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【SM小説】美咲凌介の連載掌編「どことなくSM劇場」第16話 隠された遺産――どえむ探偵秋月涼子の首輪プレイ

人気SM作家・美咲凌介による、書き下ろし掌編小説・第16回目は「隠された遺産」、そして衝撃の「首輪プレイ」! 複雑になっていく関係、エスカレートする絡み合い……。後半には息をのむ展開が待っています!

「本当に変わったおじいさんでした」

朝倉さんは、いかにも小学校の先生らしい、柔和な顔をした人だった。真琴さんと涼子を応接室に招き入れ、ソファに座らせると、あまり抑揚のない静かな声で話し始めた。

朝倉さんが「おじいさん」と言うのは、「祖父」という意味ではなく「親戚のおじいさん」という意味である。

「具体的には?」と、涼子。

「この件では、故人の性格が大きなポイントになるような気がします。ですから、なるべく詳しくお伺いしたいんですの」

涼子の話し方は普段より少しだけ大人っぽい。よそ行きモードなのだろう。ちょっとばかり気取った感じ。それでも、犬が側によってくる度に、身体を固くしているのが、真琴さんにはなんだかおかしかった。

犬の名は、ポチというのだそうだ。部屋の中で放し飼いになっている。二年ほど前、庭に迷い込んできた野良の子犬が、そのまま居ついてしまったのだという。涼子から「大きな犬」と聞いていたが、それほどでもない。色は茶色。柴犬に似た顔つきをしているが、雑種のようだ。

「とにかく、言うこともすることも矛盾だらけなんです。そして、その矛盾を少しも気にしないというのか……」

朝倉さんは、考え深そうにゆったりと言葉を継いでいく。

「そのポチにしても、初めのうちは犬コロなんぞは好かん、汚いって言っていたんです。名前も……犬コロの名前なんか、考えるに及ばん。ポチでいいって言って……そのくせ、いざ飼いだすと、すぐに猫可愛がりするようになって……あっ……犬なのに猫可愛がりというのも変ですね。とにかく溺愛しましてね。おかげで、ポチはすっかり甘えっ子になってしまって」

「この犬、噛みつきませんの?」

「人を噛んだことは、まだ一度もありません。それどころか、家に来る人来る人、だれにでもなついてしまって。番犬としては、全く役立たずですね」

「それなら……安心ですわね」と、あまり安心でもなさそうに、涼子が言った。

「ほかには?」

「わたしの進学についてもそうでした。女が大学に行くなんて余計なことだっていう意見で……戦前生まれの人だから仕方がないんでしょうが、とにかく頭が古い人でした」

「それは……不愉快な発言ですね」と、真琴さん。大学院にまで進むつもりの真琴さんは、この手の発言には敏感に反応してしまうのである。

「ところが、わたしが、じゃあ諦めますって言ったら、ますますご機嫌が悪くなってしまって。結局、大学受験することになったんですが、そうしたら今度はまた、わたしの成績をものすごく気にするようになって……結局は、家庭教師まで付けてもらうことになったんです」

「それで大学を出て、学校の先生になられたんですね。故人もさぞお喜びになったでしょう」

涼子の口調は、ますます真面目くさったものになっていく。真琴さんは、それがおかしくてたまらない。

「それがねえ」と、朝倉さんはため息をついて

「なんだか不満そうでした。どうも、大学に行ったからには、もっと偉い学者にでもなると思っていた様子で……」

「なるほど。だいぶ個性的な方だったようですわね。それで……その遺産……ですか? とにかく何か遺したものがあるということなんですが……朝倉さんは、これからもこの家でお暮しになるということですけど、それならゆっくり時間をかけて探すこともおできになりますわね。それなのに、今回、あたしたちに依頼をされたのは、どういった理由からですの?」

「いつまでも自分で探しつづけるということになると、なんだかおじいさんにずっとからかわれ続けることになりそうで」

朝倉さんは、頬にほんのりと微笑を浮かべて言った。

「ですから、期限を切って集中的に探してみて、その日までに見つからなかったらすっぱり諦めようと思うんです。ただ、学校のほうもなかなか忙しいものですから。そんなときに、加賀美のお嬢さんからお話があって……そんなことがお好きな方がいるって」

話が一段落すると、家の中を見せてもらった。平屋建てで、ダイニングキッチンを除くと、五つの部屋がある。死んだ老人の使っていた八畳の和室。朝倉さんが使っている六畳の和室。それに洋間が三部屋。そのうち一つは、今まで話をしていた客間で、残りの二つはどちらも書庫になっていた。所狭しと並べられた大小の本棚の中に、びっしりと本が詰まっている。

「これはすごい」と、思わず真琴さんが声をあげたほどの量だ。

「本当に。いったい何冊あるんです?」と、涼子も目を見張っている。

「数えたこともありません」と、朝倉さんは、また例のほのかな微笑を浮かべた。

「これを全部読んだというのが、おじいさんの自慢でした」

「ひょっとしたら、この中にとても価値のある貴重な一冊が、紛れ込んでいるんじゃありません?」

その涼子の問いに――

「ほとんどが文庫本ですから、その可能性は低いのではないかしら。単行本は三百冊ほどでしたから、全部調べてみましたけれど、初版本は一冊もありませんでした。ただ、文庫のほうは全部調べたわけではありませんから……ひょっとしたら……」

「調べる価値はありそうですわね」

涼子は、一人で「うんうん」とうなずいている。

書斎には、老人が使っていたという大きな机が鎮座していた。引き出しがいくつも付いている。

「この机の中味は、もうお調べになりました?」と涼子。

「ええ。入っているのは、ノートや手紙の束、文房具などです」

「手紙は、怪しいですわ。たしかクリスティの小説に、そんなのがありました! 内容がデタラメな変な手紙が入っていて、その手紙に貼ってある古切手にものすごい価値があったっていうような話ですの。切手は、もう調べました?」

「いいえ、まだ……」

「じゃあ、それも調べてみなくては」

涼子はまた、「うんうん」と一人でうなずいた。もっとも、うなずいているだけのことで、真琴さんが見るに、別にこれといった決め手を掴んだというわけでもなさそうである。

一通り部屋を見せてもらったあとは、いよいよ犬を手なずけることにした。

部屋を見て回る間も、ポチは三人にずっとつきまとっていて、時々は涼子にじゃれかかったりしていた。その度に涼子は、「キャッ」と小さな悲鳴を上げ、真琴さんにしがみついてくる。それを朝倉さんが、にこにこして見守っていた。

真琴さんは涼子の肩を抱いたまま、朝倉さんに――

「じゃあ、今からポチをこの人になつかせますね。そうしないと、安心して宝探しもできませんから」

「もうすっかりなついているようですよ」と、朝倉さん。

「ポチをなつかせるというより、秋月さんをポチに慣れさせます」

助手という建前なので、真琴さんはいつものように涼子を呼び捨てにすることはせず、秋月さんと呼ぶように気を付けている。

「秋月さんは、ちょっと犬が苦手なので。それで……秋月さんからお願いしていたと思うんですが……」

「ええ、ポチの今朝のごはんは、少し控えめにしておきました」

「ありがとうございます。おやつをけっこうたくさんあげるので、夜のごはんも少し控えめにお願いします」

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