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【村田沙耶香『信仰』ほか】“カルト”の恐ろしさに目を向けるための小説3選

人の心の弱みにつけこみ、信者を搾取する「カルト宗教」や「カルト商法」。今回は、そんな“カルト”をテーマにした小説の中から、その恐ろしさや背景がわかる、特に読み応えのある作品を3つ選りすぐりました。3作品のあらすじと読みどころを解説します。

“1.祭礼儀式。
2.ある人、事物に対する熱狂的崇拝。また、そのような人々の集団。特に、少数で組織される狂信的宗教集団。”
(『精選版 日本国語大辞典』より)

“カルト”という言葉を辞書で引くと、このように書かれています。“ある人、事物に対する熱狂的崇拝”。この文言を目にして、信者を搾取し家庭を崩壊させるような新興宗教を想起する人もいれば、カルトまがいの商法でお金を巻き上げるようなビジネスを思い浮かべる人もいるでしょう。

人の心の弱みにつけ込むような、いわゆるカルト宗教やカルト商法をテーマにした傑作小説は数多く存在します。今回はその中でも、特に読み応えのある作品を3つ選りすぐりました。それらの作品のあらすじと読みどころを解説します。

『信仰』(村田沙耶香)


出典:https://www.amazon.co.jp/dp/4163915508/

『信仰』は、『コンビニ人間』などの代表作がある小説家・村田沙耶香が2022年に発表した最新短編集。表題作の『信仰』は、カルト宗教に傾倒する人々と、その熱狂に没頭することのできない主人公の葛藤を描いた物語です。

会社員の永岡ミキは、地元で久しぶりに再会した中学時代の同級生・石毛から「俺と、新しくカルト始めない?」と誘われます。いまどきそんなものに騙される人間はいないと、石毛の話を一笑に付すミキでしたが、現在石毛と交際しているという元同級生の斉川の存在が気にかかります。斉川は昔から気が弱く騙されやすい性格で、カルト宗教を始めて一儲けする、という石毛の話を鵜呑みにしてしまっているのではないかと心配になったのです。

はじめは彼女を説得しようと躍起になっていたミキでしたが、宗教とは呼べないくらいの規模のスピリチュアル行為で、なおかつそれを実践している本人に詐欺という認識がなければ法的にはグレーゾーンだ、と斉川に言われたミキは悩んでしまいます。天動説をモチーフにしたヒーリングセラピーで信者を集めるのはどうか、と斉川は提案し、“このカルトを本物にしたい”と純粋な目で言うのでした。ミキは、そんな斉川に「私を洗脳してほしい」と頼み込みます。

ミキは幼い頃から非常に現実的な性格で、何事も「原価に見合う価格かどうか」「没頭する価値のあるものかどうか」という基準でシビアな判定を下すタイプでした。しかし、よかれと思ってそれを周囲の人々にも強要したことで、大事な友人や家族との絆に亀裂が入ってしまった経験がありました。

“「ありがとう。私の大切な幻想をまったく尊重せず、片っ端からぶち壊してくれて本当にありがとう。これから私はエステに行っても、ネイルに行っても、ホテルで食事をしていても、いつもあなたの押し付けてきた『現実』が頭にうかぶ人生を送るわ。それが私の本当に幸せな人生だと思ってくれているなら、本当にありがとう」”

“「お姉ちゃんの『現実』って、ほとんどカルトだよね」”

高価な商品やサービスに喜んでお金をつぎ込んでいたミキの友人や家族たちは、「現実を見なよ」と冷たく言い放つミキに、そう言葉を返します。ミキはしだいに、自分が信奉している“現実”にも、少なからずカルト的な側面があるのではないかと疑念を覚え始めるのでした。

本作は、カルト商法・カルト宗教に傾倒していく人々だけでなく、人間の抱く“理想”や“幻想”の根源的な危うさにまで広く焦点を当てている凄まじい作品です。表題作のみならず、収録作はどれも現実社会をリアルに反映させており、いま必読の作品集です。

『星の子』(今村夏子)


出典:https://www.amazon.co.jp/dp/4022514744/

星の子』は、『むらさきのスカートの女』で第161回芥川賞を受賞した作家・今村夏子による長編小説です。本作は第157回芥川賞の候補作であり、2020年には大森立嗣監督、芦田愛菜主演で映画化されたことでも話題を呼びました。

本作は、カルト的な新興宗教に傾倒していき、しだいに崩壊していく家族の姿を小学生の娘・ちひろの視点から描いた物語です。主人公のちひろは幼い頃から病弱で、原因不明の湿疹に苦しめられ続けていました。そんな彼女を心配する父親が、職場の同僚・落合から勧められた謎の水「金星のめぐみ」をちひろの体に塗布するようになると、不思議と病状は改善します。ちひろの一家はこの件をきっかけに、「金星のめぐみ」を販売する新興宗教に入信し、信仰心を深めていきます。

“トレーの上にのっていたのは洗面器と白いタオルだった。洗面器には水が張ってあった。父は落合さんのいうとおりに洗面器の水にタオルを浸し、軽くしぼったものを折り畳んで頭の上にのせた。
「ア……、ア、なるほど……」
「どうですか」
「なるほど。こういうことですか」
「巡っていくのがわかるでしょう」
「わかります」
(中略)
「女性会員のなかにはこれで赤ちゃんを授かったっていうかたもいらっしゃるんですよ」奥さんがいった。
「ほんとに……、すごい……」
「特別な生命力を宿した水ですからね」
「そういわれてみれば……」”

本作のストーリーは今村夏子らしい、率直で飾り気のない文体で進んでいきます。主人公のちひろは素直で人を疑わない性格ゆえに、家族の変化や状況の不穏さに決して気づきません。しかし、一家を宗教から脱退させようと奮闘する親戚や、宗教に傾倒していく両親を強く憎むちひろの姉・まさみの存在が描かれることによって、ちひろ一家が信仰する宗教の特殊性や排他性がかえって深く浮き彫りになるのです。

近年、いわゆる“宗教2世”(特定の信仰を持つ家族の元で、その教えの影響を受けて育った子ども)の視点でカルト的な宗教団体の異様さを訴える作品は多く見られるようになりましたが、いままさにそのコミュニティの中にいる子どもの視点から見える世界を綴っているのは、今村夏子ならではと言えます。

『新興宗教オモイデ教』(大槻ケンヂ)


出典:https://www.amazon.co.jp/dp/B00EAEYJM2/

『新興宗教オモイデ教』は、ロックバンド・筋肉少女帯のメンバーとして活躍し、文筆家としての顔も持つ大槻ケンヂによる長編小説です。本作は大槻が1992年に発表した作家としてのデビュー小説で、1990年代の日本のサブカルチャーを牽引した彼らしい、奇妙かつ破天荒なストーリーの光る1作となっています。

本書はそのタイトル通り、「オモイデ教」という新興宗教を信仰する若者たちを巡る物語です。主人公の高校生・ジローは教室で隣の席に座っている女子、なつみに密かに想いを寄せていました。しかし夏休みが明けてすぐ、なつみは高校を中退してしまいます。彼女が妻子持ちの数学教師と不倫関係にあり、教師と別れたことから「オモイデ教」に入信してしまったという話を同級生から聞いたジローは、強いショックを受けます。

その後、なつみと街で再会したジローは、なつみ自身の口から自分が「オモイデ教」に入信したこと、オモイデ教の教祖はトー・コンエという不思議な力を持った男性であること、そして、なつみは修行を積んだために「誘流メグマ祈呪術」なる、人を発狂させる電波を出せるようになったということを聞かされます。はじめはその話を妄想と決めつけていたジローでしたが、なつみが実際に「誘流メグマ祈呪術」を成功させるシーンを見たことから、しだいに彼自身もオモイデ教の内部に近づいていくのでした。

本書の中でジローやオモイデ教の信者たちが強く憎んでいるのは、“付和雷同し、鳩みたいに群れたがる人々”です。彼らはそのような人物を見ると、いっそ「誘流メグマ祈呪術」を用いて発狂させてしまうべきだと訴えます。

“「人間における悪しきものって、どんな人のことだと思う?……あのね、簡単なの。つまんない人のことなの。付和雷同する人。鳩みたいに群れたがる人達のことなの」
「……誰かがジルバを踊り出したら、すぐ一緒になって踊り出すような人達?」
「えっ……ハハハ……あなた面白いたとえするねっ。でもまあそうよ。そういう人達がこの宇宙を悪くしているってトー様は言ったわ」”

オモイデ教の信者たちは、自分の意見を持たず、周囲に同調してばかりの同級生や大人を見下し“つまらない”と評します。しかし実際には、自分たちは唯一無二の存在だと信じてやまないオモイデ教の信者たちも彼らと同じように不安を抱えており、人との関わり方に悩んでいる様子が見てとれます。

本書は思春期の子どもの想像力の延長線上にあるような、とても自由で型破りな作品でありながらも、カルト的なものにすがろうとする人々の根幹にある孤独や葛藤を繊細に描く小説でもあります。宗教や精神疾患にまつわる描写の中には、現代の目から見るとやや差別的でステレオタイプに感じられるようなものも散見されますが、青春小説としても味わい深い1作です。

おわりに

今回ご紹介した3冊の作品は、どれも“カルト”的な性格を持つ宗教団体やスピリチュアルセミナーを題材にしています。それらに心酔し、内部に入り込んでいく登場人物たちの背景はさまざまでありながらも、その根幹には、現代社会の既存のシステムやコミュニティの中からこぼれ落ちてしまう人々の、不安や孤独があるように感じられます。

カルト宗教・カルト商法に注目が集まっているいまだからこそ、それらを信奉する人々の心情を緻密に描いた作品に触れてみてよいのではないでしょうか。「自分はこんなものにハマるわけがない」「こんなものを信じる人の気が知れない」という思い込みを取り払って真摯に作品を読めば、“カルト”に手を出さざるを得なくなった人々のことが少し見えてくるはずです。

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