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遠藤周作のおすすめ小説5選

安岡章太郎、吉行淳之介とともに「第三の新人」と称された遠藤周作。自身もキリスト教徒であることから、カトリックをテーマとした作品を多く手掛けました。今回はそんな彼の小説を紹介します。

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日本人の正義を問う代表作 『海と毒薬』1958年

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主人公・勝呂(すぐろ)二郎が助手として働いている大学病院では次期医学部長選挙を控え、“おやじ”こと橋本教授と権藤第二外科部長の二大派閥による利権争いが繰り広げられていました。
しかし勝呂は

(俺の頭あ、浅井さんや戸田のごと大学に残る頭じゃなか)(どこか山の診療所で結核医として働けば、それで結構だ。それに俺はもうすぐ短期現役でこの医学部ともおさらばじゃ)

と考えていました。
ある日、勝呂はアメリカの捕虜の生体解剖実験へ参加することになります。それはある手術に失敗し立場の危うくなった橋本教授が軍部と手を組み計画したものだったのです。
遠藤の代表作品のひとつである今作品。この作品のテーマは事件の凄惨さではなく「日本人の良心の在り処」です。
橋本教授夫人・ヒルダが患者の安楽死に対して激しく嫌悪感を示す場面がありますが、キリスト教徒である彼女が戒律という絶対的な規範に従って生きていることが分かります。一方、そのような規範を持たない勝呂たちは、実験で人間を殺害してはいけない理由を見つけられず、流されるままに実験に参加してしまったのです。

ぼくは顔をあげた。柴田教授も浅井教授も唇に微笑みさえあればうかべていた。(この人たちも結局、俺と同じやな。やがて罰せられる日が来ても、彼らの恐怖は世間や社会の罰にたいしてだけだ。自分の良心に対してではないのだ。)

彼らを対比させることにより、「神をもたざる日本人」である勝呂たちが生体実験を良心の呵責を感じることなく行ってしまった恐ろしさを浮き彫りにしています。

 

心優しき風来坊 『おバカさん』1959年

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https://www.shogakukan.co.jp/books/09352208

遠藤作品でおなじみの脇役・ガストンが主役の物語です。
東京で暮らす兄妹・隆盛と巴絵のもとに、ナポレオンの子孫を名乗るガストンがやって来ます。
ガストンは隆盛たちに東京を案内してもらいながら一週間ほど過ごしますが、もっといろんな日本人がみたいと家をあとにしました。
家を出たガストンはあることがきっかけで殺し屋となった遠藤と出会います。
ガストンは悲しみ苦しんでいる人間を見ると放って置けない男です。ある時は戦場での罪を告白する老人、またある時は孤独な医者……。苦しみ痛みを背負いながら生きる人々の前にひょっこりと現れては、彼らの悲しみを背負いまたどこかへフラりと行ってしまうのです。

素直に他人を愛し、素直にどんな人も信じ、だまされても、裏切られてもその信頼や愛情の灯をまもり続けて行く人間は、今の世の中では馬鹿にみえるかもしれぬ。

登場人物の痛みや悲しみに寄り添いともに苦しんでくれるガストンの存在は読者にとっても救いであり、まさに愛すべきおバカさんであると言えるでしょう。

 

人間を裁けるのは何者か『悲しみの歌』1977年

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これは『海と毒薬』の続編として位置づけられている作品です。
アメリカの捕虜の生体解剖実験から30年、勝呂は新宿に医院を構えひっそりと暮らしていました。
勝呂の医院には、不倫などによって堕胎を望む女たち、助かる見込みのない末期ガン患者の老人、その唯一の身寄りであるキミちゃん、彼らの“ともだち”のフランス人・ガストン……。さまざまな悲しみを抱えた人々の往来があります。勝呂は彼らを診療していくなかで、生体実験の犠牲となった捕虜がまだ幼さを残した青年だったことや、人々の“正義”により町を追い出された日のことを思い出すのでした。
ある日、勝呂のもとに新聞記者の青年・折戸が訪れます。彼は例の実験を追っていたのです。
折戸は新聞記者である自分の正義は正しいと信じて疑わない男でした。

折戸の人生には何の迷いもなかった。それはハイウェイのように一直線に真直ぐにのびていた。彼には人間の悲しみなどは一向に分からなかった。うすよごれた人間の悲しみ。

そんな折戸の追及により、勝呂の「人を殺した自分が医者であること」という疑問苦悩は深まっていきます。

私は人間ば救うため、医者になった男だが……この五十年でやったことは……人間ば殺すことだけだった……

暗い過去を抱える勝呂をはじめとする登場人物たちが抱える弱さや悲しみが生々しく描写されています。しかし、彼らに寄り添わずにはいられないガストンには遠藤の弱き者への優しい眼差しを感じられます。

 

気弱な青年は猿の為に、大資本へ立ち向かう『彼の生きかた』1975年

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主人公の福本一平吃音症を抱える青年です。吃音に加え気弱な性格の持ち主である彼の唯一の友達は動物でした。
やがて彼は猿の研究者となり、山で猿の群れを追いながら研究に勤しんでいました。しかし、相手は野生動物です。なかなか思うようにいかず、一進一退を繰り返していました。
そんななか、山にホテル建設の話が持ち上がります。猿たちの生育環境を破壊し、彼らを客寄せとして利用するやり方が一平には許せませんでした。

さ、猿が、あんたたちに、ど、どんな悪いことをしたというんや。さ、猿が人間に、ど、どんな害を、あ、あたえたと言うんや。猿はものが言えん。に、人間のようにものが言えん。し、しかし、ものが言えんでも、猿かて……か、悲しみはあるんや。さ、猿かて……悲しみはあるんや

気弱な彼は猿たちを守るためにホテル建設を持ち掛けた栄光観光との対立を強いられることになったのです。
どれだけ馬鹿にされようと研究者として、動物を愛する人間として懸命に生きる一平の姿に心打たれます。

 

人間の二面性を見つめる 『スキャンダル』1986年

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キリスト教作家・勝呂は授賞式の場で卑しい笑みを浮かべる自身と瓜二つの顔の男を目撃します。やがて勝呂と歌舞伎町のポルノショップが並ぶ通りで会ったという画家の女や、勝呂のスキャンダルを嗅ぎまわるルポライターが現れます。
全く身に覚えのない勝呂には一つの疑念が生まれました。

「とすると、私の贋者がいるのかな」

勝呂は自分の贋者を突き止めてやろうと決意します。

『スキャンダル』は人間の二面性、つまり人間の暗く汚い部分を探る物語です。
生前、遠藤は講演会で『スキャンダル』について

自分しか知らない自分、自分も気づかない自分こそ本当の自分ならば、そこに働きかけてくるのが宗教ではないか。(中略)押さえ込まれている自分、外面ではない自分、道徳や世間や社会から否定されている自分こそが、神や仏が語りかけよう、助けよう、愛そう、抱きしめようとする対象ではないか。(※)

と語りました。
日本人にとってのキリスト教を「合わない洋服」と表現した遠藤の宗教観がうかがえる作品です。
(※『人生の踏絵』より引用)

おわりに

遠藤周作は今回紹介したカトリック弱者の生き様に焦点を当てた作品を数多く残しました。こうした作風から堅い作家だという印象を持つ方もいるかもしれませんが、短編小説やエッセイでは軽快でユーモラスな文体で読者を魅了してくれます。是非手に取ってみて下さい。

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