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出口治明の「死ぬまで勉強」 第1回 企業経営者から教育の世界に

60歳のときに開業したライフネット生命の経営に関わって10年。古稀を迎えたのを機に、2017年6月に代表取締役会長を退き、「創業者」として同社のプロモーションや人材育成などに携わってきた出口氏。ところが突然、学長就任の話が舞い込んできて……。

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■「別府におもしろい大学がある」といわれたい

 勉強中とはいえ学長としてやるべきことは決まっています。
 まず一般論でいえば、大学とは「いい学問」を提供する場です。
 そして「いい学問」とは、「いい教育」と「いい研究」の双方を行うこと。
 教育や研究は先生と学生が行うものですから、マネジメントの長である学長の役割はその土俵をつくることに尽きます。
 具体的には、強固な財政基盤をつくり、「いい学生」と「いい先生」、「いいスタッフ」を集めることに尽きるのです。
 これは世界のどの大学でも同じですし、株式会社やNPOでも同じことです。
 ――というのは一般論ですが、ではAPUに関してはどうかというと、僕の最初のミッションは、ダイバーシティにあふれる多文化環境という当校の強みをしっかり活用し、世界に発信していくことだと思っています。

 大分県別府市にあるAPUは学校法人立命館によって2000年に開学した、まだまだ新しい大学です。非常に国際色が豊かなことが特徴で、約6000人いる学生の50%は外国籍。APUでは留学生のことを「国際学生」と呼びますが、世界193ヵ国(国連加盟国)の半分近い、およそ90の国から学生が集まっています。
 日本の大学 でありながら、あくまでも世界標準に合わせているので、APUでは春入学と秋入学が選択できます。つまり、日本人は春に、国際学生は秋に入学してくるので、“入学時期論争”のときによく指摘される「ギャップターム」(高校を卒業してから大学入学までの空白期間)の問題を解消することができるのです。

 

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 学部はアジア太平洋地域の文化や国際関係などを学ぶ「アジア太平洋学部」と、グローバルビジネスリーダーを育成するための「国際経営学部」の2つ。そして、それぞれの大学院があります。
 国際経営学部については学部と大学院のいずれもが、世界標準のビジネススクールの証であるAACSB(The Association to Advance Collegiate Schools of Business)の認証を受けています。この認証を受けている日本の教育機関はAPU以外では慶應義塾大学(大学院)、名古屋商科大学(学部、大学院)、国際大学(大学院)の3つしかありません。
 アジア太平洋学部は、国際連合の世界観光機関(UNWTO)からTedQual認証(観光教育認証)を受けていますが、この認証を受けている日本の大学はAPU以外では和歌山大学だけです。つまり、APUは両学部とも、“ミシュランの3つ星”を獲得しているというわけです。

 また、先ほども触れた「THE世界大学ランキング日本版2018」に加えて、「QS世界大学ランキング2018:アジア地域編」(連合王国の大学評価機関「クアクアレリ・シモンズ社」による)で、「国際性」評価が満点なのは日本ではAPUだけ(アジアでも8校だけ)です。
 文部科学省が大学の国際化を目指して進めている「スーパーグローバル大学創成支援事業」の採択校でもあります(全国に37校のみ)。

 僕はいつもランチを大学のカフェテリアで食べていますが、本当に色々な国の言語が飛び交っています。旅が趣味の僕ですら、いままでの人生で訪れた国は70〜80ヵ国くらい。それがAPUのキャンパスに来れば、それ以上の国の人たちが集まっているのです。ダイバーシティやグローバル感覚を習得する環境として、こんなにいい場所はないでしょう。
 わざわざ海外に留学しなくても、大分空港から1時間ほどのところに「若者の国連」あるいは「小さな地球」のような大学があるのです。

 APUは同時にものすごくローカルな大学でもあります。
 別府市の人口は12万人ですから、6000人いるAPUの学生だけで、なんと人口の5%を占めることになります。これを18~23歳人口で見れば、別府市の若者の2人に1人はAPUの学生なのです(高齢化が進んでいることもあり、別府市の18~23歳の人口は1万人前後しかいないのです)。

 地元では、APUの1年間の経済効果は約200億円と試算されており、それだけ大きな存在感を持っているので、地元との連携にも力を入れています。
 国際学生は1年次は全員寮生活を送ってもらいますが、地元でのインターン経験などを通して日本の文化を学んでいきます。
 たとえば農家に研修に行って米づくりをしたり、米加工品としてのお餅やお菓子をつくったりする。そうした交流を通して、学生は日本の優れた農業技術や農村の生活習慣などを学ぶことができるし、地元のみなさんは、「外国人に日本の食べ物を食べてもらうためにはどうすればいいか」を学べるわけです。

 あるとき、地元の小学6年生がAPUに体験学習をしにやってきました。
 子どもたちは「外国人の学生5人を探して出身国などを尋ねる」というミッションを与えられていて、キャンパスのあちこちで一所懸命、国際交流に励む姿が見られました。
 学校に戻ってから、地図帳などでその国について調べるそうですが、普通の授業より遥かに覚えがいいと校長先生がおっしゃっていました。また、もっと英語を勉強したいと、全員が思うそうです。
 周囲に民家がほとんどない三重県の田舎で育ち、山野を駆け回るか学校の図書室の本を読み漁ることしかできなかった僕の少年時代と比べると、なんと羨ましいことか。
 僕は常々、人間が成長していくためには「人・本・旅」が大事だと思っています。なかでも、異国の人と直接会って話す体験ほどインパクトのある学びはないでしょう。
 いま、英語教育が大きく変わろうとしています。こういう取り組みは英語の実地訓練にもなるし、そのときに子どもたちが「もっと話を聞きたい」「もっと思ったことを伝えたい」と感じたとしたら、英語学習へのインセンティブに繋がると思います。
 なお、APUには、地元の小・中学生が年間で1万2000人以上やってきます。これは、APUが大分県の全市町村と協定を結んでいるからでもあります。

 このように、APUは国際色豊かで、なおかつ地域と非常に密接に繋がっている、極めて個性的な大学です。
 ただ、認知度についてはまだまだ大きな課題として残っています。しかも、こうした個性は、「偏差値」のようなわかりやすい物差しで測れるものではありません。
 APUは東京大学や京都大学、早稲田大学や慶應大学などと張り合うのではなく、APUにしか出せない色を鮮明に出しながら、全国のみなさんに、「別府におもしろい大学があるんだって」といっていただけるような存在になりたいと思っています。

プロフィール

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出口治明 (でぐち・はるあき)
1948年、三重県美杉村(現・津市)生まれ。 京都大学法学部を卒業後、1972年日本生命保険相互会社に入社。企画部などで経営企画を担当。生命保険協会の初代財務企画専門委員長として、金融制度改革・保険業法の改正に従事する。ロンドン現地法人社長、国際業務部長などを歴任したのち、同社を退職。 2008年ライフネット生命保険株式会社を開業、代表取締役社長に就任。2013年に同社代表取締役会長となったのち退任(2017年)。 この間、東京大学総長室アドバイザー(2005年)、早稲田大学大学院講師(2007年)、慶應義塾大学講師(2010年)を務める。 2018年1月、日本初の国際公慕により立命館アジア太平洋大学(APU)学長に就任。 著書に、『生命保険入門』(岩波書店)、『直球勝負の会社』(ダイヤモンド社)、『仕事に効く 教養としての「世界史」Ⅰ、Ⅱ』(祥伝社)、『世界史の10人』(文藝春秋)、『人生を面白くする 本物の教養』(幻冬舎新書)、『本物の思考力』(小学館)、『働き方の教科書』『全世界史 上・下』(新潮社)、『0から学ぶ「日本史」講義 古代篇』(文藝春秋)などがある。

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