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【福永令三・生誕90年】大人が『クレヨン王国シリーズ』から学べる3つのこと

2018年12月25日、生誕90年を迎える童話作家、福永令三。代表作『クレヨン王国』シリーズのあらすじとともに、作品に込められた「生きるうえで大切なこと」を紹介します。

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2018年12月25日、生誕90年を迎える童話作家がいます。それは、『クレヨン王国』シリーズの作者として知られる福永令三れいぞう(1928〜2012)。

架空の王国“クレヨン王国”を舞台にしたシリーズ第1作目『クレヨン王国の十二か月』は1964年に講談社児童文学新人賞を受賞した後、1980年に文庫版で刊行されました。1997年にはシリーズを原作としたアニメ『夢のクレヨン王国』が放送され、原作も30作を超える続編が刊行されるほどの人気を集めています。

時代を問わず愛され続ける『クレヨン王国』シリーズ。児童文学と聞くと「大人が読むのはちょっと」と敬遠してしまう人もいるかもしれませんが、『クレヨン王国』シリーズは「環境破壊」や「戦争」、「老い」といった骨太なテーマを描いており、大人が読んでも学びの多いシリーズとなっています。

今回は『クレヨン王国』シリーズから学べる、生きるうえで大切なことを紹介します。

 

自分の欠点を見直す/『クレヨン王国の十二か月』

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【あらすじ】
大晦日の夜、目を覚ましたユカは12色のクレヨンたちが会議を開いていることに気がつく。彼らは、クレヨン王国のゴールデン国王が妻のシルバー王妃の悪癖に嫌気がさして家出してしまったことに困惑していた。ユカはシルバー王妃とともにゴールデン国王を探すべく、クレヨン王国にある12の町をめぐる旅に出るのだった。

シリーズ第1作目の『クレヨン王国の十二か月』は、12の困った癖を持つシルバー王妃と、小学2年生の少女、ユカの成長が描かれた物語です。

王さまがいなくなれば、わがクレヨン王国がどんなふうになるかは、みなもよく、しょうちのはずじゃ。王さまは、太陽じゃ。光じゃ。王さまをうしなえば、われわれはだんだん色をうしなって、つまり、世界は白黒の写真のように、かたちとかげだけになってしまう。赤いリンゴも、みどりの葉も、青い空ももう二どと見ることができないのじゃ。そうなれば、もう、あくまの国じゃ。人間もほろびてしまう。もし、この一年のうちに、王さまをつれもどさなければ、そういうおそろしいことになる。

『クレヨン王国の十二か月』より

大晦日の夜に“小さなものがたくさん動いているような感じ”で目覚めたユカは、枕元に置いていた12色入りのクレヨンが会議をしている様子を目にします。彼らはクレヨン王国の大臣であり、ゴールデン国王の家出によって世界が色彩を失い、滅びてしまう危機に慌てていたのでした。

ゴールデン国王が家出した理由は、妻であるシルバー王妃にありました。散らかし癖や意地っ張り、疑い癖、ケチ……、という彼女の悪癖は、行く先々で決まってトラブルを起こします。大人の女性であるシルバー王妃を、ユカがフォローしながら王様を探す旅を続けていきます。

シルバー王妃の困った癖は、多くの人も心当たりがあるかもしれません。自分が起こしたトラブルに対し、「あなたのせいだ」と怒ったり、誰かを小馬鹿にするシルバー王妃の姿は、他人事だと思えない人もいるでしょう。

自分の欠点を指摘されたとき、素直に受け入れられる人ばかりではありません。しかし、悪癖だらけのシルバー王妃はゴールデン国王を探すために自分を見つめ直し、反省しようとします。私たちもシルバー王妃のように、ダメな部分を認めて直そうとする努力をすることが大切です。

 

自分らしく生きる/『クレヨン王国からきたおよめさん』

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【あらすじ】
秋の運動会の総練習の朝、いつもと違う電車に乗った亜有子あゆこは、高校生の夏江子かえこと出会う。降りた先にあった店「カフェテラス クレヨン王国」で「いろいろなおよめさん」を注文できることを知った亜有子は、勉強が得意なおよめさんを選ぶ。

小学生の亜有子は、ある日“なぐり電車”という奇妙な電車に共に乗り合わせたことから、高校生の夏江子と知り合います。ふたりが電車でたどり着いたクレヨン王国のカフェは、「さまざまな特徴を持ったおよめさんを注文し、しばらくの間頭の中に住まわせる」という不思議なオーダーができる場所でした。

勉強ができる「勉強のおよめさん」を選んだ亜有子は、頭の中で“市番常代いちばんつねよ”という女性と奇妙な同居をすることとなります。最初こそ勉強で良い成績を残すことを喜んでいた亜有子でしたが、次第に自分の身に起きた変化に気がつきます。

市番常代は、もう完全に亜有子の頭の中での支配権をにぎりました。これまでは、常代といつもいい争っていた亜有子は、だんだん小さくなって、常代のことばに反対できなくなりました。
亜有子の大切にしていたぬいぐるみのくまのミーシャは、あっさりと押し入れの中に片づけられてしまいました。小さいときから、すこしずつ買いあつめてきたガラスざいくの小さな動物たちも、ひきだしのいちばんおくにしまいこまれました。まんが雑誌はたばねられて、古新聞といっしょに、ちり紙交換に出されました。

『クレヨン王国からきたおよめさん』より

好きなものや大切なものだけでなく、自分の居場所でさえもおよめさん(市番常代)に奪われ始めた亜有子。次第に記憶や外見も乗っ取られていき、亜有子は「このままではいけない」と悟ります。

亜有子が、亜有子でいるためには、やっぱり努力しなければいけないんだ。そうでないと、自分でないものに、ぶんどられていってしまうんだ。

自分を守るため、亜有子は自分の存在を脅かすおよめさん(市番常代)と対決をすることとなります。

みなさんの中には、「相手の顔色をうかがって生きた結果、疲れてしまった」、「人に合わせてばかりで主張ができない」という悩みを持つ人もいるかもしれません。それは「自分」というものを見失ってしまっているからではないでしょうか。亜有子も、およめさんに対して遠慮がちになったり、真っ向から対話することから逃げていたばかりに立場が逆転してしまいます。

「自分」を見失わないために、日々努力を続ける。そんな小さな行動の積み重ねが、「自分」らしく生きるなによりの近道といえるでしょう。

 

相手の立場に立って考える/『クレヨン王国のパトロール隊長』

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【あらすじ】
野外授業の日、担任の右田先生と揉めたノブオは逃げ出した先でクレヨン王国に迷い込む。クレヨン王国のパトロール隊長に任命されたノブオは、王国内の警備をするうちに先生や義理の母親、妹との関係を考えていくのだった。

『クレヨン王国のパトロール隊長』の主人公、ノブオは「特に理由もなく、担任の先生から目の敵にされている」、「自分のせいで妹が失明してしまった」という理由から、家庭にも学校にも居場所がない少年です。悔しさや失意を常に心に抱えていたノブオが迷い込んだクレヨン王国では、彼の心が今にも砕け散りそうな状況であることから、彼をしばらく王国に滞在させようとします。

不思議な国のいたるところで、病死した実の母の気配を感じ取るノブオ。母の思いをもとに、ノブオはパトロール隊長として王国内で起こる事件を解決に導いていきます。

ある日、ノブオは途中入院した病院で、シロマダラヘビの女の子を養子として受け入れたシジュウカラのおばさんと出会います。病院の掃除婦として忙しく働くシジュウカラのおばさんは、ノブオに姿形も異なる養子を育てる苦悩を打ち明けるのでした。

「わたしはこんなにいそがしくはたらいていますので、あの子のそばにいてやれません。じぶんがこうしてはたらいているあいだに、あの子は、どんどん、はなれていってしまう。まるで、わたしはあの子をさけるためにはたらいているみたいに思えるのです。わたしが、あの子のことをちっとも知ろうとしなかったために、きっといまに、神さまがばちをおあてになる。そんな気がしてなりません。」
「なぜ、じぶんの子をさけるのです。」
「わかりません。じぶんに自信がないのです。あの子の母親になれる自信が。あの子は、毎朝おきません。あの子は、鳥は早おきだが、わたしのからだはちがうといいます。なにからなにまで、そうなのです。ーーあの子のことがわからないのです。わたしがしてやれることは、ただはたらいて、いろいろ、あの子のほしがるものを買ってやることだけです。」

『クレヨン王国のパトロール隊長』より

「母親になれる自信がない」と漏らすシジュウカラの嘆きを耳にしたノブオは、「できるだけ一緒にいること」を提案するとともに、自分自身も寂しさから母親をわざと困らせようとしていたことを思い出すのでした。

クレヨン王国に迷い込むまで、ノブオは家庭でも学校でも「理解してもらえない」、「誰も自分のことを愛してくれない」といった苦しみを抱えて生きていました。しかしそれは、ノブオが自分の立場でしか物事を捉えられていないことでもありました。

クレヨン王国で試練を乗り越え、さまざまな人との出会いを経験したノブオは、「妹が失明したとき、自分を叩いた父親はどんな気持ちだったのか」、「先生は自分のことをどう思っているのか」など、負の感情を持つきっかけとなった出来事から、相手の立場に立って考えるようになります。

私たちは、人付き合いの中ですれ違いが生じることは避けられません。そこで一方的に「自分だけが傷つけられている」と思い込むのではなく、相手もまた自分によって傷つけられているかも……、と相手の心に寄り添うこともときには必要です。

 

いつだって大切なことを教えてくれる、『クレヨン王国』シリーズ。

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大人が大きな子どもであるように、子どもは小さな大人である。

『クレヨン王国の十二か月』より

自然豊かで、動植物と人間が共存している幻想的なクレヨン王国を舞台とした『クレヨン王国』シリーズ。子供が好むファンタジーで終わらない魅力があるのは、「子ども」や「大人」という線引きをするのではなく、子どもも「小さな大人」として扱う福永令三の思いがあるからでしょう。

時に残酷な運命や理不尽な展開もありつつ、生きるうえで大切なことを教えてくれる『クレヨン王国』シリーズに、過去に慣れ親しんでいた人も読んだことがない人も触れてみてはいかがでしょうか。

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