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【文学恋愛講座#12】彼らはいかにして童貞を卒業したのか?──文学に学ぶ童貞卒業法

「童貞を捨てたい」──。そんな気持ちで悶々としている男性読者の皆さまのため、今回の文学恋愛講座では、3つの文学作品を教科書に“童貞卒業法”を考察します。

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どうにかして童貞を捨てたい──。そんな気持ちで日々、悶々としながら焦りを募らせている男子は多いのではないでしょうか。

文学の世界では古くから、女性との性的な接触はおろか、ほとんどコミュニケーションもとったことがないという“童貞男子”の葛藤が描かれてきました。
今回の文学恋愛講座では、そんな“童貞男子”が主人公の3つの名作を教科書に、童貞を捨てるにはどんなシチュエーションを選べばよいか、そしてどんな心構えでいればよいかを考察します。

 
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【初級編】プロに身を任せる──小谷野敦『童貞放浪記』

童貞放浪記 
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童貞を捨てるための最も手っ取り早い方法は、皆さんご存知の通り、お金を払って風俗店でプロの女性に相手をしてもらうことです。しかし中には、「女性とまともに付き合ったこともないのに、急にそんなことできない……。」と葛藤している方もいるかもしれません。

そんな童貞男子が初めて風俗店に行くまでの模様をリアルに描いた傑作が、小谷野敦の短編小説『童貞放浪記』です。主人公の金井淳は、関西の大学で講師として身を立てている30歳。彼は女性との交際経験がなく、悶々とした毎日を送っています。

そんな淳は29歳のときに、留学先の北米の都市で、仲間に連れられて行ったホテルで初めてストリップのショーを見ます。

初めて生身の女の裸を見たわけで、あまり酒の呑めない淳だったが、ビール一瓶呑んだせいか、傍目も気にせず興奮し、最前列に陣取って踊り子の挑発するような身振りに反応していた。
──『童貞放浪記』より

旅行先で晴れて“ストリップ童貞”を捨てた淳は、日本に戻ってからも、ショー要素の強い豪華絢爛なストリップ劇場から、「タッチショー」といったサービスのある過激なストリップ劇場まで、さまざまな劇場に足を運ぶようになります。

タッチショーというのは踊り子が客に体を触らせるサーヴィスである。(中略)客が多い場合は満遍なく、というわけにいかないから、タッチショー目当ての客はなるべく最前列に陣取らなければならない。淳が初めて「女の体」に触れたのは、このタッチショーだった。もう三十になっていただろう。
──『童貞放浪記』より

最大のポイントは、彼が訪れる風俗店の幅を少しずつ広げていったこと。ライトな風俗店で女性とのコミュニケーションに慣れてきた淳は、しだいにファッションヘルスに通うようになり、最終的には指名した踊り子との“本番”を許可しているストリップ劇場で、女性を指名できるようになります。

彼は、最初から“本番”ありのお店に一人で行くのではなく、受ける性的なサービスのハードルを少しずつ上げていくことで、童貞を捨てることへの恐怖感を徐々に薄れさせていったのです。

【中級編】ビジネスパートナーをつくる──村上春樹『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』

多崎つくる
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しかし、本音を言えば、風俗店で童貞を捨てることには抵抗がある──という男子も少なからずいらっしゃることでしょう。そんな方には、(少し難易度は上がりますが)性的なビジネスパートナーをつくるという方法もあります。

村上春樹の長編小説『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』には、女性と性的な関係を結んだことのないまま21歳を迎えた主人公の多崎つくるが、アルバイト先の設計事務所で4歳年上の独身女性と“ビジネス”な関係に及ぶまでの過程が、このように書かれています。

つくるは機会を見つけて彼女を食事に誘い、そのあと自分の部屋に誘い、それから思い切ってベッドに誘った。彼女はどの誘いも断らなかった。ほとんどためらいもしなかった。つくるにとっては初めての体験だったが、それにしては何もかもがスムーズに運んだ。最初から最後まで戸惑うこともなく、気後れすることもなかった。そのせいで相手は、つくるが年齢のわりに性的な経験を十分に積んでいると思ったようだった。実際には夢の中でしか女性と交わったことがなかったにもかかわらず。

その関係は八か月ほど続き、それからお互い納得の上で別れた。(中略)彼女はつくると交際しながら、その一方で故郷の新潟に幼なじみの恋人を持っており(情報は最初から開示されていた)、四月に彼と正式に結婚することになった。
──『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』より

つくると「彼女」は、お互いに納得の上で性的なパートナーシップを結び、8か月の期間を経てその関係を解消します。ふたりは“穏やかな好意と健康的な肉欲以上のもの”を互いに感じることができなかったとつくるは語っており、彼は一人の人間としての自信を得るために、「彼女」は結婚までのほんのひとときの火遊びとして、性的なパートナーを必要としていたのでした。

……これを読んで、「そんなうまい話があるものか」と憤慨される方もいるかもしれません。しかし、ここまでスマートには童貞を卒業できなくとも、多崎つくるのケースは私たちに重要なことを教えてくれています。

それは、つくるが“食事”、“自分の部屋”、“ベッド”と段階的に「彼女」を誘っていること。女性経験の乏しい人は、相手を誘うときに、勝手に「自分は好意を持たれている」と思い込んでしまったり、まともなデートもしていないのに突然自分の部屋に誘ってしまったりと、コミュニケーションのステップを無視してしまいがちです。つくるのように、ひとつひとつの行為にきちんと女性側の同意を得てからステップを踏むことは、当たり前のようでいて案外難しいこと。

もしも自分が“長期的に交際できる彼女がほしい”のではなく“(童貞を捨てさせてくれる)性的なパートナーがほしい”と思っているのなら、それをきちんとはじめから女性側に伝え、同意を得た上で関係を結ぶことが最も重要です。

【上級編】好きな人と童貞を卒業する──枡野浩一『ショートソング』

ショートソング
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童貞の皆さんの中には、「とにかくいつでもいいから童貞を捨てたい」と躍起になっている方もいれば、「本当は、好きな人のために童貞はとっておきたい」という方もいらっしゃることでしょう。後者に憧れている方は、風俗店を利用したり性的なパートナーに手伝ってもらうことは避けたい、と考えていると思います。

好きな人と童貞を卒業する──。そんな夢のような童貞卒業法のヒントになりそうなシーンが、枡野浩一の長編小説『ショートソング』に描かれています。

主人公の国友克夫は、ハーフの美男子であるにもかかわらず、シャイで自分に自信がない故に女性経験のまったくない大学生。憧れている同じ研究室の先輩・舞子には、「素材はいいのに……」と失望されています。克夫は、ひょんなことから短歌の“歌会”に参加することになり、現代短歌の世界にのめり込んでいきます。

ある日、克夫と舞子が飲み会の帰りに歩いていると、舞子の恋人であるプレイボーイの伊賀が他の女性とマンションに入っていくところを、偶然見かけてしまうのです。ショックを受けた舞子はヤケになり、克夫をこんなふうに誘います。

ラブホテルを通り過ぎようとしたとき、先輩が言った。
「……わたしたちも入っちゃおう」
「だめですよ、舞子先輩」
自分でもびっくりしたけど、即座に、ことわっていた。
「舞子先輩のことは好きです。でも、そういうふうに、腹いせみたいなので利用されるのは、もういやなんです」
──『ショートソング』より

驚くことに、克夫は、舞子からの誘いをきっぱりと断ります。克夫はこのあとすぐに、絶好のチャンスとも言える誘いにノーを突きつけてしまったことを後悔しますが、克夫のこのとっさの判断のおかげで、舞子と克夫はビジネスライクな性的パートナーになるルートを避けられたのです。

実は、酔って開放的な気分になっていたり、恋人とうまく行かずにヤケになっていたり、あるいは童貞好きを自称している女性に、同意の上で童貞を捨てさせてもらうのは、それほど難しいことではありません。
それは、「一度童貞を捨てるだけなら誰でもいい」と思っている童貞男子が一定数存在するのと同じように、「一度童貞の相手をするくらいなら構わない」と思っている女性も一定数、たしかに存在するからです。

本当に肝心なのは、自分が好意を抱いている女性を前にしたときに、その相手と長期的な関係を結んでいく覚悟ができるかどうかです。もちろん、“記念受験”のような気持ちで女性に頼み込み、性的な関係を持たせてもらうことも可能かもしれませんが、その人と長期的な交際をしたいという気持ちのほうが大きいなら、すぐにはそのカードを切らないことを強くおすすめします。

おわりに

童貞は、「いますぐにでも捨てたい」という重荷になりうると同時に、人生の限られた時期にしか持つことのできない、貴重な財産でもあります。

たとえば、前の章でご紹介した小説『ショートソング』の主人公・克夫は、憧れの先輩に童貞を卒業させてもらうことを選ばなかった代わりに、その短歌の才能を磨き、物語の最後で『チェリー』というタイトルの歌集を発表するまでに至っています。

童貞であることは、決して恥ずかしいことではありません。それでも、「やっぱり童貞を卒業したい」と奮闘していらっしゃる方は、今回ご紹介した“童貞卒業法”を参考にしつつ、あらたな一歩を踏み出してみてはいかがでしょうか。

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