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師いわく 〜不惑・一之輔の「話だけは聴きます」<第43回> 『義母のことばを信じきれず、心が落ち着きません』

4月10日、世田谷区三宿にあるカフェレストランSUNDAYさんが、出版記念のイベントを催してくださいました。あいにくの冷たい雨の中にもかかわらず、たくさんのお客さんが来てくださいました。ありがとうございました。今回はその模様をお伝えいたします。
さて、会場に到着すると「会場の離れにあるギャラリーの一室を楽屋代わりに使ってください」とのこと。案内されてギャラリーに足を運ぶと、そこには……

『師いわく』新ヘッダー画像

 
一之輔師匠(以後、師):なんなんだろうね?
 
 
アートと一之輔
 

キッチンミノル(以後、キ):現代アートの作品です。
【編集部注】…上の写真は「山根一晃 – パースペクティブ / 結節点 / 行為あるいは作用として」CAPSULEより 展示風景。作者の山根一晃氏のサイトはこちら〈http://yamanekazuaki.com/index.html〉

師:そんなことは知ってるよ。オレが訊いたのは、何を表現しているのかなってことだよ!

キ:全然わかんないっス。

師:キッチンさん……

キ:はい?

師:なにもわかってないくせに「現代アートです!」ってよく胸張って言えたね。

キ:う゛ぅ……

師:だけど、こう床一面にいろんなものが置いてあると…

キ:踏まないように細心の注意を払わないといけないから心が安まりませんね。ガラスとかは踏んだらすぐに割れるだろうし。

師:芸術家の考えることはオレにはムズカシイ。これ、ただの石じゃないのかな? こっちはエビアンのペットボトル。その立っているのは何?_

キ:……う〜ん?

師:あ、髭剃りだ!

キ:家の中にあったら蹴飛ばしてしまいそうなものばかりです。でもひとつひとつにちゃんと意味があるんだろうなぁ。……そういえば、師匠は芸術学部出身でしたよね?

師:だからなにか?

キ:学校でこういうのを読み解く授業があったんじゃないんですか? そうやってすぐに諦めないで作品の意図をちゃんと説明してくださいよ。

師:ふ〜……キッチンさんよ。

キ:

師:あのね。心で感じるの、簡単に説明できないのが芸術なの。わかる?

キ:……(自分だって理解できてないくせに…)

師:だけどさ、コレちょっと動かしたらさ、作者だったらすぐにわかるのかな?

キ:わかるんじゃないんですか? やっぱり。

師:「誰だーッ!? 動かしたのは!」って激昂するかな?

キ:するかもしれないですね。でも……(ニヤリ)

師:ん?

キ:師匠が動かしたことによってより良い作品になっていたら…

師:それは……ビビるだろうね。

キ:「負けたーっ!」って思いますかね。

師:うん。ちょっとやってみようか……

編集の高成さん(以後、タ):ちょ、ちょっと! やめてくださいよ!! 

師:高成さんさぁ……本当にやるわけないじゃないの。我々が芸術を冒涜するハズないでしょ。

キ:そうですよ。師匠はこの作品の意図がまったくわからないんですよ。そんな人が動かせるわけがないじゃないですか〜。

師:おいっ!

タ:もう〜…。じゃあ私は先に行っていますから、よろしくお願いしますよ。

師:はいよ〜。

キ:は〜い。

(舞台裏まで移動)

師:……あ、楽屋に鍵かけた?

キ:鍵? かけてないです。

師:……いいか。

キ:まぁ、取られて困るものもないですし…

師:そうだな。

キ:だけど、僕らの荷物は盗まれないで、あの石ころが盗まれちゃったりして。あはは。

師:!!! …………おい、もしかしたらそういうことなんじゃないのか?

キ:え? ……あっ!

師:表面的にはオレらの荷物のことを心配して鍵を渡してくれているけど…

キ:本当は「アート作品の管理を任せたぞ!」…っていうこと?

師:……急に不安になってきたなぁ。

キ:冗談で言ったつもりでしたけど、笑いごとじゃないかも。

師:オレ、ちょっと行ってくる。

キ:いやいや、私が行きます!

師:鍵の場所、知ってんの?

キ:知らないです。

師:なんなんだよ! すぐ戻るからつないどいて!

タ:(会場から聞こえる声)……それではお待たせしました! お二人の登場ですッ!!

キ:えっ、え~~…

(しどろもどろのキッチンミノル、しばらくして一之輔師匠がようやく登場)

師:お待たせしました。どうぞよろしくお願いします。

キ:ちょうど今回の更新を、令和元年の初日である5月1日にするつもりなんですが……

師:いや〜、予想が当たったんだよ。次の元号は「令和」だって。

キ:いやいやいや、次の元号は「パッション」って言ってたじゃないですか!
【編集部注】…単行本『師いわく』206ページ「平成が終わろうとしています」をご覧ください。

師:そ・れ・は、連載の内容を面白くするために言っただけ。かみさんや子どもには「令和だな、次は」ってずっと言ってたから。

キ:ほんとうに〜?

師:かみさんや子ども達に訊いてみたらわかるよ。

キ:はいはい。

師:とはいえ、オレはまだ昭和で生きてるからなぁ。

キ:え〜と、たしか今年は昭和きゅうじゅう…

師:4年ね、昭和94年。

キ:さすが、すぐ出ますね。

師:どんなことも昭和で考えるほうが楽なんだよ。たとえば今年は戦後何年だろうなって思ったときに、「94年引く20年で…あっ、74年だな」ってすぐにわかるし。

キ:……すげぇ面倒くさい。

師:あと6年で「昭和100年」だから。すごいことだよ。

キ:は、はぁ……。あの、すみません。会場と師匠との温度差がありすぎてどうしたらいいのか。え〜と…、師匠は昔から昭和を推していますけど、師匠自身の人生のほとんどは平成ですよね? 10歳のときに昭和から平成になったわけですから、思春期の頃は平成…

師:そうね。まぁ、そうはいっても10歳くらいまでのあいだに大体のことは培われてきたから。

キ:はぁ。

師:オレがラジオや高座でしゃべっていることって、だいたい10歳までの情報だから……ロッキーチャックとかさ。

キ:???

タ:『山ねずみロッキーチャック』ですね。
【編集部注】山ねずみロッキーチャック…1973年1月~12月にフジテレビ系で放映されたアニメ作品。『ムーミン』『アルプスの少女ハイジ』『フランダースの犬』等と同じ枠で、日曜夜7時半のお楽しみでした。……我らが師の生まれる前のことですが。

キ:すみません。師匠と私は同世代のはずなんですが、師匠には年の離れたお姉さんたちがいるせいか、いつも一回り上の世代の情報なんで……

師:それはあるね。ネエちゃんから大体のことは教わっているからね。

キ:みたいですね。

師:いやらしい意味じゃなくてね。

キ:誰もそんなことは言ってないッス。

 

師に問う:
旦那の実家に行ったとき、なにか手伝おうとすると言われる、義理の母のことば「座ってゆっくりしていてね」は、一体どのくらい信じても大丈夫なのでしょうか? 毎回、嫁として本当に座ったままでよいのか、落ち着かずにソワソワしてしまいます。
(Y.A.さん)

 
 

キ:こういう場合、師匠のおかみさんはどうしているんですか?

師:同じこと言っている。うちのおふくろは本当になんでも自分一人でやっちゃうんだよ。「座ってて、ねー座ってて…座っててね〜」ってずーっと言ってるんだけど、「座っていられるわけねーだろ〜!」ってうちのかみさんは言ってますね。

キ:そりゃそうですよね。

師:それにうちには、ネエちゃん達がいるからさ。正月とか小姑が3人いるんだよ。みんながカチャカチャカチャカチャやってんだよ。

キ:あ〜、お義姉さんたちがいろいろ手伝ってるんだ。

師:一番上のネエちゃんはビール飲みながらやってるけど。

キ:そういう場面で師匠は?

師:なんもやんない。

キ:甘やかされてんなぁ。

師:ずーっと「トトロ」観てる。

キ:VHSで?

師:なんでだよ! ……でもなぜか実家に帰ると「トトロ」をいつも観ているなぁ。

キ:もしも師匠のおかみさんが、師匠と一緒にずっと「トトロ」を観ていて、なにもしなかったとしたら師匠のお母さんは…

師:なんにも言わないと思う。そういうことは気にしない人だから。だけどかみさんからすれば、そうもいかないわけ。だからなにかしら手伝ってるけどね。

キ:なるほど。小姑3人が手伝っていたら、なおさらですね。

師:だから、この方の状況っていうのはよくわかる。

キ:はい。

師:まぁこういうのはケース・バイ・ケースというか、姑と自分との関係とか、結婚してどれくらい経っているかにもよるけどね。

キ:よりますか。

師:よる。ただ、この場合、こういう相談をしてくるってことは、きっと結婚してまだ間がなくて、そんなに旦那さんの実家に行ってない感じなんだろうね。小姑もいなそうだし。

キ:そうですね。どうしていいか測りかねている感じですからね…きっと、今のところはどうしたらいいのかわからず、ソワソワしながらも座っちゃってるんでしょうね。

師:「座ってゆっくりしてて」なんて言われるってことは、長い時間かけて電車に乗ったり車で移動したりしながら、やっと実家にたどり着いた可能性が高い。

キ:読み込みますね。

師:おうよ。それがあっての「ゆっくり」なわけだよ。

キ:なるほど。

師:一年のうち帰ったとしても、盆と正月くらいなんだろう。

キ:そんなにしょっちゅうは帰らない、帰れない。そういう方は多いと思います。

師:久しぶりだからこそ、お義母さんとの間合いがとりにくい。

キ:はい。

師:そういう場合に大事なのは…

キ:ふんふん。

師:初期設定。

キ:食器せっけん?

師:初期設定! 私はこういう人間だということを相手にわかってもらうための、最初の設定。

キ:相手のことを理解するのではなく、自分のことのほうをわかってもらう?

師:はい。そこでお義母さんの言葉は、額面どおりに受け取りましょう!

キ:はぁ?

師:「座ってゆっくりしててね」って言われているんだから…

キ:座ってゆっくりしちゃう? ……いやいやいや。

師:もちろん最初は謙虚に「ありがとうございます、お義母さん」って答えておいて、すぐ風呂に入っちゃうとかね。

キ:一番風呂!?

師:風呂から上がったら、ソファでゴロゴロしちゃってもいい。

キ:ゴロゴロまで!

師:ソファをひとりで占領して、「トトロ」観てればいいんだよ。

キ:ええ〜ッ!?

師:1回目はお義母さんもびっくりするかもしれないけど、2回目からは「この人は、そうそう、こういう感じだったな」ってなるから。

キ:なりますかぁ〜!?

師:なるなる。逆に「バリバリ手伝う人」っていう初期設定ができちゃったら、これからが大変だぞ。

キ:お義母さんも次回から期待しますからね。

師:そう。最初はこんなに羽を伸ばしちゃって大丈夫かなって不安になると思うけど、今後の人生が決まると思ってさ。

キ:無理して羽を伸ばす。

師:おうよ。

キ:堂々とゆっくりくつろいで過ごすのか、それともソワソワしながら過ごすのか……今後どっちの人生がいいのかってことですもんね。

師:だからこその風呂上がりの「トトロ」よ。

キ:そうとう肝が座ってんなぁ。……ちなみに師匠がおかみさんの実家に行くときはどうしているんですか?

師:ゴロゴロしている。

キ:やっぱり。そういう初期設定をしたんですね、最初に。

師:したね。「もうヘトヘトだぁクタクタだぁー、やっとかみさんの実家についたぞー、ふぅ〜…」みたいな感じで行ってさ。

キ:うわ〜…

師:「お義母さん、すみません」って擦れた声で。

キ:……

師:オレがそんな感じだから、お義母さんが「大変ねぇ。お疲れねぇ」ってやさしい言葉をくれて。すかさず「疲れてないス…」って蚊が鳴くような声で…

キ:あらー…

師:そしたらお義母さんが「疲れてたら横になってていいのよ」って。

キ:ダマされているのも知らないで、お義母さんはとことんやさしい…

師:もちろんオレは笑顔で「ありがとうございます!」って…

キ:横になった!

師:今ではかみさんの実家に行ったら、すぐにソファで寝ながら「ぽんぽこ」見てるから。

キ:平成たぬき合戦!? ……そういえば前座のときには「働かない前座」みたいにしていたって聞いたことがありますが。

師:「働いているフリをする初期設定」ね。

キ:働いているフリ?

師:働いているように見えて全部後輩に指示を出す…という。

キ:……

師:師匠方に「あんちゃん、コレやっといてくれ」って言われれば、「師匠! 任せてください、大丈夫です!!」って二つ返事で引き受けて、振り返って後輩に「おい、頼むよ!」って指示しちゃう。

キ:悪い先輩だなぁ〜。

師:一朝師匠には「一之輔は本当に口だけだなぁ」って言われてたからね。

キ:そういう人間なんだって思ってもらえればいいわけだから、自分が仕事をしないっていうこと自体はバレていてもいいわけですね。

師:バレていてもいい。あくまでも「働いているフリをする初期設定」だから。師匠から、一之輔はしょうがねーな…と思ってもらえればそれでいいの。

キ:そうなると師匠の心のなかで、一之輔はそういうやつなんだ…と認識されるわけですね。

師:そう。楽だよ〜。

キ:悪い顔してますよ…

師:昔、師匠宅の引っ越しの手伝いに行ったことがあったんだけど、オレは鼻炎だからさ、引っ越しはすごく埃(ほこり)だらけになるからキツイわけ…

キ:鼻炎じゃなくてもキツイですからね。

師:埃の中に一日中いるのは嫌だなって思ってさ…

キ:まぁねぇ……

師:だから、家具を運びはじめたぐらいのときに、わざと思いっきり埃を吸って…

キ:ええ〜ッ! わざと!?

師:そう。そしたらもうくしゃみが止まらなくなるのよ、ずーっと。

キ:ひ〜ッ!

師:15分くらいしたら、おかみさんが「もう帰っていいから」って。

キ:言わせたんですか……? えーと、それは弟子としてどうなんですか?

師:しょうがないじゃない。体調が悪いんだから。

キ:悪いって……自分で追い込んだんでしょ!?

師:「おかみさん、すみませんっ!」って涙目、鼻声で。

キ:いやいや、だから…

師:「頼んだぞ。オレはこういう塩梅だから、あとは任せた!」って後輩には一言声かけてね。

キ:帰ったんだ…

師:おうよ!

キ:「おうよ!」って……うわ〜、すごい得意げ~~…

 

師いわく:
初期設定

(師の教えの書き文字/春風亭一之輔 写真・構成/キッチンミノル)※複製・転載を禁じます。

 

いよいよ書籍化! 『春風亭一之輔 師いわく』好評発売中!

 

プロフィール

一之輔プロフィル写真

春風亭一之輔:落語家

『師いわく』の師。
1978年、千葉県野田市生まれ。2001年、日本大学芸術学部卒業後、春風亭一朝に入門。前座名は「朝左久」。2004年、二ツ目昇進、「一之輔」に改名。2012年、異例の21人抜きで真打昇進。年間900席を超える高座はもちろん、雑誌連載やラジオのパーソナリティーなどさまざまなジャンルで活躍中。
 
 
キッチンプロフィル写真

キッチンミノル:写真家

『師いわく』の聞き手。
1979年、テキサス州フォートワース生まれ。18歳で噺家を志すも挫折。その後、法政大学に入学しカメラ部に入部。卒業後は就職したものの、写真家・杵島隆に褒められて、すっかりその気になり2005年、プロの写真家になる。現在は、雑誌や広告などで人物や料理の撮影を中心に活躍中。

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