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APU学長 出口治明の死ぬまで勉強 第11回 発想を転換せよ

日本の大学生は、小学生よりも勉強していないし、勉強しないでも卒業できる。しかも読書量はアメリカの大学生の10分の1……。これでは太刀打ちできるわけがない! 大学生に勉強させるには、TOEFLで一定のスコアをとっていることを企業の採用試験の最低条件にするなど、大胆な発想で取り組まなければならない。

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■英語力を上げる方法はある

 APUでは英語と日本語が共通言語となっており、英語が不得意な学生には、英語を学ぶカリキュラムに加えて、ブラッシュアップするさまざまなプログラムが用意されています。また授業では、英語で読み書きしたり、プレゼンテーションしたりする機会が多いので、海外に行っても通用する語学力を身に付けることができます。
 文部科学省も、国際的な場で通用する人間を育てなければならないという問題意識を持っており、小学校段階から英語学習の時間を増やすなど学習指導要領を改定する予定です(小中学校は2021年から、高校は2022年から)。
 ただ、日本人の英語力が低いのは定評のあるところで、中学、高校、大学の10年間授業を受けていても、英語で意思を伝えることができない人がごろごろいます。
 この事実について、「英語を教えられる先生がいないから」「先生の発音が悪いから」などと、教える側の問題を指摘する人が多いのですが、僕はそうは思いません。単純にインセンティブ(=動機付け)の問題です。
 たとえば経団連の会長と全銀協の会長が共同記者会見をして、「TOEFL iBT®で80〜90というスコアがなければ採用面接はしない」と宣言すればいいだけの話です。
 学生がなぜ大学に行くのかといえば、いい職を得るためですね。だとすれば、理想とする就職先から「TOEFL iBT®のスコアが80〜90なければ不採用」といわれたら、大学の英語教育がどんなものであれ、学生は必死で勉強します。英会話スクールなどのレベルも上がるでしょう。
 日本で暮らす外国の人がたいてい日本語を話せるように、外国語は勉強すれば誰でもできるようになるものです。つまり、偏差値と直結するものでもなく、頭のデキがどうこうという問題でもないと思います。
 同じように、高校生や中学生、小学生に英語の勉強をさせようと思ったら、まずセンター試験の英語をたとえばTOEFLに変えてしまえばいいのです。高校生の意識が変われば、中学生や小学生の意識も変わっていくはずです。
 人間は自分でやる気にならなければ何事も上達しません。日本の教育界は、「人間とはどういうものか、どこを刺激すれば動くのか」をよく見極めて、最適なシステムをつくっていかなければならないと思います。

 これは英語に限らず、何事かを勉強する場合でも同じです。「勉強しないといけない」「本を読まなければ」と理屈で考えているうちは、きっと本気で取り組むことはないでしょう。しかし、強い動機があれば、それが勉強や読書のトリガーになります。
 動機は、「あの職業に就きたい」「あの国に行ってみたい」というあこがれでも、「あの異性と仲良くなりたい」ということでもかまいません。その思いが強ければ強いほど、一所懸命、勉強や読書をするはずです。

■大学生が勉強しないのは誰のせい?

 英語だけではなく、勉強全体についてはどうでしょうか。
 総務省の「社会生活基本調査」(2013年)によると、学校での授業と宿題を合わせた取組時間は中学生が最も長く、その次は高校生となっています。大学生は、なんと小学生よりも勉強時間が短いという結果でした。
 
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※「社会生活基本調査」は5年に1回実施されており、2018年版も公開されているが、「勉強時間」等は調査されていない。
 
 また、少し古いデータになりますが、東京大学大学院・大学経営政策研究センターが実施した『全国大学生調査』では、日本の大学生が勉強をしていない現状が浮き彫りになっています。日本の大学1年生は、授業も含めて学修時間が1週間に「1~5時間」と答えた者が最も多かった(57.1%)のに対し、アメリカの学生は「11時間以上」と答えた者が最も多かった(58.4%)のです。
 
死ぬまで勉強第11回図2
 
 経営コンサルタントの波頭亮さんは、マサチューセッツ工科大学教授の伊藤穰一さんとの対談のなかで次のように指摘しています。

「大学卒業までに読むテキストの量の日米比較で、米国の大学生は4年間で400冊読むのに対して、日本の大学生はわずか40冊しか読んでいないということらしいです」
(「結局、日本人は努力の総量が足りない」東洋経済オンライン 2013年8月18日)

 アメリカの大学は、とにかく本を読まないと卒業できません。先生が指定した本を読んでいかないと、授業についていけず単位が取れない――つまり、読書量が成績に直結するのです。
 それに関連して、たとえばハーバード大学を卒業したとしても、それだけで一流企業への就職が約束されているわけではありません。スコア(4点満点の成績)を尋ねられ、「3.5です」(つまり90点未満)と答えれば、きちんと勉強していないと判断され、「もうけっこうです」といわれかねないのです。
 これは、けっして「いろいろな事情を斟酌していない機械的なジャッジ」ではなく、きわめて合理的な判断だと思います。自ら選んだ大学や学部でがんばった人は、自分で選んだ職場でがんばる蓋然性が高い、といえるからです。

 翻って日本の大学事情や就職事情を考えてみましょう。アメリカの大学生の1/10しか本を読まず、したがって勉強をしていない日本の大学生に、奮起を促すにはどうすればいいでしょうか。
「なぜ学生は勉強しないのか」といえば、就職に困らないからに間違いありません。入学試験に通ったあとは、ところてん式に卒業できて、企業もクラブ活動やアルバイト経験を聞くだけで、成績など誰も気にしないということを学生みんなが知っているからです。これでは、「一所懸命、勉強をしよう」というインセンティブが働くわけがありません。
 ですから、大学生が勉強しないのは100%企業の採用慣習が悪いと思います。先ほどの英語教育と同じで、たとえば「優が7割以上なければ採用面接すら受けられない」ことにすれば、学生は否応なく勉強するでしょう。

■「面談採用」の限界

 といっても、大学の成績は平均点ではなく、自分の好きな分野、得意な分野だけでもきちんと「優」を取っていたならば、評価していいと思います。
 すべてにおいて「平均点以上を」というのは、工場モデルの延長線上の発想といえます。しかし、これからの社会で求められる“発想力”は、平均点で測れるものではありません。
 企業側がもっと柔軟になって、極論すれば「学歴は一切見ません」という考え方をしてもいいと思います。
 前職のライフネット生命の定期採用基準は「30歳未満」だけで、国籍も経歴も一切不問。試験内容はかなり難しい課題に沿った論文(時間や字数は無制限)提出のみでした。
 これは知識力と考える力の両方を見極めているわけで、究極の成績重視だと僕は思っています。
 もちろん、それぞれの企業にはそれぞれの採用基準があってしかるべきで、「優」の数を評価してもいいし、大学院生でも簡単には解けないような難しい試験を課してもいいでしょう。また、運動クラブでずば抜けた成績をあげたとか、NPOの活動で社会的に表彰された人がいたならば、それもひとつの立派な成績です。

 しかし、「こいつは素直そうだ」とか「上司のいうことを聞きそうだ」という印象だけでの選抜はやめなければなりません。そもそも、多くの企業が入社試験で取り入れている「面談」は、じつはほとんどが面談担当者の好き嫌いで決まるものです。
 面談は選択を誤りやすいということは、ニューヨーク・フィルハーモニーのブラインドオーディションで明らかになっています。
 世界最高峰のニューヨーク・フィルでは従来、欠員が出るたびに音楽総監督やコンサートマスターが試験をして欠員を埋めていたのですが、あるとき「白人の若い男性がばかりが採用されている」ということに気が付きました。そこで、カーテンの陰で演奏をしてもらうブラインドオーディションに切り替えてみたところ、合格者には有色人種や女性、高齢者が増え、かつ楽団のレベルが格段に上がったのです。
 この事実は、音楽総監督やコンサートマスターという人格的にも能力的にも優れた人でさえ、見た目のバイアスに騙されるということを示しています。
 もし、5年や10年、採用担当をしている人が、その経験から「人を見る目には自信がある」という人がいたのであれば、「あなたはニューヨーク・フィルの音楽総監督やコンサートマスター以上に人を見る目があるのですか?」と尋ねたいですね。
 リクルートの調査では、入社時の面談結果と、入社後のパフォーマンスとのあいだには、ほとんど相関関係がなかったそうです。

 もちろん、企業だけではなく、大学の先生の意識も変えていかなければなりません。
 以前、友人の経済学の教授とこんな話をしました。

某教授「経済学の本をどう読ませたらいいのか、わからなくなったよ」
出口「経済学の基本はアダム・スミスだから、学生に『国富論』を読ませたらええやろ」
某教授「それは無理だよ。学生たちは、Wikipediaで『アダム・スミスとは“市場経済の父”と呼ばれる人で、“見えざる手”という有名な文句がある』ということを知り、それで十分だと考えているんだから」
出口「試験は『国富論』から2~3問出すから、読んでこなければ試験は通らへんで、といえば?」
某教授「そんなことをしたら、俺もまた読み返さなければならなくなるじゃないか」
出口「試験問題はキミが作るんだから、たまたま開いたページから問題を作ればええだけやろ」
某教授「なるほど!」

 酒の席の冗談ですが、こうすれば学生は本を読むようになりますね。企業の採用基準を変えると同時に、大学側もそれに合わせて意識改革をしていかなければならないと思います。

 

※ この連載は、毎月10日、25日ごろ更新します。
 第12回は12月10日ごろに公開する予定です。
 

プロフィール

死ぬまで勉強プロフィール画像

出口治明 (でぐち・はるあき)
1948年、三重県美杉村(現・津市)生まれ。 京都大学法学部を卒業後、1972年日本生命保険相互会社に入社。企画部などで経営企画を担当。生命保険協会の初代財務企画専門委員長として、金融制度改革・保険業法の改正に従事する。ロンドン現地法人社長、国際業務部長などを歴任したのち、同社を退職。 2008年ライフネット生命保険株式会社を開業、代表取締役社長に就任。2013年に同社代表取締役会長となったのち退任(2017年)。 この間、東京大学総長室アドバイザー(2005年)、早稲田大学大学院講師(2007年)、慶應義塾大学講師(2010年)を務める。 2018年1月、日本初の国際公慕により立命館アジア太平洋大学(APU)学長に就任。 著書に、『生命保険入門』(岩波書店)、『直球勝負の会社』(ダイヤモンド社)、『仕事に効く 教養としての「世界史」Ⅰ、Ⅱ』(祥伝社)、『世界史の10人』(文藝春秋)、『人生を面白くする 本物の教養』(幻冬舎新書)、『本物の思考力』(小学館)、『働き方の教科書』『全世界史 上・下』(新潮社)、『0から学ぶ「日本史」講義 古代篇』(文藝春秋)などがある。

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