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ヤマ王とドヤ王 東京山谷をつくった男たち 第十回 コロナ禍の葛藤

大阪のあいりん地区、横浜の寿町と並んで、東京三大ドヤ街と呼ばれる東京・山谷。戦後日本の高度経済成長を支えた労働者たちが住み着いていたかつての山谷は、「ヤマ王」と「ドヤ王」と呼ばれた伝説の男たちがいた。
その歴史を紐解く取材を続けてきた著者。3年目にして、新型コロナウイルスによる感染拡大の影響が街を襲った。未曽有の緊急事態に、現場へ向かってみると…

 

「神様の前で申し訳ない」

 

 ゴールデンウィークを控えたある日曜日の朝。
 広さ50畳ほどの礼拝堂に、路上生活者ら約30人が集まっていた。全員がマスクをし、1メートルほど間隔を空けて座っている。ステンドグラスがきらめく壇上では、黒いスーツを着た、恰幅がよい日本人牧師(61)が、こんな説明を始めた。
「1カ月前までは握手をしていましたが、新型コロナウイルスの感染拡大で、今日は握手なしということでお願いします」
 礼拝堂内は風通しが良いせいで、すえた臭いがどこからともなく漂ってくる。恐らく、路上生活者から発せられているのだろう。牧師は続けて説教に入った。
「天の神様、感謝致します。今は非常事態であります。……主の栄光があがめられますように、1人1人に生きる希望と勇気を与えて下さい、アーメン」
「みなさん、手洗いうがい、そしてマスクもお願いします。来週も集会をやります」
 礼拝は30分ほどで終了、参加者たちは1人ずつ食事を受け取った。献立は、キムチやナムル、焼き魚などが載った丼飯に味噌汁だ。
「なるべくしゃべらないでね」
 牧師の呼び掛けに、皆、黙ってご飯と味噌汁をかき込んでいる。食べ終わった人から「ごちそうさまです」と言って食器を戻し、1人、また1人とその場を立ち去った。
 山谷のとあるプロテスタント系の教会で行われた、炊き出し付き礼拝の一幕だ。自粛が相次ぐ中、この教会、そして一部の市民団体は現在も続けている。並ぶ人にはソーシャルディスタンスを保ってもらい、消毒を徹底するなどそれぞれ工夫を凝らしているが、それでも炊き出しには大人数が一堂に会するため、3密の条件をすべてクリアするのは容易でないだろう。こうした現状について、台東区保護課の担当者は、
「各団体が実施している人道的支援については、自粛を呼び掛けることはできない」
 と理解を示しつつも、こう警鐘を鳴らす。
「命を守るという点では、どちらが優先されるべきか。その日の食べ物も重要だが、密集すれば感染の可能性もあるため、間隔を空けるなどやり方を工夫して欲しい」
 前述の牧師も実は、3月に入った時点で、炊き出しを続行するか否かについては頭を悩ませていた。東京都内の各司教区はすでにミサを中止していた上、隣近所への世間体を踏まえても、何らかの対応を迫られていた。だが、牧師は礼拝の日数を減らすにとどめ、全面的な中止には至らなかった。その理由をこう説明する。
「路上生活者たちから頼りにされているのに、裏切るような後ろめたさを感じたくはない。もし礼拝が中止され、その後の食事を当てにしている路上生活者たちが弱って死んでしまったら、神様の前で申し訳ない」
 ただ、やるからには感染防止のため、衛生面には気を配った。ところが4月に入ると都内の感染者は1日に100人を超え、安倍晋三首相は7日に緊急事態宣言を出した。牧師は再び考えた。
「コロナに感染して犠牲者が出た時に、教会も閉鎖を迫られるかもしれないですよね? だから正直、悩みました。スタッフ(ボランティアの元路上生活者)も含めてもし何かあった時に責任を取れないから。それでもスタッフたちが炊き出しをやるって言うんで」
 飢えのリスクか、感染のリスクか。
そうした葛藤を抱えながらも、牧師たちは炊き出しを続けているのだった。

 

〈次回の更新は、2020年6月ごろを予定しています。〉

プロフィール

ヤマ王とドヤ王 水谷竹秀プロフィール画像

水谷竹秀(みずたに・たけひで)

ノンフィクションライター。1975年三重県生まれ。上智大学外国語学部卒業。カメラマンや新聞記者を経てフリーに。2011年『日本を捨てた男たち フィリピンに生きる「困窮邦人」』で第9回開高健ノンフィクション賞受賞。他の著書に『脱出老人 フィリピン移住に最後の人生を賭ける日本人たち』(小学館)、『だから、居場所が欲しかった。 バンコク、コールセンターで働く日本人』(集英社)。

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