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『影裏』(えいり)はここがスゴい!【芥川賞】

2017年上半期の芥川賞受賞作は、『影裏』(沼田真佑)に決定!P+D MAGAZINE編集部では、受賞作品を予想する恒例企画「勝手に座談会」を今回も開催し、第157回芥川賞の候補4作品を徹底レビューしました。果たして、編集部の受賞予想は当たっていたのでしょうか?

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沼田真佑『影裏』:震災のその後を描く、純文学版「君の名は。」!?

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【あらすじ】
医薬品を扱う東北の企業に勤める「わたし」は、同じ職場の日浅という男と親しくなる。日浅の転職を機にふたりは疎遠になってしまうが、東日本大震災のあと、行方不明になった日浅を「わたし」は捜し続けていた。やがて出会った日浅の父親は「わたし」に日浅の“裏の顔”について語り、「あれを捜すなど無益だ」と語るのだった。

田中:続いては『影裏』。描写がとても美しい小説ですよね、特に「五円硬貨そっくりの色味の鱗が木漏れ陽を浴び、川面で一瞬金色に光って頭から落ちた。」「冷たい川水にさらされイクラの赤味がほの白くぼやけ、見る見る水底へと消えていった。」といった釣りの場面の描写は、五感に訴えかけてくるようでした。

トヨキ:主人公に同性の恋人がいたり、震災後の東北を描いていたりと、「マイノリティ文学」「震災後文学」といった呼び方もできる物語ですよね。
要素が多いのでいろんな見方ができると思うのですが、私はこれを、失った大切な人を探す恋愛小説として読みました。

田中:恋愛小説……そうですね。ただ私は、最後に出てくる日浅の父親の気持ちがどうしてもわからなくて。勘当していたとは言え、自分の実の息子が震災で行方不明になってしまったのに、捜索願を出さなくていいというのはどうしてなのかな、と思いました。

五百蔵:あまり単純に形式化するのはよくないと思うのですが、実際に震災を経験した東北の人だったら、こういう割り切り方をするのかもしれないと僕は感じましたね。実際に東北人の友人がいるので、そういったメンタリティは理解できる。主人公も主人公で、これまでさまざまな場面でそういった世界観の違いに直面してきたのだろうし、だからこそ、「捜索願を出さない」という日浅の父親に対しても、それ以上踏み込まないのだろうなと。
……そうだ、実は僕はこの作品から、映画「君の名は。」を想起しました。

トヨキ:えっ、「君の名は。」!? どうしてですか?

五百蔵:『影裏』のポイントは、主人公の「わたし」以外の人物は誰も日浅のことを探さない、という点にあると思うんです。実の父親さえ探さない人物のことを、「わたし」だけがずっと探している。主人公の感情は、誰とも共有できないんですよね。

一方の「君の名は。」も、隕石によって消えてしまったひとつの街に住む少女のことを、主人公だけが気にかけている。災害で亡くなってしまった無数の人たちの中のひとりを選んでスポットを当てることで、逆にすべての人の背景にそういったストーリーがあることを想起させ、その喪失がどれだけ巨大なものだったかを考えさせる……というつくりは、『影裏』も「君の名は。」も同じだと思うんです。

トヨキ:なるほど! たしかにどちらも、ミクロな視点で“震災後”の生活を描いていますね。

五百蔵:大づかみにしてしまうとこぼれ落ちてしまうものを、丁寧に描こうとした跡が見えて、素直にいいなと思います。ただ、さっき「日浅の父親の気持ちがわからない」と田中さんが言ったように、登場人物の行動や考え方の根拠が作品から離れたところに置かれているので、わかりにくい作品ではありますよね。それが“純文学的”とも言えるとは思うのですが……。

今村夏子『星の子』:日常と非日常が交錯する、今村ワールドの恐ろしさ

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【あらすじ】
中学3年生の林ちひろは、病弱だった幼いころから、『金星のめぐみ』という水を飲まされて育った。ちひろの両親が宗教にのめり込んだことをきっかけに姉のまーちゃんは高校生で家を出るが、当のちひろは平然とその環境に身を置き続け……。

トヨキ:最後は『星の子』です。

五百蔵:これはもう……。心底面白い、としか言いようがないんですよね。

トヨキ:私も、なにを語ろうか考えていたんですが、「面白い」以外に出てこなくて。普通に読んでいたら突然、ちひろが当然のように頭に白いタオルを乗せて生活し始めるし、ツッコむ間もなく異常な世界に突入してしまっていて……。たとえば、最初の、ちひろの父親が宗教に入信するきっかけになったであろうシーン。

父は落合さんのいうとおりに洗面器の水にタオルを浸し、軽くしぼったものを折り畳んで頭の上にのせた。
「ア……、ア、なるほど……」
「どうですか」
「なるほど。こういうことですか」
「巡っていくのがわかるでしょう」
「わかります」

もうずるいですよね(笑)。ここだけで怖いのに面白い。さくらももこの『コジコジ』ですとか、ああいう世界観を思い出しました。

田中:……おそらく好きな描写について語るだけでも何時間も経ってしまう作品だと思うのですが(笑)、この温度が200ページにわたって維持され続けるというのはすごいことですよね。いつこの均衡が崩れてもおかしくないのに。

五百蔵:読書好きって“読みすぎてこじれちゃった”タイプの人が結構いると思うのですが、そういう人にとっても『星の子』は絶妙でしょうね。凝った言い回しは一切しないし、難しいエピソードも出てこないのに、描くべき感情はすべて過不足なく描いている。
今村夏子さんは技巧を凝らさなくてもすごいものを表現できる、という最強の技巧を持っている人ですよね。仮にもし芥川賞をとらなかったとしても、文学者として文学史に名を刻んでいく人だろうなと。

トヨキ:今村さんは『あひる』『こちらあみ子』でもそうでしたが、毎回、本当に絶妙なバランス感覚で日常と非日常を同じ重さのものとして描くなと感じます。

五百蔵:それに、「人間とは」という本質的なことを、フラットな姿勢でしっかりと捕まえ続けていますよね。人間は皆、自分の見た範囲のことでしか世界を定義できないわけですが、『星の子』のちひろも同じで。
一家が入信している宗教の外側にも違う世界がある、ということは本人もうっすらわかっているけれど、それが脱会するほどのモチベーションにはならない。そういう“狭い世界”の中にいる主人公を当事者の視点で描いているにもかかわらず、ニヒリズムは感じさせずにカラッとしているという。

田中:ちひろ、すごくポジティブなんですよね。1周してそれが怖い、とも言えるんですが……。

トヨキ:最後の、親子3人で星を眺めるシーン、特に怖くなかったですか?

その直後、またひとつ星が流れた。
「アッ。見た?」
「ううん」
「見たでしょ?」
「ううん見えなかった」

わたしの左側で、わたしの背中に腕を回した父が「見えなかったなあ」といった。
わたしの右側で、わたしの右のほっぺたに顔をくっつけた母が「見えなかったわねえ」といった。わたしの体は、父と母に両側から強く抱きしめられていた。

五百蔵:流れ星がちひろには見えるのに、父も母も見えないという。でもどうも見えているらしい。ちひろをそこにとどめておくために、願いをかなえてくれる流れ星をいつまでも「見えない」と言っている。不穏ですよね……。
ここは普通に考えたら、両親がちひろを従兄弟であるしんちゃんの家に預けると決意して、最後の別れを惜しんでいるシーンかと思うのですが、もっと悪い想像もできますよね。たとえば、ちひろをもうこの施設から帰さないとか、殺されてしまう、とか……。

田中:教団のやっていることとか、この宗教の実体がまったく見えてこないからこそ恐ろしいですよね。子どもであるちひろの視点でしか、読者もこの小説の中の世界のことがわからないので。

五百蔵:そこも巧いですよね。具体的な地名や時代の話はしない一方で、「ターミネーター2」「キャメロン・ディアス」みたいな固有名詞は自然に使う。
たしかに子どものころって、自分がいまどんな場所、どういう時代に生きているかみたいなことは考えないけれど、「ターミネーター2」という固有名詞は固有名詞として入ってきていたはずで。ちひろがそういう世界の認識の仕方をしているということを、ごく自然に描いてしまっている。

トヨキ:今村さん、これ、どういう気持ちで書いてるんでしょう……。

五百蔵:計算だとは思いますが、もしそれが本能的な計算なのだとしたら恐ろしいですよね。

総括:今年の芥川賞は、○○と○○の一騎打ち……?

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トヨキ:では、総評に移りましょうか。話の白熱ぶりから見ても、皆さんやはり『星の子』が受賞するという予想でしょうか……?

田中:純粋に“面白さ”で評価するならば、間違いなく『星の子』だと思います。『あひる』でも一度ノミネートされているし、今村夏子さんにそろそろとってほしい!

五百蔵:僕は、「いま、このとき」の傑作という意味では『四時過ぎの船』がダントツだとは思うんですよ……、同じ候補に今村夏子さんという圧倒的な才能さえいなければ。でも、このレベルの作品で芥川賞をとれないとしたら、古川真人さんが可哀想すぎるなとも思います。

トヨキ:(笑)。私も、作品としては『四時過ぎの船』の佇まいがとても好きですし、ぜひ受賞してほしいです。ただやっぱり、『星の子』が……。

田中:『火花』『スクラップ・アンド・ビルド』のときのように、ダブル受賞の可能性もありますからね!

五百蔵:そうですね。『星の子』か『四時過ぎの船』、どちらかが受賞するのは間違いないのでは、と思います。

トヨキ:では、P+D MAGAZINE編集部としては……ちょっと欲張って、『星の子』『四時過ぎの船』ダブル受賞、と予想してみましょうか。7月19日の発表が、いまから待ち遠しいです!

<了>

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