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連載対談 中島京子の「扉をあけたら」 ゲスト:金田一秀穂

これほど言葉が軽んじられている時代はないのではないか。そう思わせるほど、今の日本には虚言や失言、暴言が氾濫しています。はたして平成以後、日本の言葉は大丈夫なのか。言語学者の金田一秀穂さんに伺いました。

 


連載対談 中島京子の「扉をあけたら」
第三十回

日本の言葉は、大丈夫ですか?
ゲスト  金田一秀穂
(杏林大学教授)


Photograph:Hisaaki Mihara

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金田一秀穂(左)、中島京子(右)

二人のAさんが日本語を壊す

中島 ご無沙汰しています。こうして直接お会いするのは、三十年ぶりくらいですね。
金田一 もう、そんなになりますか! 二〇一〇年に中島さんが『小さいおうち』で直木賞を受賞されたときには、我が家に遊びに来ていた人が直木賞作家になっちゃったと、家内と大喜びしたんですよ。
中島 ありがとうございます。秀穂先生に初めてお会いした頃、私は奥様と同じ職場の日本語学校で働いていたんです。作家になりたいという夢はもっていたのですが、前途がまったく見えなくてすごく悩んでいた時期でした。
金田一 そうだったんですか。
中島 そんな時に「うちにいらっしゃい。あなたのような人がたくさん集まっているから」。そう声をかけてくださった。ご自宅にお邪魔すると、外国の人に日本語を教えている方やフリーライターの方などがいらしたのですが、決められたこの道をまっすぐ行かなくちゃだめだ、というような正統派の社会人がひとりもいなかった(笑)。秀穂先生もまだ非常勤講師でいらして。そんな自由な空気に触れて、私はとても救われたんです。それ以降、何度かお邪魔するようになって、本当にお世話になりました。
金田一 いやいや。自由っていうか、ただ何にもすることがない人ばかりが集まっていただけですよ(笑)。
中島 今回ぜひお会いしたいと思ったのは、二〇一八年に先生が雑誌に寄稿された「言葉への誠実さ欠く二人のAさん」(「Journalism」二〇一八年九月号 朝日新聞出版)という記事を拝読したからでもあるんです。言葉のことは、ずっと気になっていたので非常に共感しました。それをお伝えしたくて、声をかけさせていただきました。その記事の冒頭を少し引用させていただきます。

「政治は言葉である。しかしどうもそのことがあの人やその周囲の人々には、お分かりではないらしい。私は言葉の研究者として、なによりも、言葉の扱いの粗雑さが我慢ならない」

 秀穂先生は、ほんとうに温厚な方で、めったなことでは怒らないという印象があるのですが、専門家として黙っていられなかったという思いが伝わってきました。Aさん、というのは、安倍総理大臣と麻生財務大臣。まあ、言うのはちょっとヤボですが(笑)。
金田一 最初に呆れてしまったのは、第一次安倍内閣の首相就任のときのことで、『しっかりと』という言葉を五分足らずの短いスピーチのなかで、二十二回も繰り返して使ったんです。小さいころからご母堂に言われ続けたことだったんでしょうね。でも、多すぎる。『まさに』とか『おいて』とかが、話のなかに頻出するんだけど、あまり賢そうに見えない。
Img_30077中島 『まさに、〇〇〇の中において』というのもよく使います。口癖程度ならいいけれど、二〇一四年の広島の原爆追悼式典での挨拶が前年二〇一三年で使われたスピーチのコピペだったのは、言葉への「犯罪行為的冒涜」と先生は書かれていましたね。
金田一 二人のAさんは、恥を知らない。僕はそれが一番気に入らないんです。昔の政治家の言葉には、もっと矜持があったと思うんです。
中島 もう少し、言葉を大切にしていたように思います。
金田一 間違えたときには、恥を知る。前言を撤回しなければならないようなときには、なおさら身を引き締めて仕事をするのが政治家だと思っていたんです。ところが二人のAさんは間違えても我関せず。何の反省もしない。平気でヘラヘラ笑っているんです。要するに出来の悪い子の出来の悪いごまかし方です。
中島 これまでの人生の中で、誰かにガツンとされた経験がなかったのでしょうか。
金田一 子供のころから、とりまきが全部ごまかしてくれたのでしょう。政治家になった今、周りにいる人たちはとても賢い人たちだと思うのですが、なぜ彼らをおだてて担いでいるのかわかりません。
中島 でも、選挙結果がそんな政権を支えているという事実は、たしかにあるんですよね。
金田一 しかも支持率が四十パーセントなり、三十パーセントなりあるということ自体が不思議です。
中島 私にもなぜそんなに支持されるのかわかりませんが、ただすごく困ったなと思うのは、このまま行くと、そういう物言いや振る舞いが当たり前になってしまうことです。このごろ、かなりの法案がまともに審議されず、強行採決で通ってしまいますが、「自民党は数を持っているんだから仕方がない」と考える人も多い。言葉も同じように、「あの人はああいう人だからまたやった。しょうがないな」としか思わなくなってしまう。
金田一 慣れというか、諦めですよね。
中島 先生もよくおっしゃいますが、言葉は時代と、使われ方で変わっていきますよね。このごろ「寄り添う」とか「丁寧に」とか「安全」とか「アンダーコントロール」とかいった言葉の意味が、変質していっているような気がして、怖いんです。
金田一 おっしゃる通りです。特に安倍首相は、よく「全力でやります」と言うでしょう。
中島 今問題になっている辺野古の海も、「全力で埋め立てる」と言っていましたね。あれは菅さんでしたか。
金田一 広島の水害の時にも、全力で救い出しますと言っていました。自衛隊や消防の人たちは、もちろん全力で罹災者の救出や復旧活動にあたります。でも総理大臣は、全力を尽くしちゃだめですよ。他にもいろんな仕事があるんだから。全てをなげうってまでやるのが、全力でしょう。そういう配慮というか、知恵を一切感じさせない言葉使いなんですね。言葉に対して雑というか、おろそかというか……。
中島 若者の言葉は、使っていくなかで「本来の意味とは少し異なるけれど、ここで使用したい」という気持ちが、言葉と密接に結びついて変化しているのですが、今の政治家たちに関しては言葉を軽視しているがために不適切な言葉を不適切なところで使ってしまう。それがいつの間にか当たり前になっていくのが危険です。言葉が壊されていく感じがします。
金田一 『論語』を読むと、孔子は言葉を正しく使うことが政治の要諦であると言ったとあります。彼らは、政治が言葉だっていうことをわかってないんじゃないかと思うんです。国連の人が人権問題や報道の自由がないことに対して日本に意見してくる。でも、そういうことは一切無視するでしょう。
中島 恥ずかしいことに、抗議までしていました。
Img_30029金田一 日本側の意見をちゃんと伝えて互いに議論を深めていくのが大人の世界だと思うんです。
中島 麻生さんの発言に「下々のみなさん」というのがありましたね。本音では、自分たちを民主制のもとでの「政治家」だとは、思ってないんじゃないでしょうか。王様とか殿様とか、なにか特権階級であるがゆえに国の采配をしている人間だと、勘違いしている気がします。
金田一 僕は二人のAさんにも大きな問題があると感じていますが、それを取材し報道するジャーナリズムやマスコミにも問題があると思います。
中島 それこそ、言葉の専門家たちなのに、批判もなく、発言をそのまま右から左に流していくようなところがありますね。
金田一 権力側から何か反応が来たときに怖いという得体の知れない雰囲気がある。それがマスコミを自主規制させてしまう原因なのでしょう。でもネットを見ると、批判している人たちもたくさんいます。そういう人が拘束されたとか、不利益を受けたという話は聞きませんよね。マスコミの人たちに批判することは怖くないんだよ、って言ってあげたい。

「日本語の壁」は、言い訳にすぎない

中島 話は変わりますが、常々、日本語には、英語のように強烈な罵倒語がないのはなぜだろうと思っていたんです。先生の『日本語のへそ』(青春出版社)を拝読して、ああ、なるほど、と膝を打ったんです。
金田一 外国の罵倒語は、汚いですものね。特に性的な表現が使われることが多い。英語の「MOTHER FUCKER」は有名ですが、お隣の韓国や中国でも相当汚い言葉で罵ります。
中島 日本には昔から性的な罵倒語が少ない。そのかわり、罵倒語として好まれるジャンルがある。それが野菜だ、と書いてありました(笑)。言われてみればそうだと大受けしました。
金田一 「どてかぼちゃ」とか「ぼけなす」とか、間抜けでかわいいですよね。
中島 この「うらなり」とか。
金田一 頭が「ピーマン」という表現もありますね(笑)。
中島 七〇年代には「もやしっ子」がたくさんいました。
金田一 「大根足」とか、なぜか罵倒語はぜんぶ野菜なんですよね。
中島 先生は本のなかで、野菜にあてはめて罵るのは、相手のことを人ですらないようにみなしているのだろうと推測されていましたね。私は想像してみたんです。日本人は農耕民族だから生活の中心に畑の野菜があった。普段は温厚なんだけど、丹精込めて世話した野菜がうまく育たないときは、カーッと頭にきて、誰かを罵りたくなっちゃうんじゃないかなと。
金田一 「このやろう」とか「てめえ」と怒声を上げるより、せめて「おたんこなす」くらいにしておいたほうが、怒りの矛も収めやすくなります。
中島 罵倒語からもその民族の成り立ちがわかる気がします。言葉ってやっぱり面白いですね。ところで、「移民法」ともいわれる、「出入国管理法改正案」によって、これから日本に住む外国人が増えていくと予想されますが、違う民族との交流によって、日本語も変わっていったりするのでしょうか。
金田一 徐々には変わっていくでしょうね。でも新たに外国人を受け入れるといっても、今すでに二百万人住んでいるでしょう。だから三十五万人増えたところで、たかが知れているんです。これまで、日本が移民を受け入れにくい理由としてよく言われてきたことが「日本語の壁」です。でも日本語に壁なんかありませんよ。
中島 日本語は難しいと、よく言われます。
金田一 アメリカに行く人は「英語の壁」って言わないでしょう。「中国語の壁」とか「韓国語の壁」とか「ドイツ語の壁」なんて、聞いたこともない。「日本語の壁」というのは言い訳にすぎないんです。読み書きは難しいですが、一日じゅう日本人と一緒にいれば喋ることなら一週間もあればかなり上手になります。日本語は、そんなに難しい言葉ではありません。
Img_30102中島 日本語だけ、特別に難しいと考えるのはおかしいですよね。日本語の壁というよりも、日本人の外国語に対する壁意識の投影なのかもしれませんね。
金田一 そうだと思います。差別という表現は良くないかもしれないけれど、「日本語の壁」という言葉を発する時、その人の気持ちの底にはある種、そういう思いがある。
中島 できれば外国人には、来ないでほしい、と。
金田一 これまで通り、日本人だけで暮らしたいという思いでしょう。治安が悪くなると言う人もいるけれど、それもどうなんでしょう。
中島 知らないうちに外国の方がずいぶん増えてきましたが、何かが大きく変わったようには感じませんものね。
金田一 外国人が二百万人いれば、もしかしたらそのうちの一万人は悪い人かもしれない。でも日本人だって二百万人いれば一万人くらいは悪い人の可能性はある。外国人の犯罪が増えているというときに、件数を言って、率を言わないんです。人数が増えているんだから、件数が増えるのは当たり前なんです。どう考えても意図的です。外国人を排斥したいという気持ちが、どこかにあるのでしょう。
中島 このままで、日本は大丈夫なのかな。法律より前に、そういう意識を変えないと。
金田一 まさに今、言葉の問題より先に、私たち自身の気持ちの変化が求められているのかもしれませんね。

苦労はするな、苦心しろ

中島 『日本語のへそ』からもう一点、私、読んでてすごく共感したのが、「人間、努力じゃない」というところです。
金田一 そこですか(笑)。
中島 努力でもないし、才能でもないんだけど、好きだから一生懸命やっちゃう。人に止められようが、だめだと言われようが、自分のなかに展望がなかろうともやってしまう。私自身が、そうでした。小説が好きなので、書いてしまった。結果的にそれが仕事になってるという。
金田一 根性とか、努力とか、持続力とか、そういうものじゃない。むしろ中毒に近い。それをやらないと落ち着かない。そういう感じなのではないかと思うんです。ノーベル賞を受賞した先生たちもみんな同じようなことをおっしゃるじゃないですか。役に立とうと思っていなかった。たまたまこうなったんだと。金田一京助には、それに近いものを感じました。
中島 アイヌ語研究の大家でいらした、おじいさまですね。
金田一 祖父は運良く文化勲章をいただきましたが、そういう人がいると、周りの人にとっては迷惑ですよ(笑)。どんなにお金がなくても、全部アイヌの研究につぎ込んでしまう。時間も全部使う。家族のことなんか振り向きもしない。家族はやっぱりブーブー文句を言っていました。僕は京助の息子じゃなくて良かったなって思います。同じ父親として比べると、金田一春彦の息子であることのほうが幸せですよ。春彦は京助の姿を見ていたから、中毒になるのがいやだったんでしょう。割と常識的です。
中島 それでも、三代続けて言語学者の道を歩まれているのですから、京助氏の影響も大きいのではないですか。
金田一 もちろんそれはあるでしょう。でも僕は大学卒業後の三年間、ニート生活を送っていました。パチンコして稼いだお金で本を買って読む日々。父も、僕を放置していてくれた。でも外国人に日本語を教える仕事を経験したことで、言葉に対する興味が湧いてきて、日本語の世界に引き込まれたんです。
中島 モラトリアム期が、秀穂先生を作ったんですね。
金田一 だから高校生たちに言ったことがあるんです。努力なんか無駄だよ。努力は裏切るんだからねって。
中島 う、うーん。それ、未来ある若者たちにする話として、どうなのか(笑)。
Img_30052金田一 努力じゃなくて、運なんだよ、って教えてあげたんです。努力したら運がつかめるというでしょう。それは違うんじゃないかと思うんです。
中島 ああ、運! たしかにそうです。人間、ほとんど、運だと思います。でも、そんなこと言われてもなあ(笑)。運を良くする方法は、もしかしたらあるかもしれませんよね。いつもニコニコ笑っているとか。周りの空気を良くする人には、自然と運がついてくるかもしれない。
金田一 自分の目標を人に言うとかね。この間テレビ番組で、作詞家のなかにし礼さんにお会いしたんです。ものすごい数の詞を書いてこられた方です。作詞をされるときにはさぞ苦労されているのでしょう、と聞いたんです。そうしたら、苦労なんかしないよ、苦心はするけどねとおっしゃった。そのとき、まさにそれだと思ったんです。苦労だと思ったらできない。やりたくない。
中島 でも好きなことなら、苦心できる。
金田一 より良いものを作りたいと思うから、苦心して一生懸命手を入れるわけですよね。周りの人がもう止めたらと言っても、いやもうすこし良くなるからと、手を入れ続ける。そういうものじゃないかな。
中島 苦心と苦労は違う。要するに日本語がちゃんと使われてないんですね。若いときの苦労は買ってでもしろ、と言うけれど、そうじゃないんですね。
金田一 嘘ですよ、そんなこと。苦労して上手になった人って、見たことないですもの。やっぱり好きなことやっている人は、上手になりますよね。どんなに苦心しても、上達したいと鍛錬を続ける。それは苦労じゃない。誰にも止められない力。もし才能というものがあるとすれば、そういうものではないかと思います。
中島 その人自身が楽しいことであれば、別に仕事じゃなくてもいいんですしね。努力は裏切ると先生がおっしゃったときには、ちょっとびっくりしましたが、苦労じゃなくて苦心だよ、になってよかった(笑)。
金田一 若い人には、焦らずに好きなことを見つけてほしい。好きなことをコツコツ続けて、苦心しましょう(笑)。

構成・片原泰志

プロフィール

中島京子(なかじま・きょうこ)

1964年東京都生まれ。1986年東京女子大学文理学部史学科卒業後、出版社勤務を経て独立。1996年にインターンシッププログラムで渡米、翌年帰国し、フリーライターに。2003年に『FUTON』でデビュー。2010年『小さいおうち』で直木賞受賞。2014年『妻が椎茸だったころ』で泉鏡花文学賞受賞。2015年『かたづの!』で河合隼雄物語賞、歴史時代作家クラブ作品賞、柴田錬三郎賞を受賞。『長いお別れ』で中央公論文芸賞、2016年、日本医療小説大賞を受賞。

金田一秀穂(きんだいち・ひでほ)

1953年東京都生まれ。ハーバード大学客員研究員を経て、現在、杏林大学外国語学部教授。山梨県立図書館長。上智大学心理学科卒、東京外国語大学大学院日本語学専攻修了。アメリカ、中国、東南アジア、南米各国で日本語研究と指導に携わる。言語学者の金田一京助は祖父、春彦は父。著書に『日本語のへそ』『金田一秀穂のおとなの日本語』『金田一先生のことば学入門』ほか多数。

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