本との偶然の出会いをWEB上でも

【『海をあげる』ほか】消えない心の「傷」と向き合う、真摯なエッセイ3選

作家や研究者によるエッセイ作品のなかには、自分や周囲の人々が抱える心の傷やトラウマに対峙し、その痛みをめぐる記憶について真摯に綴ろうとしているものがあります。今回はそんな、「傷」と誠実に向き合って書かれたエッセイを3作品紹介します。

2021年、本屋大賞ノンフィクション本大賞を受賞し、話題になった『海をあげる』(上間陽子)。大気汚染や米兵からの性暴力といった暗い部分も含めて沖縄での暮らしを率直に綴った本書は、これまで“なかったこと”にされてきた人々の小さな声をすくいあげるような筆致から、多くの読者の支持を集めています。

この本のように、エッセイ作品のなかには、自分や周囲の人々が抱える心の傷やトラウマに対峙し、その痛みをめぐる記憶について真摯に綴ろうとしているものがあります。『海をあげる』を始め、「傷」に向き合って書かれた誠実なエッセイを、3作品ご紹介します。

『海をあげる』(上間陽子)


出典:https://www.amazon.co.jp/dp/B09JK4L4SN/

『海をあげる』は、教育学研究者の上間陽子が2020年に発表したエッセイ集です。上間は普天間基地の近くに住みながら、2010年代以降、沖縄で未成年の少女たちの支援・調査をおこなってきました。彼女が綴るのは、いまもまさに起きている性暴力や貧困といった問題を含む、観光客向けに美化された側面だけではない沖縄での生活です。

上間は本書のなかで、幼い娘・風花や友人たち、フィールドワークを通して出会う若者たちとの対話を重ねながら、“言葉を綴る”ことの難しさと大きな責任に苦しみます。同時に、他者への支援には限りがあることに悩みながら、それでもなお人に手を差し伸べることの意味を考え続けます。

上間は娘の風花にこのように語りかけます。

これからあなたの人生にはたくさんのことが起こります。そのなかのいくつかは、お母さんとお父さんがあなたを守り、それでもそのなかのいくつかは、あなた一人でしか乗り越えられません。だからそのときに、自分の空腹を満たすもの、今日一日を片手間でも過ごしていけるなにものか、そういうものを自分の手でつくることができるようになって、手抜きでもごまかしでもなんでもいいからそれを食べて、つらいことを乗り越えていけたらいいと思っています。
──『美味しいごはん』より

本書は、第7回沖縄書店大賞沖縄部門大賞、第14回池田晶子記念 わたくし、つまりNobody賞のほか、2021年の本屋大賞ノンフィクション本大賞を受賞しました。上間はノンフィクション本大賞の受賞記念スピーチのなかで、

エッセイを書いている時期は、基地からの水がフォーエバー・ケミカルと呼ばれる化学物質に汚染されていることや、発がん性物質であるピーフォスが大量に入った泡消化剤が町を覆った時期でもありました。1メートル近いふわふわした巨大な泡の塊が、街のなかを飛びました。川の水は泡立ち、海に流れ込みました。それは基地の中の米兵たちがバーベキューをしていて、火災報知器が間違えて作動して、大量の泡消化剤が出て、水や海の汚染が進んだ事件でした。その泡消化剤は、地元の消防隊が防護服を着ることなく回収しました。

過去に5歳の女の子が連れ去られてレイプされて殺された事件や、12歳の女の子が集団レイプされた事件や、20歳の女性がウォーキングの途中で連れ去られて殺されて軍事演習をしている山に捨てられたこと。これらはすべて私には具体的な脅威です。

と丹念に沖縄でいま起きている問題を説明しながらも、

残されたのはただひとつの希望です。それは「私たちはまだ正義や公平、子どもたちに託したい未来を手放さない」ということだと思います。

と力強く語りました。私たちは、沖縄の美しい海を次の世代に残すことができるのか。そして、他者や世界への信頼が失われたとき、もう一度だれかを信じようとすることはできるのか。読み手にそんな切実な問いをバトンとして受け渡すような、必読の1冊です。

『傷を愛せるか』(宮地尚子)


出典:https://www.amazon.co.jp/dp/4272420127/

『傷を愛せるか』は、精神科医・医療人類学者の宮地尚子が2010年に発表した初エッセイ集です。宮地はトラウマ研究の第一人者として知られ、DVや震災、身近な人の自死といったトラウマを持つ人々と多く関わってきました。その経験や自身の生活、子育て、旅にまつわる記憶を通じ、他者や自分自身の心の動きと真摯かつ繊細に向き合うエッセイが複数収録されています。

宮地は、トラウマを負った被害者が回復し、自立した生活を取り戻していく際に欠かせないものとして、“エンパワメント”があると語ります。

「エンパワメント」とは、その人が本来もっている力を思い出し、よみがえらせ、発揮することであって、だれかが外から力を与えることではない。けれども忘れていた力を思い出し、自分をもう一度信じてみるためには、周囲の人びととのつながりが欠かせない。
とくにわたしが多くかかわってきたドメスティック・バイオレンス(DV)の被害者は、関係の最も深い他者から、暴力やおとしめによって長期間自分の価値や能力を否定されてきた。そのマインドコントロールの罠と、長いあいだ追いやられてきた孤独の闇から抜け出すには、自分の幸せを祈ってくれる「だれか」がかならず必要である。
DV被害者は、配偶者から離れ、暴力から逃れられれば、それで幸せになれるというわけではない。被害者の自立とは、大きな喪失の過程でもある。(中略)
それらの喪失を認め、受け入れることは、新たな生活に向かうために必要だが、けっしてたやすくはない。
──『だれかが自分のために祈ってくれるということ』より

しかしそれでも、幸せを心から祈ってくれる“だれか”がいれば、被害者は幸せになりたいと願い続ける勇気を持つことができる、それがエンパワメントであると宮地は言います。大きな傷やトラウマを心の内に抱えている人もいつか必ず回復する、という楽天的なメッセージは、そこにはありません。しかし、幸せを心から祈ってくれる人の存在があれば、そうでありたいという“勇気”を持てる、という言葉は、多くの臨床現場に立ってきた宮地によって発せられるからこそ説得力を持つ、強いメッセージです。

宮地のエッセイは、トラウマ臨床の現場の話だけでなく、鑑賞した映画や旅先でのできごとといったほんの些細なエピソードからも、人と人が関わることについて考えさせられるような、深みのあるものばかりです。美しく緻密な文章も相まって、何度も読み返したくなるような1冊です。

『当事者は嘘をつく』(小松原織香)


出典:https://www.amazon.co.jp/dp/448084323X/

『当事者は嘘をつく』は、哲学研究者の小松原織香が2022年に発表したエッセイです。小松原は、被害者と加害者の対話を中心において紛争解決を目指す、「修復的司法」というアプローチについて研究をしています。小松原は本の冒頭で、自分がこの分野の研究を始めたことには、10代のときに遭った性暴力の経験が深く結びついている、と語ります。

自分が被害者だからこそ、加害者との対話の可能性に関心を持った、と言う小松原は、研究者として活動を続けてきた10年以上のあいだ、そのことがなかなか人前で語れなかったと振り返ります。それまで、自身の体験は取るに足らないものだと感じていたという小松原は、研究を続けるなかで“若い人たちも痛みやマイノリティ性を抱えて研究の世界に飛び込んできている”と実感し、自分の物語を語ることも、人の役に立つかもしれないと思ったと振り返ります。

しかし、自身の被害体験について語ろうと思ったときに必ずぶつかるのが、「どうやって本当のことを語ればいいのか」という問いです。性暴力に遭った人が、自身の心を守るために記憶を一時的に混乱させ、現実に起きていることから距離をとろうとする「乖離」という精神状態に陥ることは、決して珍しいことではありません。また、多くの性暴力はほかに目撃者がいないこともあり、被害者自身に乖離が起きたり、被害から長い時間が経っていたりすると、自分が語ろうとしているのが“正しい証言”かどうか、わからなくなってしまうことがあると言います。

「あれは、なんだったのか」その問いの答えを、自分の記憶の想起によっては示すことができない。そのうち、私は被害経験とは記述できない、「語り得ない過去」なのだと悟った。(中略)
私にとって、性暴力の被害経験は、穴のあいたドーナツのような形をしている。真ん中の空洞が語りえない過去であり、その周りを無数の語り得る過去が取り囲んでいる。私は、自分の経験を語れば語るほど、ドーナツの穴のようにぽっかりと空いた、「語りえない過去」が浮かび上がる。その穴が気になってしょうがない。「いや、本当のことはまだ語れていない」「語るべきことをとり逃した」という強迫観念にかられる。

小松原はそれでも、性暴力の被害者たちによる自助グループでの対話や自身の研究を通じ、その「語りえない過去」をひとつの物語の形にしようと格闘します。定型的に語られてきた性被害というものへの対峙のしかたを考え抜き、“語り”の新しいありかたを提示するような、とても真摯に綴られたエッセイです。

おわりに

フィクションのなかで頻繁に描かれるのは、登場人物が心に負った傷をなんらかのかたちで癒やし、“回復”に向かっていく姿です。しかし、現実世界で人が負った痛みや傷は、なかなか簡単には癒やされたり、消えたりはしないものです。

今回ご紹介した3冊のエッセイはどれも、傷を追った心が軽やかに回復していく、という物語ではありません。回復と傷つきのあいだを行ったり来たりしつつ、痛みを抱えながらもなお、先の長い人生を歩いていく意志を感じさせるような作品たちです。その筆致の誠実さと力強さに、やさしく背中を押される読者は多いはずです。

記事一覧
△ 【『海をあげる』ほか】消えない心の「傷」と向き合う、真摯なエッセイ3選 | P+D MAGAZINE TOPへ