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月刊 本の窓 連載対談 中島京子の「扉をあけたら」 第五回 なにものにも支配されず生きたい ゲスト 栗原康(政治学者)

大正時代に激しい弾圧を受けながらも、我を通して自由に生きた、伊藤野枝。野枝のパートナーであったアナキスト・大杉栄の研究者・栗原康さんと、野枝たちの生き様が、現代に問う意味を考えた。

 


第五回
なにものにも支配されず生きたい
ゲスト  栗原康
(政治学者)


Photograph:Hisaaki Mihara

連載対談 中島京子の「扉をあけたら」第5回メイン

栗原康(左)、中島京子(右)

年収十万円、だけど働かない

中島 栗原さんの著書『村に火をつけ、白痴になれ 伊藤野枝伝』(岩波書店刊)が、若い女性読者の間で話題になっていると聞いて、私も読ませていただきました。
栗原 ありがとうございます。
中島 いまよりはるかに思想的弾圧の厳しかった大正時代に、自分の気持ちにまっすぐ生きた女性がいる。わがままだけど、かっこいい。そんな野枝の生き様が、現代の女性の心をぎゅっとつかんじゃったのでしょうね。しかもすごくユニークな文体で描かれていて、栗原さんの野枝に対する思いがそのままストレートに表現されているように感じました。なぜこの時代に、伊藤野枝の評伝を世に問おうと思ったのですか。
栗原 じつは三十二歳のころ、当時つきあっていた女性との結婚を真剣に考えたことがありました。私は大杉栄を中心としたアナキズムを専門に研究していて、フェミニズムやウーマンリブの考え方にも接していたんですね。頭の中では結婚制度の問題点、とくに性別役割分業の息苦しさについては分かっているつもりでした。だから、結婚しても夫の役割や妻の役割などには縛られずに暮らしていけるだろうとタカをくくっていました。ところが、本当に結婚したいという女性を前にすると、そうはいかない。結婚しようといいながら、私は定職にもついていないし、年収はたった十万円(笑)。あなたは、いったいいつになったら就職するのよと、問いつめられる毎日でした。
中島 えっ? 月収じゃなくて、年収が十万円ですか!
栗原 恥ずかしながら(笑)。大学の非常勤講師をしていたのですが、半年契約で週一コマの授業だとほとんど収入がないんです。いまも状況はあまり変わっていませんが、私はとにかく研究をしていたいし、論文を書いていたい。お金のために働かなきゃという意識がないんです。
中島 そんな彼氏じゃ、彼女もたいへんだ。
栗原 彼女は小学校の先生をやっていました。公務員だから、生活は安定している。私を彼女の扶養家族に入れてくれれば、家事もやるし、子育てもする。それでOKじゃないかと考えていたんです。でも、彼女にとって女性の幸せは、結婚して子どもを産み、家庭で子どもたちといっしょに過ごすことだという思いがあったらしくて。いつ自分が仕事を辞めてもいいように、あなたにもちゃんと働いてほしいと言われ続けました。 結局三行半を突きつけられて、結婚はご破算。落ち込んでいたときに、友人が雑誌で「婚活のリアル」という特集を組むから、そこに何か書いてみないかと声をかけてくれたんです。そこで、あらためて読み返したのが社会制度だけではなく恋愛に対しても自由に生きた、大杉栄のパートナー伊藤野枝でした。
連載対談 中島京子の「扉をあけたら」第5回文中画像1中島 傷心の栗原さんにとって、タイムリーな企画だったんですね。私もこの本を読むまで、伊藤野枝について詳しくは知りませんでした。栗原さんの別の著書(『はたらかないで、たらふく食べたい』タバブックス刊)に野枝の生涯がまとめられていたので、基礎知識としてそれを引用させてください。 「一八九五年、福岡県今宿生まれ。一九一〇年に上京し、上野女子高等学校にすすんだ。二年後に卒業し、親や親戚の決めた相手と結婚するが、どうしてもいやで逃げだした。学校の恩師であった辻潤をたよる。そのまま辻と結婚するが、辻はこの件が問題になって学校をクビになった。以後、辻は一切はたらかない。伊藤は辻との間に二児をもうけ、さらに『青鞜』に寄稿して家計をやりくりした。伊藤はいちはやく有名人になるが、辻がほかの女性と関係をもったことで夫婦仲はさめてしまう。一九一六年、大杉栄と恋愛関係になり、伊藤は家をでるが、大杉にも妻と愛人がいたため、四角関係におちいった。この年、大杉が愛人に刺されて重症(葉山日蔭茶屋事件)、スキャンダルとして報じられる。その後、大杉と生活をともにし、執筆活動のかたわら五児をもうけた。一九二三年九月、関東大震災後の混乱のなかで、大杉や甥の橘宗一とともに憲兵隊に殺されてしまう」
栗原 殺された時、大杉栄は三十八歳。伊藤野枝は二十八歳。あっというまの人生なのに、調べていくと波瀾万丈に自ら飛び込んでいくかのような野枝の姿が浮かび上がってきました。
中島 野枝が寄稿した『青鞜』といえば、平塚らいてうが立ち上げた雑誌ですよね。
栗原 野枝は、最初の結婚を解消できないままにのめりこんだ辻潤との恋愛の悩みなど、自分の周りの理不尽を綴った手紙をらいてう宛てに送ったんです。それを読んだらいてうは、野枝の才能に気づき『青鞜』で執筆するよう声をかけました。野枝は水を得た魚のように、さまざまな文章を書き始めます。 「恋は、走る火花、とはいえないが、持続性を持っていないことはたしかだ」「ああ、風俗打破!風俗打破!それより他に私たちの救われる途はない」「女は月々たくさんな卵細胞を捨てています」など、野枝の筆からはいま読んでもしびれるようなフレーズが次々と飛び出してくる。彼女の書いた文章を読み込むほどに、実際はどういう人間だったのかもっと深く知りたくなりました。 それからです。大杉栄が憑依したかのように、野枝のことばかり考えるようになってしまいました。知れば知るほど、野枝はいい女だなぁって(笑)。『伊藤野枝伝』を書きながら、そんな思いがどんどん加速していった感じはありますね。

結婚制度の起源は奴隷制?

中島 野枝の思想にも大きな影響を与えたであろう、大杉栄のアナキズムについて教えて下さい。ことばの響きからは、反社会的で凶暴な思想のような印象がありますよね。
栗原 アナキズムは一般的には「無政府主義」と訳されるので誤解されることも多いのですが、決して無秩序な無政府状態を理想とするものではありません。本来の語源は「なにものにも支配されない状態」。つまり人が人に支配されるのはおかしいよね、というのがアナキズムの根っこにある考え方です。
中島 そうか、無政府主義と訳すると、何か恐ろしい反逆者のような印象を受けますが、誰だって他人に支配なんてされたくないですものね。
栗原 さらに大杉たちは、アナキズムじゃなきゃいけないと言った瞬間に、アナキズムは終わる。自分たちが作った思想に縛られることすらもやめよう。あらゆるものから自由であるべきだと。
中島 そう考えると、恋愛だって同じですね。互いに束縛も支配もされたくない。自由恋愛にもつながっていきますね。
栗原 人が恋をすることに尺度はない。しかしフリーセックスだからといって、誰とでもセックスしなくちゃいけない、と言い始めたら、やっぱりきついですよね。体はもちろん、心がもちません。
中島 なるほど、だからおもしろいんだ、この人たちは。「こうしなくちゃいけない」という無意識の檻からの解放。社会だけじゃなく、自分の中にも檻をつくらないということなんですね。でも、野枝は辻潤の浮気は許せなかった?
栗原 文章では、人のわがままも認めようと書いているのに、現実では許せない。辻潤の浮気相手が自分のいとこだったということもあるのでしょうが。
中島 自分はなんでもやっちゃえというタイプなのに、夫に浮気されるのは嫌なんだ(笑)。その矛盾がおもしろいし、野枝のかわいいところでもありますね。
栗原 野枝が、結婚制度それ自体がいらないんだときっぱり言うようになったのは、大杉とつきあうようになってからのことです。野枝は結婚制度の起源は奴隷制だと考えるようになっていました。
中島 奴隷制、ですか。
栗原 大杉栄は、いかなる社会も必ず征服から始まっているといいます。そして征服者は効率よく収奪するために、奴隷化した労働者を使う。つまり労働の起源は奴隷で、それが国家(為政者)と国民(奴隷)の関係の本質だと。
中島 奴隷が、自ら進んでご主人様にしたがうようになる屈折した心理が奴隷根性だと、大杉は書いてましたね。
栗原 伊藤野枝はそれを家庭に当てはめて説明しています。男女がひとつになって家庭をつくるというけれども、それは幻想だ。多くの場合、女性が男の所有物になっている。女性は子どもを産み、家事を担い、男性を支える。「これって家畜とか奴隷と一緒だよね」というのが野枝の考え方です。
中島 「妻は夫の奴隷だ」と言われて「はいそうです」と認める女性はいないと思いますが、やっぱり稼いでもらっていると遠慮もします。一方で、男性は女性を養うことが縛りになっている。家庭内の上下関係というか、対等でなさの指摘には、ぞわっとします。
栗原 大正時代には、まだ姦通罪があったことも、野枝たちの考え方に影響を及ぼしたのではないかと思います。結婚している女性が浮気をしたら罰せられる。しかし男性はお咎め無し。究極の男女差別ですよね。
中島 ベッキーは罰せられるけど、乙武くんは罰せられない。そういう法律ですよね。そんな不公平な時代に、自由奔放な行動をしている。野枝は、すごく意志の強い人だったのでしょう。
栗原 当時、野枝たちのまわりで、洋裁がはやっていました。でも、野枝は針と糸でチクチク縫うのがすごく苦手だった。ところが、ミシンがやってきたとたん、「あら、簡単じゃない」。
中島 新しいものを取り入れるのが早いですね。
連載対談 中島京子の「扉をあけたら」第5回文中画像2栗原 ミシンに関しては後日談があって、画家で詩人になった息子の辻一(まこと)がいろんなところで愚痴っていたそうです。母は半ズボンを作ってくれたけれど、あまりに丈が短すぎた。体育座りをすると、出てはいけないものが横からぽろりとはみ出しちゃう。でも、なおしてくれというと、母はすぐにぶち切れるから、ずっとそのままはいていたんだと。
中島 あら、それはたいへん(笑)。一さん、かわいそうだけど、なんだか野枝らしいエピソードですね。
栗原 話が脱線しましたが、ミシンに出合った野枝はこう考えたんですね。ミシンは歯車やベルトや針などいろんな装置が組み合わさってできている。それぞれ違う役割をする装置が助けあって、洋服を縫いあげてくれる。人間だって、同じじゃないか。一人ひとり違う人間が、自分のできることをやればいい。その力が繋がると新しいなにかが生まれるのだと。
中島 それ、新鮮ですね。三角形のヒエラルキーのトップにリーダーがいる組織ではなくて、一人ひとりが得意なことを生かしてゆるく繋がる社会という発想。大正時代にこの考え方、すごいなぁ。アメリカ大統領選挙の予備選で、バーニー・サンダースを支えた市民運動みたい。
栗原 大杉と野枝の家に、仕事もしてないゴロツキたちが住み始めます。私たちなら、厄介だなと思いますよね。でも野枝はミシン理論でこう考える。自分ひとりではできないことが、彼らがいることによってできるようになっていく。野枝と大杉との間には、何人も子どもが生まれていました。野枝は乳飲み子を抱えて、わんぱく盛りの子どもたちの面倒をみながら、圧倒的な量の文章を書いているんです。
中島 それは、ちょっと無理かもしれない。ということは、ゴロツキたちが野枝の子どもたちを……。
栗原 野枝は、子どもの面倒をみない女だと思われてもいいんです。他人の目なんて気にしない。彼らに子どもを預けちゃえばいい。洗濯などの家事もおなじです。おしっこしたままのおむつをギュッと絞って干しておけば、誰かがちゃんと洗ってくれるだろう。「だって私は、本を読みたい。文章も書きたいんだもん」。自分の感情をむき出しにしてぶつかっていけば、必ず誰かがフォローしてくれる。そういう確信があったのでしょうね。普通だったら、間違いなく嫌われると思いますが。
中島 まわりの人はたいへんだ(笑)。でもわかる。人目を気にして我慢してたら、やりたいことできないもの。
栗原 確証が得られなかったので本には書かなかったのですが、大杉と一緒にいる時期に野枝はほぼ毎年子どもを産んでいるんです。どう考えても、母乳の出ない時期もあるはずなんです。調べてみると大杉が娘の魔子をヤギの上に乗せて遊んでいたという記述がありました。
中島 ヤギの乳で子どもを育てていた?
栗原 新生児に牛の乳はダメだけど、ヤギは大丈夫らしいんです。ヤギの乳があれば、ゴロツキの男どもでも子どもたちの面倒をみることができます。
中島 画期的な発想ですね。
栗原 大杉がどこからともなくヤギを連れてきたと書いてあるのですが、買うお金なんてありません。きっと誰かが盗んできたのでしょう。

いつも心に「暴れる力」を

連載対談 中島京子の「扉をあけたら」第5回文中画像3中島 震災以降、原発の再稼働や憲法改正への動きなど、政府のやることがどんどん強引になっています。そのたびに、あっ、またやられた。またやられたっていうような、嫌な感じがしていたんです。今回、栗原さんの著書を読んで「ああ、わたしは国家の暴力にやられているのだ」と気づいた。自分が国家の奴隷だと思うのは嫌なのですが(笑)、でもやっぱり、強権に従わされている理不尽さがいつも気持ちのどこかにひっかかっているんです。
栗原 そう感じている中島さんは奴隷ではありませんよ。わたしも震災を経験してあらためて、この国はやばいなと感じました。震災でぜんぶなくなって放心状態の時、国家はそれをうまく利用するんですね。「放射能は直ちに健康に影響はありません。だから、大丈夫です」どう考えても、うそだろう。でも、何度も繰り返しアナウンスされているうちに「国が大丈夫だっていっているから、大丈夫なんだ」という空気が醸成されて、不安を声にしている人は過剰反応してパニックを起こしているんじゃないかと怪訝視される。
中島 しかしその裏側には、国に従えという、圧力がひしひしと感じられて。こんな時こそ、アナキズムまでいかなくても、栗原さんの言う「暴れる力」を自分の中に持っていないといけないんじゃないかと、思いました。
栗原 そうです。わたしたちは、奴隷にはなりたくありませんものね。
中島 作家としての個人的な興味なのですが、最後にこれだけはお聞きしておきたくて。「やるな、メガネザル」「痛い痛い」「野枝最高」など、文末にぽろりとご自身の感情がこぼれでるような独特の文体は、どのようにして獲得したんですか。
連載対談 中島京子の「扉をあけたら」第5回文中画像4栗原 じつは、それほど自分の文体を意識したことはないんです。以前はもっと研究者風に書いていたのですが、客観的な文章を書いても何も伝わらないんじゃないかと。そこで自分が感じているホンネを直球でぶつけるような文章をばんばん書いてみようと思ったら、こんな文体になったんです。
中島 心のままを書きつける。ある意味、野枝に通じるところがありますね。
栗原 そうなんです。主観はもちろん私自身のことばなのですが、時には野枝になったり、ところどころ辻潤や大杉になったり……。
中島 新人作家が栗原さんのような文章を書くと、視点がぶれているといって、すぐに編集者が赤字をいれてきそう(笑)。でも、すごくスピード感があるし、心情も伝わってくる。「おやっ?」とひっかかるところもあるのですが、野枝と大杉の人生の疾走感が文体から伝わってきて、読んでいるうちにぐいぐい引き込まれました。
栗原 中島さんにそう言っていただけると、とてもうれしいです。書いている自分も野枝が憑依していたんですけど、それだけじゃなくて、いまこういう時代だからこそ、一人ひとりの心の中に野枝をもつことが大事だと思うんですよね。この前、『伊藤野枝伝』を読んだ、女性の読者からお手紙を頂いたんです。会社に勤めているのですが、自分はまだ一度も有給休暇を取ったことがない。まわりの社員たちを意識して、自分だけ休むことができなかった。でも、この本から少し勇気をもらって有給休暇を申請してみたら、案外簡単に取ることができたと。
中島 それ、ものすごく重要なことですね。とくに日本は同調圧力が強い社会だから、人と違うことをしているとのけ者にされるんじゃないかという恐怖が常にある。みんなもっとわがままでいいと思います。でも、野枝は自分のアナーキーな生き方が、百年後の女性に有給休暇を取る勇気を与えるとは考えてもいなかったでしょうね。

構成・片原泰志

プロフィール

中島京子(なかじま・きょうこ)

1964年東京都生まれ。1986年東京女子大学文理学部史学科卒業後、出版社勤務を経て独立、1996年にインターシッププログラムで渡米、翌年帰国し、フリーライターに。2003年に『FUTON』でデビュー。2010年『小さいおうち』で第143回直木賞受賞。2014年『妻が椎茸だったころ』で第42回泉鏡花文学賞受賞。2015年『かたづの!』で第3回河合隼雄物語賞、第4回歴史時代作家クラブ作品賞、第28回柴田錬三郎賞を受賞。『長いお別れ』で第10回中央公論文芸賞を受賞。

栗原康(くりはら・やすし)

1979年埼玉県生まれ。早稲田大学大学院政治学研究科・博士後期課程満期退学。東北芸術工科大学非常勤講師。専門はアナキズム研究。『大杉栄伝─永遠のアナキズム』で第5回「いける本大賞」受賞。著書に『G8サミット体制とはなにか』『学生に賃金を』『はたらかないで、たらふく食べたい 「生の負債」からの解放宣言』『現代暴力論』『村に火をつけ、白痴になれ 伊藤野枝伝』など。個性溢れる文体から紡ぎ出される文章で人気を博し、いま最注目の政治学者。

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