本との偶然の出会いをWEB上でも

あの文豪の文章力を身につける。作家の「文章読本」4選

作家が自ら文章の書き方や読み方、上達法について記した文章指南本である『文章読本』。谷崎潤一郎を始め、川端康成や三島由紀夫といったさまざまな文豪がこの『文章読本』を発表しています。今回は、そんな作家の『文章読本』のなかから特におすすめの4冊をご紹介します。

文章の書き方や読み方について記した文章指南本である、『文章読本』をご存じでしょうか。谷崎潤一郎が1930年代に発表した同名の随筆を皮切りに、川端康成や三島由紀夫、菊池寛といったさまざまな文豪が、谷崎に続いてそれぞれの文章論を記した『文章読本』を発表しました。

『文章読本』は、それぞれの作家の文章に対する美学を知ることができるとともに、文章力を上げたい・文章を書くための表現力を身につけたいという人にとって、非常に実践的な実用書と言えます。今回は、谷崎潤一郎の同書をはじめ、特におすすめの作家による『文章読本』を4冊ご紹介します。

谷崎潤一郎『文章読本』


出典:https://www.amazon.co.jp/dp/4101005168/

谷崎潤一郎の『文章読本』は1934年に発表された、さまざまな『文章読本』の元祖とも呼べる随筆集です。

谷崎は本書の目的を「われゝ日本人が日本語の文章を書く心得」とし、文章には本来「実用的」と「芸術的」の区別はないのだと述べながら、文章の要素や上達法、口語文と文語文の違い、西洋の文章と日本語の文章の違いなどを理論的に解説しています。

「文章の上達法」の章では、文章の上達のためにはどういった文章が名文・悪文と言われるのかを知ることが大切だと述べており、

文章の味と云うものは、藝の味、食物の味などと同じでありまして、それを鑑賞するのには、学問や理論はあまり助けになりません。たとえば舞台における俳優の演技を見て、巧いか拙いかが分る人は、学者と限ったことはありません。それにはやはり演藝に対する感覚の鋭いことが必要で、百の美学や演劇術を研究するよりも、カンが第一であります。

と言います。そして、その“カン”はある程度生まれつきの部分もあるとしながらも、多くは心がけと修養次第で、鋭くみがくことができると言うのです。

そこで、感覚を研くのにはどうすればよいかと云うと、
出来るだけ多くのものを、繰り返して読むこと
が第一であります。次に
実際に自分で作ってみること
が第二であります。

と谷崎は述べています。本書は80年以上前に書かれた本ではありますが、その中で語られる文章の上達法や鑑賞法は古さを感じさせません。基礎的かつ伝統的な文章の書き方を学びたい人は、実用書として一読するべき価値のある1冊と言えます。

川端康成『新文章讀本』


出典:https://www.amazon.co.jp/dp/4813321267/

川端康成の『新文章讀本』は、谷崎潤一郎の『文章読本』に続き、1950年に刊行されました。

つねに新しい文章を知ることは、それ自身小説の秘密を知ることである。同時にまた、新しい文章を知ることは、古い文章を正しく理解することであるかも知れぬ。明日の正しい文章を……生きてゐる、生命ある文章を考へることは、私たちに課せられた、光栄ある宿命でもあらう

と川端は綴ります。本書は、源氏物語や枕草子といった古典のほか、芥川龍之介や石川淳、志賀直哉といった作家の文章を引用しながら、“小説の秘密”を解き明かしていこうとしています。

川端は、優れた文章とは「あらゆる用語を駆使し、あらゆるセンテンスを自在に使いこなすこと」だと定義します。その上で、「あらゆるセンテンスを自在に使いこなす」ことができるようになるためには、

まず読むこと。それぞれの長所を見ること。そこに知らず知らず進むべき途の第一歩は、見出されるのではあるまいか。
しかもつねに警戒すべきは、長所に酔って、うかと短所を見逃すことであろう。
短いセンテンスには、時として色も匂いもない。粗略単調な文章となる危険を持つ。性急で、無味乾燥な、文章となれば、そこに詩魂も枯れ、空想の翼も折れるであろう。反面、長いセンテンスは、徒らに冗長に失してその頂点を見失う事が多い。

と説きます。長いセンテンスにも短いセンテンスにもそれぞれの短所があり、両者の特性を理解した上で使い分けをすることが重要だと川端は言います。本書は他の作家たちの『文章読本』と比べると短い作品ではありますが、内容は濃密かつわかりやすく、文章表現を身に着けようとしている読者に対し、とても親切です。川端は本書の結びに、

文章の初心者に望む第一歩は、その故に、己の心緒に最もふさわしい……言いかえれば、一番己の好きな文章をみつけることである

とも述べています。好きな文章を見つけることが優れた文章を書くための第一歩である、という言葉はシンプルでありながら、頷く方も多いはずです。

三島由紀夫『文章読本』


出典:https://www.amazon.co.jp/dp/4122068606/

三島由紀夫の『文章読本』は、1959年に発表されました。

三島は本書のはじめに、小説の読者を「レクトゥール」(普通読者)と「リズール」(精読者)の2種類に分ける考え方を紹介しており、リズールは「その人のために小説世界が実在するその人」、文学がただの娯楽ではなく「本質的な目的」である人だと説きます。そして、これまでレクトゥールであったことに満足している人たちを、より深く本を味わうリズールに導くことが本書の目的だと綴ります。

三島の『文章読本』は、

この「文章読本」の目的も、ある一つの型の文体を最高のものとして、ドグマティックに文体の階級制度を作ろうというのではありません。

という言葉どおり、特定の文体の美しさを称揚するというよりも、小説や評論、戯曲、キャッチフレーズに至るまで、さまざまな文体の魅力と効用を広く紹介しようとしています。

たとえば、国内外の作家の文章をお手本として挙げながら、小説の文章の良し悪しについて綴る第3章では、森鴎外の文体を“簡潔で清浄な文章”のよい例のひとつだと述べます。

三島は“りょは小女を呼んで、汲立の水を鉢に入れて来いと命じた。水が来た。”という森鴎外の短編小説『寒山拾得』の一節を紹介しつつ、

私がなかんずく感心するのが、「水が来た」という一句であります。(中略)文学的素人には、こういう文章は決して書けない。このような現実を残酷なほど冷静に裁断して、よけいなものをぜんぶ剥ぎ取り、しかもいかにも効果的に見せないで、効果を強く出すという文章は、鴎外独特のものであります。

と解説しています。三島の解説はどれも明瞭でわかりやすく、「二流の作家であればこのように書いてしまう」という改悪例も提示しつつその文章の魅力を紹介しているので、広くさまざまな文体に触れ、格調高い魅力的な文章を知りたいという人にはおすすめの1冊です。

丸谷才一『文章読本』


出典:https://www.amazon.co.jp/dp/4122024668/

小説家・文芸評論家である丸谷才一の『文章読本』は、1977年に発表された、比較的新しい1冊です。本書はすべて旧仮名遣いで書かれているものの非常にわかりやすく、古典から現代文学に至るまでさまざまな名文を引用しており、『文章読本』の決定版と呼べるような作品になっています。

特におもしろいのは、「ちよつと気取つて書け」という章。丸谷は最初に、

「思つたとほりに書け」という文章訓があつて、これがなかなか評判がいいらしい。話が簡単で威勢がいいから受けるのだらうが、わたしに言はせれば大変な心得ちがひである。(中略)頭に浮んだことをそのまますらすら写せばそれで読むに堪へる文章が出来あがるなんて、そんなうまい話があるものかといふことである。

と自論を述べ、基本的に文章は型に則って書くものであり、思ったことをそのまま書くだけで名文にするには、

書くにふさはしいやうにあらかじめ思ふ

……つまり、文章の型を身に着けた上で、そのフォーマットに添うように物を感じることがひとつのコツだと、身も蓋もない言い方をします。思ったとおりのことを書き写した結果、無味乾燥な文章になってしまうことへの対処として、丸谷は“ちょつと気取つて書く”、つまり、思ったことをそのまま書く前にすこしだけ言葉を精査し、その場にふさわしい字句を当てはめて文章を書けと提唱します。

本書はさまざまな作家の名文に親しむことができると同時に、随筆としてもユーモラスで味わい深く、飽きずに読むことのできる1冊です。谷崎潤一郎や川端康成といった文豪の『文章読本』がやや高尚に感じられた方には、本書がもっとも実用的で、手に取りやすい『文章読本』かもしれません。

おわりに

自分の好きな文章や目指したい文章を書く作家の『文章読本』をまず読んでみるのもいいですが、数冊の『文章読本』を読み比べてみると、源氏物語などの古典や志賀直哉の文章といった、多くの作家に言及されている“名文”の存在が見えてくるはずです。それぞれの作家による名文の鑑賞法や批評を取り入れ、自分なりの文章法を確立していくことが、文章の上達への第一歩かもしれません。

文章が上手になりたいという方はもちろん、文豪が思う“名文”とはどんな文章なのかを知りたい方や古今東西のよい作品に触れたい方にも、今回ご紹介した4冊の『文章読本』は特におすすめです。

記事一覧
△ あの文豪の文章力を身につける。作家の「文章読本」4選 | P+D MAGAZINE TOPへ