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出口治明の「死ぬまで勉強」 第20回 ゲスト:ヤマザキマリ(漫画家) 「生きる」という勉強(前編)

漫画家として、エッセイストとして大活躍中のヤマザキマリさん。
その原動力のひとつになっているのが
イタリア時代の挫折だ。
学力には自信のあったヤマザキさんが
「知ることに対して謙虚になろうと思った」きっかけとは――?

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■出口「自分の生き方に腹落ちしていたら、何を言われようと揺るぎません」
■ヤマザキ「他人に言われて潰れる人は、人から聞いた情報でできあがっているのでしょう」

出口 自由に好きなところに行って、自由に死ねるというのは理想的だとは思いますが、家族のことを考えると、ある種の足かせになって、それほど自由に振る舞えないという人もいるかもしれません。ヤマザキさんならどんなアドバイスをしますか?
ヤマザキ 私は、家族の絆って距離だとは思っていないんですよ。たとえば、私は日本が中心で夫はイタリア、子どもはハワイと、みんなバラバラの国に住んでいます。でも、結束感はある。結束という言葉はちょっと違うかな……めいめいが、それぞれの土地でやっていることをリスペクトしているんですよね。
 お互いに自分たちの才能が発揮できる場所でがんばっているので、たまに連絡しあったときには、それぞれの報告をし、モチベーションを交換してテンションを上げる。その関係性がすごく気楽でいいんですよ。もちろん、年に3回か4回ですが、みんなで集まったときにはまったりとした時間を過ごします。
出口 そういう形の家族はいいですよね。
ヤマザキ 家族は、私が困ったときに、最初に相談したり助けを求めてしまう人たちです。でも、だからといって常にいっしょにいるべきだとは思いません。それはたぶん母から教わったことで、彼女は家族に「私がそばにいないとダメなんだ」と思わせるところが一切ないんですよ。
 だから私も普段から家族に依存するようなことはないし、夫や息子もそういうところがあります。いっしょにいる時間が終わって離れるときは悲しくなりますが、それでもさっぱりしているほうでしょう。
 お二人とも亡くなりましたが、樹木希林さんと内田裕也さんのご夫婦などは、私にとってはそういう意味でも素敵だった。バラバラに暮らしてはいるけど、仲の良い悪いを超越したお互いのリスペクトがあって、喧嘩しようが何があろうが、結局最後まで夫婦を続けられた。関係のない人から批判されたこともあったけれど、否定される筋合いはまったくないんじゃないかと思います。
出口 おっしゃるとおりです。カップルやグループの過ごし方について、他の人が「おかしい」とか「ヘンや」という必要はまったくありません。人間は一人ひとり顔が違うように考え方や生き方もそれぞれ違います。それぞれの価値観を尊重すればいいのであって、自分の考えを押しつけるのはよくないですよね。

 

ヤマザキ「お互いに自分たちの才能が発揮できる場所でがんばって、たまに連絡しあったときには、モチベーションを交換してテンションを上げる。その関係性がすごく楽しいんですよ。」
ヤマザキ「お互いに自分たちの才能が発揮できる場所でがんばって、たまに連絡しあったときには、モチベーションを交換してテンションを上げる。その関係性がすごく楽しいんですよ。」

 

出口「人間はそれぞれ考え方や生き方が違うので、家族の在り方について他人が『おかしい』という必要はまったくありませんよ」
出口「人間はそれぞれ考え方や生き方が違うので、家族の在り方について他人が『おかしい』という必要はまったくありませんよ」

 

ヤマザキ 価値観の押しつけに対しては、毅然として跳ねのけたいですね。私の母は、まさにそういうタイプでした。
 母はヴィオラ奏者で、夫を早くに亡くしたシングルマザー。札幌交響楽団初の女性奏者として入団するため、私と妹を連れて東京から北海道の団地に移り住みました。年季の入ったハイエースに乗ってあちこちの演奏会などを飛び回り、家を空ける時間も長かった。
 母はどこか浮世離れしたところがありまして、たとえば、用意してくれたお弁当を教室で開けたら、彼女が戦後最も好物だった砂糖とバターを塗った食パンだけがギュウギュウに詰められていたり、団地では飼えないとわかっているのに、「放っておけない。かわいそうで」といって突然、子犬を拾ってきたり。世間がよしとしている価値観より自分の感性を大事にする人ですね。
 そんな母でしたから、団地という狭い社会では何かと目立ってしまいます。村八分とまではまではいかないまでも、「どうして女性なのにそんな仕事をしているの」「なんでいつもお子さんたちふたりきりにして放っておけるの」と、チクチクやられるわけです。でも母はそれに対して、「いいんですよ、おかまいなく」とやり過ごしていた。「だってしょうがないじゃない。うちの家とあなたの家は違うのだから」と考え方がまったくブレていなかったんですね。
 するとおもしろいもので、今度はまわりが母に慣れてきて、受け入れられるようになってきました。外国人といっしょに暮らすと、言葉も宗教も違うから最初は戸惑うけれど、いつの間にか慣れてきて、いっしょに居るのが当たり前になっていくのと同じで、誰も母の特異さをうるさく言わなくなっていったのです。
出口 ノーベル賞作家のバーナード・ショーは、「世界を変えるのは少数派だ」といいました。賢い人は、多数派に合わせれば自分もかわいがってもらえることがすぐにわかるから、即座に同調します。でも、不器用な人は同調できずに自分を押し通して、結果的に世界を変えていく。
 お母さまはまさに世界を変えていかれたのですよね。ご自分の軸が揺るがないので。
ヤマザキ いや、母はそこまできちんと自己分析できていないと思いますよ。ただ勢いに任せて、「え? 私は誰にも迷惑もかけず充実しているのに、家族のこともこんなに愛しているのに、何がいけないの?」という感じだったと思います。
出口 まわりから批判されると、「そうかもしれない」とすぐに態度を変えてしまう人が少なくありませんが、そういう人は結局、自分の生き方に自信がなく、腹落ちしていないのだと思います。お母さまは自分の生き方に腹落ちしておられたから、何を言われようと聞き流せたのではないでしょうか。
ヤマザキ 他人に何かを言われて潰れてしまう人って、もともと「まわりから言われた情報でできあがっている人」だと思います。まわりの人のリアクションがないと、自分がどういう人間かわからくなってしまう。
出口 それは性格が強いとか弱いとかの問題ではないですよね。自分の行動に腹落ちしているかどうかの問題です。だから、腹落ちさえしていれば、性格的に弱いところがあっても、人間は頑張れると思います。
ヤマザキ 先ほど、少し触れましたが、母の父、つまり私の祖父は、大正から昭和にかけて、ずっと海外で暮らしていました。さらに彼の父親は、明治の初期、家にイタリア人の音楽家を住まわせて音楽を習っていたそうです。まわりから見れば「なんなの、あの家は?」という家で育ったので、母も他人と違うことに対して後ろめたさを抱くことはなかったでしょうね。
 世間の常識から外れた行動をしていても、家族から「あなた、ちゃんとしなさい。そんなことでは、世間に顔向けできないわよ」と言われるわけではなく、自分でよかれと思ってした行動に対しては「え、何がいけないの?」と言えるような家庭だったので、後ろめたさが育まれようがない。もちろん私もそうですが、この特質は連綿と受け継がれている気がします。
出口 その特質は本当に素晴らしい。多様性が求められるこれからの時代を先取りしておられたのだと思いますよ。

※ジョージ・バーナード・ショー(1856~1950年)
アイルランドの文学者、脚本家、劇作家、評論家、政治家、教育家、ジャーナリスト。代表作は『ピグマリオン』

 

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