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【SM小説】美咲凌介の連載掌編「どことなくSM劇場」第43話 彼女のいる部屋

人気SM作家・美咲凌介による、書き下ろし掌編小説・第43回目は「彼女のいる部屋」。「どえむ探偵シリーズ」はしばらくお休み。一話ごとに趣向の異なる単発ものをお楽しみください。今回の主人公・私は彼が買った赤いクルマに乗って海が見える別荘まで出かけていた。そんなとき私が考えていたのは、もうずっと会っていない双子の妹のことで……?

◆一言前書き◆

ご好評をいただいている(と聞いております)「どえむ探偵シリーズ」ですが、作者インスピレーション払底のため、しばらくお休みいたします。数か月後に再開するつもりでおります。それまでのあいだ、一話ごとに趣向の異なる単発ものでお楽しみください。なお、このところ「掌編」というには長すぎるものが続きましたので、しばらくは「掌編」の名に恥じない(?)短さのものをお目にかけたい、と思っております。

彼が小さな赤いクルマを買った。海が見える別荘まで、そのクルマで出かけてみることにした。

夏の初めだった。彼は運転しているあいだずっと、クルマの自慢話をした。彼は単純で、無邪気な人だ。そして、少しだけバカだ。だから彼が好きだった。

今でも、好きなのだろうか。

彼の話を聞きながら、私は彼女のことを考えている。――彼女。私の双子の妹。もうずっと会っていない。皆、彼女は死んだ、と言っている。

別荘に着く。海が見える。――といっても、白砂のビーチではない。岩だらけの、磯の匂いの強い、どこか灰色っぽい海。でも、なつかしい。

この家、泊まれないのかな、と彼が言う。無理だよ、と私は答えてやる。電気も通っていないだろうし、今日中に不動産屋に鍵を返さなければならないし、ね?

それに、もう長いこと売りに出していて、やっと買い手が見つかったところ。この家は取り壊してしまって、新しい家を建てるんだって。

彼は、私のそばを離れようとしない。子犬のように、人懐っこい人。でも、私には一人でやりたいことがあるのだ。少しだけ邪険にすると、もう彼は悲しそうな顔になってしまう。そんなふうに、しょんぼりする彼が好きだった。

ビールでも買ってきてよ。

でも、ぼくは運転するから飲めないし。

あたしが飲むのよ。あんたは、コーラでも飲めばいいじゃない? ほら、あそこ――と、私は庭にしつらえられたベンチを指さす。

あのベンチに座って、乾杯でもしようよ。ほら、ほら。早く買ってきて。あのかっこいい、新しいクルマでさ。

そんなふうに頼むと、彼はすぐに機嫌を直してくれる。自慢のクルマをほめられたのが嬉しいのだ。それに、私からなにか頼まれると、彼はいつも変にはりきってしまう。可愛い人。だから、彼が好きだった。

でも、今はもう、飽きているのかもしれない。

クルマが走り去る。私は家の中に入る。なんとなく酸っぱいような匂い。私は、あの部屋へ行く。その部屋は、廊下の一番奥にある。

窓のカーテンを開くと、差し込んだ光の中で、細かな埃が舞った。暑くて私の肌はすぐに汗ばんでくる。

昔、私も彼女も小さかったころ、この家に来るといつも、かくれんぼをして遊んだ。ふたりとも、隠れるのはこの部屋の中と決めていた。古い大きなステレオセットと、古いたくさんのレコードがある部屋。大きな化粧台。壁にかかった、どこか遠い外国の港を写したらしいモノクロの写真。なにもかも昔のままだ。

彼女はよく言っていた。あたし、とてもいい隠れ場所を見つけたの。きっともう、誰もあたしを見つけられないよ。

でも、いつだってすぐに、私は彼女を見つけたのだ。この部屋には、隠れるところなんて、そんなにたくさんはないのだから。

それなのに、いつか彼女はいなくなってしまった。

彼女がいなくなったのは、いつだったか――私はよく思い出せない。とにかく、ずっと昔のことだ。

彼女はどこかへ行ってしまったのだと、皆が私に言った。数年が経つと、彼女は死んだのだと、だれもが言った。だから、彼女はどこにもいない、と。でも、私は時々思っていた。彼女は、本当はどこかにいるのではないか、ひょっとしたら、まだこの部屋の中に隠れているのではないか。

でも、別のときには、まったくちがうことを考えたりもする。

彼女は本当に存在したのだろうか。私に、双子の妹なんて、本当にいたのだろうか?

私は、古いレコードのジャケットを見る。名前も知らない外国人の顔が笑っている。

それから私は、化粧台の前に座ってみる。埃で濁った鏡の中に、私がいる。鏡の中の私は、にっこりと笑う。私は少しびっくりする。私は笑ってなんかいないから。でもすぐに気がつく。ああ、そうか――と、私は鏡の中の私に言う。私は彼女に言う。あんた、ずっとここにいたのね。

彼が帰ってきた。私の名を大声で呼んでいる。なんだかうれしそうだ。ビール、買ってきてやったよ、と彼は叫んでいる。

はあい――と、彼女が答える。そして部屋の外へ駆け出していく。私は鏡の中から、彼女が行ってしまうのをじっと見ている。かくれんぼにはルールがあるから、たぶん今度は私が隠れなければならないのだろう。それはかまわない。それにもう、彼には飽きてきていたし。

でも、彼女は私の双子の妹だから、私は少し心配してあげる。こんなに長く隠れていたのだから、ビールは初めてにちがいない。ひどく酔わなければいいけれど。

◆おまけ 一言後書き◆
ええっと、この話のどこがSMなのかといいますとですね……主人公の「私」がS的傾向の所有者である、ということであります。で、そのS的傾向のある「私」は最後、鏡の中に閉じこもってしまったわけですが、それは「S的傾向の人というものは、必ず最後は閉じこもるものだ」ということではなく、「最後には隠されてしまうS的傾向というものがあるのでは?」という気持ちで書いたのです。

2022年4月19日

美咲凌介(みさきりょうすけ)

1961年生まれ。福岡大学人文学部文化学科卒業。在学中、文芸部に所属し、小説や寓話の執筆を始める。1998年に「第四回フランス書院文庫新人賞」受賞。SMを題材とした代表作に『美少女とM奴隷女教師』『Sの放課後・Mの教室』(フランス書院)など。他に別名義で教育関連書、エッセイ集、寓話集など著書多数。

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