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出口治明の「死ぬまで勉強」 第17回 ゲスト:池谷裕二(脳研究者) 「ハマる角には福来たる!?」(後編)

集中力の正体は「鈍感力」!!
自分の世界にどっぷりハマれる人が世界を制する――かもしれない。
勉強、作業、仕事――どうせ何かをしなければいけないのならば、
つまらない顔してするより、
笑顔でどっぷりハマってしまおう!

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■「そもそも“集中力”の正体は何ですか?」(出口)
■「じつは“鈍感であること”です」(池谷)

出口 ところで、池谷先生は小学生のころ、何になりたかったのですか?
池谷 小学校を卒業するとき、将来の夢を書いてタイムカプセルに入れる企画がありました。僕は夢らしい夢を何ももっていなかったのですが、締切に追われて、苦し紛れに「医者」と書いた記憶があります。でも実際は何も考えておらず、正月、親戚が集まったときに「裕二くん、何になりたいの?」と聞かれて、「天皇陛下」と答えたこともありました(笑)。
 もっと小さいころは、エジソンの伝記を読んでは「僕は発明家になりたい」、アインシュタインの伝記を読んでは「科学者になりたい」と言っていましたね。
出口 それが普通ですよね。子どもは周囲の影響を受けやすいから、テレビや本で見ていいなと思ったら、すぐ自分もああなりたいと勝手に思ってしまう。
 僕は小学生のころ、フォン・ブラウン博士の「V2ロケット」の話を聞いて、「大人になったらロケットを作って火星に行くんだ」とアホなことを思っていました。
池谷 その夢、いまだったらアホな話ではなく、「君らが大人になるころには可能になっているかも」になっているところが怖いですよね。先ほど未来予測の話をしましたが、夢のあり方もいまの延長線上で判断してはいけないのでしょう。
出口 同感です。それで、研究者の道に進もうと思われたのはいつごろですか?
池谷 遡って考えてみると、小学校のころかもしれません。出口さんは、中学生のとき家に石油ストーブが来た、とおっしゃってましたが、僕の実家も田舎で、当時はガスも上下水道もなかった。水は地下水をポンプで吸い上げて、下水は衛生車。家の外に出れば、近くの川にはヤゴがいて、初夏にはヘイケボタルが飛ぶという自然豊かな環境でした。
 じつは水道はいまでもなく、地下水を使っているのですが、水の出が悪くなったので掘り直したというのが、つい数ヵ月前の話です。
 そうした環境にいると、未来のことを考える暇なんてないんですよ。目の前の世界が眩しいくらいに輝いている。外に出たら「ここにアリ地獄がある」「今日はヒヨドリが飛んでいる」と毎日何かを見るのに忙しくて。
 謎に挑むことが科学だとしたら、とても小さい科学ではありましたが、当時から漠然と科学をしていたのかもしれません。
出口 いろいろな謎に挑むなかで、脳を研究しようと思われたのはなぜですか。
池谷 強い目的はありませんでした。自分の特質を考えると、研究対象がどんなものでも楽しめたと思いますが、よりおもしろそうなほうをなんとなく選び続けていたら、いつのまにかここにいたという感じです。
出口 日本はラッキーですよね。「なんとなく」のおかげで、こんなに素晴らしい研究者が誕生したわけですから。
池谷 いや、恐縮です……。
 僕はオタクですから、ハマるときはなんでもハマってしまい、抜けられなくなるタイプです。その対象が、たまたま脳だったということです。そして脳にハマってよかったと思います。後悔は一切ありません。
 他にも楽しい分野はたくさんあると思います。が、脳には未解明のフロンティアがたくさんあって、研究のやりがいがあります。
出口 脳の構造や機能について、いちばんわかっていないのは、どんなことですか?
池谷 いちばんは「心脳問題」ですね。心や感情、色が見えるなどの知覚、感覚、認知、意識、意思。そうした精神機能と、脳や神経細胞という物理化学装置をつなげることが、まったくできていないのです。
 たとえば、話しているときに言語野が活動することはわかっています。ただ、言葉って、もっと抽象的な感覚も含んでいますね。「痛い!」と言ったときに感じる生々しい感覚など。こうした精神的な時空と、言語野の神経活動とのつながりがまったく見えていません。
 他にも未解明な問題はたくさんありますよ。もっとシンプルなところでは、脳の発達の仕組みはわかっていない。脳にはなぜ皺ができるのかもわかりません。なぜ神経細胞が生まれて、どうして適切な相手と結びついているのかもわかっていません。
 神経細胞は他の神経細胞とシナプスをつくって結びつきます。このとき適切な相手と結合しないと、脳は正常に機能しなくなります。でも、神経細胞の数は数千億個、思考や記憶など高次の処理を司る大脳皮質だけでも約140億個といわれています。そのなかから適切な相手を見つけるのは、「九十九里浜の砂粒のなかから、1粒だけ適切なものを探しなさい」というようなものです。なのに脳はそれをやってのける。その仕組みはまだ不明です。
出口 なるほど、脳の分野はフロンティアだらけだということですね。それはやりがいがありそうです。
 では、いまわかっていることについて2、3うかがいたいのですが、まず母語と第二言語についてです。
 人間が物事を考えるときには母語を使っているので、僕は国語を大事にしなければいけないと考えているのですが、とある先生から、「いや、たとえばハンナ・アーレントの思想を理解しようと思えば、ドイツ語を勉強したほうがいいのでは?」と指摘されました。
 母語以外の言語を深く勉強すれば、人間はその言語でも考えることができるようになる。母語と第二言語のあいだに、絶対的な差異はないのではないか、というのです。
 脳科学的には、どちらが正解ですか?

※ハンナ・アーレント
ユダヤ系ドイツ人で、ナチスの全体主義について研究した哲学者。ナチスの親衛隊将校だったアドフル・アイヒマンの裁判を傍聴し、「彼は命令に従っただけ」とする記録を発表したところ、「アイヒマンを擁護している」と批判された。それに対してアーレントは、「最大の悪は、動機も信念も悪意もない、平凡な人間が行う悪だ」と反論した。詳しくは多数日本語訳されている著作や、映画『ハンナ・アーレント』を参照。

 

池谷 第二言語として英語を学び、非常に流暢に話せるようになった日本人がいたとします。その人が第一言語である日本語と、第二言語である英語を話しているときの脳の様子をfMRIで調べると、使っている場所が違うことがわかります。ですから、「どちらの言語で考えても同じ」とはいえないでしょう。
 もう少し詳しくいうと、じつは流暢に英語を話す日本人も、脳のなかでは第一言語の脳、つまり日本語の脳を使いながら、第二言語の回路を活性化させて話しています。当の本人は「いちいち頭の中で和訳などしていない」というかもしれませんが、思考のそのものは無意識のうちに日本語でやっているのです。
出口 じつは酒の席での話だったのですが、それを聞いて安心しました(笑)。
池谷 そればかりか、第一言語の基盤がしっかりしていないと、第二言語――この場合は英語でも上手に考えられない。日本語でたどたどしいことしか言えない人が、英語になったら急にかっこよく流暢に話せた、なんていうことは絶対にありません。
 第一言語と第二言語のあいだに差はないとおっしゃった先生は、ひょっとしたらバイリンガルに近いのかもしれませんね。10歳より若い時期に母語以外の言葉を学ぶと、どちらの言語も第一言語として脳に入ります。10歳以降に外国語を習得した場合は、第二言語として母語とは違う回路に記録されるのです。
出口 もうひとつ、われわれはよく「集中力を高めなさい」と要求されることがあります。テストでいい成績をとるにも、仕事で成果を挙げるにも大事なことだとは思いますが、集中力とはそもそも何でしょうか。
池谷 集中力の正体は、意外に思われるかもしれませんが、鈍感であることです。
 日常生活では、物音がしたり、話し声が聞こえたり、スマホの画面が目に入ったりしますね。こういう、集中力をそぐものをディストラクターといいますが、それを無視する力が集中力です。野生動物なら、身を守るため、エサをとるために、ディストラクターに敏感に反応しないといけません。自分の命を狙う肉食動物の気配を無視して、目の前の草に夢中になっていてはマズいわけです。
 ところが、人間の社会では、これとは正反対のことを要求されています。「目の前の仕事に集中しなさい!」とね。
 同じ文字をずっと見続けていると、「どうしてこの文字はこんな形をしているのか」と感じはじめて、その文字を正しく認識できなくなる「ゲシュタルト崩壊」という現象があります。普段からゲシュタルト崩壊ばかり感じてたら、それこそ日常生活が送れなくなってしまいますが、その一歩手前の、ディストラクターや現実をシャットアウトした状態が、集中力が高まった状態です。
出口 僕は特別な才能がまったくない人間なのですが、あえてひとつだけあるとすれば集中力かもしれません。
 そのおかげで、おもしろい本を読んでいると地下鉄はよく乗り過ごしますし、このあいだは新幹線でもやってしまいました。まあ、新大阪で降りなければいけないところを、新神戸まで行ってしまっただけだったのですが。
池谷 ははは、僕も地下鉄ではよくあります。まわりの景色が見えなくなり、音が聞こえなくなるんですよね。それはシャットアウトする力、鈍感力です。先ほど話に出た、ハマる力と同じです。
出口 「集中力」というと、特異な才能のようにも感じられますが、「鈍感障害」という表現もできますね。もちろん、「鈍感障害」といっても異常があるということではありません。同じものを見ても脳はひとりひとり違う捉え方をするということでいえば、正常・異常という考え方自体が成り立たず、ただ相対的な多数派か、少数派かという違いがあるだけですよね。
池谷 それはいいですね。僕はすぐムキになって、まわりのことが見えなくなってしまうので、あきらかに鈍感障害ですよ。

■「僕の哲学の基本的な知識は、大学1年のころに学んだものです」(出口)
■「18、19歳で学んだことは、その後の人生に大きな影響を与えます」(池谷)

出口 ある方にうかがったのですが、人間が好奇心をもって、やりたいことをやる癖や習慣が身につくのは、18~19歳ころがピークだそうです。大学初期までにそうした習慣を身につければ、社会人になってからも勉強し続ける。上司から見ても、そういう部下はかわいいから、やがて出世して生涯給与も高くなると。
池谷 なるほど。脳科学的にどうかはわかりませんが、経験則として、とても納得できる話です。東大の学生のほとんどは、高校のころ受験勉強ばかりしてきました。大学に入るとそこから解放されて、自分の好きなことに熱中しはじめる学生もいます。受験勉強で燃え尽きたり、合格したことに満足して遊んでばかりいたりする学生に比べて、自分の好きな勉強を始めた学生は、その後も優秀ですよ。
出口 池谷先生はどうだったのですか。
池谷 僕も「自分の知らないことをもっと知りたい!」という意欲が爆発しました。当時はとにかく文学を読みたくなって、『源氏物語』やダンテの『神曲』を読んだり、『ツァラトゥストラはかく語りき』に原語で挑戦したりしていました。いま振り返ると当時はぜんぜん理解できていなかった気がしますが、それでも「こんな世界があったのか!」とむさぼるように読んでいました。
出口 僕もそうです。本は昔から好きでしたが、大学に行くと、田舎の高校の図書館にはない本がたくさん置いてあって、まずマルクスにハマりました。するとヘーゲルが読みたくなる。ヘーゲルを読むとカント……というように、結局プラトンまで遡りました。
 そのとき夢中で読んだのは、中央公論社の「世界の名著」シリーズ。先ほど少し哲学の話をしましたが、じつは哲学に関する基本的な知識は、このシリーズなどで大学一回生のときに読んだ本から得たものがほとんどです。あのとき学んだものが、いまだにある程度は使えるからおもしろいですね。
池谷 まったく同感です。僕も高校から大学2年生くらいまでに得た知識が、いまの自分を形づくっていると思います。社会人になり、自分から発信するようになってから言っていることって、あのころ得た知識にちょっと色づけしたものだったりするんですよね。
 振り返ってみると、18、19歳で学んだことは、人格形成とか、人生の質に関わる重要なことです。その後の人生にまで大きく影響を与えるとなると、その時期の子どもたちを教育する僕たちの責任は重大だなと、あらためて感じます。
出口 「やりたいことをやる習慣」は、どうすれば身につくと思われますか?
池谷 結局、いろいろなことを積極的に学ぶことでしか身につかないと思います。
 仕組みとしては、大学はせいぜいアクティブラーニングの講義を設けることくらいしかできないのですが、僕はそれではまったく足りないと思っています。アクティブラーニングというレールを敷くと、やはり学生はそのレールの上を走らされていることになりますから。
 知識の原野を開拓するような体験をすることが大事だと思いますが、それをどうすれば教育の現場で実践できるのかがわからなくて……。

※アクティブラーニング
教師が生徒や学生に一方的に教え、生徒・学生は受動的に聞くのが従来の授業。これに対しアクティブラーニングは、グループワークやディベートを通じて、生徒・学生が能動的に学ぶもの。

 

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出口「やりたいことをやるという習慣は、どうすれば身につきますか?」

 

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池谷「いろいろなことを積極的に学ぶしかないですね」

 

出口 ある高校の校長先生は、高校生のときに好奇心をもつのがいちばんいいという持論のもと、修学旅行を工夫されています。物理や数学に興味がある生徒はNASAに、生物や自然に興味がある生徒はガラパゴス諸島に、平和や人権に興味がある生徒はアウシュビッツに、開発や貧困に興味がある生徒はボツワナに連れていくのです。
 保護者のご負担は大変ですが、校長先生は最前線の現場を見せることで生徒の好奇心が刺激され、勉強する意欲が湧いてくる、と説得されているそうです。どこの学校でもできることではありませんが、方法論としては正しいなと思いました。
 それと関連して、やはりいちばんの基本は、学生がやりたい、学びたいという気持ちを、教職員がどのようにバックアップしていくことができるかという点だと思います。すごい先生がすごいことを教えて刺激を与えることも大事ですが……。
池谷 でも、すごい先生がすごいことを教えるだけだと、教え子は先生を超えられません。自分よりすごい人を育てたいなら、環境をつくって刺激を与えることが大切ですね。知識の伝授も必要ですが、それ以上に刺激のある場をデザインすることが教育者の役目なのかもしれませんね。
 振り返ると、僕の父は教育者ではないものの、そういったタイプでした。父親から「勉強しろ」と言われたことは一度もなかったのですが、僕がいま何にハマっているかということをよく見ていて、「天体にハマっているな」と感じたら、図鑑を買ってきて机の上に置いておいてくれるんです。
 そして、僕がその図鑑を読み込んでいる様子を見ると、今度は「天体望遠鏡を買ってあげようか。どんなタイプがいい?」と聞いてくれる。こうして子どもなりにひとつのことを極めることができたのです。次に、拳銃に興味をもちだしたな、と父が判断すると、小学生の僕に月刊『GUN』を買ってくれたり、モデルガンの店に連れて行ってくれたりしました。
 母が相撲に興味をもったときにも、父がいきなり関連する本を買ってきたりしていましたから、そういうことをするのが父の趣味だったのでしょう。でも、父のそういうところが、いまの僕をつくってくれているような気がします。
出口 子どもの個性に合わせて環境を準備するというお父さまの方針は、教育の根本のような気がします。
池谷 そうですね。でも、いま自分が教育者としてそれができているのかというと、大いに反省しなければいけませんが……。
出口 僕は大学を本当に楽しい、おもしろい学びの場にしたい。学生のやる気が、自然に引き出せるような環境にしていきたいと考えています。
 APUの留学生は、TOEFL iBT(大学レベルの英語を使用および理解する能力を測定するテスト。満点は120)が平均85を超えており、レベルはかなり高い。また、寮のシェアタイプの居室では、原則として日本人と外国人を同室にしています。そうすると日本人学生が刺激を受けて、どんどん伸びるんです。
 外国人は日本人のように忖度せず、言いたいことを遠慮せずに言うから、日本人も負けずに議論するようになります。やはり、環境が人を育てるんですね。
池谷 そのお話を聞いて、すごく腑に落ちるところがありました。
 じつは脳は、親や先生の言うことを聞くようにはできていません。いまは親が子を育てるのが当たり前だと考えられていますが、昔の母親は子育てをしませんでした。多産多死の時代、母親は妊娠して哺乳したら、また妊娠しての繰り返し。幼児以降は誰が育てていたのかというと、メインはきょうだいで、あとは祖母です。つまり子どもは親からでなくお兄ちゃんやお姉ちゃんから学ぶのがデフォルトになっているのです。
 そのことが典型的に表れているのが言語です。子どもは親の言語ではなく、友だちの言語を覚えるんです。たとえばアメリカに引っ越すと、我が子たちは日本語で話すのをやめて、英語で話し出します。
 つまり、子どもは親とのコミュニケーションなど、まったく重視していない一方で、友だちにはものすごく影響される。それがじつは10代、20代という、大人になるギリギリのところまで続くんです。
 そう考えると、日本人学生が留学生と同部屋で暮らすことは、高い教育効果が期待できるのではないでしょうか。
出口 開校してすぐに世界一の難関校になったミネルバ大学は、授業をインターネットで行うことを特徴のひとつにしています。が、同大学は必ず移動合宿をさせる。それはやはり、直接会って共に学ぶことが刺激になるからでしょう。

※ミネルバ大学
Ben Nelson氏が設立した実験的高等教育機関であるミネルバ・プロジェクト(Minerva Project)が、2014年9月に開校したアメリカの私立大学。全寮制の4年制総合大学で、特定のキャンパスはもたず、学生は4年間で世界7都市に移り住みながらオンラインで授業を受講する。入学希望者が殺到して、合格率2%という世界で最難関の大学になった。

 

池谷 影響を受ける、与える存在って、だから大切なんですね。そう考えていくと、教育はどこに重点を置くべきかという答えが、自ずと見えてきます。僕たちは「いい教育」というと、いい先生がいて、教材も最高で、教える技術も抜群で――みたいなものを考えてしまうけれども、たぶんそれは効果がないでしょう。
 たとえば、小学校でも1年生から6年生まで混ぜてみるのもいいと思います。反対する保護者はいると思いますが、上級生が下級生を教えることで、お兄ちゃん、お姉ちゃんらしくなると思うのです。
 いま、6年生が1年生に接するチャンスは、すごく少ないですよね。ましてや教える機会などほぼ皆無です。でも人間は、お兄ちゃん、お姉ちゃんになったら、下の子の世話をするということが、脳の基本デザインとして設定されている。なのにその機会を剥奪されているのがいまの社会です。学校がそういうデザインになってしまっていること自体、子どもにとっても不幸だと思います。
出口 ロールモデルは、身近なほうがいいですね。お兄ちゃん、お姉ちゃんに教えてもらうと、身近なのでやる気が出ます。その点、ベンチャーの世界で言えば、アップルの創業者スティーブ・ジョブズや、ソフトバンクグループCEOの孫正義さんなどは、ロールモデルになりにくいと思います。というのも、「あの人は特別だ」という感じがして、参考にするのは難しいので。
 APUでは2018年に、学生のなかから起業家や社会起業家を育成する「APU起業部」を創設したのですが、そこでは企業を経営しているAPUの卒業生に話を聞いたりしています。彼らは起業したとはいえ、まだ駆け出し同然なので、学生の悩みも理解できるだろうし、学生のほうは「自分にもできそうだ」と自信をもつことができるからです。
池谷 それはいい仕組みですね。
出口 僕の会社時代を振り返ってみても、そうでした。課長や部長に教えてもらっても、「なんか鬱陶しいおっさんやな」と思っていましたが、1年か2年上の先輩から教えてもらうと、素直に話が聞けました。
池谷 そういえば、僕もそうでしたね。研究で、先生に手取り足取り教えてもらうのは、ちょっと遠慮したい……。そう考えてみると、教える側が無理して肩肘張ってしまっているのかもしれません。
 きっと「教師」という言葉がよくないんですね。「教」という字が入っているから、どうしても指導してやろうと頑張ってしまう。先生は、文字どおり「先に生まれた」だけ。だから肩肘張って「教える」のではなく、あくまで環境づくりに徹する――。僕もそのくらいのつもりで学生に接していきたいと思います。

■「アメリカでは、壁のないオープンな研究施設が増えています」(池谷)
■「オープンな環境のほうが、人間同士の化学反応が起きやすいのでしょう」(出口)

出口 池谷先生はアメリカでも研究をされています。日本とアメリカで、大学のシステムや研究環境は違いましたか。
池谷 研究は人間がやる行為である以上、同じところは多いのですが、文化的な違いを感じた点もあります。そのなかで、とくに印象深かったのは、アメリカのほうがすぐ人と仲よくなることですね。
 アメリカでは、電車で隣に座った人に気軽に話しかけたりします。僕もそれが癖になっていたので、アメリカから帰国したとき、成田空港から乗った京成ライナーの車中で、隣に座っていた日本人女性に、「これからどちらまで行くんですか」と話しかけてしまいました。アメリカではあたりまえのことも、日本では不審者扱い。女性が眉をひそめるのを見て、「しまった、ここは日本だった」と(笑)。
 アメリカでは研究についても気軽に話し合えるカルチャーがあって、科学者同士もすぐに打ち解けられる。互いに研究の進捗状況を報告し合ったり、人を紹介し合ったりして、とにかくとんとん拍子に話が進みます。
 もちろん、人と会うことで面倒に巻き込まれることもあるし、時間をロスしてしまうこともありますが、メリットは非常に大きいと思います。
出口 そうですね。僕はロンドンに3年間住んだだけなので、外国の経験は乏しいのですが、オックスフォード大学では、先生と学生が本当によくディスカッションをしていましたね。
池谷 人とのコミュニケーションについて付け加えると、たとえばみんなでランチに行くとしますよね。アメリカでは、ランチタイムも普通に研究の話を続けます。場合によっては、レストランの紙ナプキンに数式や図を描いてまでして皆で議論します。でも、日本の大学だと、「食事中くらい仕事の話はやめようや」といわれてしまう。「オフの時間には、研究のことは考えたくない」というわけです。でも、ランチ中にいいアイデアが思い浮かぶこともあるのだから、これはもったいないです。
 そのわりに日本人は、地震や台風があっても、なんとしても仕事場に行こうとする。そのあたりのバランス感覚が不思議です。じつは、僕もそうなんですが(笑)。
出口 少なくとも研究に関してはアメリカ型がいいのでしょうね。学問はケミストリーですから、バリアが低くて、いつでもオープンに人と話ができたほうが、化学反応が起きやすいと思います。
池谷 じつは、アメリカの研究室も、以前は個人のプライバシーを重視して、壁をカチっとつくって部屋を分けていました。でも、それでは化学反応が起きないと気づいたのでしょうね。いまは壁がなかったり、ガラス張りにして中が丸見えだったりする研究室がどんどんできてきました。
 逆に日本の研究室では、もともと壁で仕切らないつくりが一般的だったのに、昔の欧米のマネをして個人空間をつくっています。アメリカのように、壁がなかったり、ガラス張りだったりする研究室やオフィスはほとんどありません。なんとなく一周遅れているように感じます。

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出口「学問はケミストリーですから、バリアが低いほうが、化学反応が起きやすいと思います」
池谷「その点、日本は一週遅れているような気がしますね」

 

出口 日米で、予算面ではいかがですか。先生から見て、違いはありますか。
池谷 あります。アメリカは生き馬の目を抜くような厳しい仕組みで、業績をあげられないと研究予算を獲得できず、研究者が即ホームレスになってしまいます。
 それに対して日本は平等主義で、あまり実績のない研究者でも食っていけるシステムになっています。じつは僕も一時期、研究費をほとんど取れないことがあったのですが、業績に関わらず一定額が交付される運営交付金のおかげで、ほそぼそと研究を続けられました。
 日本の企業は終身雇用で労働者を守っていますが、研究者の世界も似たようなもの。年功序列の給与体系とあいまって、どんな研究者でも、ある程度の収入は保障されています。いきなり無収入になるリスクは小さいといえるでしょう。
出口 学問の進歩にとっては、日米のどちらのシステムのほうがいいと思われますか。
池谷 ピュアに考えると日本のシステムのほうがいいでしょう。流行っている分野のトップサイエンティストしかにお金がいかないシステムだと、その分野は興隆するものの、それ以外の分野で発見が起きにくくなります。
 一方、日本の場合は、一見つまらなくて役に立たなそうな研究にも多少の予算がつきます。実際にその多くはムダに終わるのですが、一部にはノーベル賞につながるような発見が生まれることも。科学の進歩のためには、ムダを排除しない日本式が貢献できるはずです。だから私はアメリカに留学しても、結局は日本に帰ってきたのです。
出口 こういう話題になると、「アメリカは進んでいて、日本はダメだ」という紋切り型の議論になりがちなのですが、そうとは限らないのですね。逆に日本式の欠点はありますか。
池谷 大きいのは、日本では大学や教員の評価を、教員自身がやらなくてはならなところですね。だから、僕たちの仕事の半分以上は、いまや研究活動ではなくなっいます。
出口 アメリカではそういった仕事をアドミニストレーター(大学の専門職員)が行い、教員は研究や教えることに力を注いでいますが、日本ではどちらも研究者がやっている。
池谷 そうなんです。日本だと、教授になっても入学試験の監督をやって、会場で「はい、解答やめ!」なんてやっていますから(笑)。
 アメリカでは研究に専念する先生と、教育に専念する先生が分かれています。本当はみんな研究をやりたいのですが、研究費を獲得できなくなると、教育のほうで職を確保するわけです。それがいいのか悪いのかは置いておいて、仕事の細分化が進んでいるから、研究に専念している人が他の仕事に忙殺されることは少ない。この点は、アメリカがうらやましいと思います。日本の研究者も昔からこの状況に声をあげていますが、なかなか変わらなくて……。
出口 大学の運営にかかわることは、研究者ではなく、大学職員であるアドミニストレーターがやるほうが効率的ですね。
池谷 はい。事務にもすごい才能がある方がたくさんいらっしゃいます。そういった方に任せたほうが、僕たちがやるよりずっと効率よく進むはずです。
出口 古い企業では終身雇用、年功序列ですから、若くて一所懸命働いている人があまり報われず、そこそこの歳でいいかげんに働いている人が高い収入を得ていたりします。一般的にいって、大学にもそういう面が少なからずありますが、話はそこで終わりません。人間、何もしないでいるのはつまらないので、結局、いずれは好きな研究を始めていきますよね。
池谷 そうですね。研究には、没頭する力、オタクのように続ける力が必要です。そして、それが最も発揮できるのは、研究を楽しんでいるときです。
出口 ある文科系の先生が、「世の中に役に立つと思って研究しているわけじゃない。好きだからやっているだけです」と言われていましたが、それがいちばん大事ですね。
池谷 そう思います。でも、「好きなことを研究するのは楽しい」というのは、あまりに正論すぎて、言ってはいけないような雰囲気になっています。
 かわりに、「この研究はあんなことに役立つし、こんなことがわかったら、新しい課題が明確になるでしょう」とレトリックで飾り立てないと研究させてもらえません。僕も表面的にそうした風潮に合わせた発言をしていますが、そのたびに「自分は何を言っているんだろう」と背中がムズがゆくなることはありますね。
 でも本当は心の奥底で、「これ、楽しいからいいじゃん」と思っています。
出口 とすれば、ぼくたちは人に教える前に、まず自分で楽しまなければいけないということですね。だったら、とことん人生を楽しみましょう。
 

プロフィール

死ぬまで勉強プロフィール画像
出口治明 (でぐち・はるあき)
1948年、三重県美杉村(現・津市)生まれ。 京都大学法学部を卒業後、1972年日本生命保険相互会社に入社。企画部などで経営企画を担当。生命保険協会の初代財務企画専門委員長として、金融制度改革・保険業法の改正に従事する。ロンドン現地法人社長、国際業務部長などを歴任したのち、同社を退職。 2008年ライフネット生命保険株式会社を開業、代表取締役社長に就任。2012年に上場。2013年に同社代表取締役会長となったのち退任(2017年)。 この間、東京大学総長室アドバイザー(2005年)、早稲田大学大学院講師(2007年)、慶應義塾大学講師(2010年)を務める。 2018年1月、日本初の国際公慕により立命館アジア太平洋大学(APU)学長に就任。 著書に、『生命保険入門(新版)』(岩波書店)、『直球勝負の会社』(ダイヤモンド社)、『仕事に効く 教養としての「世界史」Ⅰ、Ⅱ』(祥伝社)、『人生を面白くする 本物の教養』(幻冬舎)、『本物の思考力』(小学館)、『働き方の教科書』『全世界史 上・下』(新潮社)、『人類5000年史 Ⅰ、Ⅱ』(筑摩書房)、『世界史の10人』、『0から学ぶ「日本史」講義 古代篇』(文藝春秋)などがある。

池谷裕二(いけがや・ゆうじ)
1970年、静岡県藤枝市生まれ。東京大学大学院にて薬学博士号を取得。東京大学薬学部助手、コロンビア大学生物科学講座・客員研究員などを経て、2014年より東京大学薬学部教授。「ERATO脳AI融合プロジェクト」の代表でもある。主に海馬や大脳皮質の可塑性について研究しており、その知見に基づいた一般向けの著書は大きな人気を博している。
主な著書は『海馬』(糸井重里氏との共著。新潮文庫)、『脳はみんな病んでいる』『脳はこんなに悩ましい』(ともに中村うさぎ氏との共著。新潮社)、『進化しすぎた脳』『自分では気づかない、ココロの盲点 完全版』(以上、講談社ブルーバックス)、『パパは脳研究者』(クレヨンハウス)など。
 
 
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