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高橋弘希『送り火』(芥川賞受賞作)はここがスゴイ!

高橋弘希氏『送り火』の受賞が決定した第159回芥川賞。その受賞候補となった5作品について、あらすじとレビューを3人の読者による座談会形式でご紹介します!

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2018年7月18日に発表された第159回芥川賞。今回は高橋弘希さんの『送り火』が見事受賞を果たしました!

『送り火』は、父親の仕事の都合で東京から青森県にやってきた主人公、歩が同級生たちの行う暴力的な遊びに巻き込まれていくストーリーです。高橋弘希さんの作品が芥川賞候補になったのは今回で4度目であり、今回初めての受賞となりました。

受賞発表以前、P+D MAGAZINE編集部では、受賞作品を予想する恒例企画「勝手に座談会」を今回も開催。シナリオライターの五百蔵容さんをお招きし、『送り火』を含む芥川賞候補作5作の徹底レビューを行いました。

果たして、受賞予想は当たっていたのか……? 白熱した座談会の模様をお楽しみください!

参加メンバー

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(写真左から)
五百蔵 容シナリオライター、サッカー分析家。
3度の飯より物語の構造分析が好き。近著に『砕かれたハリルホジッチ・プラン 日本サッカーにビジョンはあるか?』(星海社新書)。

トヨキP+D MAGAZINE編集部。
戯曲と随筆が好き。好きな小説家は絲山秋子、今村夏子。

田中:P+D MAGAZINE編集部。
SFが好きで、特に好きな小説家は伊藤計劃、佐藤友哉。
 

目次

1. 高橋弘希『送り火』

2. 古谷田奈月『風下の朱』

3. 北条裕子『美しい顔』

4. 町屋良平『しき』

5. 松尾スズキ『もう「はい」としか言えない』

 

高橋弘希『送り火』

送り火

出典:http://amzn.asia/iCGQiKA

【あらすじ】
両親とともに東京から青森県に転居し、地元の中学校に通うことになった中学3年生の歩。歩はやがて、同級生たちの行う暴力的な“遊戯”に巻き込まれていく。

トヨキ:まずは『送り火』から行きましょう。芥川賞候補作らしい、描写の密度の高い作品だと感じましたが、読んでいて作品に引き込まれる分、読後感が非常に悪かったという印象が強いです。皆さんはどう読まれましたか。

五百蔵:『送り火』はやはり、緊張感が最初から最後まで揺らがず、展開がどんどんエスカレートしていくさまに説得力がありましたね。物語の構造としては、日常において“部外者”である主人公が、ある場所に行ってその部外者性をさらに高めていく中で、何が見えてくるかという話です。今回の候補作で言うと、『もう「はい」としか言えない』もよく似た構造でしたね。

田中:『送り火』では、主人公が田舎の狭いコミュニティにとっての“部外者”にあたるわけですが、彼は物語の最後に理不尽で強烈な暴力にさらされますよね。果たしてこの暴力に意味があったのか、というのは読み終えたあとずっと考えてしまいましたが……。

五百蔵:ある場所やある出来事にとって、自分が部外者でいられるかそうでないかということは、実は完全に自分のコントロール外にあるものなんですよね。自分がある物事に対して部外者でいられるとしたら、それはいま“外部”がたまたま手をかけないでいてくれている、というだけで。
だからこそ、人間がコントロール不能な“外部”の不条理性に囚われていく瞬間をいかに説得力を持って書くか、というのはまさに文学の真骨頂なわけです。『送り火』はきちんとそこを描けていて、純文学の王道を行く作品だなと思いますね。

田中:描写の濃密さというところで言うと、田舎の集落についての書き方は本当にリアリティがあると感じました。私も地方出身なので、東京に出ていった人が時々地元に帰ってくると彼らを異端者的に扱い、急に攻撃的になる人たちを見たことがあったので。作者の高橋弘希さんは実際にこの作品の舞台になっている青森出身ということで、東京から来た人間が“部外者”として線引きされるような描写のリアルさには納得でした。

トヨキ:自然に関する描写も濃密でしたよね。

黄昏どきに畦道を歩いていると、時折、黒森山の方角から、色付いたような生ぬるい風が吹いてくる。頬や、頸筋や、半袖から伸びる腕が、その夕風の色に染められていく気がする。素肌がざわめくような、胸が騒ぐような、それでいて心地よいような、妙な気持ちになる。

というような表現は、細やかで美しい反面どこか粘着質でもあって、最後に起きる出来事の不吉さを暗示しているかのようでした。非常に完成度の高い作品であると思います。

 

古谷田奈月『風下の朱』

風下
出典:http://amzn.asia/dwcMMDk

【あらすじ】
大学に進学した梓が学内の名ばかり野球部に強引に勧誘された理由は、「健康そう」だからだった。過激な思想を持つ先輩の侑希美に感化されながらも、梓たちは野球部の正式立ち上げを目指していく。

田中:出だしからは、女性たちが奮闘するスポーツ青春ものを想像していたのですが、途中から様相がどんどん変わっていって……。この展開には驚きました。

トヨキ:主人公の梓は、「野球選手になりたい」という純粋な思いを持った侑希美さんという先輩に翻弄され、少しずつ彼女の考えに影響を受けていきます。侑希美さんは「健康」ということに強い執念を持っていて、「病」を持っていない、「健康」な女たちだけを野球部に集めようと思っているんですよね。

田中:

女の体にはもともと病が眠っているものだけど、自分を律することさえできればいつまでも眠らせておくことができる。(中略)
自分という個を蔑ろにしたとき、女の病は目覚めるのよ。誰かを理解し、理解されることで生きたいと願ったときに。

……という台詞に代表されるような、侑希美さんの過激な考え方には私は少し恐ろしさも覚えてしまいました。

トヨキ:そうですね。読み進めるうちに、野球選手になるためには女性という性から逃れ続けなければならない、という強迫観念を持っている侑希美さんのことを痛ましく感じました。ただ、彼女のように“女性性から逃れたい”という思いを持ったことがあったり、どうしてもそこから逃れられない絶望感を味わったりしたことのある人は実に多いだろうなとも思います。


五百蔵:
個人的に気になるのは、細部の甘さですね。梓がなぜ侑希美さんに惹かれ、説得されていくのかというのが十分に描けていないし、侑希美さんほど「野球をしたい」と本質的に考えている人が、どうして野球部のない大学に進学したのかというのも気になる。それに、大きなしかけである「瘴気しょうき」というものの正体にも、読んでいるうちに薄々気づかされてしまいますし。
展開もですが、作者の都合でキャラクターが動かされていると感じるシーンがどうしても多く、そこは難点かと思いますね。

 

北条裕子『美しい顔』

美しい顔
出典:http://amzn.asia/9zJmqAd

【あらすじ】
東日本大震災の被災者である女子高生のサナエは、母が行方不明のまま、弟とふたりで避難所での生活を余儀なくされている。高校の“準ミス”であったサナエはやがて、可哀想で健気な被災者としてマスメディアにもてはやされる存在となり……。

田中:『美しい顔』は文章に熱量が感じられ、個人的に好きな作品でした。

五百蔵:『君の名は。』や『シン・ゴジラ』といったエンターテインメント作品もそうでしたが、震災以降、表現者は直接的に震災の当事者の心を描くということをためらってきたふしがあると思うんです。

迂回しながらもどうにかそのことをみんなで考えよう、という方法を選んできたと思うんですが、『美しい顔』を読んだとき、ついに一人称で当事者の心の動きそのものを丸ごと描こうという作品が出てきたかと感じました。

トヨキ:私もこの作品は泣きながら読みましたし、非常に強い熱量も感じたのですが、個人的には、メディアに対して過剰なサービス精神で“望まれている人物”を演じてしまう人を描くというのが中心にあるのではないかと思ったんです。だから“震災”という、それだけで意味が独立してしまう可能性のあるモチーフを選ぶ必要はあるのかとも感じたのですが……。

五百蔵:うーん、メディアに対する不信感で主人公の感情が昂ぶっていくというのは独自のしかけとして目立つところではありますが、やはり基本的には、震災のようなコントロール不能な出来事に出合ってしまった人々にとって、普遍的に通じることが描かれていると思いますね。これは『送り火』でも描かれていたことですが、不条理な出来事に対していかに部外者であろうとしても、絶対に逃れられないこともあるという。

田中:……非常に慎重に考える必要のある話ではあると思うのですが、この『美しい顔』を巡っては、複数のノンフィクション作家の先行作品との類似箇所が指摘されており、主要な参考文献が明記されていなかったということが問題視されました。作者の北条裕子さん自身も最近になって謝罪文を発表していますが、私は個人的には、作品自体の持つ力がこの問題によって否定されてほしくはないなと思います。

五百蔵:今回見逃せないのは、この作品の中で描かれていることが、この作品の外側でも起こっているということですよね。つまり、『美しい顔』の中で主人公はメディアというものに不信感を覚えるわけですが、この作品に一部でも引用されているノンフィクション作品やルポルタージュを書いた人たちは、おそらく作中では主人公に非難されるメディア側の人間だという……。

それらの作品を書いた作者たちも、被災した当事者の目線に少しでも近づきたいと思って必死で作品を編んでいるわけですし、それを無断で引用するということはあってはならない、という考え方は当然理解できます。ただ、個人的には、モメンタム(勢い)を作品の最初から最後まで維持し続けられていることは評価したいですね。

 

町屋良平『しき』

美しい顔
出典:http://amzn.asia/iO0eXWL

【あらすじ】
反抗期のなかった高校2年生、星崎は、“踊ってみた”動画のダンスを再現することにひとり熱中していた。毎晩公園で踊っていた彼はある日、友人の草野を誘うことにし……。

トヨキ:続いては『しき』。今回の候補作の中でも非常に好きな作品です。最初は一文一文がするっと入っていかない感じがして、率直に言うと読みにくいな、と思ったのですが、過剰なほどひらがなを用いていたり、人称が頻繁に変化したりするこの文体は、意図的に計算されたものですよね。

五百蔵:そうですね。さらに言うと、自分と他者の境界が曖昧で自他の意識もどこか混濁しているような前半部分と、登場人物たちの自意識というものがはっきりとしてくる後半部分とでは、文体が変化している。作者は巧妙に、読者に気づかせないくらいさりげなく、そういう文学的な挑戦を行っていますね。

トヨキ:なるほど。いま、後半のほうがハイスピードで、詰まらずに気持ちよく読めた理由が分かりました。

田中:この物語の中で起きる出来事自体は高校生たちの他愛ない日常と言ってしまえばそれまでなのですが、登場人物たちひとりひとりにドラマがあるし、キャッチーさも同時に持っている作品ですよね。高校生たちの“踊りたい”という純粋な欲求は、爽やかで美しく感じました。

トヨキ:同じ作者の近作である『愛が嫌い』という作品を先日読む機会があったのですが、『しき』と同じように、思考の中では饒舌なのに生身の人間とのコミュニケーションには少し難のある人物を主人公に据えていて、そのもどかしさがアンバランスな文体に反映されているという構造だと感じました。
『しき』も静かな作品ではありますが、『愛が嫌い』はより静か……というよりやや“地味”な作品で、作者は今後、より派手さのない、この文体を最大限に活かせるような静かな作品を作っていくのではないかという気がしています。

田中:だとしたら、非常に今後が楽しみな作者ですね。『しき』についても、読めば読むほどどこに技巧が凝らされているかが分かってくるような、読み込みがいのある作品だなと思います。

 

松尾スズキ『もう「はい」としか言えない』

もう「はい」と
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【あらすじ】
妻に浮気がばれ、地獄のような日々を過ごしていた物書き兼俳優の海馬。彼はある日、クレストという謎の実業家から「世界を代表する5人の自由人のための賞」を受賞したという連絡を受け取り、授賞式のためパリに飛ぶことになる。

トヨキ:とにかく面白かったですね。

五百蔵:一行目から面白いですよね。

2年間浮気していた。それがキレイにばれた。

という始まり方、

ある朝不安な夢で目覚めると、グレゴール・ザムザは自分が巨大な虫に変わっているのを発見した。

のような唐突さですもんね(笑)。

トヨキ:松尾スズキさんの作品は好きで追っているのですが、彼がこれまでにさまざまな場で書いてきた複数のモチーフがこの作品に集結されているような印象を受けて、嬉しくなりました。たとえば、主人公の海馬が寝たきりになった母親の口を“ただ生きるためだけの穴”と表現し、自らがその穴に吸い込まれそうになったと回想するシーンがありますが、それもかつて作者自身がエッセイの中で実際のエピソードとして書いていたりして。

五百蔵:たしかに、私小説というものが底にありますよね。この、小劇場出身の物書き兼俳優である主人公も、どう読んでも松尾さん本人にしか見えない(笑)。逆に言うと、日本的なファンタジー私小説という枠組みから、いま一歩出ることのできていない小説かなとも感じました。ただ、とにかく最初から最後までサービス精神が旺盛で、“こしらえもの”を楽しんでもらおうという意識が充満している作品であるとは思います。

田中:途中、クレストという実業家に謎の賞の受賞者として選ばれた主人公の海馬が、“園子温や会田誠”と比べられていたことが分かるシーンがありますが、ああいったリアリティのあるチョイスも絶妙ですよね(笑)。

トヨキ:本当に(笑)。私は、海馬はこれまで、自分の身に起きたすべての情けない出来事や辛い出来事を“作品”に昇華することでしか、自分自身を許してこられなかった人物だと感じたんですね。クレストも、おそらく海馬に似た人物で。

しかし、これは作品の大きなネタバレになってしまうので詳細は言いませんが、海馬もクレストも、パリで自らが“作品”という名の見世物になることができる大きな機会を失ってしまう。海馬は浮気という自分の罪をそこで償えなかったからこそ、日本での生活に戻ってきたときに、初めて妻と向き合うという選択を自分自身に課すことができたのではないかと思いました。だから、この終わり方は非常に美しいなと。

五百蔵:途中、海馬が「はい」と言わなくてはいけなくなる重要なシーンがありますが、あの場面では彼のだらしなさが際立っていたなと思います。
“だらしなさ”というのはおそらく海馬にとって重要なキーワードで。つまり、「はい」と言わずにあの部屋を出ることでアーティストとしての純粋性を堅持することを選ぶのか、「はい」と答えてクレストの“茶番”に迎合し、その日の出来事に左右された作品を作り続けることを選んでしまうのかを彼は迫られるわけです。しかし結局、他のアーティストの介入によってクレストの“茶番”は成功せず、中途半端な状態になるわけですが、その都合のよさこそがまさにだらしなさであり、海馬の挟持でもあるのかな、と。

トヨキ:松尾さんは、“人類は「やがて死ぬ」という負け戦から逃げ続けてきた”という主旨のことをよく書かれているのですが、まさにその“だらしなさ”にも通じる考え方だなと感じました。とりあえず生き延びる方法をとることをよしとする、というか。

五百蔵:そういったことを踏まえると、やはり作者にとって『もう「はい」としか言えない』はある種の集大成的な作品かもしれませんね。ただ、あまりにも自分自身にしか関心の向いていない作品であることは少し気になります。それは松尾さん独自の世界観だから悪いことではないのですが、芥川賞としての選択というものを考えたときには弱みになってしまうかもしれない、と思います。

総評

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トヨキ:さて、では総評に移りましょうか。おふたりはずばり、どの作品が受賞すると予想されますか?

田中:私個人としては、『美しい顔』の熱量には惹かれています。ただ、この作品はすでに群像新人文学賞という大きな賞を受賞していることもあって、さらに芥川賞を受賞するとしたら非常に珍しいケースになるとも思うのですが……。

五百蔵:震災を真正面から扱うことに取り組み、それを達成したという意味で、僕も『美しい顔』を推したい気持ちもあります。しかし今回の騒動もあり、受賞の可能性というところで言うと、『送り火』の文学的な密度を評価する選考委員は多そうだなと思います。

トヨキ:なるほど。私は『しき』の文体の巧妙さとアンバランスな魅力が好きだったので、やはり『しき』が受賞すると予想しています。
……今回は珍しく、3者でも意見が割れましたね。7月18日に迫った発表が待ち遠しいです!

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