらやってたって。
【編集部注】柳好師匠…三代目春風亭柳好(1887~1956)。明るく華やかな芸風が人気で「野ざらしの柳好」と呼ばれた。/文楽師匠…八代目桂文楽(1892~1971)。『明烏』で源兵衛が甘納豆を食べる場面を見た客が売店に殺到し、甘納豆が売り切れたという逸話が残る。

キ:いい時代ですね〜。

師:だけど、文楽師匠は『明烏』のせいでいくつ噺を無駄にしたことか…と、自分で言っていたらしいよ。

キ:そればっかりリクエストされちゃうとなぁ。そうかリクエストに応じすぎるのも問題が出てくるわけですね。

師:文楽師匠も「うるせー、バーカ!」って言えたらよかったのにね。

キ:まぁまぁ。それじゃあ師匠も、子どもが言う分には聞いてくれるんですか?

師:「うるせー、バーカ!」って言うかもしれないけどね。

キ:全然ダメじゃん!

師:一度、楽屋に手土産を持って挨拶に来た子がいるよ。落語がすごく好きで。

キ:へー、高座の前に?

師:それで、『徳ちゃん』が聞きたいって言われたなぁ……。そのときは『徳ちゃん』ならやれるからいいよって。
【編集部注】徳ちゃん…初代柳家三語楼が、大正時代の吉原での実体験を元に創作した噺。「徳ちゃん」とは郭遊びに同行した五代目橘家圓太郎(本名:斎藤徳次郎)のこと。

キ:だけど『徳ちゃん』をリクエストって、渋い子どもだなぁ。一之輔師匠のは『徳ちゃん』から『五人廻し』へと続く展開で……
【編集部注】五人廻し…夜通し待っても遊女がやって来ないせいで不機嫌になった客に、店の若い者が振り回される噺。個性が強すぎる五人の客の演じ分けが見どころ。

師:そうそう。……でもこの相談は、お母さんが噺家を含め周りのお客さんにも「うちの子どものことはどうぞ気にしないで」と伝えたいってことでしょ?

キ:そうでした。

師:それならさ、子どもにハゲヅラ被らせて髭つけてさ、大人の格好して寄席に来ればいいじゃん。

キ:私は大人ですよ…ってふりして?

師:おうよ。あっ、この子は自分を大人として見てほしいんだなって周りも気がつくから。

キ:かなり面白い存在ではありますが……寄席に集まる大人たちはあえてそういうところには触れなかったりしますからね。

師:そうね。まぁさっきも言ったけど寄席は大人の遊び場なんだよね。……昔の中学生はスリーピースを着てピンク映画を観に行ったっていうじゃない? それと同じよ。

キ:同じ……ですかね?

 

師に問う:
一之輔師匠と同学年で、小3のひとり息子を育てる40歳パート主婦です。
一度イライラするとなかなか止まらないのが悩みです。杏里ばりに「♪I can’t stop イライラ~」です。家事・子育て・パートなどで疲れやストレスがたまる→そうなると時間のやりくりがうまくいかなくなり物事が進まない→イライラしはじめる→さらに疲れやストレスがたまる→主人や子どもへの口調がついキツくなってしまう……そんな悪循環に自己嫌悪の日々。
家事は苦手だけど、パートはやめたくない、家族も大事にしたい。
どうしたら良いと思いますか? 
(ショコラッチ/40歳/女性/東京都)

 

キ:前回のお悩み相談のなかで、師匠もよくイライラすると言ってましたよね。

師:するする。この相談を聴いてたら、自分のことを言われているのかなって思ったもん。イライラするメカニズムが一緒。

キ:だから師匠にこの相談をするのもどうかと思うんですが…自分のことは棚に上げて一言なにかありますか?

師:バカたれ! じつは最近イライラをコントロールすることができはじめたんだよ。

キ:おおー! イライラしなくなってきた…と?

師:なってきた。最近は。

キ:それは御自身の努力? それとも…

師:歳のせいかもしれない。

キ:やっぱり。……老いなんだ。

師:最近は、今まですぐにイライラを爆発させていたところをグッと止まって、一拍考えるっていうことにしている。あえて笑ってみるっていうか。

キ:笑ってみる? やってるんですか??

師:やってんのよ、最近は。やっぱり笑顔が大事だなって。みんなが笑っているのがいいなって。
例えば夜の9時半をまわって家に帰ってきたのに、子どもがまだゲームをしているときがあるじゃない…

キ:はい。そんなとき今までの師匠なら…

師:即、カミナリですよ。

キ:想像できます。

師:でも今は違うよ。「部屋を片づけなさい。そうしたらあと10分だけ遊んでもいいから」って。笑顔でね。

キ:おおーッ! 笑顔で!? 師匠が成長している……気持ち悪いけど。

師:失敬だな。オレももう本厄だからね、大人なんだよ。

キ:逆に、お子さんたちが成長したという面もあるのでは?

師:それはあるね……会話ができるようになってきたもんなぁ。

キ:3年前に私が取材ではりついていたときには、まぁ家の中ではよく怒ってましたもんね。40歳になっても人間って成長するもんなんだなぁ。家ではあまり笑わない印象だったので、180度の転換というか……それが本当ならすごい進歩ですね。なにかきっかけがあったんですか?

師:かみさんに「あんたが帰ってくると家庭の雰囲気が悪くなる」って言われたんだよ。それで、意外と家庭においてオレがネックだったんだなって。

キ:師匠さえ帰ってこなければ家庭がうまく回っていたのに…ってヤツですね。そう言われて、どう思ったんですか?

師:ひたすらに悲しかった。オレは家族にとって邪魔者なのかと…ひたすらに。

キ:帰ってこないほうがいいってことですもんね。

師:そこからだなぁ……直そうと思いはじめたのは。

キ:ところで、高成さんは家庭でイライラしたりは?

編集の高成さん(以後、タ):ものすごく……してました。

キ:過去形?

タ:以前は、家族で旅行に行ったときなどに段取りがうまくいかないと、すぐにイライラ…というかプリプリしてたんですよ。

キ:そんな人と一緒に旅行に行くの、絶対にイヤだなぁ。

タ:日常的にも、うまく物事が進まないと理詰めで「なぜこういうふうにやらないんだよ!」ってすぐに怒ってたんです。で、あるとき妻が陰で泣いていたらしいんですが、中三の三男坊に慰められたそうで……

キ:えーッ?

タ:「お父さんは家族のために一生懸命やっているんだよ……ただ、ものすごく空回りしているだけで」と言われたと、妻に聞かされました。

キ:息子さんには見えているんだ。お父さんの気持ちも、お母さんの気持ちも。

タ:なんかもう苦笑いするしかなくて……だけどそれがきっかけで、ちょっとでもイライラしてきたと思ったら「あっ、いま空回りしている?」って考えるようになりました。

師:やっぱり言ってくれる人がいるって大事だよね。言ってくれなかったら気がつかないから。

キ:ショコラッチさんも自分がイライラしていることには気がついてはいるけど、他人から言われるとショックですからね。

師:自分がイライラすることによって周りの雰囲気を悪くしていることは、自覚した方がいい。

キ:イライラしてご主人やお子さんに対して口調がきつくなってしまうということなんで、これでは家庭の雰囲気は…

師:悪くなるよね。
でもさ、口調がきつくなったからって自分の気持ちが晴れるわけじゃないのよ。

キ:晴れたらいんですけどね……

師:そうなんだよ。逆にショコラッチも言ってるように、悪循環に陥るだけ。

キ:だけど、頑張っているお母さんに向かって師匠が言われたみたいなことを言える人なんていないからなぁ。

師:そこなんだよ。オレとショコラッチとの大きな違いは、ショコラッチがいないと、きっとこの家庭はにっちもさっちも行かないんだろうなということ。

キ:師匠はいてもいなくても、家庭にとってはあまり関係ないですからね。

師:バカヤロー! ……でもそうかも知れない。だからショコラッチにはストレスを一人で溜めこまないでほしい。そして、あなたにとってパートの仕事がどれだけ大切かも旦那には知っておいてもらった方がいい。うちのかみさんも最近パートに出てるんだけどさ、以前より機嫌がいいからね。

キ:そうなんですね。

師:ショコラッチも、もしパートを辞めたらもっとイライラするに違いないことを旦那にはわかってもらわないと。
だけど、パートを辞めなかったとしてもイライラはなくならないだろうから、イライラが溜まってきたら家族に宣言してしまえばいいの。

キ:宣言?

師:「いま私はイライラしてるわよ〜」って。ノーテンキな夫と息子にわからせたほうがいいと思う。

キ:ノーテンキとは書いてないですけど。突然ショコラッチさんが「イライラしている〜ッ!!」なんて叫んだら、心配になってしまうかも。

師:心配させればいいんだよ。それだけショコラッチは頑張っているんだから。
だけどショコラッチも、自分が思っている以上に家族へ悪影響を及ぼしているってことは肝に銘じるべきだと思う。

キ:頑張っているのはわかる。だけど自分のイライラによって家族が窮屈に感じている現実も、自覚する必要がある…と。

師:だからショコラッチには…オレが言う!! 家族は言いにくいだろうから。

キ:……え?

師:「おい、ショコラッチ! オメーのイライラが原因で、テメーの大切な家族の雰囲気が悪くなってんだよッ!!」

キ:なんか言い方が下品です。それに泣いちゃうますよ、こんなこと言われたら。家族のことを大切にしたいという思いが強ければ強いほど、悲しくなります。

師:そうだろ。泣いてんのかキッチン?

キ:…はい。

師:それでいい。流す涙があれば笑えばいいじゃん。人生泣き笑いだよ。

キ:泣き笑い?

師:そう。涙を流す気持ちがあるなら、ほら笑ってごらん。あなたが笑えば家族みんなが笑顔になるんだから。

キ:うんうん。

師:泣いた後には笑顔しかないじゃん。イライラしていた自分を見つめて泣いて、家族を思って笑おうよ。

キ:涙の後の笑顔は師匠が実践済みですもんね。

師:おうよ。

 

師いわく:
笑えばいいじゃんの縮小

(写真・構成/キッチンミノル)※複製・転載を禁じます。

 

いよいよ書籍化! 『春風亭一之輔 師いわく』2/28発売決定!

 

プロフィール

師いわくプロフィール画像3−1

春風亭一之輔:落語家

『師いわく』の師。
1978年、千葉県野田市生まれ。2001年、日本大学芸術学部卒業後、春風亭一朝に入門。前座名は「朝左久」。2004年、二ツ目昇進、「一之輔」に改名。2012年、異例の21人抜きで真打昇進。年間900席を超える高座はもちろん、雑誌連載やラジオのパーソナリティーなどさまざまなジャンルで活躍中。
 
 
師いわくプロフィール画像3−2

キッチンミノル:写真家

『師いわく』の聞き手。
1979年、テキサス州フォートワース生まれ。18歳で噺家を志すも挫折。その後、法政大学に入学しカメラ部に入部。卒業後は就職したものの、写真家・杵島隆に褒められて、すっかりその気になり2005年、プロの写真家になる。現在は、雑誌や広告などで人物や料理の撮影を中心に活躍中。

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