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師いわく 〜不惑・一之輔の「話だけは聴きます」<第40回>

第40回 『片づけのできない夫に困っています』
今回は、3月19日に小学館で開催された単行本刊行記念イベント〈公開ナマ『師いわく』〉の模様を紹介します。お悩み相談も会場で行われたものです。
定刻どおりに楽屋入りした一之輔師匠。開演前に打ち合わせをと思っていたのだが、雑談をしていたらあっという間に時間がなくなってしまい……。

『師いわく』新ヘッダー画像

キッチンミノル(以後、キ):おはようございます。

一之輔師匠(以後、師):おう。ついさっき大阪から戻ってきて、東京駅から小学館に直行だよ。

キ:昼間に大阪で落語をしてから…?

師:そう。昨日の夜と今日の昼と。

キ:それじゃ、あまり疲れてない?

師:なんでだよ!

キ:だって、新幹線では熟睡を…

師:するわけねーだろ! やることあんだよ、こっちは。

キ:そ、そうですよね。すみません! お疲れ様です! …のところすみません。本にサインを…

師:えぇ〜っ?

キ:合計150冊くらいですかね。私もサインを一緒にしますんで。編集の高成さんに、私のサインを一部入れてほしいって言われているので。

師:キッチンもサインするの? ……いらないだろ。

キ:まぁまぁまぁ。「今日のお客さんのなかにはキッチンさんのサインも欲しいと言ってくれる方もいらっしゃると思いますよ」…って高成さんが。

師:ふうん。 

キ:この前、某書店さんがサイン本をまとめて注文してくださったときがあったじゃないですか。

師:うれしいことだよね。

キ:本当に。でもそのときは高成さんに「私のサインも書きましょうか?」って訊いたら、「いや、キッチンさんのサインは結構です」って…

師:泣けてくる〜
【編集部注】…全然そのときのことを覚えていません。失礼しました。

キ:高成さんのほうから「キッチンさんもどうぞ」って言われることってなかなかないですからね。とりあえず30冊、サインしてみようかな。

師:多いよ。

キ:あなたがいちばんシビア〜~!

師:サインしすぎたら、また高成さんに怒られるぞ。

キ:……

師:キッチンはサインが丁寧すぎるんだよ。仰々しくハンコを三つも押しやがって。

キ:いいじゃないっスか。丁寧じゃないと誰も私のサインなんて欲しがらないんだから。
【編集部注】…キッチンさんの丁寧なサインがどうしても気になる方は、ときどき本人が会場販売の場に立つことがありますので、見かけたら頼んでみてください。

師:それもそうだな。

キ:お〜い!
 
 
サインする師匠

▲一冊一冊気持ちを込めてサインを書く“我らが師”。

 
師:……そうそう、昨日カミさんが寝言を言っててさ。

キ:はい。

師:「いいからそこに座れ!」って。

キ:い、いきなり物騒ですね。

師:「諦めてそこに座んなさいっ!!」ってはっきり聞こえる声で。

キ:どうしたんですか?

師:オレもびっくりしたから、慌てて揺すって起こしたらさ。

キ:……

師:「あ゛~ッ、なに? なんなの? いいところで起こして!」って。

キ:いいところ?

師:ちょうど夢のなかで泥棒に説教するところだったんだって。

キ:説教!?

師:かみさんが仕事から帰って玄関を開けたら、泥棒がまさに玄関で荷物をまとめてたところだったんだって。

キ:ええーッ? 怖っ!!

師:泥棒の肩越しに部屋の中を見たらすごい散らかしてて…

キ:物色した後だから。

師:仕事での疲れもあったんだろうね。怒りが頂点に達したらしく…

キ:うわぁ……

師:「てめーら、いいからそこに座れ!!」ってことになったらしい。

キ:おかみさん、つえーなぁー。

師:泥棒のほうは渋々正座して「はぁ?」みたいな顔してるから、かみさん「ふざけんじゃないわよ! あんたたち!!」って叫んで…

キ:ひとりじゃなかったんだ。

師:3人…

キ:そんなに! それでそれで…?

師:そこでオレが起こしちゃったんだよ。

キ:はぁ〜? なにやってんですかッ!!

師:かみさんにも同じこと言われた。

キ:おかみさんの気持ち、わかる〜。

師:はっきりした寝言を言っているときってさ、起こしたほうがいいのかな? どうなの?

キ:さぁ? ……私もかなりはっきりとした寝言を言うらしいんですが、特に起こされないです。その代わり、起きたら奥さんが寝言をポストイットに書いてテーブルに貼っておいてくれています。内容を読むと、仕事で謝っているであろう場面が多いです。

師:夢の中でもそうなんだ……

キ:残念ながらそうみたいです。師匠のおかみさんは、さすが群馬と鹿児島の血が入っている感じがしますね。頼もしい。

師:我がかみさんながら勇気あるなぁと思う。

キ:ほんとに。

会場スタッフ:(楽屋に入ってきて)キッチンさん、すみません。キッチンさんのサインが入った本が完売しました。

師:へ〜…珍しい。それじゃあキッチンは会場でサインしてきたら。

キ:そうですね。でも打ち合わせはどうします?

師:いいよ、なんとかなるだろ。

キ:おおーッ! 師匠も頼もしい。

師:頼んだよ。

キ:た、頼んだよ? それはこっちのセリフですよ。あ゛~、急に緊張してきた…

 

師に問う:
片づけができない夫に片づけられるようになってもらうためにはどうしたら良いでしょう? 脱いだら脱ぎっぱなし、食べたら食べっぱなし、などなど、「ぱなし」ぐせに困っています。
(匿名/女性)

 
 
会場の写真

▲今回のお悩み相談は、イベント〈公開ナマ『師いわく』〉の会場で行われたものです。

 
キ:私もこの旦那さんと一緒ですね。なかなか片づけるのが苦手です。欧州で一之輔師匠と同部屋になったとき、師匠が本当に嫌な顔してましたよね。

師:あれはひどかったね。キッチンが部屋に入ってきた途端、空気まで汚れたからね。

キ:そこまではないでしょう!

師:セミだってもう少しは片づけると思うよ。

キ:セミ!?

師:そう。

キ:ん? ……いやいやいや、セミだって脱ぎっぱなしじゃないですか!!

師:そうだけど、ちゃんと脱いだやつは整ってんだよ、セミは!

キ:あぁ、元の姿のまま木にくっついて…

師:おまえのは、あっちいったりこっちいったり、抜け殻が砕け散ってんだよ。セミのほうがおまえよりちゃんとしているから。

キ:……

師:オレはこの奥さんの気持ちがわかるよ。どちらかというと部屋を掃除する側だから。

キ:たしかに、家の中が汚いってよく怒っていますよね。

師:怒ってる。ただ、うちの場合は、かみさんがだらしないからね。少しね。

キ:そうですね…

師:おい!

キ:はっ!

師:びっくりしたよ。言いつけるぞ!

キ:いやいや、すみません! 口癖って怖いですね。自分がいちばんびっくりしました! いや〜、参った。

師:口癖で片づけるなよ。

キ:…え〜と、ところで師匠のその片づけ癖はいつから身についたものなんですか? 小さい頃から自然に?

師:徐々にでしょ。特にいつからとかは、ないかなぁ。

キ:寮生活で?

師:寮? …一度も入ったことねーぞ。寮なんて。

キ:そ、そうでしたっけ? 入ってませんでしたっけ?

師:誰と間違えてんだよ!

キ:あれ?

師:コレ夫婦だったら大変だぞ、今の会話は。

キ:春日部高校は…

師:寮じゃねーよ!

キ:失礼しました。え〜と、ちなみに私からは言いにくいんですけれども、先ほど少し話題に出ましたが、師匠とおかみさんでいったら、おかみさんのほうがやや片づけが苦手なタイプじゃないですか。

師:そうね。

キ:そうなると、師匠はどのようにしておかみさんや子どもたちに片づけをしてほしいって伝えるんですか?

師:最初の頃はね。いちいち言っていくしかないと思ってた。

キ:小言を?

師:そう。本当にいちいち言うの。

キ:そういう場面は『~いちのいちのいち』にもよく出てきましたね。
【編集部注】…一之輔師匠の室内の様子および師匠の「掃除しろ!」等の小言ぶりは、小社刊『春風亭一之輔の、いちのいちのいち』でのみ観ることができます。

師:でもいつからか、オレが注意すると子どもが「チッ!」って舌打ちするようになってさ……

キ:子どもは日々成長しますからね。

師:「おまえ舌打ちしたな、いま!」…って怒る、とそれに対してもまた「チッ!」って舌打ちよ。

キ:あはは、家庭が崩壊していってる。師匠のせいで。

師:笑いごとじゃねーから。それで、寛容な心を持たねばって自分に言い聞かせて次に実行したのが…

キ:はい。

師:無言作戦。例えば夜、疲れて家に帰ったときにテーブルには食べたまんまの状態で皿が散らかっていて、子ども達がのほほんとテレビを見ていたりするわけ。

キ:イラっとしますね。

師:だけどそこはグッとこらえて無言で片づけし始める…

キ:まさに無言作戦…

師:でも主張はしないといけないから、なんども大きいため息ついてさ。「ハァ゛ー…ハァ゛ー…」って。ダースベーダーみたいに。

キ:圧がすごい…

師:それでわざと大きな音を立てて食洗機に食器をガシャンガシャンガシャンって入れて、ビーって電源のボタン押して…

キ:なにが無言作戦ですかっ! 雄弁に全身で怒りを表現しちゃってるじゃないっスか。

師:知らず知らずのうちにね。

キ:わざとでしょ!

師:これもそうとう家庭の雰囲気が悪くなったなぁ……

キ:でしょうね。だけど、そんなに師匠が主張しても、誰もこたえてくれないわけですよね? いつも皿は出しっ放しなわけだから…

師:そこなんだよ。これをやることによって家庭の雰囲気だけがどんどん悪くなって…

キ:最悪ですね。

師:そう。だから、かみさんに指摘されてから考えたわけ。

キ:はい…

師:「部屋が片づいているけど家庭の雰囲気が悪い」のと「部屋が片づいてないけど家庭の雰囲気が平穏」なのとどっちがいいのかなって…

キ:うんうん。

師:その結果、部屋が片づいていなくても家庭が平穏の方がいいなって思ったんだ……

キ:(あら〜、すごく遠くを見ちゃってるよ……)
【編集部注】…我らが師の葛藤は第33回『イライラの悪循環に陥っています』をご覧ください。なお直前の第32回ではまだイライラしていて、まとめて読むと味わい深いです。※公開期間限定

師:だからこの方も「困っています」ってくらいならまだ大丈夫。旦那はあなたに甘えてるんだよ。それであなたも片づけをやってあげているくらいだから、まだ寛容なところがあるんでしょう。

キ:そうかもしれませんね。

師:「困っています」じゃなくて「怒ってます」とか、「もう一緒に暮らせません」ってなったら対策を考えないといけないけど、この程度ならまだ大丈夫だから。なにげに旦那とはいいバランスなのかもしれない。

キ:いいバランスかぁ……少し困っているくらいがちょうどいいんですかね。

師:部屋だってきれい過ぎたら、それはそれで住みにくいよ。緊張感があって。だからさ、この方は、もう少しようすをみてからもういちど相談に来てほしいね。

キ:え?

師:今日はいったん、この相談お返しするから。

キ:返しちゃうの!?

師:だって、まだ大丈夫でしょ。だから、この方には一年後くらいに自分の気持ちがどうなったかをもう一度報告してもらいましょう。

キ:旦那をどうこうするのは、その経過報告を聞いてからでも…

師:遅くはない! ……それで今回よりも切羽詰まってきていたら、再度相談に乗りましょう!

キ:えーと……健康診断で小さなポリープが見つかったのに「しばらく観察しましょう」って言われたときのような気分なんですけど…

師:おうよ。焦ることなし。

キ:そうですか……わかりました。匿名さん、すみませ〜ん。この相談はいったんお持ち帰りくださいませ〜ッ!

 

師いわく:
第40回〆の金言

(師の教えの書き文字/春風亭一之輔 写真・構成/キッチンミノル)※複製・転載を禁じます。

 

いよいよ書籍化! 『春風亭一之輔 師いわく』好評発売中!

 

プロフィール

一之輔プロフィル写真

春風亭一之輔:落語家

『師いわく』の師。
1978年、千葉県野田市生まれ。2001年、日本大学芸術学部卒業後、春風亭一朝に入門。前座名は「朝左久」。2004年、二ツ目昇進、「一之輔」に改名。2012年、異例の21人抜きで真打昇進。年間900席を超える高座はもちろん、雑誌連載やラジオのパーソナリティーなどさまざまなジャンルで活躍中。
 
 
キッチンプロフィル写真

キッチンミノル:写真家

『師いわく』の聞き手。
1979年、テキサス州フォートワース生まれ。18歳で噺家を志すも挫折。その後、法政大学に入学しカメラ部に入部。卒業後は就職したものの、写真家・杵島隆に褒められて、すっかりその気になり2005年、プロの写真家になる。現在は、雑誌や広告などで人物や料理の撮影を中心に活躍中。

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iwakuichinosuke@shogakukan.co.jp

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