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【劇作家・童話作家】別役実のおすすめ作品

劇作家として日本の不条理演劇を確立したとともに、童話や随筆など多岐にわたる分野でも功績を残した別役実。今回は、別役実の戯曲・童話からそれぞれおすすめの作品を4作品ご紹介します。

2020年3月3日、劇作家・童話作家の別役実が亡くなりました。別役はサミュエル・ベケットに影響を受け日本の不条理演劇を確立した人物として知られ、童話や随筆など多岐にわたる分野でも功績を残しました。

今回は、これから別役実の作品に触れてみたいという読者に向け、その多彩な作品群の中から、代表的な戯曲と童話、それぞれのおすすめ作品を紹介します。

【戯曲】『象』

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出典:https://www.amazon.co.jp/dp/4151400109/

『象』は、別役実の初期の代表的な戯曲です。別役は早稲田大学在学中の1962年、のちに演出家として有名になる鈴木忠志らと学生劇団「自由舞台」を結成し、60年代の小劇場運動の一翼を担いました。劇団の旗揚げ公演として上演されたのが、この『象』です。

『象』は、「男」と「病人」というふたりの人物が中心となる戯曲です。「男」は「病人」の甥で、「病人」は入院しているようです。序盤、「男」が「病人」に“静かに死んでしまいたいとは思いませんか?”と尋ねると、「病人」はこう答えます。

病人 思わないね。俺はむしろ、死ぬ前に殺されたいと思っている。
男 何故?
病人 知らん。情熱的に生きたいのさ。

実はこの「病人」と「男」は広島の被爆者であり、「病人」は背中にケロイドを持っています。「病人」は終戦直後、街頭で裸になって人々に自分のケロイドを見せていたことがあり、そのときに得た注目を浴びるという快感が忘れられません。「病人」はカメラを向ける人たちにポーズをとってみせたり、戦時中の惨状をちょっとした笑い話として街ゆく人たちに語ったりしていたのですが、「男」はそれを苦々しく思っています。

「病人」は、かつて自分のケロイドを喜んで眺めていた見物人たちの目つきが、原水爆禁止世界大会を機に変わった、と「男」に語ります。

病人 (暗く)あの原水爆禁止大会があってからいけなかった。俺は気が付いたんだよ。奴らが本当は何を見たがっているのかという事をね。
眼を見るんだ。
俺の眼を……。
背中のケロイドよりも俺の眼をのぞきこもうとするんだよ。

「病人」は、なぜ見物人たちの態度が変わったのかがわからず、ポーズを工夫してみたり、もっとケロイドの痕がひどい部位がよく見えるように腕を上げてみたり、といった“努力”をしたと語ります。「男」はそんな「病人」に対し、

男 (中略)いいですか。もう僕達は何もしてはいけないんです。何をしてもいけないんですよ。何かをするってことは、とても悪いことなんです。(中略)皆に憎まれるか、殺されるか、いじめられることしか出来ないんです。愛されようと思っちゃいけないんですよ。

と言うのです。
この戯曲は、被爆という同一の経験を持ちながら、自ら進んで見世物になることを“情熱的な生き方”と捉え唯一のアイデンティティにしている「病人」と、自分たちは誰からも愛されないのだからひっそりと死ぬべきだと考えている「男」の対照的な生き様を淡々と描くことで、被爆体験によって差別を受け続けてきた人々の心の歪みを鮮烈に映し出しています。

【戯曲】『マッチ売りの少女』

マッチ売りの少女
出典:https://www.amazon.co.jp/dp/4903709159/

『マッチ売りの少女』は1966年初演の戯曲で、『象』と同じく、別役実の初期の代表作のひとつです。

ある大晦日の雪の晩、初老の夫婦がお茶を飲む準備をしていると、見知らぬ「女」とその弟だという訪問者がやってきます。「女」は弟とともに自分たちは夫婦の実の子どもであると告げ、さらに「女」は戦後すぐの頃、“マッチ売りの少女”をしていたという過去を告白します。

マッチ売りとは、アンデルセンの童話のように貧しさ故にマッチを売り歩くことではなく、マッチを売る代わりにその炎が燃えている時間だけスカートの中を見せるという屈辱的な体験を指しています。「女」はその頃の記憶にいまだ苦しめられており、その責任は夫婦にある、と言うのです。

善良である夫婦は「女」の話に戸惑いつつも、彼らを追い出すことがなかなかできません。戯曲の終盤で、「女」は夫婦のビスケットを盗み食いした弟に気づいて激昂し、弟を執拗なまでに責め始め、夫婦(「男」と「妻」)はそれを止めます。

女 お願いです。あやまらせます。すぐあやまらせます。許してやって下さい。悪気はなかったのです。弟は、すぐあやまります。いつもはもっと素直で聞きわけの良い子なんです。
男 (やや戸惑って)いいんだよ、私共はちっともかまわないんだから……。
(中略)
女 許して下さい、お母様。私がいけなかったのです。私が悪いのです。私が、あんな卑しいことをした女だから・・・・・・。
妻 違うのよ、もういいの。

「男」が「女」の豹変ぶりに驚き、彼女を助け起こそうとすると、「女」はその手を振り払います。

女 (手をとっさに振りのけ)許して下さい、触らないで。どうか許して下さい。私が悪いのです。許して下さい。
男 どうしました、あなた。(と、更に手を伸ばして……)
女 許して下さい、お母様。私はいけないことをしました。許して下さい。どうか許してやって下さい。(妻の方へ逃げる)
妻 どうしたの?
男 どうしたんだい一体……?
女 許して、お父様。(再び男から逃れ)許して、お父様。許して下さい。マッチを、マッチをすらないで……。(床に突伏して動かなくなる)

この戯曲が描くのは、戦後の混乱の中で狂気に苛まれてゆく「女」の姿と、その「女」が静かな生活の中に突如闖入してきてしまう“小市民”の戸惑いです。非常に暗いテーマを扱いながらも陰鬱とした気分を感じさせないのは、淡々とした台詞の応酬にどこかおかしみが感じられるからでしょう。

別役実は、本作と『赤い鳥の居る風景』で1968年に第13回岸田國士戯曲賞を受賞しました。詩的な情緒に溢れた本作は名作として名高く、現在でも頻繁にさまざまな劇場で上演され続ける演目のひとつです。

【童話】『空中ブランコのりのキキ』

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出典:https://www.amazon.co.jp/dp/4835450744/

『空中ブランコのりのキキ』は、1967年から数年間に渡って続いたNHKの幼児番組「おはなしこんにちは」のために別役実が書き下ろした童話のひとつです。本作は小中学校の国語の教科書の題材として採択されることも多い作品のため、別役実の名前を『空中ブランコのりのキキ』とセットで覚えているという方も少なくないかもしれません。

物語の主人公は、町で唯一、三回宙返りをすることができる「空中ブランコのり」のキキです。キキは長らくサーカスの花形を務めていましたが、ある日、キキの街の波止場に見知らぬおばあさんが現れ、隣の町のブランコのりのピピが、ついに三回宙返りを成功させたというニュースを伝えます。

自分以外にも三回宙返りができる人がいれば、自分の人気はしだいに落ちてしまう。人気が落ちるくらいならば死んだほうがいい──とキキは考えます。キキが次の公演で死ぬ覚悟で四回宙返りをやろうと決めたとき、おばあさんがキキを呼び止めるのです。

「おまえさんは、明日の晩四回宙返りをやるつもりだね。」
「ええそうです。」
「死ぬよ。」
「いいんです。死んでも。」
「おまえさんは、お客さんから大きな拍手をもらいたいという、ただそれだけのために死ぬのかね。」
「そうです。」
「いいよ。それほどまで考えてるんだったら、おまえさんに四回宙返りをやらせてあげよう。おいで……。」

おばあさんはそう言うと、そばにあった小さなテントの中に入って、澄んだ青い水の入った小瓶を持ってキキの前に現れます。

「これを、やる前にお飲み。でも、いいかね。一度しかできないよ。一度やって世界中のどんなブランコ乗りも受けたことのない盛大な拍手をもらって……それで終わりさ。それでもいいなら、おやり。」

キキは次の日、おばあさんから受けとったその薬を飲んでブランコに乗り、そして初めて四回宙返りを成功させました。

ひどくゆっくりと、大きな白い鳥が滑らかに空を滑るように、キキは手足を伸ばしました。
それがむちのようにしなって、一回転します。また花が開くように手足が伸びて、抱き抱えるようにつぼんで……二回転。
今度は水から跳び上がるお魚のように跳ねて……三回転。
お客さんは、はっと息を飲みました。
しかしキキは、やっぱりゆるやかに、ひょうのような手足をはずませると、
次のブランコまでたっぷり余裕を残して、四つ目の宙返りをしておりました。

キキはこの四回宙返りを成功させたことと引き換えに、町のサーカスから姿を消してしまいます。たった一度の大舞台に命をかけるキキの孤独は、観客はもちろん、サーカスの仲間たちにも最後まで伝わりませんでした。本作はとても寂しい物語ではありますが、一生に一度しかできない“宙返り”に文字通り命を燃やして臨むキキの姿はあまりに美しく、詩的です。

【童話】『猫貸し屋』

淋しいおさかな
『猫貸し屋』収録/出典:https://www.amazon.co.jp/dp/4569666825/

『猫貸し屋』は『空中ブランコのりのキキ』と同じく、NHKの幼児番組「おはなしこんにちは」のために別役実が書き下ろした童話のひとつです。

物語は、ある古い小さな街に「猫貸し屋」のお爺さんがやってくるところから始まります。お爺さんはその街を練り歩き、独り身の人々に猫を貸すことを仕事にしています。

「猫かしましょーう、おとなしい猫……。猫かしましょーう、おとなしい猫……」
お爺さんは、猫のいっぱい入ったドンゴロスの袋を背負い、せまい通りを一歩一歩ゆっくり歩いております。時々立ち止ると、抜けるように晴れ上った空を見上げ、目を細めました。
「おい、空があんなに青いよ。まるで森の中のみずうみみたいにさ。これはきっと、秋になったせいだね。秋になるといつもあんな風に空が澄んで、そして風がチョッピリ涼しくなるんだよ」

お爺さんは袋に入った猫たちにぶつぶつと話しかけながら街を歩きますが、どうも街には活気がなく、人が少ない様子なのです。やがてひとりのお婆さんが猫貸し屋を呼び止め、1匹のおとなしい猫を借りますが、それから1週間のあいだ、猫貸し屋は風邪を引いて仕事を休んでしまいました。
お爺さんが久々に仕事を再開しようと思った朝、街の役人がひとり、猫を連れてやってきます。

「こんにちは、お爺さん。これはお宅の猫じゃありませんか?」
「そうです。それはうちの三毛です。先日、街のひとりもののお婆さんにお貸ししましてね……」
「あのお婆さんは、ゆうべなくなったよ」

そして役人は、お婆さんが亡くなり、街にはもう誰も居なくなったということを告げます。隣町に養老院があるからそこに入るといい、と提案する役人に、お爺さんは“でも、この猫たちはどうなります?”と尋ねます。

こんなにたくさんは連れていけないよ、と告げる役人に、お爺さんはそれならば自分もこの街に猫たちと残る、と話します。役人が去ったあと、猫たちを連れたお爺さんは、丘の上から人間のいなくなった街をいつまでも見ているのでした。

この作品も『空中ブランコのりのキキ』と同じように、読後にとても寂しい余韻を残す物語です。しかし、猫たちを置いて見知らぬ街で暮らすことを選べず、あとは滅びゆくだけの街で猫たちと“そこに居る”ことを選択したお爺さんの気持ちには、どこか共感を覚える人も多いのではないでしょうか。

おわりに

不条理演劇の第一人者としてはもちろん、童話作家としてもすばらしい作品を数多く世に残した別役実。暗く内向的なテーマの作品が目立ちますが、どこまでも淡々とした台詞の応酬には独特のおかしみもあり、それが別役実らしさを生み出していました。別役自身も、悲劇ではなく喜劇こそが現代を写し取るのにふさわしい演劇の手法だと、晩年に至るまでさまざまなインタビューの中で語っていました。

別役実の戯曲は、名作として劇場で上演されることはあれど、演劇人以外の人々の目にはあまり触れる機会がないかもしれません。童話や随筆をきっかけに別役の作品に触れてみたくなった方は、ぜひ、彼のすばらしい戯曲の仕事にも手を伸ばしてみてください。

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