本との偶然の出会いをWEB上でも

“怖さ”は生きる力になる。コンプレックスとうまく付き合うための本4選

大人になっても、なかなか自分の中から消えてくれない“コンプレックス”に悩み続けている方は多いのではないでしょうか。今回は、コンプレックスと闘いながら日々を生き抜く人々を描いた、選りすぐりの本を4冊ご紹介します。

shutterstock_1056987770

容姿や振る舞い、人とのコミュニケーション……。私たちは皆、多かれ少なかれ、自分のどこかにコンプレックスを抱きながら人生を生きています。
10代のうちにコンプレックスをある程度解消できたという人もいれば、まさに今この瞬間、コンプレックスに悩み続けているという人もいるでしょう。

本は時に、そんな大きな悩みとの上手な付き合い方を私たちに教えてくれます。今回は、コンプレックスと闘いながら日々を生き抜く人々を描いた、4冊の本をご紹介します。

人とうまく喋れない主人公が見つけた天職──川上未映子『すべて真夜中の恋人たち』

すべて真夜中の恋人たち
出典:http://amzn.asia/d/5uN6egA

【あらすじ】
34歳の入江冬子は、幼い頃から人づきあいが苦手だった。フリーランスの校閲者をしている彼女の唯一といっていい趣味は、誕生日に真夜中の街を散歩することで──。

『すべて真夜中の恋人たち』は、川上未映子による長編恋愛小説です。主人公の入江冬子は人づきあいが苦手で、自分の思ったことをうまく口にできない人物として描かれています。新卒で入った会社を辞めたきっかけも、職場の人間関係がうまくいかなかったからでした。

人とでかけたり、付きあったりすることはもちろん、言葉を交わしたりふつうに会話することさえうまくできず、小さなころからそういったことに自信のなかったわたしは小さな会社にある独特の雰囲気に最後まで慣れることができなかった。

はじめのうちは何度か声をかけてもらっていた食事や飲み会みたいなものも遠まわしに断わり続けているとしだいに誘われなくなっていって、気がつくとわたしはひとりぼっちになっていた。

恋人がいないことや人とうまくコミュニケーションがとれないことを職場の人たちから冷やかされ、会社の中で孤立しつつあった冬子にフリーランスの仕事を紹介したのは、彼女の唯一の友人とも言えるでした。冬子は、自分と違ってはっきりとものをいう性格の聖に憧れていたこともあって、聖の紹介を受け入れ、フリーランスの校閲者として仕事をするようになります。

その後、ひょんなことから出会った三束という男性のことを、生まれて初めて好きになる冬子。三束に、どういう人が校閲の仕事に向いているのか、と聞かれた冬子は、このように答えます。

「基本的にひとりきりの作業だから、そういうのが淋しくないというか、気にならないというのも、あるかもしれません」

冬子は、誰もいない部屋の中でする校閲の仕事に孤独を感じながらも、同時に、ひとりきりであることに安心感も覚えるようになります。周りからは欠点だと思われていた彼女の静かさや集中力は、校閲の仕事においては大きな強みとなるものでした。

コンプレックスについて考えるにはもちろん、人生や恋愛の中で時に向き合わなければならない“孤独”について思いを馳せるのにも、おすすめの1冊です。

“ぶす”な女の子が世界と対峙できるようになるまで──西加奈子『きりこについて』

きりこについて
出典:http://amzn.asia/d/3qjivsk

【あらすじ】
両親の愛情を受けのびのびと育ったきりこ。小学5年生のとき、好きだった男の子に「ぶす」と言われたことをきっかけに、きりこは悩んで引きこもるようになってしまう。そんな中、きりこの飼い猫であるラムセス2世は大きくなるにつれ、人の言葉を覚えるようになり……。

きりこは、ぶすである。

……こんな印象的な一行で始まる『きりこについて』は、主人公・きりこの飼い猫「ラムセス2世」の視点で書かれた、西加奈子による長編小説です。きりこは本作の中で、容姿があまり可愛くない女の子として描かれています。

顔の輪郭は、空気を抜く途中の浮き輪のように、ぶわぶわと頼りなく、眉毛は、まるで間違いを消した鉛筆の後だ、がちゃがちゃと、太い。その下にある目は「犬」とか、「代」などの漢字の右上の点のようで、それが左右対称についている。鼻は、大きく右にひしゃげていて、アフリカ大陸をひっくり返したようである。

顎はない。ないというか、そのままなだらかに首(首もないのであるが。後述)とつながっていて、どこにあるのか、探そうにも、探せない。

両親に可愛いがられて育ったきりこが自分を「可愛くない」と自覚したのは、小学5年生の頃、初恋の男の子にぶすと言われたことがきっかけでした。きりこはしだいに自分の容姿について悩むようになり、拒食症や睡眠障害を患って自宅に引きこもるようになります。

そんなきりこを成長させたのは、他でもない彼女自身の心の強さと、言葉の通じる飼い猫・ラムセス2世による励ましでした。ラムセス2世ときりこは強い信頼関係で結ばれていて、ラムセス2世は決してきりこに「ぶす」と言わないし、きりこはラムセス2世を「賢い」と褒め続けます。
周りに「可愛い」とばかり褒められることの多かったラムセス2世は、猫としての容姿の愛くるしさではなく、自分だけの美点である賢さを評価してくれるきりこのことが大好きでした。

きりこは、物語の最後でこんなことに気づきます。

「うちは、容れ物も、中身、も込みで、うち、なんやな」

中身(心)だけが本当の自分、というありきたりな結論に至るのではなく、きりこは自分の容姿と中身、両方を引き受ける覚悟を持つようになるのです。きりこの成長、そしてきりことラムセス2世の信頼関係が、実に頼もしく美しい物語です。

天パ、下戸、実家暮らし……だからこそ生まれたカルチャーがある──武田砂鉄『コンプレックス文化論』

コンプレックス文化論
出典:http://amzn.asia/d/d0IHagB

【あらすじ】
天然パーマ、背が低い、下戸、ハゲ、一重、実家暮らし……といったさまざまなコンプレックスに向き合い、それらのコンプレックスに悩む著名人たちのインタビューを交え考察した評論集。

下戸、一重(ひとえ)、実家暮らし、親が金持ち……。そんな、人によっては些細なこととも捉えられてしまいがちなコンプレックスに正面から向き合う評論集が、武田砂鉄による『コンプレックス文化論』です。本書は、コンプレックスに時に悩み、それでもうまく付き合いながら生きてきた10名の文化人たちへのインタビューを通して、“コンプレックスがあったからこそ生まれるもの”に光を当てようとしています。

たとえば、「下戸」の章。ポップバンド・スカートの澤部渡氏は、ミュージシャンであるにも関わらずお酒が飲めない苦しみを吐露します。

澤部 バンドマンと打ち上げして、まあ1杯くらいは飲まないと、っていう状態になったときに「じゃあ、カルアミルクで」とか言うと、「そんな体型なのに」って笑われるんですよ。

澤部氏は、アルコールが人々の間に作り出す“一体感”を不自然なものであると語り、下戸はお酒が飲める人よりも正気でいることが多い分、「寂しい」時間に長く耐えなければいけないのだと言います。

澤部 お酒を飲んでいる人たちはどうやらいっつも楽しそうにしている。こっちはたまにしか楽しくないぞ、っていう。普段、寂しいじゃないですか。寂しいなら寂しい。そうでもない人はそうでもない。このことを歌わないといけない。

彼へのインタビューは、こんな風に結ばれます。

──酔って記憶をなくすのではなくて、(中略)人の心に入り込んでいく、下戸なりの音楽を期待しています。

澤部 はい。人生って、そんなに楽しくないぞ、でもいいこともあるぞ、ってことを正直に歌っていければと思っています。

本書を読めば、ミュージシャンや作家たちの表現には、コンプレックスが欠かせないものであることが分かります。それぞれの悩みに共感できるのはもちろん、「コンプレックスがこんな素晴らしいカルチャーになるなんて」と、明日を生きていく勇気をもらえるような評論集です。

“後ろめたさ”を抱えて生きていくこと──桜井鈴茂『どうしてこんなところに』

どうしてこんなところに
出典:http://amzn.asia/d/9v2GyEW

【あらすじ】
しがないサラリーマンである久保田輝之は、ある晩、妻を殺めてしまう。自首すべきか自殺するかで悩んだ彼は、結局はどちらも選べず、あてのない逃亡生活を送ることになる。

桜井鈴茂による小説『どうしてこんなところに』は、妻を殺めてしまったしがないサラリーマンが、偽名を使って日本各地に移り住み、逃亡生活を送った2年あまりの日々を描きます。

ごく普通の会社員生活を送っていた久保田は、ある晩、衝動的に妻を殺してしまいます。自首か自殺という選択肢のどちらも選ぶことができなかった彼は、行くあてもないのに家を飛び出し、逃亡生活を始めます。

殺人を犯した人物が日本各地を逃げ回る話──と聞くと、逃亡のスリルや緊張感に重きが置かれたクライムサスペンスを想像される方が多いかもしれません。しかし本作で重点的に描かれるのはむしろ、言い訳を続けながら自首も自殺も選ぶことのできない主人公のだらしなさと、殺人という大きすぎるコンプレックスがあるがゆえに人と関わることを拒否してしまう、後ろめたさです。

久保田は、平凡だったはずの自分の人生にどこで亀裂が生じたのか、事あるごとに振り返り、自問自答します。

下した当時はとてつもなく大きく思えたものの、やがては取るに足らないものだったと判明する決断。あるいは逆に、下したときは下したという意識さえ希薄だったのに、時間が経つにつれて徐々に重みを増してくる選択。おれはいったいどこで人生のボタンを?

後ろめたさや恐ろしさゆえに人と深く関わることを選べない久保田には、人生の中でなんらかの大きなコンプレックスを抱いたことのある人間なら、少なからず共感してしまうはず。少しずつ社会とのつながりを取り戻し、自分自身の中にある恐れや怒りと向き合っていく主人公の姿からは、コンプレックスと向き合うためのヒントが浮かび上がってきます。

おわりに

絶世の美女、オードリー・ヘップバーンにさえ、「鼻が高すぎる」、「グラマーでない」というコンプレックスがあったと言います。私たちは生きている限り、恐らく、コンプレックスから完全に逃げることはできません。

しかし、本を開けば、その中には自分だけのコンプレックスに悩み、闘いながらも日々を生き抜いている人たちの等身大の姿があります。悩みの大きさに耐えられなくなりそうになった時は、今回ご紹介した本を開いて、登場人物たちの生き方の多様さに触れてみてください。

 
 
参考文献:河合香織『絶望に効くブックカフェ』
絶望に効くブックカフェ
出典:https://www.shogakukan.co.jp/books/09406418

記事一覧
△ “怖さ”は生きる力になる。コンプレックスとうまく付き合うための本4選 | P+D MAGAZINE TOPへ