本との偶然の出会いをWEB上でも

師いわく 〜不惑・一之輔の「話だけは聴きます」<第41回>

第41回 『ケチな上司に嫌気がさしています』
前回に続き、今回も単行本刊行記念イベント〈公開ナマ『師いわく』〉の模様を紹介します。お悩み相談も、会場で行われたものです。
いよいよ本番が始まろうとしている。一之輔師匠は私キッチンミノルと目を合わそうとしない。ドアの向こうから編集の高成さんの呼び込みの声が聞こえてきて……。

『師いわく』新ヘッダー画像

 
編集の高成さん(以後、タ):……それではお二人をお迎えしましょう!

(扉が開く。会場が大きな拍手に包まれる)

一之輔師匠(以後、師):どうも〜! ハゲ3人です!

キッチンミノル(以後、キ):出ていきなりッ!?

師:見事にハゲが揃ったね。

キ:スリーハゲ。

師:正確に言うと、本物のハゲは高成さんだけなんだけど。

キ:自分で3人をハゲでくくっておいて、その言いぐさはひどい……

タ:私からも正確に言わせていただくと「スキンヘッド」ですけれど。まぁハゲですけど髪なんか別に必要ないですから。

師:……それにしても今回も集まったね。

タ:157名の方がいらしてくださっています。

師:多すぎだよ。

キ:前回の苦い記憶があるので、お客さんが来なかったらどうしよう…と心配してました。皆さん、ありがとうございます!

師:前回のイベントのアンケートに、「キッチンミノルが出るかぎりもう来ない」って書かれていてね。
【編集部注】前回のイベント…ウェブ連載立ち上げのため昨年4月5日に催された〈謎の新企画発表会〉のこと。そのときの模様は単行本『春風亭一之輔 師いわく』をご覧ください。

キ:……

師:打ち上げのときに高成さんからそのアンケートを見せられて…

キ:はい…

師:キッチンの心が「ボキーッ!」って折れたのを目の前で見たからね。

キ:そのとき、打ち上げにいた皆さんが慰めてくれたんですが、慰められれば慰められるほど惨めな気持ちになりました。でもこのように、たくさんの方が懲りずにまた来てくださって……

師:前回の会のことを知らないだけじゃない?

キ:あっ…

師:アンケートに書いた人は絶対に来てないだろうし。
【編集部注】…くだんの前回アンケートですが、たしかに辛辣な御意見を書いていただいた方もいらっしゃったものの、多くのお客さんには混乱ぶりも含めて面白がっていただけたようでした。……とはいえ、厳しい御意見は正面から受けとめ、今後も改善に努めます。

キ:そうですね。……ちなみに『師いわく』をウェブ連載で読んできた、または単行本をもう読んだという方は、どれくらいいらっしゃいますか?

(半分弱くらい手が上がる)

師:みなさん、今日の会の趣旨を理解してますよね?

キ:念のために説明すると、普段は居酒屋でやっている『師いわく』の鼎談を、今日は皆さんの前でやってしまおうという会になります。

師:あとで落語もするけど、メインはこっちですからね。

キ:私はなかなか人前に出ることのない仕事なので、かなり緊張しております。

師:……今日は、酒は呑んじゃダメなんだよね。

キ:そうですね。テーブルに水は用意していただいていますが。お酒はないみたいです。

師:横浜にぎわい座の館長だった玉置宏さんは、水と見せかけてこういうのに焼酎の水割り入れて呑んでたよ。それくらいはやっておいてほしかったなぁ。

タ:…………(苦笑いの表情)

キ:まあまあまあ。ところで単行本がいま手元にありますが、師匠はあらためて読んでみてどうですか?

師:まだ読んでないんで。

キ:松本伊代の「ゴーストライター事件」ッ!? 可愛くこっちを見てもダメですから!

師:ダメ?

キ:ダメです。

師:……そうそう、こないだ岐阜でサイン会したら、本屋さんで買いましたって人がいて…

キ:はい。

師:『師いわく』が占いの棚にありました…って言ってたよ。

キ:占い!?

師:ある意味間違ってないけどね。「当たるも八卦、当たらぬも八卦」みたいなところあるから。

キ:書店員さんは内容を読まずに、題名のインスピレーションだけで「占い」の本だなって思ったんでしょうね。

師:あと他にも、スピリチュアル本のコーナーで江原啓之さんの本の隣にあったって人もいたなぁ。

キ:アマゾンでは一時期、「宗教」「哲学・思想」のジャンルになってました。

師:まぁオレは、西武池袋線のシッタルダって言われているからなぁ。

キ:これから家を出ていくんですもんね…

師:そうそう。

キ:おかみさんと子どもを残して。

師:悟りの旅へ…ってこういうのが余計なんだよ! こういうこと言って脱線ばっかりしてるから、アンケートに「ぐだぐだ」って書かれちゃうんだよ。もっとキッチンがちゃんと進行してくれなきゃ。

キ:すみません。……では本題に入ります。

師:はい。

キ:今日は会場の皆さんから応募したお悩みのなかから師匠に答えていただこうと思っています。

師:会場の方の相談! そうですか。それは緊張しますね〜。

キ:前回もそうでしたけどね。

師:……お〜い。そういうのが余計なんだよ。

キ:

師:オレはクッションとしてそう言ってんだからさ。緊張してないけど「緊張しますね」って言ってんの。そこでキッチンが、「そんなこと言わずに」って入ってきたらスムーズに進行していくだろ!

キ:……

師:それなのに「前回もそうでしたけどね」って。お前はバカか!

キ:う゛っ…

師:そんなことはみんなわかってんだよ!!

キ:す、すみません。

 

師に問う:
ケチな上司に嫌気がさしています。
飲み会を開けば払わない。立て替えをした分を請求すれば、どうにか払わないようにしようとする。立て替える私も悪いとは思うのですが、そうせざるを得ないこともあります。もちろん請求はしますが、支払ってもらうのが本当に大変です。請求書を渡すと「昨日のね」と言いながら脇に置き、「そういえば、この件だけど…」と別の話を始めて、その請求をなかったものにしようとします。最悪、支払ってくれないこともあります。たくさんのことがあり過ぎて、ここには書ききれません。色々と策を練って、支払いをしてもらおうとはしていますが、こんな人にスムーズに支払いをさせるにはどうしたらよいでしょうか。ちなみに、キレイな人と食事をするときは、すべて支払います。2~3回、その上司と職場のキレイなお姉さまと私の3人で食事に行ったときは、ご馳走してくれました。「この人、お金出すんだ!」と驚きました。

 
 
41回挿入写真

▲イベント前半(すなわちメイン)の、『師いわく』公開お悩み相談のようす。

 
師:『らくだ』みたいな上司だなぁ……
【編集部注】らくだ…古典落語の演目。「らくだ」とは長屋に住む傍若無人な乱暴者のあだ名。現在では動物園で人気者のラクダですが、江戸時代に初めて見た人たちは、馬や牛よりずっと大きな得体の知れない生物と捉えたそうです。

キ:たとえば落語家さんで、絶対に払わない人っていらっしゃいますか?

師:落語の世界でいうなら、この上司というのは先輩になると思うんだけど…

キ:そうですね。

師:そういう会に行ったら先輩が必ず払う。もし払わなかったとしたら、相当文句を言われるから。

キ:陰で?

師:面と向かって言うよ。「兄さん払わないんッスか!」って。「割り勘なんだ、ココ!?」って。

キ:割り勘でも文句を言われるんですね。

師:先輩が全部払うっていうのが芸人の世界のルールなの。だからこの上司みたいに払わないってことは絶対ない。もちろん、後輩とは呑みにいかないっていう先輩はいるよ。

キ:払いたくないから?

師:そこまではわからないけど。後輩と呑みにいくと気を遣うし遣われるし、そういうのを避けるためっていうのもあると思うけど。

キ:なるほど。

師:この人が立て替えたってことは割り勘だったってことでしょ。

キ:そうなるんですかね…

師:お金がないわけじゃないんでしょ。美人との呑み会では払うわけだからね…

キ:はい。

師:ちなみに会社にはこういうのを訴える部署ってあるんじゃないの?

キ:どうなんでしょうか?

タ:どうですかね? ないと思いますが。

師:ないの!?

タ:だけどこれは、寸借詐欺みたいなものですよね…

キ:言われてみれば立派な犯罪です。

師:そうなると我々に相談する案件じゃないから。しかるべきお上に相談しないと。

キ:……だけどこの相談主さんも、払ってもらえないとわかっているのに、なんで何度も呑み会に行くんですかね?

師:ほんとに。この人が上司を誘うのかな?

キ:どうでしょうか?

師:まともな意見を言うと、この上司はもう誘わなくてもいいんじゃないの?

キ:はい。

師:でも誘ってもらえなかったら、寂しがるのかな。

キ:お金も払わないくせに?

師:それじゃあ半年間誘わないって決めてみたら? 上司抜きで、部署のみんなは呑みに行っててさ、なんとなく呑み会やりましたという空気は醸し出しておいて。

キ:う〜ん。

師:だけど、いじめみたいになっちゃうかな?

キ:ちょっとね。

師:でもしょうがないよ。金を払わないわけだから。

キ:たしかに、上司がお金を払ってくれさえすれば解決することですからね。

師:しばらくすると上司も寂しくなって、この人に訊いてくると思うよ。「どうして私を誘ってくれないんだい?」って。

キ:ずーっと誘いを待っていたのに…ってことですよね。そこまでいくと、これはもう上司は、かなり切羽詰まってきてますよ。

師:そしたらそっとメモを渡せばいいんだよ。

キ:メモ……

師:「自分の胸に手を当てて考えて」って。

キ:直接は喋ってあげないんだ。

師:そう。それで上司の表情をよく見ておきな。しばらくすると上司の目からは二筋の涙が流れるから。

キ:流れますかね?

師:流れない?

キ:だってこの上司は請求書を渡しても、請求書をわきに置いて、話をそらせてなかったことにするような手練手管ですよ。

師:これさ、相談した人に言いたいけど、あなたもちょっと押し切られすぎ!! お金のことなんだからもう少し喰らいつかないと。

キ:大事なことですね。

師:どんな会社なんだろうね? もう少し詳しく聞きたいなぁ。せっかくだから、よかったら手を挙げてもらえないかなぁ……ダメ?

キ:あっ!

(相談者さんの手が挙がる)

師:勇気ありますね。

キ:ありがとうございます。

師:……何人ぐらいの部署なんですか?

相談者さん(以後、相):母体は大きな会社なんですが、私のいる部署はその上司と私の二人きりなんです。

師:なるほど。

相:それで、上司が自分で会を開いて周りの人も巻き込んで呑みにいくんです。

キ:ええ〜ッ?

師:上司が自ら開催するのかぁ…

相:それなのに、支払いのときになると私に「とりあえず払っておいて」ってなるんです。

師:会社のお金で呑んでいるってことなの?

相:いえ、自分たちのお金です。

師:あなたのお金なの!? なんだそれ…

キ:ちなみにその上司は、人間としてはいい人なんですか?

相:まぁ、いいところもあります…

師:ということは、上司と二人きりの部署ということもあって、あなたは職場の人間関係を保ちたいと思っていて、あんまり喧嘩はしたくないわけでしょ?

相:はい…

キ:もしかして、まだ払ってもらっていないお金もあるんですか?

相:あります。数回分溜まっています。なんど言っても払ってくれないんで、もう諦めているんですが……

キ:諦めるのはまだ早いです。

師:そうです。だから相手が話をそらせないような状況を作らないといけないわけだよね。

キ:そういうことです。

師:仕事の最中に「すみません。これ…」って領収書を出してもはぐらかされちゃうわけだ。

キ:そうですね。

師:とはいえ、こいつだって仕事ばかりしているわけじゃなく、ぼんやりしているときが必ずあるはずなんだよなぁ…

キ:「こいつ」って…

師:たとえば、お昼を食べた直後で、お腹が膨れて、すぐにやるべきこともない、思わず鼻唄が出てしまうようなときが……

キ:あるでしょうね。とても幸せな時間です。

師:はい! そのときです!

キ:えっ?

師:あなたは静かに上司の前に進みましょう。そして、真面目な顔をしてこう切り出してください。

キ:……

師:上司の目をまっすぐ見据えて、「折り入って話があります」って。

キ:急に!?

師:おうよ。上司は完全に無防備状態でいるところに神妙な面持ちの相談主さんが目の前に立っているわけ…

キ:私が上司なら「ええーっ! 急になになに? どうした!?」って、油断していた分、ドキーッ!…となります。

師:返事する声が裏返ってしまうだろうね。……そこでおもむろに領収書を出せばいい。

キ:……

師:なんなら部屋の鍵を締めてもいいくらい。逃げ場をなくしましょう。

キ:怖っ!

師:お金のことですから、これくらいはやらないと。

キ:やるほうも勇気がいりますね…

師:これから楽しく飲み会に参加できると思えば。……一度きりのことですから。
一度やれば上司も流石に懲りるだろうから。

キ:そうですね。まぁそう言われると、一度だけ勇気を出せばいいのか。

師:それじゃあ相談者さん。

相:はい。

師:近いうちに、勇気を持って実行しましょう! わかりましたね?

相:がんばります!

キ:ありがとうございました~~ッ!!

 

師いわく:
師いわく 第41回縮小

(師の教えの書き文字/春風亭一之輔 写真・構成/キッチンミノル)※複製・転載を禁じます。

 

いよいよ書籍化! 『春風亭一之輔 師いわく』好評発売中!

 

プロフィール

一之輔プロフィル写真

春風亭一之輔:落語家

『師いわく』の師。
1978年、千葉県野田市生まれ。2001年、日本大学芸術学部卒業後、春風亭一朝に入門。前座名は「朝左久」。2004年、二ツ目昇進、「一之輔」に改名。2012年、異例の21人抜きで真打昇進。年間900席を超える高座はもちろん、雑誌連載やラジオのパーソナリティーなどさまざまなジャンルで活躍中。
 
 
キッチンプロフィル写真

キッチンミノル:写真家

『師いわく』の聞き手。
1979年、テキサス州フォートワース生まれ。18歳で噺家を志すも挫折。その後、法政大学に入学しカメラ部に入部。卒業後は就職したものの、写真家・杵島隆に褒められて、すっかりその気になり2005年、プロの写真家になる。現在は、雑誌や広告などで人物や料理の撮影を中心に活躍中。

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