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『蟹工船』(小林多喜二)――格差社会のSM的考察|SM小説家美咲凌介の名著・名作ねじれ読み<第16回>

大好評連載の第16回目。SM小説家の美咲凌介が、名だたる名著を独自の視点でねじれ読み! 今回は日本プロレタリア文学の傑作、小林多喜二の『蟹工船』に注目。筆者はその作品構造が、自身の書いたSM小説にきわめて似ていることに気づきます。

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『蟹工船』脚光を浴びる

小林多喜二の『蟹工船』が再び脚光を浴びている、という話を聞いたのはいつだったか、五年ほども前だったか……そんなことがふと気になってネットで検索をかけてみたら、なんともう十年も前の2008年のことだった。

この年は、ワーキング・プアという言葉が一般的になったり、日比谷公園に年越し派遣村が設置されたりした年でもある。格差社会という言葉を耳にするようになったのも、この頃ではなかったか。

雨宮処凛と高橋源一郎の対談が、『蟹工船』ブームのきっかけとなったらしい。だが、きっかけはきっかけとして、そこから広がって多くの人に読まれたのは、やはり上に述べたワーキング・プアだとか派遣村だとか、あるいはフリーター、ネットカフェ難民といった社会現象が背景にあったからだろう。そして、そうしたさまざまな社会現象の帰するところは何かといえば、格差社会ということになる。

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格差社会来たる

格差社会――と言いだすと、決まって「いや、格差は昔からあった」という当たり前のことを力説する人がいて、少々バカバカしく感じるのだが、問題は格差があるかないかではない。格差は、常にある。問題は、その格差が縮まりつつあるか、広がりつつあるかという点だ。もう少し正確に言うと、格差が縮まりつつあると実感しているか、広がりつつあると実感しているか、という点かもしれない。(「実感している、していない」の主語は、もちろん「大多数の人が」というごく曖昧なもの。)

現代の日本は格差社会だ、と言うとき、それは多くの人が「格差が広がりつつある」と実感している社会なのである。そうして、これはかなりまずい――と、わたしは思う。この状況がさらに進んで、格差の世代を超えた固定化、格差の再生産といったイメージが定着してしまうと、社会はいずれ腐り果てるのではないか。その腐敗の気配が既に漂い始めているのではないか。

勝ち組、負け組だと?

腐敗の気配と言えば、よく目にするようになったのが、「勝ち組」「負け組」という言葉。新聞や雑誌などでちらちら見るなあ、と思っていたら、ネットの世界では、あれよあれよという間に、ごく当たり前に使われるようになってしまった。

「お前は所詮、負け組」「あいつは勝ち組だな」――初めのうちは、そんな物言いを目にする度に、「なんて下品な言葉だろう、SM小説という高尚な趣味を持つ上品な俺にはとうてい耐えられん!」と、憂鬱な気持ちになっていた。けれども、しばらくするうちに、なんだかちょっとおかしくなってきたのである。それも、少しばかり複雑な意味でおかしくなってきた。というのは、この「勝ち組」「負け組」という言葉から、なんとなく『蟹工船』のことを思い出し、さらにつらつら考えているうちに、『蟹工船』という作品の構造が、わたしがこれまで書いたいくつかのSM小説にきわめてよく似ている、ということに気づいたからである。

『蟹工船』とは

『蟹工船』――小林多喜二の代表作にして、日本プロレタリア文学の傑作。ごくかいつまんで、そのあらすじを述べると――

オホーツク海の蟹漁に従事する船舶と缶詰工場を兼ねた、いわゆる蟹工船では、漁夫たちが奴隷のように使役されていた。一切を取り仕切っているのは浅川という「監督」。漁夫たちはやがて、自然発生的にサボタージュを行うようになる。次第に彼らの間には連帯が生じ、ついには火夫、水夫、雑夫(雑用係の少年)たちを巻き込んでのストライキを決行。いったんは成功したかに思われたものの、帝国海軍の介入によって鎮圧される。だが、労働者たちは再び立ち上がり、二度目のサボタージュに挑んでいく。(ただし、このサボタージュの成功については、「附記」でごく簡単に触れられているだけ。)

『蟹工船』は煽情的か?

――と、まあ『蟹工船』というのは、ざっとこんな話である。この作品については、労働者虐待の描写が必要以上に煽情的ではないか、という評もあるようだ。さて、どんなものか。以下に、いくつか引用してみよう。まずは、仕事の苛酷さに音を上げ、船内に隠れていた宮口という雑夫が見つかり、引き出された場面。

 雑夫は監督にシャツ一枚にされると、二つあるうちの一つの方の便所に押し込まれて、表から錠を下ろされた。初め、皆は便所へ行くのを嫌った。隣りで泣きわめく声が、とても聞いていられなかった。二日目にはその声がかすれて、ヒエ、ヒエしていた。そして、そのわめきが間を置くようになった。その日の終り頃に、仕事を終った漁夫が、気掛りで直(す)ぐ便所のところへ行ったが、もうドアーを内側から叩きつける音もしていなかった。こっちから合図をしても、それが返って来なかった。――その遅く、睾隠(きんかく)しに片手をもたれかけて、便所紙の箱に頭を入れ、うつぶせに倒れていた宮口が、出されてきた。唇の色が青インキをつけたように、ハッキリ死んでいた。
……略……
「昨夜ゆうべ出されたきりで、ものも云えない宮口を今朝からどうしても働かさなけアならないって、さっき足で蹴ってるんだよ」
 学生上りになじんでいる弱々しい身体の雑夫が、雑夫長の顔を見い、見いそのことを知らせた。
「どうしても動かないんで、とうとうあきらめたらしいんだけど」
 其処へ、監督が身体をワクワクふるわせている雑夫を後からグイ、グイ突きながら、押して来た。寒い雨に濡ぬれながら仕事をさせられたために、その雑夫は風邪をひき、それから肋膜を悪くしていた。寒くないときでも、始終身体をふるわしていた。子供らしくない皺を眉の間に刻んで、血の気のない薄い唇を妙にゆがめて、疳のピリピリしているような眼差をしていた。
(「青空文庫」から引用。ただし、特殊な読み以外のルビは省略。以下、引用部分は同様。)

次は、学生上がりの漁夫が過労で倒れてしまった場面。

 仲間が周章(あわ)てて学生をハッチに連れて行こうとした。それが丁度、監督が口笛を吹きながら工場に下りてきたのと、会った。ひょいと見てとると、
「誰が仕事を離れったんだ!」
「誰が……」思わずグッと来た一人が、肩でつッかかるようにせき込んだ。
「誰がア――? この野郎、もう一度云ってみろ!」監督はポケットからピストルを取り出して、玩具のようにいじり廻わした。それから、急に大声で、口を三角形にゆがめながら、背のびをするように身体をゆすって、笑い出した。
「水を持って来い!」
 監督は桶一杯に水を受取ると、枕木のように床に置き捨てになっている学生の顔に、いきなり――一度に、それを浴せかけた。
「これでええんだ。――要らないものなんか見なくてもええ、仕事でもしやがれ!」
 次の朝、雑夫が工場に下りて行くと、旋盤の鉄柱に、前の日の学生が縛りつけられているのを見た。首をひねられた鶏のように、首をガクリ胸に落し込んで、背筋の先端に大きな関節を一つポコンと露わに見せていた。そして子供の前掛けのように、胸に、それが明らかに監督の筆致で、
「此者ハ不忠ナル偽病者ニツキ、麻縄ヲ解クコトヲ禁ズ」
 と書いたボール紙を吊していた。

いかがでしょう。たしかに、「きわめて抑制の利いた筆致」とは言えない。だから、これを煽情的と見る人もいるのかもしれないが、煽情的な描写を専門とするSM小説家のわたしから見ると、さほどのこともない。たしかに人が死ぬかもしれないという場面だから、それなりの無慈悲な感じ、無惨な感じは出ているが、それを特別に強調しようという意図で書かれているようには思えない。

私事で恐縮だが、わたしは、『美少女とM奴隷女教師』と『Sの放課後Mの教室』という二つの作品で、「無慈悲さ」「残酷さ」を醸し出そうとたいへん骨を折った。そして、この二つの作品では、登場人物は別に死ぬほどの目には遭わないのだが、『蟹工船』のこれらの場面よりはずっと「煽情的」な叙述になっているはず――と、(わたしとしては)考えている。これは自慢ではない。わたしの言いたいのは、『蟹工船』の特徴は描写の煽情性にあるわけではない、ということ。『蟹工船』のいわゆる残酷な場面は、「きわめて抑制的」ではないにしろ、「ある程度は抑制的」に描かれている、とさえ言えるのではないか。

もし『蟹工船』を読んだ人が、その残酷さに胸がつぶれるような気がするならば、それは描写の仕方によるのではなく、描かれている出来事自体によるものだろう。そして、よく知られているように、多喜二は『蟹工船』を綿密な取材を元に描いた。そこに描かれている出来事は、当時の実際の蟹漁で行われていた事実とほぼ変わらない。だから、もし『蟹工船』が煽情的に感じられるというのならば、それは当時の労働現場における事実が、それだけ(絵空事のように)無慈悲かつ無惨なものだったということになるだろう。
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『蟹工船』の「非人称性」

描写や叙述といった表現の面から『蟹工船』を見ていくならば、その特徴は「煽情性」よりも、仮に「非人称性」とでも名づけられるものにあるのではないか。よく「『蟹工船』は主人公がいない群像劇である」と言われる。たしかにその通り。しかし、単に「主人公が一人に特定できない群像劇」というだけでは、まだ少し足りない。

群像劇という言葉からわたしが想像するのは、強い個性を持った複数の人物が互いに絡み合いながら進展していく物語である。だが、『蟹工船』の群像は皆、個性が薄い。もちろん学生上がり、「威張んな」が口癖、といった、ちょっとした目印めいたものが貼りつけられてはいる。が、それは登場人物を見分けるためのものにすぎない。誰かが特に社交的だとか、別の誰かはひねくれ者だとか、そうした性格はついに付与されないまま、物語は最終局面まで進んでいくのである。

最初のうちは、元夕張炭鉱の坑夫だったという男の身の上が語られたりして、まだしも人物造形らしきものが見られた。しかし、物語の進展につれて、言いかえると労働が苛酷になるにつれて、漁夫たちは個性を失っていく。その結果、彼等は単に「虐げられる労働者」というだけの存在にすぎなくなる。ストライキのリーダーたちの個性も、必要最小限の形でしか描かれない。

それと似たことが一度、二度となくある。その度毎に漁夫達は「分って」行った。そして、それが重なってゆくうちに、そんな事で漁夫達の中から何時でも表の方へ押し出されてくる、きまった三、四人が出来てきた。それは誰かが決めたのでなく、本当は又、きまったのでもなかった。ただ、何か起ったり又しなければならなくなったりすると、その三、四人の意見が皆のと一致したし、それで皆もその通り動くようになった。――学生上りが二人程、吃りの漁夫、「威張んな」の漁夫などがそれだった。

もちろん、こうした個性の消去は、意図的なものだろう。決して多喜二に人物の造形ができなかったわけではない。(その証拠に、多喜二は『党生活者』では何人かの人物の性格を明確に描き分けている。)

プロレタリア文学

なぜ小林多喜二は、『蟹工船』において群像それぞれの個性を消去してしまったのか。一つには、個人の性格を押しつぶしてしまうほどの労働の苛酷さを描きたかったから、といった理由が想定される。たしかにそういう一面もあるかもしれない。しかし、もっと大きな理由がある。

この小説においては、連帯も団結も、そして、その結実であるストライキも、顔なき無個性の労働者の群れによってなされなければならない、という多喜二の思いがあったのではないか。

ある特別の能力や魅力を持った人物たちが、ある特別な状況において連帯し、団結し、行動するのではない。ストライキは――そして最終的には到達すると想定されている革命はもっと当たり前に、起こるべくして起こらなければならない。なぜなら、それは歴史の必然だから――というマルクスの理念が、『蟹工船』には明確に刻印されているのではないか。『蟹工船』の中で次第に個性を失っていく労働者たちは、その証なのである。そういう意味で、『蟹工船』は紛うことなくプロレタリア文学の傑作であり、しかしまた、プロレタリア文学の傑作でしかない――のかもしれない。
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SM小説とどこが似ているか?

『蟹工船』は、わたしの書いたいくつかのSM小説にきわめてよく似ている、と先ほど書いたが、それはこの作品の随所に見られる残酷な描写について言っているのではない。

そうではなく、作品の登場人物たちが作っている構造が、わたしの書いたSM小説――それもハーレム型のSM小説に似ているのである。まず、直接登場することはないが、蟹工船の所有者である「社長」がいる。これは、わたしの小説では「ご主人様」つまりS役に該当する。次に、奴隷的労働を強いられる多くの労働者たち。もちろんこれは、ハーレムの成員である何人もの(といっても、せいぜい二~三人だが)「奴隷」つまりM役に当たる。

そして、非常に重要な役どころが、「監督」である。『蟹工船』では、この「監督」が直接、労働者を支配し、かつ虐待するわけだが、わたしの小説にも、この「監督」に当たる人物が登場する。わたしは、その役どころを「奴隷頭」と呼んでいる。複数の奴隷を管理・調教する立場の人物である。

奴隷頭とは?

この連載をずっと読んでくださっている読者ならご存知だろうが、わたしは何度か、SとMの役割の矛盾というのか倒錯というのか、そういった悩みについて書いてきた。今、簡単にそれをまとめるとすれば、S役は、M役を調教しているうちに、M役の欲望に奉仕することになってしまうのではないかという矛盾あるいは倒錯である。そして、この難問を解決するのが、「奴隷頭」の存在なのである。

ご主人様が奴隷を一人一人順に調教していくというのでは、話は平板になるし、働くのはご主人様ばかりで、奴隷たちはむしろ欲望を満足させてもらっている、というだけのことになりかねない。そこで、この奴隷頭が登場する、というわけ。奴隷頭は、ご主人様に対してはM、他の奴隷たちに対してはSという役割を果たす。他の奴隷たちは、ご主人様にかまってもらうために、まずはこの奴隷頭に仕えなければならない。つまり、奴隷同士の間に「格差」を設けるわけだ。この「格差」による秩序が、『蟹工船』内の秩序と非常によく似ているのである。

(なお、念のため断っておくと、わたしの作品の全てに奴隷頭に該当する人物が登場する、というわけではない。わたしの作った人物の中で、この奴隷頭としての役どころが最も典型的に表れているのは、萩原礼という筆名で書いた『女家庭教師優香』という作品の中の「美沙」という少女である。)

奴隷頭は転落する

奴隷頭は、言うまでもなく奴隷の一員である。だから、奴隷同士で連帯すればよいのだが、どっこいそうはいかないように物語はできていて、『蟹工船』でも、わたしの『女家庭教師優香』でも、奴隷頭は奴隷たちの敵として振る舞う。つまりは、どこか卑しい存在である。この「卑しい存在」があってこそ、SM的秩序は安定している。だが、安定したままではつまらない。そこで、当然「奴隷頭の転落」という展開が要請されるのだが、もちろんわたしの小説でもそれは起きるし、なんと『蟹工船』でもそっくり同じことが(本編ではないにしても)「附記」において記されているのである。

 この後のことについて、二、三附け加えて置こう。
イ、二度目の、完全な「サボ」は、マンマと成功したということ。「まさか」と思っていた、面喰った監督は、夢中になって無電室にかけ込んだが、ドアーの前で立ち往生してしまったこと、どうしていいか分らなくなって。
ロ、漁期が終って、函館へ帰港したとき、「サボ」をやったりストライキをやった船は、博光丸だけではなかったこと。二、三の船から「赤化宣伝」のパンフレットが出たこと。
ハ、それから監督や雑夫長等が、漁期中にストライキの如き不祥事を惹起(ひきおこ)させ、製品高に多大の影響を与えたという理由のもとに、会社があの忠実な犬を「無慈悲」に涙銭一文くれず、(漁夫達よりも惨めに!)首を切ってしまったということ。面白いことは、「あ――あ、口惜しかった! 俺ア今まで、畜生、だまされていた!」と、あの監督が叫んだということ。
ニ、そして、「組織」「闘争」――この初めて知った偉大な経験を担って、漁夫、年若い雑夫等が、警察の門から色々な労働の層へ、それぞれ入り込んで行ったということ。

プロレタリア文学としての『蟹工船』を語るなら、何はともあれ「ニ」を取り上げなければならないところだが、ここではSM小説的構造を持つ作品としての『蟹工船』に着目しているわけだから、当然、取り上げるべきは「ハ」である。「あの忠実な犬を『無慈悲』に涙銭一文くれず、(漁夫達よりも惨めに!)」とは、奴隷頭が物語の中で負わされる役割を、きわめて的確に表現している。

惜しい!

ただし、惜しむらくは、『蟹工船』の「監督」は、一人の登場人物としての魅力に乏しい。労働者たちが単に労働者として意図的に(とわたしは考えているのだが)個性を消されたように、監督もまた、労働者を虐待する役割だけを担わされた、個性なき人物としてしか描かれていない。

この点だけは、SM小説と大きく異なる。わたしが、この「奴隷頭」の造形にどれほど気を使い、どれほど力を入れることか。彼女こそが物語を切り回し、先へ進めていく原動力となる存在だからである。彼女はヒロインとは別の、しかしヒロインに拮抗する性格的魅力を持たなければならない。成功したかどうかはさておいて、の話だが。

だからわたしは、『蟹工船』について、「惜しい」と思うのである。もし小林多喜二が、監督の心中に湧き上がる良心の痛みや悔恨、あるいは他者をいたぶるときに感じる暗い悦び、怒り、それまでの地位から転落したときの絶望や屈辱などまで描いてくれていたら! つまり、多喜二がマルクス史観から、もうちょっとでもはみ出してくれていたら! そうしたら『蟹工船』は、さらに偉大な作品になっていたかもしれない。もっとも、反対に、ごく通俗的な駄作になってしまったという危惧もある。結局、歴史に「もし」を言っても詮ないこと、ない物ねだりをしても仕方がないのだろう。

それでいいのですか?

以上、説明してきたように、『蟹工船』は、わたしの書いた何冊かのSM小説(特に『女家庭教師優香』)ときわめて似た構造を持っている。さて、そこで話を元にもどすことにしよう。『蟹工船』とSM小説の構造が似ている、ということが、なぜ「勝ち組」「負け組」という言葉に「おかしみ」を感じる原因になったのか。話の発端は、そこだった。

少し言いづらい気もするのだが――思い切って、言うことにします。

世間の人のいう「勝ち組」とやらは、そのほとんどが、せいぜい「奴隷頭」程度のものではないですかねえ? そして、「勝ち組」を自称する人(リアルで自称する人はめったにいないが、ネットではしばしば見かける)が、他人を「負け組」とののしるとき、その人は『蟹工船』の「監督」と全く同じことをしているわけだが、さて、いつまで「監督」のままでいられるか、はなはだ怪しいのでは? 奴隷同士(もちろん比喩的な意味で)で争うなんて、SM小説家のお望み通りの展開なのですが、果たして現実社会がそれでいいものか、もちろんわたしも含めて、皆さんにも一度、じっくりと考えていただきたいと思うのであります。

(文中の「引用部」に、今日の観点から見ると差別的表現ととられかねない箇所がありますが、当時の時代背景、作品自体の持つ文学性等の事情、著者が故人であることに鑑み原文どおりとしています。)

プロフィール

美咲凌介(みさきりょうすけ)

1961年生まれ。福岡大学人文学部文化学科卒業。在学中、文芸部に所属し、小説や寓話の執筆を始める。1998年に「第四回フランス書院文庫新人賞」受賞。SMを題材とした代表作に『美少女とM奴隷女教師』『Sの放課後・Mの教室』(フランス書院)など。他に別名義で教育関連書、エッセイ集、寓話集など著書多数。

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