本との偶然の出会いをWEB上でも

師いわく 〜不惑・一之輔の「話だけは聴きます」<第44回> 『嫌われる覚悟を持ちたいです』

4月10日に世田谷区三宿にあるカフェレストランSUNDAYさんにて出版記念イベントを開催しました。前回に続いて、イベント報告第二弾をお送りします。

『師いわく』新ヘッダー画像

 
一之輔師匠(以後、師):……そうそう皆さん、ちょっと聞いてください! この人ね、今朝、八戸の南部せんべいを片手にアポなしで家に来たんですよ。

キッチンミノル(以後、キ):……

師:皆さんのなかで、いきなり相手の家に行っちゃう人います? 普通はメールか電話で「いま家にいますか?」ですよね!?

キ:そうですか? 小学校のときから友だちの家に行くときはアポなんて取ったことないですよ。今朝も、師匠が家にいなければ、ドアノブに引っ掛けて帰ろうと思っていたんで。

師:そういうヤツだよキッチンは……友だちが家にいなくても、勝手に入りこんで部屋で待つタイプだろ。

キ:みんなそうじゃないんですか?

師:それで、ひとんちに上がったら、すぐに靴下を脱ぐんだろ。

キ:いやいや、それはしないです。

師:オレはしてたね。

キ:急にオレのはなし〜〜ッ? ……そういえば居酒屋でもよく脱いでますもんね、靴下を。

師:まあね。

キ:だけど友だちのお母さんとはすぐに仲良くなって、よくしてもらっていましたね。

師:それで、ひとんちの冷蔵庫を勝手に開けて麦茶とか飲んで…

キ:はい。いちど濃縮カルピスを飲みすぎて怒られたことあります。私の家には濃縮カルピスの文化がなかったから、加減がわからなくて。

師:あ〜…、貧乏だからね。

キ:表現がストレート~~ッ! ……でも、師匠の実家もですよね?

師:そうね。…って大きなお世話だよ!

キ:図星だ。

師:最近、取材なんかで子どものころの話をしないといけないことが多くて、一所懸命に思い出すんだけどさ、振り返ってみると実家は貧乏だったんだなぁって……

キ:振り返って初めて気がつくとは……幸せな子ども時代だなぁ。

師:近所に葉山さんっていう家があって、そこが工場(こうば)だったの、工場(こうじょう)じゃなくて。

キ:はい。

師:ベルトコンベヤーがひとつだけあって、近所のおばさんたちが集まってさ。六面体パズルにシール貼ったり、箱詰めしたりするような工場。人形とかもあったなぁ。

キ:へえ~。

師:そこでお袋がパートしていて。家でも、家事を済ませた後、夜中まで内職していたもんなぁ。そんな家は間違っても裕福じゃないでしょ。

キ:そうですね。

師:……。
ずーっと中流家庭だと思っていたけど、中流でもなかったんだなって最近気がついたわけ。

キ:よかったですね、気がついて。そんな家庭で、一浪して私立大学にまで通わせてもらったわけですから。

師:だから、たまにはお小遣いとか渡さなきゃいけないなぁ…って思うよ。

キ:思う……

師:……

キ:……だけ?

師:……うん。

キ:…………

師:だって、お袋も今は幸せそうだから。……安来節を習っているんだよ。

キ:やすきぶし!? 島根の? 千葉の野田で?

師:そう、どじょうすくいの。ほっかぶりして鼻に五円玉つけてさ。テレビの横に、お袋のそんな写真があると思ってごらんなさいよ。実家に帰ると、嬉々としてその写真をオレに見せてくるんだから。勘弁してほしいよ〜。

キ:それとお小遣いの件とは別物だと思うんですが……六面体パズルで子ども四人を育てあげて…

師:親父もいるけどな。

キ:今になってやっと趣味を持てるようになった。良かったですね。

師:そうだろ。だからそのバランスを、オレの小遣いで崩しちゃいけないなと思っているわけよ。

キ:そう簡単に崩れないでしょ、安来節は。

師:バカにしてんだろ?

キ:し、してませんよ。面白いお母さんだなとは思っていますけど。

師:おい!

キ:もし私が小学生の頃に師匠と友だちだったら、師匠のお母さんと仲良くなっている自信があります。

師:それで、オレが家に帰ったらキッチンとお袋が楽しそうに喋ってんだろ?

キ:ですね。「一之輔くん、遅いっスね。学校はとっくに終わっているのになぁ」とか言いながら。

師:それで勝手にカルピス飲んでんだろ?

キ:もちろん。濃いめで。喉が渇くから麦茶をチェイサーがわりにして。

師:バカだね〜。

 

師に問う:
周りの反応、人からどう思われるかを気にしないで生きたいです。人から嫌われてもいいと思える覚悟はどうやったら持てますか? 時には不機嫌すら顔に出す一之輔師匠のような人は(←すみません)、自分の気持ちに素直で、嫌われる覚悟があるんだと、とても憧れ羨ましくなります。
(えびたこさん)

 
 

キ:……師匠は感情が顔にすぐ出ますよね。

師:出るね。

キ:今朝も家に行ったとき、とても不機嫌そうでした。

師:それはお前のせいだろ。

キ:なんなんですかね。不機嫌な感情がすぐに顔に出てしまうのは?

師:素直なんだろうね。

キ:いやいやいや…

師:だからさ、無理やりに笑顔をつくるのって疲れるじゃん。

キ:まぁ、無理して笑顔になる必要はないと思うのですが……今朝みたいに、不機嫌を顔に出さなくてもいいんじゃないのかなとは思います。

師:……あのね、今月は決済月なの。だから一年分の帳簿をつけてたんだよ。

キ:一年分の!? ……のんびりテレビ見てたんじゃなかったんですね?

師:見てねーよッ!! ちゃんと振込がされているのかを去年の5月分から確認してたの。全然進まなかったんだけど、やっと7月分に入って調子が出てきたかなっていうときにピンポンでしょ。だから思わず「なんだよッ!!」って出てしまったというわけ。

キ:あはは、集中力が切れちゃった?

師:お前のせいだ! 他人事みたいに言うな!

キ:だけど、その不機嫌な気持ちを隠さずにいようという覚悟は、どうやって手に入れたんですか?

師:手に入れてないよ! だから嫌われたらすごく凹む。オレは打たれ弱い……ものすごく。

キ:そうなんですか?

師:世の中の人がオレのことをどう思っているのか気になって、エゴサーチなんかもたまにするよ。

キ:へ〜。落語会の後とかに?

師:そうね。

キ:嫌われていたみたいな、マイナス評価の反応とかってあるものなんですか?

師:たまにある。

キ:それは凹むなぁ〜。そういうときにはどうするんですか?

師:「死ね!」って思う。

キ:ええっ? また表現がストレート!!

師:「本当にかわいそうなヤツだなぁ」って思う。

キ:どうして?

師:オレに呪い殺されるんだから。

キ:……それは怖いですって!

師:心の底から「死ねッ!」って思っているからね。

キ:……

師:だけど、酒呑むとすぐに忘れちゃう。

キ:呪い殺すとまで思っていたのに?

師:うん。

キ:ほんとうにいい性格してるなぁ……

師:でもさ、普通に考えれば、芸人であるからこそ人の反応を気にしなくちゃおかしいでしょ?

キ:まぁそうですかね…。

師:みんな気にしているよ。そして臆病。「オレはどう思われても気にしないぜ」なんて言ってる芸人がする芸は、あんまり良いものではないと思うな。

キ:なるほど……例えば誰ですか?

師:…………言えるかッ!

キ:あ、やっぱり。

師:この人の芸はどうだとか、あの人はどうだとか、個人に関しての悪口は言いません。「みんなちがって、みんないい」んです。

キ:みんなちがって……みんないい?

師:いい言葉でしょ。この前オレが考えた。

キ:考えた? ……いやいやいや。金子みすゞでしょ!
【編集部注】金子みすゞ…大正~昭和初期に活躍した詩人。「みんなちがって、みんないい」は、『私と小鳥と鈴と』の一節。

師:オレのオリジナルじゃないの?

キ:じゃないです! だけど、そうやって他人の反応を気にしている一之輔さんが、えびたこさんの目には、自分の気持ちに素直で嫌われる覚悟がある人物だって見えているのは面白いですね。

師:なんでだろう?

キ:とても憧れ羨ましく思われていますよ。

師:ふ~~ん…

キ:??

師:嫌われる覚悟ねぇ……

キ:…………

師:ひとこと言ってもいい?

キ:……はい。

師:そんな覚悟ねーよッ!

キ:わ~~~…

師:だって芸人なんだから。たくさんの人に好かれたいに決まってんじゃん。

キ:真理ですね……。自由に生きているように見える人も、案外周りの反応を意識しているもんなんですね。

師:うん。

キ:そう思うと、えびたこさんみたいに他人の反応を気にして生きている人のほうが、普通なのかもしれませんね。

師:そうね。オレもそうだしさ。他人の反応が気になっちゃうほうが、かえって自分の気持ちに素直だってわけだ。

キ:ということは、世の中には不機嫌な気持ちを顔に出してしまう人が少ないから、師匠は覚悟がある人だと誤解されているだけなんですね。

師:うるさいよ!

キ:あはは。ほら〜、また不機嫌な顔になってますよ~。

師:おいっ!

キ:えびたこさんも、師匠くらい素直に不機嫌を顔に出すことができれば、少なくとも周りからは覚悟を持った人だって見られるわけだから、なにか楽になるかもしれませんね。

師:うん、確実に友だちは減るだろうけどね。

キ:友だちが減るのかぁ~~。むしろそっちのほうが覚悟がいるなぁ……

 

師いわく:
嫌われる覚悟などない。

(師の教えの書き文字/春風亭一之輔 写真・構成/キッチンミノル)※複製・転載を禁じます。

 

いよいよ書籍化! 『春風亭一之輔 師いわく』好評発売中!

 

プロフィール

一之輔プロフィル写真

春風亭一之輔:落語家

『師いわく』の師。
1978年、千葉県野田市生まれ。2001年、日本大学芸術学部卒業後、春風亭一朝に入門。前座名は「朝左久」。2004年、二ツ目昇進、「一之輔」に改名。2012年、異例の21人抜きで真打昇進。年間900席を超える高座はもちろん、雑誌連載やラジオのパーソナリティーなどさまざまなジャンルで活躍中。
 
 
キッチンプロフィル写真

キッチンミノル:写真家

『師いわく』の聞き手。
1979年、テキサス州フォートワース生まれ。18歳で噺家を志すも挫折。その後、法政大学に入学しカメラ部に入部。卒業後は就職したものの、写真家・杵島隆に褒められて、すっかりその気になり2005年、プロの写真家になる。現在は、雑誌や広告などで人物や料理の撮影を中心に活躍中。

●メール大募集●

『師いわく』では、不惑を迎えた春風亭一之輔師匠に相談したいあなたのお悩みや愚痴をお待ちしています。下記のメールアドレスに、①あなたのお名前(匿名・ハンドルネームOK)②お悩み・愚痴など…を書いてお送りください。③性別④年齢⑤お住まい…なども書いていただくと、師匠も相談にのりやすそうです。採用された方には、春風亭一之輔&キッチンミノルのサイン入り特製クリアファイルを差し上げます!

iwakuichinosuke@shogakukan.co.jp

<『師いわく 〜不惑・一之輔の「話だけは聴きます」』連載記事一覧はこちらから>

記事一覧
△ 師いわく 〜不惑・一之輔の「話だけは聴きます」<第44回> 『嫌われる覚悟を持ちたいです』 | P+D MAGAZINE TOPへ