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【SM小説】美咲凌介の連載掌編「どことなくSM劇場」第17話 呪いの万年筆事件――どえむ探偵秋月涼子の屈辱

人気SM作家・美咲凌介による、書き下ろし掌編小説・第17回目は「呪いの万年筆事件」。「事件」という響きが、想像力を掻き立てます! そして、「どえむ探偵秋月涼子」が味わう屈辱とは……? 万年筆とSMがどのように繋がるのか、ミステリアスな展開に目が離せません!

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蘭子さんは、あまりためらうこともなく、ジャージを脱ぎ去った。まずは上着。次にズボンをするすると脱いでしまう。下着はラベンダー色だった。

「さあ、涼子ちゃん。お好きなだけ、調べなさい」

真琴さんは、ジャージのほうには構わず、蘭子さんの半裸の肢体を見つめていた。乳房は、涼子よりも豊かに見える。着痩せする性なのか、腰から太ももにかけての線は、想像していたより、かなりたっぷりとしていた。

「そんなふうに、性的消費をするような目つきで見るのは、ご遠慮いただきたいものね。それより、万年筆探しのほうに専念したら?」

「失礼しました。涼子、どう? 見つかった?」

「あの……あの……」

「どうした?」

「ありません、お姉さま。ポケットの中は、空っぽですわ」

そうか……。

自分でも少し意外に思ったが、真琴さんはあまり驚かなかった。いや、意外でもなかったか。いつからか――たぶん蘭子さんがジャージの裾に指をかけたときからか――自分は負けるかもしれないという予感があったのだ。

「新宮さん、あなたが間違っていたようね」

蘭子さんの声が言った。真琴さんは少しうなだれて――

「そうですね」と答えた。

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真琴さんは、薄青い色のパジャマを着ていた。それを思い切って、さらりと上下ともに脱いでしまった。下着は白だ。

そこで、さすがに少しだけためらってしまう。

「ところで、加賀美先輩。和人くんのことは?」

そう言ったのは、意図的に時間稼ぎをしようとしたからではなかった。ただ、ふと心に浮かんできただけだ。

「さっきまで、あんなに気にしていたのに、いいんですか?」

「今も、気になっているのよ」

蘭子さんはもう、ジャージを再び身に着けて、真琴さんのほうをじっと見ている。その今の蘭子さんの視線は、どこか蛇を連想させる冷たさがある。

「だから、早く謝罪してくださらない? あなたがすっかり裸になって、床に這いつくばって、きちんとした謝罪の言葉を言えたなら、わたしは優しく許してさしあげるわ。そうしたら、すぐにでも若さまを探しに行けるし……」

ミシリ……と、家のどこかがきしむ音がした。

「今の音、なんです?」

そう言った真琴さんに、蘭子さんは――

「時間稼ぎは、よしてちょうだい。あなたがそんなに卑怯な人だとは、思っていなかったわ。意外ねえ」

「わかりました」

真琴さんは両腕を背に回し、ブラジャーのホックに指をかけた。

涼子が真琴さんに抱きついてきたのは、そのときだった。

「いけません、いけません!」

涼子は、例のやわらかな、よく響く声で叫んだ。

「いけませんわ! お姉さま」

「涼子ちゃん、あなたは引っこんでいなさい」と、蘭子さん。

だが、涼子も負けていなかった。真琴さんの胴に両腕をしっかりと回したまま、

「いいえ、言わせていただきますわ、蘭子先輩。この勝負、引き分けです、引き分けですわ!」

「引き分けって、お前……」

「だって、お姉さま。蘭子先輩は、ズルをしてますもの」

「わたしの、どこがズルなの?」

「だって、蘭子先輩は、おっしゃったじゃありませんか。わたしを嘘つきと辱めた謝罪を要求するんだって……でも、蘭子先輩は、嘘をついています。涼子、今はもう、全部わかっているんです。万年筆を隠したのは、やっぱり蘭子先輩なんですわ」

「でも、あなたが自分で調べたはずよ? わたしのジャージの中に、万年筆は一本もなかったじゃないの?」

「ええ、たしかにその点では、お姉さまは間違っていましたわ。正直者のお姉さまは、蘭子先輩の――それとも和人くんのかもしれませんけど――誘導に、まんまと乗ってしまわれたんです」

そう……なのか?

「でも、この涼子の目は、ごまかせませんわよ! 万年筆がどこにあるか、涼子にはもう、ちゃんとわかっているんです!」

「それで?」

蘭子さんは、静かに尋ねた。

「どこにあるというの?」

そのときだった。また、ミシリと家の揺れる音がした。

「ここですわ!」

涼子は、素早く蘭子さんの横をすり抜けると、あっという間にドアを開け、踊り場へと飛び出していった。あわてて真琴さんたちも、後を追った。涼子はさらに向かいのドア―――そのドアも開いていた―――から、暗い部屋の中に飛び込んだ。蘭子さんと和人くんが寝ていた部屋である。その部屋の窓から――いったいどうやって登って来たのか――今しも和人くんが、中に入り込もうとしているところだった。

「あれ? バレちゃいました?」と、いつもの無邪気な笑顔。

「謎は、全て解けましてよ!」

大威張りでそう宣言すると、涼子は床からなにかを拾い上げた。例の万年筆のケースだ。蓋を開けると、中には五本の万年筆が揃って入っていた。

「どういうこと? ケースは二つあったの?」

そう尋ねた真琴さんに、涼子は――

「これから、このドM探偵秋月涼子が、説明してさしあげます!」

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「あの部屋が暗くなった短い時間のあいだに、蘭子先輩が万年筆を盗んだ……というお姉さまのお考えは、間違ってはいなかったんです」

「盗んだなんて失礼ね、涼子ちゃん。あれはもともと、わたしたちのものじゃありませんか」と、蘭子さん。

文字にするときつい言葉のようだが、蘭子さんの表情はさっきとは打って変わって、おっとりとした優しいものになっている。

「それなら、すり替えたとでも言いましょうか。ただ、お姉さまは、蘭子先輩がケースを開いて、五本の万年筆をジャージのポケットに入れたとお考えになった。当然ですわ。誰でもそう思うでしょうね」

「誰でもって、なんとなく失礼な感じだな」と、今度は真琴さん。

「ごめんなさい、お姉さま。罰はあとで、存分にお受けいたします。でも、そう思わせるのが蘭子先輩と和人くんの狙いだったんです。そして、実際にはケースごとすり替えて、万年筆の入った本物のケースのほうは、すばやく隣の部屋まで投げ入れてしまいます。テーブルの上に残っているのは、蘭子先輩の持ち込んだ空のケースだけ。明かりがついてから開けてみると、ああらびっくり、中の万年筆だけが消えたように見えるという仕掛けですわ」

涼子は、実に得意そうに説明していく。

「あとでジャージを調べられて、ポケットに万年筆がないってことがわかった時点で、一番怪しい蘭子先輩の疑いが晴れる。一度疑われた人間は、今後はもう二度と疑われない。それを狙った仕掛けだったんですわ。もし、あとほかに何人か登場人物がいれば、事態はもっと複雑に絡みあって、ますます込み入ったものになるはずでした」

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「それで……どうして、ケースごと取り換えたって気づいたの?」

和人くんが言った。

「ぼくは、それを知りたいんだ」

「ヒントは、いくつもありましたわ。第一に、蘭子先輩があちらの部屋に入ってきたとき……」

今、真琴さんたち四人は、和人くんと蘭子さんが寝ていた部屋に集まっている。

「蘭子先輩は、ドアを開けたまま入っていらっしゃったんです。それは、すり替えたケースをこちらの部屋まで投げ入れるためには、ドアが二つとも開いている必要があったからですけど、あれがすごく不自然でした。というのも、ほら……キッチンでコーヒーやココアをいただいたとき、和人くんが開けっ放しにした戸棚の扉なんかを、蘭子先輩がきちんきちんと閉めてまわっていたでしょう? そんな蘭子先輩が、あのときだけ、ドアをどちらも大きく開いたまま平気でいるってことが、なんだか変だったんです。それで涼子、なにかドアを開いておく必要性があるんだなって、気づきましたの」

「ふむふむ」と、和人くん。「ほかには?」

「まだまだありますわ。蘭子先輩の、ケースに対する異常な気の使いようです。涼子がケースの革をちょっとだけ剥がそうとしたら、蘭子先輩からとっても厳しく叱られましたの。和人くんが大切にしているものなのに、乱暴に扱ってはいけませんって。それなのに、肝心の万年筆のほうは、少し乱暴に扱って見せても、蘭子先輩はなんにもおっしゃいませんでした。それって、少しおかしいですわ。だって、和人くんは万年筆本体のほうに固執しているっていう設定だったんですから……最初は、変だなって感じていただけでした。でも、後になってから、そっくりに作ったはずの二つのケースのうち、どちらかに目立つ傷がついてしまったら困るっていうことじゃないか? 要するにケースごとすり替えたんじゃないかっていう推理が働いたわけです。それに……」

と、言葉を継いで――

「あのケースが手作りだってことに気がついたとき、作ったのはひょっとすると和人くんじゃないかっていう気もしましたの。だって、和人くん、工作なんかがとってもお得意ですし。だとしたら、蘭子先輩が万年筆よりもケースのほうに気が行くのも、当然です。だって、ケースは婚約者である和人くんが一生懸命作ったものなんですもの。そう考えているうちに、同じものを二つ作っている可能性もあるって、そう思えてきたんです」

「なるほど。いつも完璧に見える蘭子さんでも、けっこうミスをしていたんだなあ」

「申し訳ありません、若さま」

蘭子さんがそう言いながら、和人くんに少しだけ身を寄せた。謝っているはずなのに、なんだか少しうれしそうな様子にも見える。やっぱり和人くんがSで、蘭子さんがMなのか――。

「まだ、ほかにある?」

「和人くんがこの部屋の窓まで登ってきたときの、あのミシミシという音ですわ」

「ぼく、そんなに音を立てちゃった?」

「ええ」と、涼子はうなずくと――

「ケースごと、あちらの部屋からこちらの部屋に放り投げたのはいいけれど、それを早めに始末しないと、何かの拍子にあたしたちが見つけてしまうかもしれない。だから、和人くんがうまいタイミングで、この部屋まで戻る必要があったんでしょう? でも、のこのこ階段を上ってくるのを、もしあたしかお姉さまに見られてしまったら、演出がだいなし。そこで、窓から忍び込んでケースをどこかに始末し、五本の万年筆を握りしめたまま、タヌキ寝入りをして見せる。あるいは、万年筆も隠してしまって、全く何事もなかったようにスヤスヤと眠ったふりをして見せるほうが、もっと不思議な感じがして効果的だったかも。とにかく、そのどちらかの計画だったんでしょう?」

「後者だね」

と、和人くんは声を立てずに笑顔だけを見せた。

「謎の万年筆五本は、どこへともなく消え失せたってことにする予定だったんだ」

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