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【SM小説】美咲凌介の連載掌編「どことなくSM劇場」第13話どえむ探偵秋月涼子の忖度

人気SM作家・美咲凌介による、書き下ろし掌編小説・第13回目は、「どえむ探偵秋月涼子の忖度」。「忖度」が意味する出来事とは……? 冒頭から引き込まれる臨場感あふれるストーリーに、目が離せません! 

 

涼子からは、毎晩、電話がかかってきた。だが、すぐに切られるので、さっぱり要領を得ない。

「お姉さま、安心なさって。捜査は、順調に進んでますわ」

「今日はまた、すごい情報が入りましたの。涼子、今にもお姉さまに話してしまいそう。でも、がんばって黙っていなくちゃ」

いや、すぐに話してくれても、真琴さんはちっとも困らないのだが……。

「敵を欺くにはまず味方から、と言いますもの。それに涼子、変装して、尾行もしていますのよ。この雄姿をお姉さまにも見ていただきたいですわ」

とにかく、危ない真似はできるだけしないように──真琴さんにできるのは、そう忠告することぐらいだった。なんといっても「奴隷さま」なのだ。涼子は、真琴さんの言うことなど、実はちっとも聞きはしないのである。

和人くんが真琴さんを迎えにきたのは、涼子と会わなくなってから二週間ほどが過ぎた、ある夜のことだった。

「台本は、頭に入りました?」と和人くん。

「まあ、だいたいは……」と答えて、真琴さんはすぐ隣に控えている涼子の姿を見つめた。どう見ても、おかしい。

ほっそりと華奢な身体つきであるはずなのに、妙にもこもこしている。どうやら、胸と尻に詰め物でもしているようだ。それだけでなく、胴回り自体も、ふだんよりは五割ほども太くなっている感じがする。

「涼子、えらく太ったね」

「いやなお姉さま。変装に決まっているじゃありませんか。これ、すごく重いから、かえって二キロほど痩せましたのよ」

上半身はグレーのセーター。下半身はくるぶしまで覆う長い紺のスカートをはいて、変にやぼったい。そういえば表情も、いつもとは少しだけちがう。どことなく鈍い感じのする顔つきだ。

「メイクも?」

「痴漢は大人しそうな人を狙うといいますから、地味目にしました」

「もう一度だけ言うけどね、涼子。やめておいたほうが──」

「ここまで来て、それはできません。それに何度か実験済みだから、危ないことはありません。あのおじさまたち、きっとあたしのこと、いいカモくらいに思っていますわ」

涼子はもう何度か、囮となって痴漢たちに(少しだけ)体をさわらせた、というのである。あきれはてたことだが、過ぎたことを今さら言っても仕方がない。それに(涼子自身の話によれば)この変装をしているかぎり、痴漢たちに少々身体をまさぐられても、なにも感じないというのだが──いったいどういう仕組みになっているのか。

「それより、お姉さまのほうが問題です。その大きなお胸、どうしても隠せませんねえ」

「変なこと……言うな」

実は真琴さんも、変装している。さっきトイレで、和人くんの用意してきた衣装に着替えさせられたのだ。

「これじゃ男装の麗人です。かえって痴漢さんたちの劣情に、火をつけてしまいそうですわ。どうしましょう」

「ぼくたちで周りを囲んで隠しておくから、大丈夫」と、和人くん。

和人くんは、高校時代の知り合いという男子を引きつれている。計五人。これがまた変装なのだろうが、首からジャラジャラした鎖をかけていたりして、なんとも柄が悪い。実は真琴さん自身も、その手の服装をさせられているのである。

「そろそろ電車が来ます」

時計を見ながら、涼子が言った。

「情報によれば、痴漢さんたちは、後ろの車両に乗っているそうですわ。好都合です。少しくらい騒ぎになったって、運転手さんに気づかれませんから。……皆さん、なるべく目立たないように、出番が来るまでは隅の方にいらしてくださいね」

その言葉が終わらないうちに、二両編成の古びた車両が、ゴトゴトと駅に入ってきた。

「和人くん、あれ……大丈夫なのか。もう、助けに行ったほうが……」

「でも、まだ合図が出ていませんよ?」

「囲まれて、合図を出せないのかもしれない。口をふさがれてるとか」

「もう少し、様子を見ましょう」

真琴さんたちは一番後ろの隅にかたまって、車両のほぼ中央に立った涼子──といっても、三人の男たちの陰になって、ほとんど隠れているのだが──を見つめている。涼子はさっきまで腰かけていたのだが、例の薄ハゲ、三白眼、メガネ豚の三人に取り巻かれると逃げ出すように立ち上がり、それを追いかけてきた痴漢たちに再び取り囲まれたところだった。

電車の中は、このあいだ真琴さんが痴漢に襲われたときより、少しだけ人が多い。この車両の中に、真琴さんたちの一団と痴漢たちを除くと、十人ほど。それでも十分に空いている。

吊り革を握ろうとしたのだろうか、一度だけ涼子の腕が上に伸びた。だが、すぐに押さえつけられてしまった。

「お嬢ちゃあん、どうしたのお」と、例の薄ハゲの間延びした声が、微かに聞こえてきた。その途端、真琴さんは我慢できなくなった。「ちょっと待って……」という和人くんの声を振り払って、突進する。

正面に見えていたメガネ豚の背中に、肩からドンと突き当たると、メガネ豚は「ひゃあ」と床に転がった。

「なんだあ?」と、三白眼がにらみつける。

「あっ、こいつ。このあいだの目つぶし女だあ」と、薄ハゲ。

メガネ豚も立ち上がったようだ。

「黙れ!」と、真琴さんは痴漢たちの正面に立った。いつの間にか涼子がすぐ脇にいて、背伸びしながら、耳元に囁いた。

「お姉さま、早すぎます」

「大丈夫だった?」

真琴さんは、痴漢三人組とにらみ合いながら、片手で涼子を自分の背後に押しやろうとした。ところが、涼子はその手を払いのけると、再び痴漢たちの前に立った。そして、頓狂な声で叫んだ。

「お姉さま、助けて! 痴漢です。助けてください!」

それが合図だったのだが──でも、もう助けてるだろ、涼子? 今ここでそれを言うのは間抜けだろ?

だが、合図としてはたしかに役目を果たした。真琴さんの後ろから、例の五人の男子たちの殺到する気配がした。同時に、前のほうからも、数人の男が走り寄ってきた。どうやら、それも涼子の──あるいは和人くんの──配した人員だったらしい。

薄ハゲ、三白眼、メガネ豚の三人の痴漢は、男たちの手でたちまちがっちりと押さえつけられてしまった。

 

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