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【SM小説】美咲凌介の連載掌編「どことなくSM劇場」第13話どえむ探偵秋月涼子の忖度

人気SM作家・美咲凌介による、書き下ろし掌編小説・第13回目は、「どえむ探偵秋月涼子の忖度」。「忖度」が意味する出来事とは……? 冒頭から引き込まれる臨場感あふれるストーリーに、目が離せません! 

 

「質問は終わり?」

「いいえ、まだ一番大事な質問が残っています」

「なあに?」

「痴漢事件のあらましはわかりましたけど……それで、どうして今夜のSMが中止になるんですの?」

「それはね……」

理由を説明するのが、少し難しい。真琴さん自身にも、まだうまく心の整理をつけることができないでいるのだ。

「ほら……SMをやると、どうしても涼子の体のあちこちを、さわることになるよね?」

「はい」

「すると、なんだか、自分が痴漢になったような気がしそうなんだ」

「全然ちがうじゃありませんか」

「うん、ちがうとは思うよ。でも……なんて言えばいいんだろう、つい連想してしまうというのかな……」

「じゃあ、お姉さま、こうしたら? 今夜は、涼子がお姉さまにご奉仕するだけにするというのは?」

「それも、今度は痴漢された気分になりそうで……いやだな」

「涼子、痴漢じゃありません! お姉さまに忠実なMです」

「いや、それはわかってるよ?」

涼子の声の中に、微かに怒りの影が差したので、真琴さんは少しあわてて言った。たしかに、この可愛い涼子を、痴漢といっしょにしては可哀そうだ。

「でも今朝から、なにかというと、あの痴漢連中の顔が思い浮かんで、本当に気分が悪いんだ」

「薄ハゲに、三白眼に、メガネ豚ですね」

「そうそう」

「薄ハゲは小男で、三白眼は背が高くて、メガネ豚はその名の通り、太っているんですね」

「やめて。なんだか、また思い出しそう」

「それって、フラッシュバックですわ」

「そんな大げさなものじゃない。ただムカつくってだけで……」

そう言っているうちに、真琴さんの脳裏に、昨夜の痴漢三人組の顔が、まざまざと浮かんできた。あの薄ハゲの「どうしちゃったのお」という、語尾を伸ばす下卑た声まで蘇る。吐き気がした。

突然、真琴さんの両目から、涙がポロポロとこぼれた。

「お姉さま?」

「あれ? どうしたのかな……」

「ああ、お姉さま、ごめんなさい。涼子が余計なことを言ったからですね。許してください」

涼子が、急におろおろし始めた。ひざまずいたまま、ぐっと上体を伸ばして真琴さんの顔をのぞきこむ。反射的に真琴さんが顔をそむけると、涼子はますますあわてて──

「お姉さま。大丈夫です、涼子がついています。ね? 怖くありません。なにも怖くありませんわ。涼子がここにいます。痴漢なんて、涼子がやっつけてさしあげますわ」

「べつにわたしは、なにも怖がってなんか……」

見ると、涼子はひざまずいていた姿勢を解いて中腰になり、真琴さんの右に回ったかと思うと、今度は左に回り、しゃがみこんだかと思うと立ち上がり、なんだか両手をバタバタさせている。それが少しおかしかった。

「涼子。お前、無駄な動きが多いよ」

そう言って、真琴さんは自分が腰かけているベッドの右側を、ポンポンと叩いた。

「ほら、ここに座って。落ち着いて。ね? なんでもないんだから。吐き気をこらえたら、涙が出ちゃっただけ」

真琴さんは、隣に腰かけた涼子の腰に右腕を回し、ぎゅっと抱いてやった。そのまま、背後にゆっくりと倒れ込んで、涼子と並んでベッドに横たわる。

「今夜は、このままじっとしているのがいい」

「ねえ、お姉さま?」

涼子は、小柄な身体をもぞもぞと動かして、真琴さんにぴったり寄り添うと──

「昨夜の痴漢って、キスは迫ってきましたの?」

「まさか」

「じゃ、こうしたらどうでしょう? 今夜は涼子、キスのご奉仕だけにいたします。それだったら、痴漢を思い出さずにすむんじゃありません? 涼子の心をこめたキスで、お姉さまをお慰めいたしますわ」

「そうだなあ」

なんだか、キスされたい気もした。

「濃厚なのは、禁止ね」

「じゃあ、あっさりならいいんですの?」

真琴さんは、小さくうなずいた。

「ありがとうございます、お姉さま」

頬に涼子のふっくらとした唇が触れる。唾液のはじける音がした。

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午後十一時半すぎ。真琴さんは、自分の所有するボロボロの軽自動車で、涼子をマンションまで送ってやった。

「しばらくあの電車には乗りたくないから、塾にはこのクルマで通うことにするよ。駐車場が近くにあるかどうか、調べておかなくちゃ」

「いけません、お姉さま。このクルマで通うなんて」

「どうして」

「だって、このクルマ、しばらく走れば止まっちゃうじゃありませんか」

そうなのだ。本体価格十八万円で買ったこの軽自動車には、一時間ほども走らせていると、次第にアクセルにエンジンが反応しなくなり、最後には止まってしまうという妙な癖がある。(十分ほど休ませていると、なぜか直る。)そのうちに修理に出そうとは思っているのだが……。

「塾からの帰りって、夜、遅いのでしょう? それに途中に峠道もあるし、危険です」

「じゃあ、また電車で通うのか?」

「それもいけません。涼子の探偵的勘だと、例の三人組の痴漢っていうのは、常習犯にちがいありませんわ。いくらお姉さまが勇敢でも、そんな連中のいる電車にまたすぐ乗りこむなんて、飛んで火にいる夏の虫とはお前のことよ、ですわ」

「じゃあ、どうする?」

「涼子に任せてください。お姉さまの送り迎えをしてくれる人を、ちゃんと用意します。次に塾に行くのは、明後日ですね? それまでに間違いなく決めて、連絡いたしますわ。ところでお姉さま、もう一度確認いたしますけど、例の痴漢の三人組って、薄ハゲに、三白眼に、メガネ豚ですね」

「そう」

「薄ハゲは小男で、三白眼は背が高くて、メガネ豚は太っちょなんですね」

「そうだけど……涼子、なにを考えてる? まさか、痴漢退治をしようなんて、考えていないだろうな?」

涼子には、いかにもそんなことを始めそうなところがある。騒動が好きなのだ。それに、大学卒業後は探偵事務所を開いて探偵になる──それも自分は「ドM」だから、世界初のドM探偵になると、周囲に宣言している。バカなのか? バカなのだろう。だから、痴漢退治は探偵業務の練習になる、くらいのことは言いだしかねない。

「言っておくけど、わたしはそんなこと頼んでいないからな」

「お姉さまの口から、そんなこと言えないってこと、涼子はちゃんとわかっています。ですから、なにが起こっても、お姉さまにはなんの責任もありません。全部、涼子が引き受けます。ただ、クライマックスには、お姉さまにも活躍していただきたいですわねえ。もちろん、とってもいい役で。ああ、涼子、なんだかとっても胸がワクワクします」

「涼子、あのね……」

もう、マンションの前まで来ていた。

「お姉さま、わかっています。痴漢の家族が苦しまないよう、痴漢だけが罰を受けるよう、ちゃんと計画します。これから忙しくなりますわ。しばらくお姉さまとも会えなくなると思いますけど、毎晩、連絡は入れますね」

「涼子、ちょっと待って……」

「ああ、もうこんな時間。急がないと」

さすが良家の令嬢だけあって、涼子は外泊禁止ということになっている。マンションの部屋には、毎晩十二時に、家の者(家族ではなく使用人)から、確認のための電話がかかってくるのだ。

「ごきげんよう、お姉さま。あの電車には、決して乗ってはいけませんよ? 涼子がちゃんとお姉さまの足を用意いたしますから、連絡をお待ちくださいね」

涼子は、身をひるがえして駆けていった。

翌々日、塾に出かける真琴さんを、運転手付きのでかいベンツで迎えにきたのは、誰あろう、今回の塾のバイトを真琴さんに紹介してくれた、加賀美蘭子さんだった。

蘭子さんは、真琴さんや涼子さんの先輩で、サークルも同じミステリー研究会に所属している。その実家は、涼子の秋月家にも負けない大金持ち。そもそも真琴さんたちが通う聖風学園文化大学は、蘭子さんの加賀美家が経営しているのだ。

「ええっと」

蘭子さんと並んで、ベンツの後席に乗りこむと、真琴さんはこう尋ねた。

「加賀美先輩、どうしてこんなことになったんです?」

「若さまから頼まれたの。その若さまは、涼子ちゃんから頼まれたらしいわ」

と、蘭子さんは、その整った顔に、どことなく冷ややかな表情を浮かべて言った。

「涼子ちゃん、痴漢退治をするって、はりきっているようね。それで若さままで乗り気になっちゃって。もともと、そういうことがお好きだから」

蘭子さんが「若さま」と呼んでいるのは、婚約者の萩原和人くん。ミス研の後輩で、涼子と同じ二年生である。萩原家は昔々、大名だかその家老だか知らないが、このあたりを治めていた殿さまの子孫であって、蘭子さんの加賀美家は、代々萩原家の世話になってきたという。それで和人くんのことを、蘭子さんを含む加賀美家の人たちは「若さま」と呼ぶそうな。

「あなたが塾で教えるのは、週三回、来週いっぱいまでね。そのあいだ、わたしが送り迎えしてさしあげるわ。ところで、新宮さん?」

「はい」

蘭子さんは冷たい表情のまま、真琴さんの顔をじっと見つめた。

「涼子ちゃんを使って若さまを動かして、あげくにわたしのところの加賀美家まで動員するなんて、あなた、なかなかやるわね。見直したわ」

「なんの話です?」

「だから、痴漢退治のことよ。背後で、あなたが糸を引いているんでしょう?」

「まさか。わたしはなにも知りません」

「そうなの? 本当に?」

「本当です」

「でも、涼子ちゃんはあなたのために走り回っているみたいよ。なんといっても、痴漢被害を受けたのは、あなたなんでしょう? おかげで、加賀美家からも人を出すことになったし、わたし個人の人脈も動員することになったわ。もちろん、べつに涼子ちゃんに言われたからではなくて、若さまに頼まれたからですけど」

「本当に、わたしはなにも知りません」

「そう。つまり、涼子ちゃんが勝手に忖度して動き回っている、と。こういうわけね? だとしたら、あなたって、ますますすごい人じゃない? 自分は指一つ動かさず、それどころか一言も口をきかず、配下を操るなんて、ね?」

「だからわたしは、なにも操ってなんかいないんです」

「そういうことにしておきましょう。涼子ちゃんからも、くわしい話はあなたにしないようにって言われているし」

 

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