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【SM小説】美咲凌介の連載掌編「どことなくSM劇場」第10話 どえむ探偵秋月涼子のご奉仕

人気SM作家・美咲凌介による、書き下ろし掌編小説・第10回目のタイトルは、「どえむ探偵秋月涼子のご奉仕」。前回に続き、エキセントリックな人間関係が織りなす、魅惑のSM劇場が幕を開けます。想像を膨らませて、SMの世界を味わってみてください。

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聖風学園文化大学二年生、自称ドSの新宮真琴さんは、鏡に映った涼子の裸と、その背後に立つ自分の姿を見つめた。

十二月も半ばをすぎた夜。特に今夜は冷える。天気予報によれば、初雪が降るかもしれないとのこと。だが、今、真琴さんの部屋は熱気でむんむんしている。エアコンに加え灯油ファンヒーターも動員して暖房に怠りないのは、真琴さんの愛してやまない一つ年下のパートナー、大金持ち秋月家のお嬢様、秋月涼子に風邪などひかせないためである。

涼子は全裸で椅子に拘束され、ぐったりとうなだれている。むきだしの左右の足首はそれぞれタオルで椅子の脚に括られ、股間は緩く開いたまま。真琴さんとしては、本当はもっと大きく開かせてみたいのだが、涼子がなかなかうんと言わないので、このくらいで許してやっているのである。両腕は、これも手首を一つに括って椅子の背の後ろへ。それでも腋はわずかに開くので、さっきまでさんざん弄んでやったところだ。

腋だけではない。唇も、耳たぶも、乳首も、それからもっと敏感な部分も――。

全裸でうなだれている涼子とは対照的に、真琴さんは着衣姿である。それも、めったに着ることのない濃いグレーのパンツスーツ(安物)姿だ。SとMのあいだには常に大きな格差を設けるべき――というのが真琴さんのSM理論であって、これもその一環なのである。

「涼子。おまえは本当に恥ずかしい子だね。あんなに乱れて。ほら、可愛い顔を上げて、鏡を見てごらん」

真琴さんは、涼子の華奢なあごにそっと手を添え、その顔を上向けてやる。涼子は、それまで閉じていた二つの目を開き、ほぼ正面に立てかけた大きな鏡に視線を向けた。濃く長い睫毛に縁どられた大きな目は、もう涙ぐんでいるようだ。

「どんな気持ち? お金持ちの涼子お嬢様が、裸で、いいように玩具にされて。もう、プライドはズタズタじゃないの? さあ、あさましい自分の姿を見てどう思うか、ちゃんと答えてごらんなさい」

「あの……」

涼子の桃色の唇が開く。

「お姉さま、もう口をきいてもいいんですの?」

「わたしが命令したときは、答えていいのよ 」

真琴さんは、涼子にできるだけ声を出さないよう命じていたのである。それにはさまざま理由があって、声を漏らすまいと懸命に耐える涼子の表情を楽しみたいというのもその一つ。だが、もっと大きな理由は、涼子に好きなようにしゃべらせておくと、その大きな口から――涼子はまちがいなく美少女なのだが、口は大きい――必ずと言っていいほど、真琴さんのSM美学をぶちこわすような一言が飛び出してくるということにある。

だが、さすがに今は大丈夫、ここまでぐったりと疲れ果ててしまっては、いくら涼子といえどもそうそう不遜なおしゃべりはできまい。しかし、その真琴さんの予想は、見事に裏切られることになった。

「涼子の目には、お姉さまのりりしいお姿しか映りませんわ。お姉さまって、なんてスーツが似合うんでしょう。でも、そのスーツ、少し色が暗すぎるようにも思います。きっとお姉さまには、もう少しだけ明るい色のほうがお似合いですわ。……そうだ。今度、いっしょにお洋服を買いに行きませんこと? わたしの地元に、とてもいいお店があるんです。そう言えば、お姉さま、もうすぐお誕生日じゃありませんか。涼子、プレゼントいたします。靴も揃えたいですわねえ……」

「涼子、ちょっと待って」

真琴さんは、そっとてのひらで涼子の口をふさいだ。

「プレゼントの話は、とてもありがたい。それについては、またゆっくり相談させてね。でも、涼子。わたしが今、聞きたいのはそんな話じゃなくて……」

「ごめんなさい。もちろん涼子、恥ずかしい気持ちでいっぱいですわ」

「だろう?」

とは答えたものの、真琴さんの心には、小さな不安がわき上がる。涼子の声の調子が、ちっとも恥ずかしそうではないのだ。それどころか、つい今まであんなにぐったりしていたくせに、なんだか活力にあふれてきているではないか。

「自分だけ気持ちよくさせていただいて、お姉さまに少しもお返しできないなんて、涼子、M失格ですわ。拘束プレイの欠点って、まさにそこにあると思うんです。Mのほうがお行儀悪く大股開きで、Sのお姉さまが立ったまま、あれこれたいへんなプレイをなさるなんて……」

「プレイとか大股開きとか、下品な言葉は禁止」

「ごめんなさい、お姉さま。でも、なんだかこれって、倒錯していると感じます。やっぱりSMの基本は、ご奉仕にあると思いますわ。ということで、そろそろお時間じゃありませんこと?」

たしかに九時をすぎていた。八時から九時までは拘束の時間、九時から十時まではご奉仕の時間と、さっき取り決めていたのである。約束は守らなければ。

実は一月ほど前から、真琴さんと涼子のあいだには、SMについて一つの論争が戦わされている。それは、SMとは究極のところ何に帰着するかという論争であって、真琴さんはそれをSによるMの「拘束」であると主張し、涼子はMによるSへの「ご奉仕」であると主張して、互いに一歩も譲らずにいるのであった。

拘束を解かれた涼子は、

「お姉さま。お待ちかねのご奉仕の時間ですわ。さ、服をお脱ぎになって。お手伝いしますわね。……ああ、お姉さまのお胸って、なんてご立派なんでしょう。素敵……」

「ばか。いやらしいこと……言うな」

またたくまに真琴さんは裸にされ、疾風に巻き込まれたかのごとくベッドへと運ばれ、それからたっぷりと、涼子の「ご奉仕」を受けるはめになったのだった。二時間後の十一時すぎ、ベッドの上、毛布にくるまれ、丸裸でぐったりとしていたのは、真琴さんのほうだった。

「あら、お姉さま。雪が降ってますわ」

薄目を開けると、涼子はもうシャワーを済ませ衣服を整えて、カーテンの隙間から外を覗いていた。

「送っていこう。用意するから待ってて」

涼子は大学の近くのなんだか高級なマンションで一人暮らしをしているが、さすがお嬢様だけあって、基本的に外泊は禁止ということらしい。毎晩、家の者(両親ではなく使用人)から、スマホではなく部屋の電話に在宅確認のための連絡が入るそうだ。ただし、涼子はその電話を受けたあと、真琴さんの部屋まで遊びに来ることも多いのだが。

真琴さんは、車両本体価格十八万円(プラス諸費用)で買った軽自動車を持っている。この田舎では、やはりクルマがあったほうが、なにかと便利なのだ。それで涼子を送ってやるのだが、まだ冬用のタイヤには履き替えていない。

「積もる前に出かけないと」

真琴さんは、涼子の「ご奉仕」に疲労困憊した裸体をもぞもぞと動かし、ようやくシャワーを済ませた。浴室から出ると、涼子が待ちかまえていた。

「お洋服、着るの、お手伝いします。それもご奉仕ですから」

翌日の聖風学園文化大学のキャンパスは、一面まっ白の雪景色だった。講義を終えた真琴さんは、いつも通りミステリー研究会の部室に立ち寄った。涼子との待ち合わせの場所でもある。そして、そこには例の怪しいペア、一年生の萩原和人くんと、三年生の加賀美蘭子さんがいた。

加賀美蘭子さんは、真琴さんや涼子の通う聖風学園文化大学を経営する、加賀美グループの一族である。和人くんはその婚約者で、昔々、加賀美一族が世話になった殿様のご子孫にあたるとのこと。二つ年上の蘭子さんから「若様」と呼ばれて平然としているのだから恐れ入る。

もっとも「怪しいペア」というのは、その(真琴さんから見ると)けったいな二人の経歴を指してのことではない。噂では、どうもこの二人は素行に問題があるようなのだ。二人とも、外見はそうは見えない。和人くんは大人しそうな風貌をしているし、蘭子さんは淑やかな和風美人。だが、学内で隠然たる勢力を有し、美男、美女を集めて一種の性的なハーレムを作っているという。

にわかには信じられない。しかし、ない話ではない――と感じるのは、真琴さんの直感。そして――倫理的にどうかと自分でも思うのだが――真琴さんは、それがうらやましい。うらやましいと思う自分のお下劣な心情をごまかさないのは、真琴さんの美点である。

心配なのは、和人くんと蘭子さんのペアが、涼子を狙っているのではないか、ということだ。今しも、和人くんは涼子に自分のスマホの画面を見せて、なにやら熱心に説明をしている。その二人の様子をじっと見つめる蘭子さんの目は、なんだか蛇のようではないか。

「あら、お姉さま、ごきげんよう」

真琴さんが入ってきたのに気づくと、涼子はすぐに立ち上がり、真琴さんにすっと寄り添う。これが涼子の可愛いところだ。

「お姉さま、今、和人くんから、とっても不思議な写真を見せていただいてたんですの。お姉さまも、ぜひご覧になって」

「ほう」

真琴さんは、和人くんと涼子のあいだにドスンと腰をおろした。美貌とは裏腹に行儀の悪い真琴さんだが、今回はわざとそうしたのである。和人くんは、スマホを差し出した。

「どこが不思議かわかります? ぼくの家の駐車場の写真です」

駐車場といっても、ただ地面が写っているだけだ。たしかにクルマの駐まっていた跡はある。というのは、一面降り積もった雪の地面の上に、くっきりとクルマ一台分の面積だけ、土が見えているからだ。それに足跡もある。まっすぐ運転席(らしき場所)に向かったものと、クルマの前を回りこんで助手席に向かったもの。

「なんだ? 足跡の謎か。古くさいな。でも、ただクルマに乗りこんだだけに見えるけど。……ああ、二人分の足跡が残っているが、実は一人ってこと? 片方のは、靴を履きかえて後ろ向きに歩いたとか? でも、それなら別に不思議ってことはない」

「いや、それは見た通り、二人分の足跡です。両親がクルマに乗って、出かけたんですよ。父親が運転席。母親が助手席に乗りました。そしてクルマは門へ向かい、道路へと出て行ったわけです。わかります? これが二人の足跡。そして、この雪のない長方形の部分がクルマのあと」

「明快だ。で、どこが不思議なの?」

「鈍いですね、先輩。タイヤの跡がないでしょう? うちのクルマは、どうやって出て行ったんです?」

「言われてみると変だな。でも、それは雪が積もっていて、タイヤの跡が残らなかっただけじゃないのか?」

「足跡がこんなにはっきり残っているのに、ですか」

「ああ、そうか」

「さて、ここで先輩に挑戦です」

――と、和人くんは声の調子を変えた。

「新宮先輩に、この謎が解けますか。ちなみに加賀美先輩は、五分で解きました」

たしかに、不思議といえば不思議だ。しかし、真琴さんはどちらかというと、こうしたクイズめいたものには冷淡な性である。(そういう意味ではミステリー研究会などには向いていない性格なのかもしれない。)要するになにかのインチキがあるだけであり、それがインチキだとわかってさえいれば、相手にする必要もない。この世にはもっと大切なことがいくらでもある。

しかし、相手にせざるを得なくなったのは、涼子が高らかに、こう宣言してしまったからだ。

「お姉さまは、誰の挑戦でも受けますわ!」

言ってない。真琴さんは、そんなことは言ってない。

「じゃ、これで決まりですね。また賭けをしましょう。先輩に謎が解けたら、誕生日にぼくが靴を贈ります。涼子ちゃんがスーツをプレゼントするそうですから」

「涼子、そんなことをしゃべったのか」

真琴さんが軽くにらみつけてやると、涼子は耳元でひそひそと――

「お姉さま、ごめんなさい。お詫びに涼子、今夜もいっぱいご奉仕いたしますわ」

ご奉仕という言葉を聞いて、真琴さんは一瞬ぞくりとしたが、大丈夫。昨夜のようにメロメロにはならないよう、ちゃんと計略は練ってある。

「で、わたしが負けたら?」

「一週間、『濃夢』の編集に涼子ちゃんを貸してください」

『濃夢』というのは、ミス研が年に何度か出す小冊子のこと。伝統的に一年生が編集長を務めることになっている。編集長といっても要は雑用係みたいなもので、真琴さんも去年は、ずいぶん時間をとられたものだ。

「そう言えば、今回は和人くんが編集長だったね。でも、それは涼子の決めることで、わたしが決めることじゃない」

「さっき涼子ちゃんに頼んだら、新宮先輩の許可がないとダメだって、断られたんです。なんでも涼子ちゃんは、先輩に無断で勝手なことはできないとか。まさかモラハラじゃないですよね?」

どうも涼子は、余計なことをしゃべりすぎる――そう思いながら真琴さんが黙っていると、今度は蘭子さんが、

「心配なら、新宮さんも、涼子ちゃんといっしょに若様のお手伝いをすればいいじゃないの。なんなら、わたしもお手伝いするし。四人でやったらすぐに終わるから、時間が余ったらみんなでお遊びでもしましょう」

「できれば、ご遠慮したいです」

そう言うと、真琴さんは再び和人くんに向かって――

「期限は、いつまで?」

「さっきも言ったように、加賀美先輩は五分で解きましたからね」

「二人は親しいんだから、悪戯の仕掛けも見当がつきやすいだろう。わたしとしては、最低一日は要求したい」

「いいでしょう」と、和人くんは言った。

「今、だいたい五時ですね。じゃあ、明日の五時にまたこの部室に集まって、先輩のなぞ解きを聞かせていただくことにしましょう。謎は、ぼくの家のクルマが、雪の上にタイヤの跡を残さず、いつ、どうやって駐車場から出て行ったか、です」

涼子が情けない声をあげた。

「お姉さま、これ、本当にSMですの?」

「ご奉仕したいって言ったのは、おまえじゃないか」

「ですけど……」

「一段落ついたら、おまえの好きなご奉仕をさせてあげるから」

「本当ですか。それなら涼子、がんばりますわ」

涼子は今、真琴さんが貸してやったジャージを着て、押し入れの中に首を突っ込んでいる。

真琴さんの計略というのは、こうだ。昨夜、涼子のご奉仕にあんなに乱れてしまったのは、涼子がはりきりすぎていたからである。SMを始めると、涼子が異様に活動的になることを忘れていた。だから、今夜は単純な肉体労働で涼子を疲れ果てさせ、弱ったところでベッドに連れこもう――そして完全に真琴さん主導で可愛がってあげよう、というのだ。

というわけで、二人は今、ちょっと早い大掃除に取り組んでいる。涼子が押し入れの中から引っ張り出そうとしているのは、古いパソコンの箱。そこには壊れた一体型のパソコン(妙に重い)が入っている。壊れた家電も買ってくれるというリサイクルショップを見つけたので、この機会に売り払ってしまおうと考えたのである。

涼子は、懸命に箱を引っ張り出そうとしている。背後から見ていると、小ぶりの尻を左右に動かす様子が、なんだか仔犬が尻尾を振っているようだ。

「お姉さまは、手伝ってくださらないんですの?」

「わたしは今から、本棚の整理をする。ああそうだ、売りに行くんだから、箱はきれいに拭いておいてね。バケツと雑巾は、洗面台の下にあるから」

「承知いたしました、お姉さま」

「それから、例の謎もちゃんと考えるように。解けなかったら、涼子、おまえが和人くんにつきあわなくちゃいけないんだから。危ない。あの二人の噂は、おまえも知ってるだろ?」

「たぶん、お姉さまより涼子のほうが、よく知ってます。だって涼子、小学校から蘭子先輩とは同じ学校でしたし、和人くんとは同学年ですし……」

「まあ、解けなくたって、わたしがついていれば大丈夫だけどな」

「むしろ危険ですわ、お姉さま」

涼子の声が、ほんの少し低くなった。めずらしく真面目に話し出したのか。

「どうして」

「お姉さまは勘違いをなさっているようですけれど、あの二人が狙っているのは、涼子じゃありませんわ。お姉さまを狙っているんです。わたしは、ただの餌なんです」

「まさか」

「本当です。狙われているのは、お姉さまのほうですわ」

「それは……ちょっと、気味が悪いかな」

「だから涼子、お姉さまのために、がんばって考えますわ。大丈夫。将来、ドM探偵事務所の所長となる、この秋月涼子。プライドにかけて、あの謎を解いてみせます!」

涼子は、大学を卒業したらドM探偵――どんな探偵だか見当もつかないが――としてデビューすると、かねてから周囲に宣言しているのである。バカなのか? バカなのだろう。

これはどうも、当てにはならない――そう思った真琴さんは、そろそろ自分でも考え始めた。雪の上にくっきりと残ったクルマの跡と足跡。しかし、タイヤの跡はなく、クルマは姿を消している。クルマはどうやって、駐車場を出て行ったのか。

しばらくは、二人とも無言で作業をした。

――と、突然、涼子が頓狂な声をあげた。

「あら?」

「ん? どうした?」

「あらあらあら?」

「だから、どうした?」

「お姉さま、わたし、謎が解けましたわ」

真琴さんは、本棚から離れ、涼子の側へ行った。涼子は、押し入れから取り出したパソコンの箱を、雑巾で拭き始めたところだった。埃を被った箱の上面に、一か所だけくっきりと、雑巾で拭った跡が見えた。

「これですわ、お姉さま。あのクルマの跡と、そっくりでしょう? この埃が雪ですわ」

「そうか」

涼子さんにも、謎は解けた。

翌日の午後五時。真琴さんは、和人くんと蘭子さんに自分のスマホの画面を見せた。そこには、昨日和人くんが見せたのと同じような――つまり、雪の上に二人の足跡とクルマの跡、ただしクルマが出て行ったタイヤの跡はない――画像が映っていた。

昨夜、真琴さんと涼子の二人で撮ったものである。アパートの駐車場に、一台空きがあったので、そのスペースを利用したのだ。

「ほう」と、和人くんが感心したような声を上げた。

「夜なのに、きれいに撮れてますね」

「感心するのは、そこじゃないだろう」と、真琴さんは答える。

「謎はすべて解けましてよ」と、涼子が付け足す。

「で、つまり?」と和人くん。

「つまり、和人くんの家のクルマは、雪の降り出す前に駐車場から出て行ったんだ。だから、クルマの跡も足跡も、本当は残っていなかった。それから雪が降り始め、うっすらと積もった。雪の上に残った二人の足跡は、たぶん和人くんと加賀美先輩の足跡。もしそうだとしたら、加賀美先輩が謎を五分で解いた、というのも嘘だね。共犯者だったんだから。クルマの跡に見えるのは、そう見えるように雪を掻きとったか、あるいは溶かしたか。わたしたちは、ちり取りで雪を掻きとったけどね」

「そのあと、そこから出るときの足跡は? どうして残っていないんです? まさか、足跡の上を踏みしめながら、後ろ向きに歩いて戻ったなんて話を蒸し返すんじゃないでしょうね。現実には不可能とは言わないけど、難しいですよ」

「簡単さ。反対側か後ろか、とにかく写真に写っている足跡とは別の方角に、ちょっとだけ跳んで出ればいい。あとは、写真を撮るときに、それが映らないようにするだけだ。ちがう?」

和人くんは、声を出さずに笑った。実に屈託のない笑顔だった。この子は負けっぷりがいい。それだけは確かだ。

「だいたい当たりです。ただし、もう一つの足跡は、加賀美先輩のものじゃありません。ぼくの男友達のです。加賀美先輩は、本当に五分で謎を解いたんですよ」

「まあ、それはどっちでもいい。とにかくクルマは雪の降る前に、駐車場から出て行った。どう?」

「正解です。誕生日には、ぼくから靴をプレゼントします。いっしょに買いに行きましょうか」

「遠慮する。領収書を持ってくるから、金だけ出してくれ」

「それにしても……」

涼子が響きのよい声で言った。

「お姉さまって、本当に頭がいいですわ」

真琴さんは赤面した。昨夜、やっぱり気合の入った涼子のご奉仕に乱れてしまったとき以上に、赤面した。やめて、涼子。噓はやめて。

真琴さんには、他人の手柄を横取りする悪癖はない。先に気づいたのは、涼子のほうなのだ。

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◆おまけ 一言後書き◆
季節外れでごめんなさい。前回が夏休み明けの秋の話だったので、今回は冬の話となっております。次回は、年が明けての新学期の話となる予定です。

2019年7月20日

プロフィール

美咲凌介(みさきりょうすけ)

1961年生まれ。福岡大学人文学部文化学科卒業。在学中、文芸部に所属し、小説や寓話の執筆を始める。1998年に「第四回フランス書院文庫新人賞」受賞。SMを題材とした代表作に『美少女とM奴隷女教師』『Sの放課後・Mの教室』(フランス書院)など。他に別名義で教育関連書、エッセイ集、寓話集など著書多数。

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