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あの文豪に学ぶ、大人の“浮気”の作法【文学恋愛講座 #10】

今も昔も、大変なリスクが付きまとう“浮気”。今回の文学恋愛講座では、よくある“浮気にまつわるお悩み”を、文豪たちがどんなアイデアで突破したかご紹介します。

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愛する相手がいるけれど、たまにはちょっと“浮気”がしてみたい──。決して人には言えないそんな気持ちを抱いたことがある人は、実は少なくないのではないでしょうか。

しかし、当然ながら浮気には、パートナーにバレたり、浮気相手との関係が泥沼化するといったリスクが多数存在します。
今回の文学恋愛講座では、偉大な文豪たちの作品や実際の日記から、そんなリスクを回避するための大人の“浮気の作法”を学びます。実際によくある“浮気にまつわるお悩み”を、文豪がどんなアイデアで突破したかご紹介しましょう。

【お悩みその1】パートナーと浮気相手の名前を呼び間違えないためには? ──石川啄木『ローマ字日記』

ローマ字日記
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LINEやメールを盗み見られる、見慣れない飲食店のレシートを怪しまれるなど、浮気がパートナーにバレてしまうきっかけは数多あります。しかし、中でも最も古典的かつ詰めの甘いバレ方は、パートナーと浮気相手の“名前”を呼び間違えてしまうこと。ひとたびこんな間違いを犯せば、たとえ浮気相手とまだデートらしいデートすらしていなくても、パートナーにとってのあなたの信頼は一瞬で地に落ちることでしょう。

そこでおすすめなのが、浮気相手の情報を詳細に文字で記録することです。日記を書くことで自らを内省し、その日の出来事を整理するカウンセリング法があるように、記録することは物事の区切りをつけるのに非常に有効です。仮にあなたに2人以上の浮気相手がいる場合も、全員と会った日付やそのときの会話を事細かに記録することで、複数の浮気がバレるという最低の事態を回避することができるでしょう。

最も重要なのは、浮気の記録はパートナーに絶対読まれてはいけないということ。ここでお手本にしたいのが、自分の浮気を“ローマ字”で記録した石川啄木の日記です。

lkura ka no Kane no aru toki, Yo wa nan no tamerô koto naku, kano, Midara na Koe ni mitita, semai, kitanai Mati ni itta. Yo wa Kyonen no Aki kara Ima made ni, oyoso 13-4 kwai mo itta, sosite 10nin bakari no Inbaihu wo katta. Mitu, Masa, Kiyo, Mine, Tuyu, Hana, Aki ……Na wo wasureta no mo aru.

(日本語訳)いくらかの金のあるとき、予はなんの躊躇うこともなく、かの、淫らな声に満ちた、せまい、汚い街に行った。予は去年の秋から今までに、およそ13-4回も行った、そして10人ばかりの淫売婦を買った。ミツ、マサ、キヨ、ミネ、ツユ、ハナ、アキ……名を忘れたのもある。
(石川啄木『ローマ字日記』より)

啄木は、明治42年4月から2ヶ月にわたり、吉原に通い何人もの遊女を買っていたという衝撃的な記録を、律儀にもすべてローマ字で残しています。彼はこの日記の中で、ローマ字を用いた理由を、

Yo wa Sai wo aisiteru ; aisiteru kara koso kono Nikki wo yomase taku nai

(日本語訳)予は妻を愛してる。愛してるからこそこの日記を読ませたくない

と語っています。
しかしながら啄木の死後、この日記は妻の節子から彼の友人である金田一京助の手に渡り、文学作品として後世に残されることとなりました。才女として知られていた節子は、恐らくローマ字を読むことができたのではないか──と言われています。

ここから学ぶことができるのは、日記をつける際はパートナーが絶対に読めない記録方法を選ばなくてはいけないということ。外国語を用いるのは一見よい方法のように思えますが、スマートフォンの翻訳機能を使えば一発でバレてしまいます。
もしも記録するとしたら、ヒエログリフのような象形文字を用いたり、自分にしか読み解けない暗号を使うなどして、工夫を凝らすことが重要です。
ただし、もしもパートナーがそれを見つけインターネットにアップしてしまった場合、SNSや掲示板の力によって“解読”され、炎上してしまう危険性は非常に高いと言わざるを得ません。

【お悩みその2】浮気がしやすくなる、“結婚相手の選び方”とは? ──三島由紀夫『反貞女大学』

反貞女大学
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ここで、ちょっと立ち止まって考えてみましょう。そもそも、あなたはなぜ“浮気”をしたいのでしょうか。

恐らく、パートナー以外にどうしても魅力的な人がいるから──とか、パートナーとの関係がマンネリになってきて、他の人とちょっと遊びたくなったから──といった答えが返ってくることが予想されます。しかし、それは本当なのでしょうか。

正直に言って、浮気をする人というのは、“なにか理由があったから”浮気をするのではなく、もともと(誰と交際していても)“浮気をしたい”という願望を持っているケースが非常に多いのです。

文豪・三島由紀夫はかつて、女性の生活術を説いた『反貞女大学』というエッセイの中でこんなことを語っています。

まず、あなたが長ずるに及び、将来人妻となって大姦通をやらかそうと思うなら、結婚の相手の選択のときから、心構えを新たにせねばなりません。

もしもあなたが将来的に浮気をしようと思っているなら、結婚相手を選ぶ時点でその心構えをしろ──。なんだか本末転倒な考え方だと思われるかもしれませんが、本気で浮気をする気があるならば、彼の言うように、パートナー選びから慎重になるべきなのです。
では、できるだけのびのびと浮気をするためには、どんなパートナーを選べばよいのでしょうか。三島はこう語ります。

かえすがえすも二枚目を亭主に持ってはなりません。なるべく容貌魁偉ようぼうかいい、しかも決して三枚目ではなく、威風堂々、鈍感で、権威欲も強く、したがって生活力も強く、女心のさっぱりわからない男を選ぶべきであります。

現代風に言うならば、マッチョかつデリカシーのない相手を選べ、ということになるでしょうか。なぜならば、そういった相手をパートナーに持てば、自分の罪悪感が刺激されずに浮気ができるばかりでなく、いざ浮気がバレそうになったときは

日本刀でもピストルでも持ち出して、あなた方を一刀両断にできる

からだと三島は言います。

浮気を許してくれる相手ではなく、そんな過激な相手をなぜ選ばなければいけないのか──とあなたは疑問に思うかもしれません。しかし、浮気をする人が真に求めているのは、絶対にバレないことではなく、“もしバレたら大変なことになる”というスリルなのではないでしょうか。ここまでの緊張感があってこそ、初めて浮気は盛り上がりを見せるのです。

「そんなスリルは求めてない!」と思った方は、三島からのこんなアドバイスを真摯に受けとめるべきでしょう。

実際のところ、あなたが今まで述べた姦通の条件を全部充たす自信がないなら、むしろあなたの御亭主と「姦通」したほうが利口かもしれません。

【お悩みその3】もし、浮気相手との関係を清算したくなったら? ──太宰治『グッド・バイ』

グッド・バイ
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どんな浮気にも、“潮時”は訪れます。パートナーとの記念日を迎えたり、子どもができたり……といった人生の節目に立ち会ったとき、多くの人は「浮気なんかやめて、真っ当になろう」と考えるのではないでしょうか。

太宰治は、そんな“浮気相手との関係の清算”をテーマにした小説『グッド・バイ』を書いています。この作品は太宰の没年である昭和23年に執筆され、彼の自殺によって未完の作品となってしまいました。

浮気相手の中には、あなたとの恋愛に本気になり、別れを切り出してもなかなか応じようとしない──という人がいるかもしれません。そんなとき、できるだけ穏便に相手と別れるためにはどうすればよいのか。太宰がこの小説の中で出した答えは、“絶世の美女に、自分のパートナーのふりをしてもらう”という奇想天外なものでした。

前にも言ったように、田島は女に対して律儀な一面も持っていて、いまだ女に、自分が独身だなどとウソをついた事が無い。田舎に妻子を疎開させてあるという事は、はじめから皆に打明けてある。それが、いよいよ夫の許に帰って来た。しかも、その奥さんたるや、若くて、高貴で、教養のゆたからしい絶世の美人。
さすがの青木さんも、泣きべそ以外、てが無かった。
(太宰治『グッド・バイ』より)

主人公の田島は、田舎に疎開している妻子が自分のもとに帰ってくるのが決まったことをきっかけに、何人もいる愛人たちに別れを告げに行きます。その際、一緒に連れていったのが“絶世の美人”、キヌ子でした。
最初の女性・青木さんは、キヌ子を見るなり、“泣きべそ以外、てが無い”状態になってしまいます。

この作品に学べるのは、浮気相手と簡単に別れるためには、圧倒的な美貌やスタイル、知性といった“自分には絶対に勝てない”と思わせる要素を持った相手を連れていくとよい──ということです。
しかしながら、過去の交際相手の近況もSNSを通じて簡単に垣間見ることのできるこのご時世、“嘘のパートナーを紹介する”という別れ方はいささかリスキーです。
そのためには、実際にどこか“圧倒的な魅力”を感じさせる人をパートナーに持つことが、最もシンプルで究極的な方法なのかもしれません。

おわりに

三島由紀夫は、『反貞女大学』の中で“姦通”、つまり浮気について、こんな見解を述べています。

人が人を愛するということは、社会の掟からはじき出されて、たった一人になることだ、というところに、姦通の意義があります。つまり姦通とは、恋愛対社会のもっとも純粋な公式なのです。

恋愛を漠然と、美しくたのしいものと想像している人たちは、実は甘ったれで、世間の同情と支持をあてにしているのです。

“浮気”はもっとも反社会的な行為であって、生半可な気持ちでするものではない──。三島がそう語っていたように、現代においても浮気をしようとする人は、石川啄木のように“パートナーに読めない文字”で記録をつけたり、太宰治の小説のように“絶世の美女”を探してきたりと今も昔も大変な努力をする必要があります。
しかも現代ではそのすべての行為には、(よっぽどうまくやらない限り)バレてインターネットなどで晒され一瞬で広まるという、非常に大きなリスクがつきまとうようになってしまったのです。

あなた自身がすべてを失っても良いという覚悟を持っていないなら、浮気は控えておいたほうが自分のためだ──と言えるのではないでしょうか?

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