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師いわく 〜不惑・一之輔の「話だけは聴きます」<第37回> 『やりたいことが多すぎて、迷走しています』

当連載の単行本、『春風亭一之輔 師いわく』がついに発売されました。これもひとえに皆様のおかげ。本にはパラパラ漫画がついていますので、ご覧いただきたく。カバーをとった表紙も必見です。さて今回は、さまざまな趣味にのめり込みすぎる相談者のお悩みを、我らが師が真正面から受け止め……。

新ヘッド

一之輔師匠(以後、師):週刊朝日の連載の〆切が昨日だったんだけど、まだ書けてないんだよ。

キッチンミノル(以後、キ):だ、大丈夫なんですか!?

師:オレも偉いから、念のために「遅れます」って担当にメールしたらさ……

キ:はい。

師:「了解でーす♪」って返事が…

編集の高成さん(以後、タ):ああ、それなら大丈夫でしょ。だいぶサバ読んで〆切日を設定してますよ。

キ:返信が軽いですもんね。ちなみにもう頭の中では何を書こうか決まっているんですか?

師:なんにも決まってない。

キ:でもさすがにもう切羽詰まってますよね?

師:まだまだ。もっと切羽詰まらないとやれないのよ。いつも〆切の日が来ないと書きはじめないから。

キ:……はぁ。それは言葉が降りてくるのを待つという感じでしょうか?

師:そんなの全然降りてこない。なにもないところからひねり出すんだよ。減量中のボクサーがクソも溜まっていないのにウンコをひねり出そうとするのに似てるね。

キ:想像でしかないですが、それはそうとうキツそうですね。

師:中崎タツヤさんの作品でさ。減量中のボクサーの話があるんだけど……
【編集部注】中崎タツヤ…漫画家。代表作に『じみへん』『身から出た鯖』など。2015年、還暦を機に以前からの予告どおり断筆した。

キ:はい。

師:ボクサーが極限まで減量したんだけど、どうしてもまだ400グラムオーバーで。髪の毛まで剃り落としてもまだ足りない。本当にもう絞り出すものがないって状態で…

キ:……はい。

師:最後は献血だ!…ってなって。

キ:極限状態で献血はキツイ……

師:でも計量時間はもう目の前に迫っているわけ。だからもうしょうがないと、献血で400ml血を抜いて……

キ:まぁ、これでなんとか計量はパスできると……ホッとしますね。

師:そう。もちろんボクサーもホッとしたんだろうね、気がついたら…ってオチに続いていくんだけど。

キ:で、どうなるんですか? 
【編集部注】…『中崎タツヤ作品集 上 兎に角』(バンブー・コミックス)に収録されています。

師:……好きなんだよなぁ、この話。中崎タツヤさんの漫画、いいよなぁ。記憶に残る話ってあるもんな。

キ:他には?

師:蟹だな。社員旅行で冴えないおじさんが、宴会中ずーっと蟹の身をほぐしていてさ、そこに酔っ払った後輩が「〇〇さん、なにやってんですかー!」って来て、目の前にあったほぐしたカニの身の山をガーッて食べちゃって…

キ:えっ…

師:そしたら冴えないおじさんが目の色変えて包丁を取り出してさ…

キ:それでそれで、どうなるんですか? 

師:言えるかよ! ちゃんと自分で読まないと。

キ:そ、そんな……これじゃ生殺しです。
【編集部注】…この話の出典を探したのですが、あいにくわかりませんでした。どなたか詳しい方の情報をお待ちします。

師:とにかく最高!

 

師に問う:
私の悩みはやりたい事が多すぎてなにからやればいいのかわからないことです。数年前から江戸時代にハマり本を読んでみたり、古地図を頼りに町歩きをしてみたり…とっても充実しているのですが、知りたい事・行きたい所など興味あるものがたくさんあり、なにから手をつけて良いのかわからない状況です。思いついたらそれをせずにはいられない性格なので、計画を立ててもその日の気分で行動は変わってしまいます。最近は古文書の解読まで始めてしまい、とうとう自分でもどうなりたいのかわからなくなってきました。
よろしければこんな私にアドバイスをください(_ _).。o○
(ふわけ/女性/29歳/東京都)

 

キ:「幸せな悩みかもしれないですが、読んでいただければ幸いです。」って前置きがありました。いかがでしょうか?

師:確かに幸せな悩みだなぁ。

キ:師匠はどちらかというとやりたいことが少ないタイプですよね?

師:失敬な!
……でも間違ってないね。できればダンゴムシみたいな人生がいいなっていつも思っているからね。

キ:ダンゴムシ? どういうことですか?

師:うん。石の下でうずくまって生きていきたい。それで時々石を持ち上げられたらざわざわざわ〜って逃げるという…。

キ:それじゃあ、テレビとかで取り上げられたりすることは…?

師:まさにざわざわざわ〜って逃げ回っている感じ。時々は水の中に落とされたりして。足をバタバタさせてやっと岸にたどり着いて…って気分。

キ:ひっそりしていたいのに、なにげにいつも必死なんですね。

師:おうよ。……だけどこの人、面白そうだね。話してみたいね。一緒に町を歩いてみたい。

キ:そうですよね。町の見え方が変わりそう。『ブラタモリ』的な。

師:……でも腹立つだろうだなぁ。

キ:はい?

師:横でぶつくさ言われて……。「うるせー、バカ!」って言っちゃいそう。

キ:いやいやいや、なんで!?

師:「ここはね。一之輔さん。ここはですね〜」って言われ続けて。

キ:そりゃ言うでしょ。

師:「黙っとけ!」って言ってしまいそうだな。

キ:一緒に歩こうって誘っておいて? ないないない。

師:そう?

キ:師匠は別にして、噺家さんは歴史や史跡めぐりの好きな方、多いですよね。

師:多いね。うちの師匠なんかも城が好きだからね。

キ:一朝師匠もですか。

師:ふわけは噺家と付き合ってみれば? ブレーンとして。喜ばれるよ。

キ:ブレーン?

師:オレたち噺家は無精だから、歴史のことでよくわからないことっていっぱいあるの。聞かれて困ることがよくある。だからそういうときに噺家の代わりに答えてくれたり、時代考証を調べてくれたら助かるなぁ。

キ:そうなんですね。ちなみに最近訊かれて困ったことってありますか?

師:この前も、「『富久』の幇間(たいこもち)が一晩で浅草から芝まで駆け抜けたりするのはありえませんよ!」って言われてさ。

キ:へぇ。

師:「知らねーよ!」って答えたらさ、「普段遊んでばかりいる幇間が走れる距離じゃない。韋駄天じゃないんだから!!」って言い返された。
【編集部注】韋駄天…もとはヒンドゥー教の軍神で、仏教に取り入れられて天神となった。走るのが速いと言われる。

キ:そのときの師匠のつまらなさそうな顔が目に浮かぶなぁ。そういえば、『いだてん』ではたしか嘉納治五郎が勝海舟からもらったというフロックコートを浅草の質屋に入れて、そのお金を持って金栗四三が日本橋に走るシーンがありましたね。
【編集部注】いだてん…現在放映中のNHK大河ドラマ。正式名は『いだてん~東京オリムピック噺~』。

師:『いだてん』さぁ、面白いと思うんだけどなぁ。NHKなんだから視聴率を気にするなよって言いたい。

キ:ほんとに。大河ドラマを普段見ている層が好む内容じゃないだけで、毎週楽しみにしてますよ私も。……あれ? もしかして出るんですか? テコ入れ要員として。

師:ん? ……出ないよ!! 急に訊くから「オレ出るんだっけ?」って考えちゃったじゃん。

キ:すみません。え〜と…話を戻しますが、落語ファンには落語の噺におけるリアリティーを追求される方がいるんですね。

師:いるね。だけどさ、リアリティーもいいけど古典落語はフィクションだからなぁ。そんなこと言われても困るんだよ。

キ:だけど、フィクションの中にリアリティーがあると、グッと噺が立体的になることはありますよね。

師:ある。だからこそ、ふわけみたいな人は噺家のブレーンとして、噺のリアリティーを追求する役として必要なんだと思う。その才能を埋もれさせておくのはもったいない。

キ:そうですよね。そうなると噺家のブレーンになるためには、まずは噺家と出会わないといけないと思うのですが、噺家さんと仲良くなる方法ってあるんでしょうか?

師:あるある。いろんな落語会に行って、好きな噺家さんを見つけてさ、打ち上げのあるような小さな落語会っていうのがあるから、それに参加したらいいんだよ。

キ:打ち上げのある落語会って結構ありますからね。

師:そこで噺家に「私はこういう趣味なんですけど、あなたのブレーンになりたいんです」って話しかけてみたらどう?

キ:直談判しちゃうんですね。

師:そうそう。

キ:うまくいくといいですね〜。

師:そうね。難しいかなぁ……どうだろう?
ところで、ふわけのこういう趣味は29歳の女子にしては珍しいけど、おじさんたちなら、いっぱいいるよね。

キ:いますね。

師:そういう町歩きのサークルを探してみるのもいいかも。そんなところに行ったらふわけはすぐに人気者だよ。おじさんたちが旨いもんをご馳走してくれるかもしれない。

キ:かもしれないですけど、ご馳走のためにサークルに入るって…

師:それじゃあもっと高みを目指して、杉浦日向子枠を狙うってのはどうだ?

キ:亡くなられた江戸風俗研究家の?

師:あー、だけど堀口茉純ちゃんてのがいるからなぁ。「お江戸ル」の。

キ: TOKYO MX「週末ハッピーライフ! お江戸に恋して」で見たことあります。

師:いろんなテレビに出てるよ。何度か会ったことあるけど、町歩きおじさんのアイドル。すごい知識量でさ。元々、歌舞伎役者になりたかったんだって。

キ:歌舞伎役者に?

師:それで歌舞伎役者の前・猿之助さん、今の市川猿翁さんのところに「なりたいんです!!」って直訴したんだって。

キ:……だって、なれないですよね?

師:もちろん、なれない。
「知っています。でもなりたいんです!」って食い下がって直訴したら、「あなたの気持ちは尊い」って。

キ:堀口茉純さんの情熱も半端ないけど、猿翁さんの受け止め方も深いなぁ。そこまで情熱があって想いが強いと、夢叶わず辛い時期もあったかもしれないですが、その思いを持ち続けて現在はお江戸ルをされていて……

師:そう、突き抜けた先の今だから、楽しいと思うよ。

キ:それだと手強い先輩がすぐ先を走っているわけだから、杉浦日向子枠は狭き門かぁ。

師:二人いてもいいとは思うけどね。
……それにしても「ふわけ」って名前はなかなかすごいな。

キ:どういう意味ですか?

師:「腑分け」。解剖だよ……『解体新書』からとっているんでしょ。

キ:杉田玄白の?

師:たぶんね。ふわけはもしかしたら杉田玄白が訳した『解体新書』を読んでいる可能性もあるぞ。

キ:ありますね。最近は古文書の解読まで始めているそうですから。

師:キッチン…

キ:はい。

師:古文書の解読まで始めているふわけの先にあるものはなんだと思う?

キ:解読の先ですか? 歴史の新発見とかでしょうか?

師:いや、もっと突き抜けちゃえ!

キ:もっと?

師:そう! 歴史の創造主になってしまえばいいんだ!!

キ:はぁ? 歴史を新発見するんじゃなくて、つくっちゃうんですか?

師:新しい古文書を。

キ:自分で?

タ:竹内文書みたいなやつですね!
【編集部注】竹内文書…昭和初期に広まった、5~6世紀頃に書かれたとされる古文書。後に偽物であることがわかったが、壮大な夢が広がる内容で、いまだ根強いファンがいる。

師:そうそう。

キ:なんか違う方向に突き抜けてしまった感はありますが…でも竹内文書といえば、イエス・キリストが十字架に磔にされずに後に日本に渡っていたという話もありますよね。じつは去年、その竹内文書と深い関わりがあってキリストの墓があるとされる青森県戸来村の「キリスト祭」に行ってきたんですよ。

師:行ってるね〜。

キ:祭りの始まりは神主さんが祝詞をあげて。「ナニャドヤラ」っていう盆踊りをキリストの墓の周りで踊るんです。写真をいっぱい撮っていたから目立っていたんでしょうね。取材で来ていた毎日新聞の記者さんに感想を聞かれて、本名で新聞に載りました。
【編集部注】… https://mainichi.jp/articles/20180605/k00/00m/040/031000cをご覧ください。

師:本名で……?

キ:はい。キッチンミノルの名刺を渡したんですが、「誤解を生じかねないので本名での掲載をお願いします」って…

師:まぁ当然だな。……偽物だとわかっていても多くの人を惹きつける偽古文書ってあるからね。ふわけもそういうの書いたらいいよ、自分の好きな時代の古文書を。

キ:解読しているだけじゃなく、どうせやるなら書いてしまえ!…ってことですね。

師:おうよ。とことん突き抜けろ!…だ。

キ:モラル面では著しく問題がある提案ですが…まあ……

師:例えば「徳川家康は女だった。そして家光はFカップ」とかね。

キ:家光が巨乳〜!? 突き抜けた先がそれですかぁ…

師:「家光公は巨乳なりけり」って。
「その乳房をもって、政(まつりごと)を執りはからうなり」とか書いちゃって…

キ:くだらな〜。

師:巻物に書いて、古文書っぽく加工してさ、蔵に隠しておけばいつか…

キ:誰かが見つけて!

師:大ニュースだよ。あ〜、オレのためにもそういうの書いてくんないかなぁ。

キ:それなら師匠のブレーンとして迎え入れたらいいじゃないですか!

師:そうね、ブレーンになってもらおうかなぁ……

キ:おお〜! それであればふわけさんも噺家さんを探す手間がはぶけて話が早いです。

師:そうかね?

キ:そうですよ。ふわけさんにブレーンになってもらったとしたら、一之輔師匠が疑問に思うことを答えてもらったり、時代考証のしっかりした新作をつくるのに協力してもらったり。それに古典落語の間違いを直してもらったりも、やってもらいましょう!

師:……う〜ん。なんか面倒くさそう。

キ:えっ…

師:ごめん。メール打ったりするの面倒くさそうだし、やんや言われてもいやだし。

キ:……

師:うん。やっぱり、オレはいいや。

キ:ひ、ひどい……

 

師いわく:
P+D〆オレはいいや

(写真・構成/キッチンミノル)※複製・転載を禁じます。

 

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プロフィール

師いわくプロフィール画像3−1

春風亭一之輔:落語家

『師いわく』の師。
1978年、千葉県野田市生まれ。2001年、日本大学芸術学部卒業後、春風亭一朝に入門。前座名は「朝左久」。2004年、二ツ目昇進、「一之輔」に改名。2012年、異例の21人抜きで真打昇進。年間900席を超える高座はもちろん、雑誌連載やラジオのパーソナリティーなどさまざまなジャンルで活躍中。
 
 
師いわくプロフィール画像3−2

キッチンミノル:写真家

『師いわく』の聞き手。
1979年、テキサス州フォートワース生まれ。18歳で噺家を志すも挫折。その後、法政大学に入学しカメラ部に入部。卒業後は就職したものの、写真家・杵島隆に褒められて、すっかりその気になり2005年、プロの写真家になる。現在は、雑誌や広告などで人物や料理の撮影を中心に活躍中。

●メール大募集●

『師いわく』では、不惑を迎えた春風亭一之輔師匠に相談したいあなたのお悩みや愚痴をお待ちしています。下記のメールアドレスに、①あなたのお名前(匿名・ハンドルネームOK)②お悩み・愚痴など…を書いてお送りください。③性別④年齢⑤お住まい…なども書いていただくと、師匠も相談にのりやすそうです。採用された方には、春風亭一之輔&キッチンミノルのサイン入り特製クリアファイルを差し上げます!

iwakuichinosuke@shogakukan.co.jp

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