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美咲凌介の連載掌編「どことなくSM劇場」第2話 人質ごっこ

人気SM作家美咲凌介による、書き下ろし掌編小説・第2回目のタイトルは、「人質ごっこ」。日常の中にひっそり感じられるSMの香り……。今回は「ぼく」が初めて味わったあの体験についての一篇です。

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仕事の関係で知り合ったその男の人は、髪の毛が真っ白。だから、とうに六十は越えているのだろうと思うのだけれど、歩くときは妙にシャキシャキしているし、時々びっくりするくらい子どもっぽい笑顔を見せるので、本当はもう少し若いのだろうか。いつも少し穏やかな、なんだか眠たそうな表情をしている。だから、異性に身構えがちな私も、つい気軽にあんなことを言ってしまったのかもしれない。

「あら、結婚されたことがないんですか。どうしてです?」

と、そう口に出してから、しまったと後悔した。なかなか偉い人らしいので、失礼だと思われたりすると、まずいのだ。

だが、その人は気にした様子もなく――

「そうだね。そのことについては、最近ちょくちょく、あれが原因なのかなあ、なんて思う出来事があるんだ。時間も余っていることだし、少し聞いてもらおうかな」

そう言うと、ゆったりした口調で語り始めた。

ぼくは、小学生のころ北海道に住んでいた。札幌の郊外で、今はどうなっているのか知らないが、当時はとにかく土地が余っているという感じで、どこもかしこもだだっ広かった。よく遊んだのが、通称ゴルフ場と呼ばれていた公園。もちろん本当のゴルフ場ではないよ。ただひたすら野っ原が広がっている場所で、まるでゴルフ場みたいだというだけのこと。とにかく広かった。どこからどこまでが公園なのか、子どもには見通しがきかないくらい広かった。

小学校の三年生のころ。夏休みが終わって二学期になると、妙な遊びが流行ったんだ。人質ごっこっていう遊びでね。うん、毎日だいたい三十人くらいの子どもが、今言ったゴルフ場に集まっては、暗くなるまでその遊びをやっていた。

それは、もともとは「カタキ」という名のボール遊びだった。カタキって知ってるかな? ――今の人は知らないかもしれないね。ドッジボールみたいにボールをぶつけ合う遊びなのだが、チームに分かれたりはしない。個人戦なんだ。たとえば、ここに五人の子どもがいるとしようか。その五人が、てんでにボールをぶつけ合う。で、ボールをぶつけられた者、それから、ぶつけようとして相手にボールを受け止められた者は、「死ぬ」。もちろん本当に死ぬわけではなく、ゲームから外れるわけだね。ところが、この遊びのおもしろいところは、自分を殺した相手が別の誰かから殺される――つまり、ボールをぶつけられたり、投げたボールを受け止められたりしたら――死んでいた自分が生き返ることができる、というところにある。また元気いっぱい、ゲームに参加できるようになるわけさ。ということは、このゲームは、さっき言った五人のうちの誰か一人が、他の四人を全部殺さなければ終わらない。

五人くらいならいいよ。でも、この遊びを三十人くらいでやるということになると、もう絶対と言っていいほど、終わらない。そこで、ルールをちょっと変えようということになったらしいんだ。いや――ぼくはルール作りには参加していない。それは五年生や六年生のお兄さん、お姉さんの仕事だった。三年生なんてまだ下っ端だから、「今日からこういうルールになった」、「また新しいルールができた」と言われたら、ハイハイと従うしかなかったんだ。

まず、個人戦を改めて、二つのチームの戦いにしようということになった。ちょうど、六年生たちが公園に二つ、秘密基地を作っていたので、それをそれぞれの陣地ということにしてね――その間のスペースが戦場ということになるわけ。だいたい学校のグラウンドくらいのスペースはあったろうか。二つのチームのメンバーが、互いに相手のメンバーにボールをぶつけ合うというのは、カタキと同じ。ぶつけられたり、投げたボールを受け止められたりしたら「死ぬ」というのも同じ。そして、自分を殺した者が死んだら生き返ることができる、というのも同じだね。それでもチーム戦だから、カタキのときのように、いつまでもゲームが終わらないということはない。時間を決めておいて、その時点で生き残っている者の数が多い方を、勝ちとすればいいわけだ。

もう一つの大きなルール変更は、「人質」という制度ができたこと。だから、この遊びを「人質ごっと」というわけだよ。「けいどろ」という遊びがあるだろう。そこからヒントを得たのだと思う。

たしか、両チームの大将と、それから将軍レベルの二・三人、そうした特別なメンバーからボールをぶつけられた者だけが、人質になるというルールだった。ほかにも、いろいろ細かなルールがあったはずだけれど、もう忘れてしまった。それにルールは、かなり頻繁に変わっていたからね。今思うと、あんなに色々なルール変更をやりながら、よくも平和裏に遊び続けられたものだと、ちょっと感心する。子どもというものは、案外賢いのかもしれない。

人質になった者は、相手側の陣地――秘密基地に連れていかれる。そして、そこで相手チームのために働かされたりするわけなんだ。うん。その秘密基地の補強を手伝わされるとかね。――基地の中で将棋をやっている連中の相手をさせられることもあった。みんながみんな、戦場に出ているわけではないんだね。ラジオを持ってきている子もいたくらいでね。そう言えば、人質への罰として、そのラジオに合わせて歌を歌わせるということもあった。

初めのうちは、人質がいじめられたりすることもあったんだ。泣き出す子もいて、問題になった――五・六年生のお兄さん、お姉さんたちの間でね。で、とにかく人質の「ギャクタイ」はいかん、というルールができた。

あるときのこと。その人質ごっこを、男子チーム、女子チームの二つに分かれてやることになったんだ。たしか、女子の方が数が多いので、それでもいい勝負になるだろうということだった。そして本当に、これがいい勝負になったんだ。だいたい小学校三・四年生のころは、女子のほうが、身体が大きいしね。男子というのは、自分たちが思っているほど強くはないんだな。これは、大人になってもいっしょのようだけれど。

そのとき、ぼくは人質になってしまった。ずいぶん長いあいだ逃げ回っていたのだけれど、とうとう女子チームの大将にボールをぶつけられてしまったんだ。それで、その女の子に基地まで連れていかれて、監禁されてしまったというわけ。

その大将というのが、ちょっと目立っていた子でね。その子自身というより、その一家が目立っていた――という感じかな。まず、お父さんが社長だという。でも、だいたいそのゴルフ場で遊んでいた子どもたちというのは、ぼくも含めて、近くの団地の子たちなんだ。そのころには珍しくもなかったけれど、風呂もついていない団地だよ。決して金持ちは入らない。その子の家族だって、その団地に住まっていたわけだから、社長と言ったって高が知れている。でもね、その子はたしかに、金遣いが荒いというので少し有名だった。だから、その子のお父さんがやっていた会社というのも、まあ、それなりには儲かっていたのかもしれない。

そして、お母さんがいないという話もあった。ところが、お母さんらしき女の人は、ちゃんと家にいるんだよ。で、「いるじゃないか」と聞くと、「いや、あれはお母さんではなく、お手伝いの女の人だ」と答える。そのころは「ああ、そうなの」と思っていたけれど、今思い返すと、妙な話ではあるね。ひょっとすると、その女の人というのは、その子のお父さんの愛人か何かだったのか――という気もするのだけれど、今となっては、真相は藪の中というほかはない。

その子には、お姉さんもいた。美人だと評判だった。そして、すごく「頭のいい高校」に通っていたのだが、同時に、「悪いことばかりしている」という噂もあった。どんな「悪いこと」なのか、当時のぼくにはよくわからなかったのだけれど――まあ、タバコを吸って停学にでもなったのか。とにかく、あまりいい噂を聞かない一家ではあった。ぼくの母などは、「あの子とはあんまり遊んじゃダメよ」「二人だけで遊ぶのは、絶対ダメ」なんて、よく言っていた。

そういうわけで、ぼくは人質になって、女子チームの陣地となっていた方の秘密基地に連れていかれたわけだ。秘密基地は、材木なんかも使ってけっこうガッチリと作ってあってね、子どもだと五・六人は座れるくらいの広さがあった。屋根には草を敷き詰めているので、中は薄暗い。床――といっても要するに地面だが、そこにも草がみっしりと敷き詰めてあった。ぼくより前に人質になった子が二・三人いて、その連中は外で、基地に使う草を集めさせられていた。

「あんたは、こっち」

その女子チームの大将は、ぼくの背中を乱暴に押して、基地の中へと連れ込んだ。彼女は、ぼくよりずっと背が高かった。

「あっ。人質取ったの? でも、あんまり乱暴したらダメよ、レイちゃん」

と、中にいた別の女の子が言った。「レイちゃん」というのは、その大将の呼び名で、だから本名は「れいこ」とか「れいか」とか、そんな名前だったのだろうね。そのレイちゃんは、ぼくより二つ上の五年生。六年生をさしおいて大将をやっていたのだから、ある種の人望はあったのだろう。

だが、どちらかと言うと、他の女の子たちはレイちゃんに親しみよりも、怖れを抱いているような感じがした。口のききようなどが、変に遠慮深いんだ。

「レイちゃん、その子、どうするの?」

「このあいだみたいに、泣かしちゃったらダメよ」

ほかの女の子たちが、用心深そうにそんなことを言うので、ぼくは少し怖くなってきた。最近、人質になった子が泣かされたなんて、聞いたことがなかったが、知らない間に、そんな事件もあったのかもしれない。事情がよくわからなかったのは、人質になったことがあまりなかったせいでもある。ぼくはいつも敵の下っ端のメンバーに「殺される」ばかりで、大将や、ほかの選ばれたメンバーから狙われて人質になるという経験は、ほとんどしたことがなかったんだ。

「もちろん、ギャクタイはダメよ。知ってるわ」

レイちゃんは落ち着いて答えた。

「でも、人質にはハズカシメを与えなきゃ。ハズカシメは、ギャクタイとはちがうのよ」

その「ハズカシメ」という奴がいったい何なのかわからなかったので、ぼくの恐怖はさらに強くなった。ぼくは、レイちゃんが再び戦場に出ていくことを、切に願った。だが、そのレイちゃんは椅子にどっかり座りこんで――基地の中には壊れかけた椅子まで、いくつか持ち込まれていた――動こうとしない。これは困ったことだった。もしレイちゃんがもう一度戦場に出て誰かに「殺されて」しまえば、ぼくは解放される。そういうルールだからね。でも、レイちゃんがいつまでも基地の中でがんばっていたら、ぼくはいつまでも人質のままでいるほかはない。

レイちゃんは、戦場に出ていくどころか、反対に

「あたし、少し休む。代わりにあんたたち、がんばってきてよ」

と、ほかの女の子たちを基地から追い出してしまった。薄暗い基地の中で、ぼくらは二人きりになった。すると、レイちゃんは、敷き詰めた草の上に座って膝を抱えているぼくに、声をかけた。

「あんた、歌は歌えるの?」

ぼくは首を横に振った。

「何か、おもしろいことできる? 手品とか」

ぼくは、また首を横に振った。レイちゃんは、それを見て意地悪そうに微笑んだ。こうして顔を突き合わせてみると、二つの目が大きくて、睫毛は瞬きをしたら音を立てそうなほどに濃く、長い。なんだか、怖いほど美しく見えた。

「あんた、何にもできないんだ。じゃあ、仕方がないわねえ。あたしの椅子にでもなってもらおうかな。それだったら、だれにでもできるから」

「椅子?」

「そう。簡単よ。四つん這いになるの。ほら、早く!」

言われるまま、草の上に四つん這いになったぼくの背中に、レイちゃんのお尻が乗っかってきた。思ったほど重くはない。それより、しんなりとした圧力が、変にぼくの気持ちを波立たせた。頭の上の方で、なにかカサカサと紙のこすれる音がした。――と、ぷうんと甘い匂いが漂ってきた。

レイちゃんが、ぼくの顔に向かって、上から息を吹きかけたらしい。クチャクチャと音を立てて、ガムを噛んでいる。さっきの音は、ガムの包み紙を開く音だったのか。

「いい匂いでしょう。このガム。特別なガムなのよ。パパが東京に行ったとき、買ってきてくれたの。この辺りじゃ売ってないんだから。あんたにも、一枚あげようか」

「いい。要らない」

「どうしてさ」

「お母さんが、人から物をもらったらダメって言ってた」

「ふうん。ママの言いなりなんだ」

そんな話をしているうちにも、レイちゃんは、お尻をぼくの背中の上でぐいぐいと動かした。別に痛いとか苦しいとか、そんなことは少しもなかったのだけれど、四つん這いの身体が揺れる度に、ぼくの心も妙に揺れ動いて、なんだか胸が詰まっていくような気分だった。それに、ガムの甘い匂いがたまらない。

あと十分もそのままだったら、よくわからない感情に押しつぶされて、ぼくは泣き出していたかもしれない。でも、ありがたいことに、そうはならなかった。戦場に、笛の音が鳴り響いたのだ。ぼくは言った。

「あっ。笛だ!」

レイちゃんも声を出した。

「えっ。もう笛なの?」

その笛の音は、人質交換の合図だった。そういうルールもあったのだ。だいたい一時間ごとに、決められた者が笛を吹く。すると、互いのチームが人質を交換し合うことになっていた。もう一つ重大なルールもあって、交換のとき、人質は敵の手を振り払って逃げることもできる。その場合、味方チームは代わりの人質を出さなくて済むので、まあ得をするというわけだ。うまく逃げた人質は、その場でのヒーローになれる。ぼくは、「よし、逃げてやるぞ」と心に決めた。

でも、そんな気持ちは、レイちゃんにはしとっくにお見通しだったらしい。

ぼくの腕をつかんで引きおこしながら、彼女は

「逃げようったって、逃がさないからね」

と言った。そして、がっちりとぼくの肘をつかむと、ぐいぐいと引っ張りながら外に出た。人質は、どうやらぼく一人しか残っていなかったらしい。前に人質になっていた連中は、そいつらを殺した女子が別の男子に殺されて、とっくに解放されていたのだ。

レイちゃんは、前線に出ると、大きな声で叫んだ。

「こっちの人質は、一人よ。そっちは何人いる?」

「三人だ」

男子のリーダーが答えた。レイちゃんは、また大声を出した。

「よし。そっちの三人を全部、解放しろ」

「ばか言うな。一人対一人だ。だれか選べ」

「ダメよ。この子は――」

と、ぼくの身体をぐいと引き寄せて

「特別にかわいいからね。価値があるわ。この子を出すから、そっちは三人とも全部よこせ」

「ダメだ。おい、逃げろ逃げろ!」

と、男子の大将が叫んだとき、ぼくはレイちゃんの腕を振りほどこうと、全力でもがいた。

「あっ、こいつ!」

逃がすまいと、レイちゃんはぼくを抱きすくめる。ぼくはさらにもがいて、身体をくるりと反転させた。気がつくと、ぼくとレイちゃんは、しっかりと抱き合うような格好になっていた。男子の声が聞こえた。

「あっ。あいつら抱き合ってる!」

笑い声とともに、声はどんどん大きくなった。

「抱き合ったーっ、抱き合ったー―っ」

「抱き合ったーっ、抱き合ったー―っ」

女子たちも、甲高い歓声を上げた。

ふいに、ぼくの身体をがっしりと、しかしやわらかく覆っていた圧力が、解けた。レイちゃんが離れたのだ。見ると、彼女はぼくから二、三歩遠ざかり、横顔を見せてわずかにうなだれていた。こんなに――と驚くほど、その頬が赤く染まっていた。ガムの甘い匂いが、またふいと鼻先をかすめ、すぐに消えたのを、今でも憶えている。

あんなに背が高かったはずなのに、そのときのレイちゃんは、なんだかとても小さく見えた。

それは、ぼくが異性を、異性として愛おしいと思った、最初の体験だった。一人っ子だったせいもあって、それまでぼくは女の子というものを、なんだかよくわからない変な存在としか感じていなかった。たぶん、そのとき初めて、女の子というものが愛おしいもの、可憐なもの、愛することのできるものとして、ぼくの心の中に存在し始めたのだと思う。

でも、同時に、ぼくはなぜか深い幻滅を感じてもいた。さっきまで怖いくらいにあでやかだった少女が、今はもうどこにもいなくなっていた。彼女は、どこかに消え失せてしまった。代わりに、ただひたすら可愛らしいだけの存在が、伏せた目をうるませて、ひっそりと立ちすくんでいる。

あのときの、何かを失ってしまったという感じは、今も忘れられない。

そして、それからの長い人生も、その同じことが少しずつ形を変えて、何度も繰り返された。愛おしい――と思った瞬間、深く失望してしまう。ぼくの女性との関係というのは、要するに、その繰り返しだった。

それがたぶん、ぼくが今まで結婚しなかった理由なのだろう。

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◆おまけ 一言後書き◆

わたし(美咲凌介)も一度も結婚したことのない男ですが、この小説の「ぼく」のモデルは、わたしではありません。わたしはどちらかと言えばイライラしがちな人間で、決して「いつも少し穏やかな、なんだか眠たそうな表情をして」いたりはしません。
2018年11月15日

プロフィール

美咲凌介(みさきりょうすけ)

1961年生まれ。福岡大学人文学部文化学科卒業。在学中、文芸部に所属し、小説や寓話の執筆を始める。1998年に「第四回フランス書院文庫新人賞」受賞。SMを題材とした代表作に『美少女とM奴隷女教師』『Sの放課後・Mの教室』(フランス書院)など。他に別名義で教育関連書、エッセイ集、寓話集など著書多数。

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