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【SM小説】美咲凌介の連載掌編「どことなくSM劇場」第9話 どえむ探偵秋月涼子の発見

人気SM作家・美咲凌介による、書き下ろし掌編小説・第9回目のタイトルは、「どえむ探偵秋月涼子の発見」。どことなく漂うミステリーの香り……。「発見」とは果たして何を指すのでしょうか? 複雑な人間関係が織りなす神秘的なSM劇場です。

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新宮真琴さんは、十九歳。聖風学園文化大学校の二年生。ミステリー研究会に所属。数か月前からミス研の女王と呼ばれ始めたのは、もちろんその美貌ゆえのことだが、幾分かは彼女のS的性格にもよる。周囲に同学年の学生か先輩しかいなかった去年まではあまり目立たなかったが、後輩というものができたこの四月あたりから、真琴さんが自他ともに認める「ドS」であることが、そろそろ周知されてきたようである。

真琴さんが時折発する辛辣な一言。その一言に胸を貫かれて悶絶したい――と思っているのかどうかはわからないが、なんとなくMっ気のありそうな一年生男子の数人が、真琴さんの周りをウロチョロするようになった。そのうち、あの中の一人と深い仲になるのだろうと、周囲はぼんやり思っていた(真琴さん自身もそんな気がしていた)のだが、あに図らんや長い夏休みの過ぎた今、真琴さんの心をがっちり捉えてしまったのは、一年生女子、秋月涼子の屈託のない笑顔と、ベッドの上でも扱いやすい小柄でしなやかな裸体なのであった。

ああ、いや、心……心も、もちろん大切ですよ? それは真琴さんも、よくわかっている。しかし、人の心というものはどうにも掴みがたいもので、特に秋月涼子の内心というものは、どこまでが本心で、どこからが冗談なのか、ちょっと理解しかねるところがある。

「わたし、大学卒業後は、探偵事務所を開くつもりですの。ミステリー研究会に入ったのは、それに備えて勉強するためですわ」

などと言ったりするのだ。バカなのか? バカにちがいない。だが、とても愛らしい。

「SかMかで言うなら、わたし、Mなんです。もう、ドがつくドMですわ。本当に! ですから、涼子が探偵を始めたら、世界初のドM探偵ということになるはずなんですの」

涼子は、常々そう言ってはばからない。そして真琴さんがS、涼子がM、さらには二人とも女同士で性行為をすることに抵抗がないのなら、相性はバッチリということになりそうなものだが、夏休みの終わりごろから、いろいろと細かな問題が生じてきた。

とにかく今、学園祭二日目の喧騒の中、真琴さんが構内の庭園らしき一画にあるベンチへと急ぎ足で向かっているのは、かわいい秋月涼子との待ち合わせのためなのであった。

約束の場所へ行ってみると、涼子は既にベンチに腰掛けて真琴さんを待っていた。

ベンチの背後には、池。数本の柳の木。大学のパンフレットの写真を見る限りでは、非常に美しい場所のようだったが、実際にはさほどのこともない。だが周囲に人影はなく、なるほど涼子の提案通り、話をするにはうってつけの場所である。

「お姉さま、ごきげんよう。早速ですけれど……」

「涼子、ちょっと待って。その前にだな」

真琴さんは、涼子の隣にドスンと腰を下ろした。育ちがよいとは言えないので、真琴さんの挙措動作には、ちょいと優雅さが欠けている。しかし、そんなところがM性を持つ者たちには、かえって魅力的に映るらしい。

「まず、昨日の感想を伝えておこう。涼子、ベッドの上のおまえは、とてもかわいかったよ」

耳元でそっと囁いてやると、涼子は見る間に白い頬を上気させて

「お姉さまこそ、素敵でしたわ」と、真琴さんの腰に両腕を回し、ぎゅっと抱きしめた。

だが、その腕はすぐにほどかれて

「お姉さま。わたし、世界的に正統とされているスパンキングの手順を、まとめてみたんですの。見てくださいます?」

涼子は、脇に置いていたバッグの中から、クリアファイルに挟んだ一枚の紙を取り出した。見ると、A4の白い紙にびっしりと字が並んでいる。パソコンを使って作ったらしく、レイアウトも凝っていて、各段落についた表題は字体もゴシックに変えてあり、なんだかレポートのようだ。

「これ、いつ作った?」

と聞いたのは、昨夜は明け方までベッドの上で戯れていて、涼子をマンションの部屋まで送ってやったのは、たしか朝の五時すぎだったから。真琴さんは自分のアパートまで戻ってから昼ごろまで眠っていたのだが、それでもなんとなく寝不足の感じなのだ。もし、あのあと涼子がこれを作ったのなら、徹夜でもしたのではないか。

「昨日、部屋に帰ってからですわ」

「寝てないのか?」

「ほとんど。でも、平気です。涼子、SMをしたあとは、なんだかとても頭が冴えて、眠れなくなりますの」

「いや、結局SMはやらなかったし……」

涼子は極端に気取ったというか、バカバカしいというか、まるでギャグマンガの主人公の使うようなお嬢様言葉の使い手だが、どうやらこれは、半分ほどは聖風学園の校風に則ったものであるらしい。もともとは地域の金持ちのお嬢様を集めた女子短大であったこの学園は、とにかく伝統的にお行儀にだけはやかましく、付属の小学校から中学、高校まで、ちょっと昔の東京山の手の言葉遣いを生徒に推奨しているらしいのだ。そして、涼子は小学校から大学まで、この学園のエスカレーターに乗って上がってきたので、そのお行儀が染みついているのだろう。残りの半分は、高校までは地元の公立校に通い、難しい試験を受け、学費全額免除の特待生で入ってきた、いわば「よそ者」である真琴さんに対するアピール(なにをアピールしたいのかは、よくわからない)であるようだ。

翻って、真琴さんが妙に男の子っぽい口をきくのは、これも半分くらいは地であろうが、残りの半分は涼子がそれを喜ぶからである。この夏休みのあいだ、涼子と過ごす時間が長かったこともあって、真琴さんの言葉遣いはますます硬質な感じ――涼子に言わせれば「素敵にSっぽく」なってきている。

真琴さんは、視線を紙に戻す。一番上には太字のゴシック文字で、「スパンキングの世界標準」とあり、その下にはいくつかの項目が並んでいる。どうやらスパンキングの手順を時系列でまとめてあるらしい。各項目のタイトルは「1 Mの粗相」「2 Sの叱責」「3 Mの謝罪①」「4 スパンキング」「5 Mの謝罪②と反省」「6 Sの許し」「7 Mの感謝」とあった。なんとも面倒くさい。

実は、夏休みが終わったころから、真琴さんと涼子はスパンキングに取り組んでいるのだが、なかなか二人の意見が合わないのである。目下のところ最大の意見の相違は、スパンキングはてのひらでやるべきか、道具を使ってやるべきか、という点にある。真琴さんは、道具を使いたい。鞭もいいが、それはまだ入手していないので、昨夜は部屋にあった三十センチのプラスチックの定規を使おうと提案した。ところが涼子は、どうしてもてのひらで打たれたいと言ってきかないのであった。第二の相違点は両者の位置関係で、真琴さんは涼子を床に這わせ、尻を高く上げさせて、真後ろから打ちのめしたいと思う。しかし涼子は、腰かけた真琴さんの太腿の上に、うつぶせに胸をのせた格好で、スパンキングを受けたいと主張したのである。そのほか二人の希望の相違点がさまざま出てきてどうにも折り合いがつかず、昨夜はついにスパンキングの実施はあきらめて、ベッドでのお戯れに移ったというわけ。

「これ、ネットで調べたのか」

「ええ。でも、ネットには、なんだか、いやらしいことばかり書いてありましたの。由緒正しいスパンキングの手順を探し出すのは、大変でしたわ。最後には、英語のサイトまで見に行って……」

「SMというのは……少しは、いやらしくてもいいんじゃない……かな」

「もちろんSMがセックスと結びついているのは、否定できませんわ。でも、日本のサイトでは、SMをセックスの刺激剤くらいにしか扱っていないものが大半で。わたし、本当に失望いたしました。SMとは本来、セックスを超えた先にある……」

「涼子、ちょっと待って」

真琴さんは、猛烈な勢いで動き始めた涼子の口を、てのひらでそっとふさいだ。涼子の声は、やわらかくて可憐だが、SMの話を始めると、いつも真琴さんの考える水準より大きくなりすぎる。

「その件については、また今度ゆっくり話そう。それまでに、このレポートもしっかり読んでおく。それより、そろそろ部室に行こうじゃないか。衣装は準備できてるのか」

「ええ、もう部室に置いてありますわ。お姉さま、きっとお似合いになりましてよ」

今日は学園祭の二日目。真琴さんたちが所属するミステリー研究会では、部員たちの書いた、あまり面白くもない推理小説やら評論やらを載せた部誌を、文化部総合展示会場で販売しているのだが、ただ売るだけでは面白くないと、売り子になる者がコスプレをすることになっている。そこで、真琴さんと涼子は、仮想世界の若い王子とその女奴隷に扮することにしたわけ。

部室に行くと、和人くんと蘭子さんのペアが、江戸時代の武士と町娘に化けていた。

「お二人とも、お似合いですわ」

と、涼子が言うと、和人くんと蘭子さんは、「ありがとう」とにっこり。なかなか美しいペアだと真琴さんは思う。この二人も、涼子と並べて自分の周りに侍らせることができたら……。

真琴さんには、ハーレム嗜好もあるのだ。そして、その点もまた、涼子と揉める大きな原因の一つなのである。

和人くんというのは、萩原和人、十八歳、一年生。真琴さんと同じく大学からこの学園に入ってきた「よそ者」なのだが、よくよく聞いてみると、ただの「よそ者」ではなかった。加賀美蘭子さんの遠い親戚にあたり、しかも二人は親の決めた許嫁なのだという。その蘭子さんは三年生、聖風学園を経営する加賀美グループの総帥の孫娘である。

金と実力は蘭子さんの加賀美家が持っているが、その加賀美家は昔々、萩原家の家来筋だったとのこと。萩原和人くんは、今でも加賀美家に行けば「若様」と呼ばれるそうな。バカバカしい。

だが、実際、蘭子さんは初めのうちこそ、人前では和人くんのことを「萩原くん」と呼んでいたのだが、最近では隠すことなく「若様」と呼ぶようになっている。

和人くんは、ちょん髷のカツラを被ったまま、せっせと裁断機を動かしている。見ると、ミス研のポスターの余りを切り刻んでいるようだ。

「和人くん、なにしてるの? もう切っちゃっていいの、それ?」と、真琴さんが声をかけると、

「もったいないから、メモ用紙にしようと思うんです。だいたい、こんなに余らせるなんて、先輩たち、計画性がなさすぎますよ」

ポスターの原画は、和人くんが描いた。涼子をモデルに、鳥打帽をかぶらせパイプを咥えさせて、シャーロック・ホームズ風に仕立てたもの。額に入れて、部室の壁に飾ってある。和人くんは、絵が実に上手いのだ。とてもよく描けているので、真琴さんは欲しくてたまらず、和人くんに譲ってくれるよう頼んでみたのだが、今のところ断られている。

和人くんは、余っていたポスターの裁断を終えると、今度は穴あけパンチを使って紙に穴を開け、三十枚ほど重ねると、綴り紐を通していく。真琴さんたちも手伝った。

涼子は、紙の裏を時々めくっては

「わたしの顔が切り刻まれて、なんだかちょっと悲しい気分ですわ」

「気にしない、気にしない。ぼくのこれまでの最高傑作として、原画は大切に保存するから」

「若様は、それよりも本物の涼子ちゃんを、大切にしたいんじゃありません?」

とは、加賀美蘭子さんの一言。少し棘があるような……。嫉妬だろうか。いや、嫉妬だけではなく、和人くんが望むならそれに協力するのもやぶさかではないという、なんだか少し剣呑な決意まで、言葉の奥に隠れている感じがする。

和人くんは、かなりのSだ。しかも、自分と同じハーレム嗜好を持つSだ。

真琴さんは、以前からそう思っている。そして、蘭子さんはそのハーレム形成にいろいろと協力している気配がある。この二人の周辺からは、いくつか危険な噂も聞こえてくるのだ。真琴さんは思わず、傍らの涼子の小柄な身体をそっと引き寄せた。涼子は「あら」と言って、真琴さんの顔を見上げ、うれしそうに微笑んだ。真琴さんは、腕に力をこめる。和人くんと蘭子さんの毒牙から、涼子を守ってやらなければ。

もっとも、蘭子さんの外見だけを見れば、とてもそんな危ないところがあるとは思えない。淑やかな和風美人。江戸の町娘の格好が、実に似合う。ただし、さっきから思っていたのだが、今はだいぶ変なところがある。

「加賀美先輩、それ、どうしたんです? その風船と……ええと、水ヨーヨーですか? すごくアホっぽく見えますけども」

「ああ、これ? 模擬店で売っていたのよ。若様に買っていただいたの。ほら、若様って、子どもっぽいところがおありになるから」

「はあ」

「写真も撮っていただいたの。今度、イラストにしてくださるんですって」

蘭子さんは、左手に二つの白い風船、右手に真っ赤な水ヨーヨーを持ったまま、嫣然と微笑んだ。風船はヘリウム風船という奴らしく、プカプカと宙に浮いている。

「それは……よかったです」

どうにも挨拶に困って、真琴さんは曖昧にそう言うほかなかった。

なんとなく気まずい沈黙を破り、和人くんが真琴さんに声をかけた。

「ところで、新宮先輩、ちょっとした賭けをしてみませんか」

「賭けって?」

「これからぼくが、このメモ紙に絵を描きますね」

そう言うと、和人くんはさっきポスターを裁断して作ったメモ用紙の一枚(それだけは穴を開けず、綴りもせずにとっておいたらしい)を手に取った。白い裏面と、涼子の咥えたパイプの半分が描かれている表面を交互に見せる。それから、その紙をテーブルの上に置くと、シャープペンシルをくるくるっと動かして、瞬く間に涼子の似顔絵を描いた。

少しだけ目尻の落ちた大きな二つの目。やや低いが形のよい鼻。にかっと笑った幅広い口。

「わたし、そんなタヌキ顔じゃありませんわ」

と、涼子は言ったが、特徴をよく捉えている。やはり絵の才能があるのだ。

「この紙きれを、ぼくが今からこの部室のどこかに隠します。新宮さんは、それを探す。制限時間は、そうですね……二時から三時まで、ぼくらが売り子に立って、三時からは新宮先輩と涼子ちゃんが売り子ですよね。交代の時間までに、この絵を探し出せたら、先輩の勝ち。探せなかったら、ぼくの勝ちということで、どうでしょう」

「で、なにを賭ける?」

「来週、ぼくの誕生パーティをやるんです。ぼくが勝ったら、そのとき、新宮先輩はメイドの一人になって、一日、ぼくのお世話をしてくださるっていうのは、どうでしょう。メイド役の女の人は、蘭子先輩が三人くらい用意してくれるっていうんですけど、知らない人ばかりだと緊張するじゃないですか。その点、新宮先輩なら、これまでも仲よくしていただいてるし、リラックスしてパーティを楽しめるかなあ、と」

「特に仲よくしたつもりはないが。それで……それはタダ働きか」

「あ、日当は蘭子先輩が出してくださるそうです。二万円。それとメイド服も、かわいいのをちゃんと用意してくださるって」

「念のために聞くが、セックスはなしだな」

「もちろんです。ごく健全なお遊びです。」

どうだか。怪しいものだ。

「それで、わたしが勝ったら?」

「あのポスターの原画をさしあげるというのは?」

和人くんは、ちらりと壁に目をやった。額に入って飾られているポスターの原画。シャーロック・ホームズの涼子が、パイプを咥えて、きりりとこちらを見つめている。

「どうでしょう。新宮先輩。欲しいって、おっしゃってましたよね」

真琴さんは、ううむと、しばらく考えこんだ。ポスターの原画は欲しい。だが、あんな小さな紙きれ一枚、小さく丸めて本棚の裏にでも落とされたら、探しようがない。

「条件がある」

真琴さんは、考え考え言った。

「第一に、その紙はそのまま。それ以上、折り曲げたり、小さく丸めたりしないこと。第二に、そこの本棚の中や裏に隠すのは禁止。そんな薄い紙きれを、ごたごた並んでいる本のどれかに挟まれたら、一時間じゃ探しようがない。いや、着替えの時間を考えたら、時間は一時間もないし」

「わかりました。もともと、そんなところに隠すことは考えていませんしね。種明かしをしたときには、なんだ、こんなわかりやすいところにあったのか、これじゃ探せなかったほうがマヌケだって思うような場所に、隠すつもりです」

「なんだか、わたしが探せないって、決めてかかっているみたいだな」

「で、どうします?」

和人くんは、挑戦的な目で真琴さんを見つめた。それでも、真琴さんは迷っている。ポスターの原画は欲しい。負けたとしても、一日で二万円稼げるのなら、悪い話ではない。金持ちの学生が異様に多いこの学園の中で、庶民の子である真琴さんは、金が足りないために心細い思いをすることがしばしばあるのである。しかし、メイド姿になるというのは、なかなか高いハードルだ。本当なら、和人くんと蘭子さんを下男下女として自分の側に侍らせたいという、不遜な欲求を胸に秘めている真琴さんである。それがメイド服でかしずくなんて、話が逆ではないか。迷う。

だが、涼子が話を決めてしまった。

「お姉さまは、誰の挑戦でも受けますわ!」

言ってない。真琴さんは、そんなことは言ってない。

だが、涼子は真琴さんの顔を見上げると、

「大丈夫、お姉さま。将来の探偵事務所の所長、この秋月涼子がついています。それに、実は涼子、隠し場所がちゃんとわかってますの」

「じゃあ、話は決まりですね」と、和人くんの妙に爽やかな声が聞こえた。

時刻は今、午後一時四十五分を、少しすぎたくらい。紙きれを隠す間、五分ほど時間がほしいと言われ、今、真琴さんと涼子の二人は廊下に出ている。

「涼子、隠し場所がわかるって言っていたけど、どこなんだ?」

「蘭子さんが持っていた水ヨーヨーですわ、お姉さま。あの中に入れてしまうつもりなんですよ」

「紙を折り曲げずに入れられるかな」

「あの水ヨーヨー、かなり大きいですから可能ですわ。いったん水を全部出して、ヨーヨーの内側に貼りつけるようにすれば、折りたたまなくたって入れられそうですわ」

「そのあと、水はどうする」

「蘭子先輩は、いつもペットボトルの水を、バッグに入れて持ち歩いているの、わたし知ってます」

「そうか。でも、もっといい場所があるぞ。実はわたしも、隠し場所の見当はついている」

「どこですの?」

「あの風船だよ、ワトソンくん」

「あら、涼子はホームズのほうですわ」

「では、ホームズくん。風船、あの白い風船だよ。風船の上にセロテープで紙を貼りつけるのさ。そして放置すれば、天井まで上がって、わたしたちの目には見えない。たしか、『サム・ホーソーンの事件簿』にそんなトリックがあったはずだ」

「なるほど。じゃあ、お姉さま、賭けをいたしませんこと? お姉さまの予想通り、風船に紙が貼ってあったら、今度のスパンキングでは、涼子、お姉さまのご指示に全部従います。その代わり、わたしの予想が当たっていたら、さっきお渡しした手順通りに……」

だが、涼子は最後まで言い終えることができなかった。和人くんと蘭子さんが部室から出てきたのだ。時間は、午後一時五十分。和人くんがにっこりして言った。

「じゃあ、これから売り子やってきます。もし、あの紙を見つけたら、交代のときにぼくらのところまで持ってきてください。それができれば、新宮先輩の勝ちです。できなかったら、ぼくの勝ちということで、誕生パーティではメイド服を着ていただきます」

「衣装を用意しなくちゃいけないから、体のサイズの報告をよろしく」と、蘭子さん。

二人は、余裕しゃくしゃくといった顔つきで去って行った。

「よし、涼子。おまえは水ヨーヨーのほうを調べろ。わたしは、風船を調べるから」

真琴さんは、部室に入るとすぐに、椅子の上に乗りながら言った。涼子は、言われるまでもないと、ハサミを手に水ヨーヨーを切り裂きにかかっている。

結果、どうだったか。

二人とも「はずれ」であった。

「ありませんわ、お姉さま」

「こっちもだ。風船を残していったから、間違いないと思ったのに」

「わたしもですわ。ヨーヨーがこれみよがしに、テーブルの上に置いてあるんですもの。確信していましたのに」

そのあと二人は、しばらくのあいだ、テーブルや椅子の裏、ポスターの原画を入れた額の裏、クズ籠の中などをあさってみたが……ない。どこにもない。

「涼子、着替えには何分かかる?」

「二十分もあれば」

「展示場までは、ここから五分はかかるな。合わせて二十五分、と。今は……二時二十分か。じゃあ、あと十五分しかない」

「そうですわね、お姉さま」

と言いながら、涼子は、部室のドアの前へと、椅子を動かしている。部室には、今回コスプレの着替えのためにと、内側からかけられる小さな閂が備えつけてあるのだが、それだけでは不安なのか、バリケードを作っているようだ。

「なんだ、涼子。もう諦めたのか。ああ、いや、そうだな。先に着替えてから、探してもいいのか」

「いいえ、そうじゃありませんわ」

「じゃあ、どうして」

「お姉さま?」

涼子は、こちらを振り返ると、しっかと真琴さんの顔を見つめ

「さあ、お姉さま、SMをいたしましょう」

「おまえは、なにを言ってる?」

「申し上げたじゃありませんか、わたし、SMのあとは、とっても頭が冴えるんですの。SMをしていただければ、きっと隠し場所を思いつきますわ。ね? スパンキングをいたしましょう」

「そんなこと言っても……」

「さあ。ご覧の通り閂もかけましたし、万が一閂を破られても、椅子がありますから、誰もすぐには入ってこられません。さあ! さあ!」

涼子は、じりじりと近づいてくる。こうなると、もう手がつけられない。涼子はMを自称しながら、きわめて我が強いのである。

「よ、よし……わかった」

真琴さんは、仕方なくうなずいた。

「ありがとうございます、お姉さま。ああ、お姉さま、涼子は……」

声が急に芝居がかってきた。

「涼子は、粗相をしでかしてしまいましたわ! とんでもない粗相を! お姉さまを、くだらない賭けに引きずりこんでしまうなんて、どうしましょう!」

粗相、という言葉に、妙に力がこもっている。真琴さんは、例の「スパンキングの世界標準」という涼子のレポートを思い出した。たしか最初が「1 Mの粗相」とあったはず。今、涼子が「粗相、粗相」と言っているのは、あれを踏まえているのだろう。すると次は? たしか「Sの叱責」だったか。

「そ……そうだぞ、涼子。お前は……」

真琴さんは、頭をフル回転させて、台詞を考える。なんでこんなバカバカしい小芝居のために、優秀な頭脳を使わなければならないのか、そこは相当に疑問の残るところではあるが、かわいい涼子のためならば、致し方ない。それに、ひょっとすると例の紙切れを見つけてくれるかもしれないし。いや、まあ期待はしていないけれども。

「お前は、本当によくなかったぞ。卑しい女奴隷の分際で、差し出がましい真似ばかりして」

そう言いながら、真琴さんはふと、これは「王子と女奴隷」の衣装に着替えてから始めたほうがよかったのではないか、そんなことをチラリと思う。

「お姉さま、涼子、謝罪いたします。謝罪いたしますから、どうぞ……どうぞ、その椅子にお座りになって」

涼子がドアの前に置いた椅子とは別に、まだ三脚ほどの椅子がテーブルの周りに置いてある。涼子は、そのうちの一つ、窓際にある椅子を指さした。これはつまり、スパンキングはあくまで、腰かけた真琴さんの膝に抱かれて受ける、という意思表示だろう。真琴さんは、椅子に腰かけた。涼子は、その足元に跪いて

「お姉さま、本当に申し訳ございませんでした。涼子、素直に罰を受けますわ」

ええっと。これが「3 Mの謝罪①」って奴かな。すると、次はいよいよ「4 スパンキング」という段取りか。本当なら、涼子の背後に回って打ちのめしたい真琴さんだが、今回は妥協することにした。

「よし、では涼子。わたしが罰をあげる。どうすればいいかは、わかってるな」

「はい、お姉さま」

涼子は、いそいそと真琴さんの膝の上に乗ってきた。小さな二つの胸の膨らみを、緩く開いた二本の太腿の間に押し込むように密着させて、こころなしか尻を持ち上げる。

「さあ、お姉さま。存分になさって」

「ところで、涼子。スカートはめくりあげたほうがいいのか」

「あ、それは……お姉さまのお部屋でのときに……」

「そうか。じゃあ、スカートの上から叩くぞ」

「はい」

それでは……と、真琴さんが右手を高く振り上げたときであった。涼子がこれまでの芝居がかった声とは別の、頓狂な声をあげた。

「あら?」

「ん? どうした?」

「あらあらあら?」

「だから、どうした?」

「お姉さま、わたし、発見いたしましたわ!」

涼子は顔を上げ、視線をやや上に向けて、正面の壁を見つめていた。その壁には、ポスターの原画が掛かっている。

例の紙切れは、涼子の似顔絵とは反対の面を向けて(つまり、元のポスターの、パイプの半分が描かれた面を向けて)原画にぴたりと貼られていた。原画をそのままの倍率でカラーコピーして作ったポスターだから、大きさはぴったり合っていたのだ。探しているあいだ、真琴も涼子も何度か手に取ったのに、気づかなかった。今、涼子が気づけたのは、斜め下から見たせいで、コピーの切れ端を貼りつけた微妙な段差の影が目に入ったためらしい。

「ね、お姉さま。SMをすると、わたし、頭がぐっと冴えるんですの」

「いや、SMはやってないし……」

真琴さんは、襟のあたりに変な飾りのついた、中世ヨーロッパの貴族風の上着を着ながらそう答えた。紙切れは、はがせるノリでくっついていたが、原画を額から取り外し、傷つけないようにはがすにはかなりの時間がかかったため、結局スパンキングを楽しむ時間はなくなってしまったのだ。

「それに別に頭で解決したわけじゃなくて、目で見つけただけじゃないか」

「目は脳の一部と言われているんですのよ、お姉さま。目は脳とつながっていますし、網膜の細胞は脳細胞と同じだと、たしか教養の生物の時間に……」

「なんだか気味悪いから、その話はそこまで」

真琴さんは、着替えを終えると、右手でそっと涼子の肩を抱いた。

「さ、行くぞ。和人くんと蘭子さんにむかって、高らかに勝利宣言だ」

「その衣装、とってもお似合いですわ、お姉さま」

涼子はぴたりと真琴さんに寄り添った。二人は、意気揚々と部室を出た。

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◆おまけ 一言後書き◆

ええっと。推理小説と思って読んだ方、ごめんなさい。怒らないでください。なお、この「どえむ探偵秋月涼子」の話は、あと二つほど用意しています。でも、やはり推理小説にはならないと思います。「バカミス」ではなく「バカ百合小説」とでもいった感じで、ゆる~くお楽しみいただけたら有難いです。

2019年6月14日

プロフィール

美咲凌介(みさきりょうすけ)

1961年生まれ。福岡大学人文学部文化学科卒業。在学中、文芸部に所属し、小説や寓話の執筆を始める。1998年に「第四回フランス書院文庫新人賞」受賞。SMを題材とした代表作に『美少女とM奴隷女教師』『Sの放課後・Mの教室』(フランス書院)など。他に別名義で教育関連書、エッセイ集、寓話集など著書多数。

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