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【沈黙と書いて「しじま」と読む】真似したくなるほどかっこいい、古川日出男作品の文体

多くの文学賞のノミネートに名を連ね、文学界を牽引する作家の一人である古川日出男。今回は、その独特な言い回しや文体の魅力に迫りつつ、おすすめの作品を紹介します。

古川日出男のおすすめ作品 シンプル

2021年、古川日出男の『平家物語 犬王の巻』が『犬王』というタイトルでミュージカルアニメーションとして映画化されることが決まりました。監督を務めるのは、森見登美彦原作のアニメ『四畳半神話体系』などで知られる湯浅政明、キャラクター原案は、卓球漫画『ピンポン』で知られる漫画家、松本大洋、さらに、脚本は『逃げるは恥だが役に立つ』の野木亜紀子、と豪華な製作陣に早くも注目が集まっています。

古川日出男は1998年に小説『13』でデビューし、その後、2002年に刊行した『アラビアの夜の種族』で第55回日本推理作家協会賞と第23回日本SF大賞をダブル受賞(※)。さらに『ベルカ、吠えないのか?』で第133回直木賞の候補となり、『LOVE』では第19回三島由紀夫賞を受賞するなど、まさに日本文学界を牽引する一人です。
小説のみならず、戯曲や朗読、ライブなどの活動も意欲的に行っており、活躍の幅広さも魅力のひとつです。

そんな古川日出男作品の特徴は“綿密に編まれた偽史の物語”と“音楽を源流とする独特の文体”です。

そこで、今回は古川日出男の名を世間に知らしめた『アラビアの夜の種族』と直木賞候補にもなった代表作『ベルカ、吠えないのか?』、そして、2018年に作家活動20周年を記念して刊行された最新作『ミライミライ』の3つの作品と古川日出男作品特有の文体の魅力をご紹介します。

作家デビュー20周年×公式ウェブサイト『古川日出男のむかしとミライ』

 

独特のルビづかいとユーモア溢れるリズミカルな文体で描かれるファンタジックなメタフィクション──『アラビアの夜の種族』

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暴夜(アラビア)とルビをふるとき、少し昂揚する。日本語がなんだかバイオレントな跳躍をはじめるような、攻撃的な印象をおぼえてしまう。暴れ馬のような、そして薄い青い月光にさらされているような。もちろん、砂漠だって見えてくる。はるばると駱駝に乗って、ゆられてゆられて進んでいきたい砂漠だ。ぼくだけだろうか?個人的な感覚なんだろうか?
でも、そんなふうに、ルビをふってみたいと思った。

「アラビアの夜の種族(The Arabian Nightbreeds)」という奇書にして偽書を巡る物語が『アラビアの夜の種族』です。この作品の特徴で、古川日出男作品の言い回しの特徴なのが、上記で引用したルビ使い
「沈黙」と書いて「しじま」と読んだり、「調子」と書いて「いろ」と読んだり……、など、見るだけで痺れる文字列がページをめくる手を加速させてくれます。

さらに、この作品のもう一つの魅力は、複数の作中作が交錯する複雑なメタ構造。
『アラビアの夜の種族』では、以下の3つの書が描かれます。

(1)作中で翻訳が試みられる「The Arabian Nightbreeds」=「アラビアの夜の種族」
(2)「The Arabian Nightbreeds」内で語られる物語=「災厄(わざわい)の書」=「砂の年代記」
(3)「災厄(わざわい)の書」の主人公の一人、アーダムが書き上げた「魔術書」=魔術師ファラー

物語は日本人の作家が「The Arabian Nightbreeds」を邦訳する、という触れ込みから始まります。

(1)邦訳版「The Arabian Nightbreeds」=「アラビアの夜の種族」

舞台は聖遷(ヒジュラ)歴1213年、ナポレオンによるエジプト遠征が迫り来るカイロの街。
賢く美しい奴隷、アイユーブは、ナポレオンを打ち倒し、エジプトの覇権を手に入れる一手として「災厄(わざわい)の書」の語り手「夜の種族」を探し求めて街を暗躍します。そして、アイユーブが見つけ出した「夜の種族」が語るのが、「砂の年代記」です。

(2)「アラビアの夜の種族」内で語られる物語=「災厄(わざわい)の書」=「砂の年代記」
この物語は、『最も忌まわしき妖術師アーダムと蛇のジンニーアの契約(ちぎり)の物語』と『美しい二人の拾い子ファラーとサフィアーンの物語』で構成されています。
この2つの物語が「夜の種族」によって夜毎語られる様は、さながらアラビアンナイトのようです。
アーダムとジンニーアの物語では、主人公の妖術師、アーダムが蛇神のジンニーアの力をかり、強大な魔力を身につけ、ジンニーアの裏切りによって眠りにつくまでが描かれ、ファラーとサフィアーンの物語では、アーダムの眠りから千年後の世界で、アルビノの魔術師、ファラーと剣士サフィアーンの冒険譚が描かれます。
さらに終盤では眠りから目覚めたアーダムとジンニーア、そしてファラーとサフィアーンが邂逅する、という胸が熱くなるような展開も。
それぞれの物語は繋がりを持ちながらも独立しているため、長い物語でも飽きることなく読み進められます。

(3)アーダムが書き上げた「魔術書」=魔術師ファラー

優位に立っているのは、書いた人間(もの)ではない、描かれた人間(もの)だったのです。

アーダムが眠りにつく前に自分の魔術の全てを書き付けた「魔術書」が3つめの作中作になります。そして、この魔術書を手にし、全ての魔術をものにしたのが、魔術師のファラーです。物語の終盤では、魔術書の魔術を体現したファラー=書物VSアーダム=書き手の対決も勃発し、「物語」の力の強さを読者に提示したのです。

複雑でファンタジックな物語ながら、作中作を多用することで読者を飽きさせず、独特のルビづかいとユーモア溢れるリズミカルな文体が読者を惹きつける今作を、「寝る前に少しだけ」、などという気持ちで読み始めたら最後、気づいたら朝になっているでしょう。

夜が朝(あした)に代わり、朝(あした)が夜に代わる。

 

世界で最も気高く戦争の世紀を駆け抜けた犬たちの物語──『ベルカ、吠えないのか?』

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二十世紀は二つの対戦が行われた世紀だった。いわば戦争の世紀だった。しかし、同時に、二十世紀は軍用犬の世紀でもあったのだ。

1943年、アメリカ軍の奪還により、日本軍が撤退したキスカ島に4頭のイヌ、北、勝、正勇、エクスプロージョンが残されました。『ベルカ、吠えないのか?』では、この4頭の軍用犬を始祖として、20世紀=戦争の世紀=軍用犬の世紀を駆け巡ったイヌたちの物語が描かれています。
そして、イヌたちの歴史は、1957年、ソビエトの宇宙開発事業の一環として、雌犬“ライカ”が宙へと飛び立ったときをイヌ紀元0年として編まれていきます。

第二次世界大戦から、冷戦、さらにいくつかの戦争を経てイヌたちは軍用犬として、橇犬として、マフィアの相棒犬として、そして母として、父として、交配を繰り返し、世界中に広がりながらその命を全うしていきます。
そして、彼らの系譜は、宇宙開発真っ只中のソビエトで再び混ざり合い、1960年、スプートニク5号に乗って雌犬のストレルカと雄犬のベルカが宇宙へと飛び立ちました。

イヌよ、イヌよ、お前たちはどこにいる?

今作の魅力は、儚くも気高き犬たちの生き様と、その生き様を彩る三人称の語りです。時には語りかけるように、時には憐れむように、リフレインを多用しながら、イヌたちの生と死を描写していきます。
「拳銃」と書いて「チャカ」と読ませたり、「デプレッション」を「抑鬱症」と書いたり……、と相変わらず鮮烈なルビづかいが読者を作品に引き込んでいきます。

さらに、1943年から1990年代までの犬たちの系譜と人類の現代史を辿りつつ、その間に差し込まれた少女とイヌたちの物語が挿入されています。

挿話の舞台は、1990年代のロシア。ベルカとストレルカを祖とし、その名を襲名していくイヌたちと、彼らを飼いならす「大主教」と呼ばれる老人、そして、ロシアンマフィアの捕虜となったヤクザの娘、イチコが時間をかけて通じ合っていくのですが、このイチコ、という少女がまた独特の魅力を持っています。

短機関銃の銃口はぶれない。襲撃者は顔を、顔だけを、女のほうにむける。確かめる。
少女を認める。
日本人の少女を。
目出し帽の襲撃者の眼(まなこ)がはっきり少女を見ている。その奇妙に肥えた少女を。着ているのはブランド物の服ばかりで、髪はいかにも現代(いま)風にセットされていて、そうした金のかかりかた自体がなにかしら不気味に年齢とアンバランスな少女を、眺める。
眺める。

それから、目出し帽の襲撃者はふたたび視線を隣りのテーブルに移す。そこにいる標的(ターゲット)の少女に。すると少女は、じぃっ、とばかりに襲撃者をにらみ返している。
「指(エンコ)、つめさせるぞ」と少女は言った。
無音の虐殺を展開した人物にむかって、日本語で。
十一歳か十二歳の声で。

ブランド物に身をつつみ、啖呵を切る太った少女というキャラクターがリフレインや韻を使って語られることで自然と物語になじんでいます。

しかし、この物語の主人公たちは“イヌ”たちです。この少女もまた、イヌたちの運命に巻き込まれていきます。

古川日出男の想像力と無数のイヌたちに取り憑かれた現代史は、これまで学校などで教わってきた歴史と一線を画す情景を見せてくれることでしょう。

 

むかしむかしの堆積がありえたかもしれない「ミライミライ」を見せてくれる──『ミライミライ』

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その初め、すなわち第一声、ジュライがラップはせずに歌いはじめもせずに聴衆に挨拶する。
「ハロー、フレンズ。インディアンニッポニアンズ」と。
印日(インニチ)──インディアンニッポニアンの、友人の君たちよ、と。

『ミライミライ』で古川日出男が描き出したのは、戦後日本のありえたかもしれない姿──戦争に負けた日本は、アメリカとソ連に分割統治され、インドと連邦国家を作ることでその主権を取り戻すという過去──です。さらにそこから、今、そして未来の可能世界へと物語は枝を伸ばしていきます。

物語は、主に以下の三つのストーリーが交錯することで成り立っています。

(1)四人の少年たちがヒップホップ・チームを結成し、ヒップホップグループ「最新”(サイジン)」として成り上がるまでの青春物語
(2)国際的に有名になった「最新”(サイジン)」のMC、ジュンチが誘拐され、その犯人は彼の命と引き換えに「日本の核武装を要求する」。音楽と政治的陰謀が絡み合った物語
(3)ソ連に統治された北海道で抗ソ組織を主導する鱒淵いづる(通称、いづる大佐)と戦いの物語

音楽と詩を通じ、改変された歴史の中で、物語はインド、ロシア、アメリカを巻き込んで壮大なスケールで展開されていきます。
また、2014年、蜷川幸雄の舞台用に書き下ろした戯曲『冬眠する熊に添い寝してごらん』で登場した熊も、いづる大佐や「最新”」たちを導く重要な役割を果たしています。

また、要所要所で描かれる改変された歴史の中で発展した異形の文化も魅力的です。

「そしてあなたは、キリル文字のエヌが」と私は言って、宙に再びアルファベットを描いた。H、と。これがキリル文字の──ロシア語で用いられる──エヌ。「Nに通じる、そう発見したんですね?」
「そうだ。俺は鏡の側に立ってニップノップを発見した。割れて、砕けた鏡の側に立って」
「NIPPON(ニッポン)に」
「HIPとHOPを」

「最新”」が、ソ連統治の影響が色濃く残る北海道で、ヒップホップから独自に派生させた「ニップノップ」というジャンルや、ルピー円という独自通貨、そして札幌コークや北海道でしか食べられないライスカレー(本州では本国、インドから流れ込んだインドカレーが主流)など細かい描写に想像力が膨らみます。

文体にリフレインや韻、体言止めが多用され、分解された三つの物語がリミックスされることで、この小説自体が音楽であるかのように錯覚してしまうことも。

民族や宗教、そして国家とはなんなのか? グローバリズムが台頭し、移民の増加が加速した平成という時代に日本が抱えた問いや、そこから派生した問題を、連邦国家、インディアンニッポンの「むかしむかし」を描き、積み重ねることで救済し、「ミライミライ」へと繋げようとする作者の試みは、きっとあなたの心を動かしてくれることでしょう。

 

おわりに

古川日出男作品を読んで、「古川日出男的言い回し」が好きな方々向けに、この3作品から古川日出男的言い回しの基本をまとめてみました。

(1)ルビ使いにこだわる
手法1:ルビを外国語読みにする
例:血の復讐(クロヴナヤ・ミエステ)(『ベルカ、吠えないのか』)、学院(マドサラ)(『アラビアの夜の種族』)、承知した(アンダーストゥッド)(『ミライミライ』)

手法2:同じ意味の違う言葉で読む
例:沈黙(しじま)、処女(きむすめ)(『ベルカ、吠えないのか』)、拳銃(チャカ)(『アラビアの夜の種族』)中学(ガッコ)(『ミライミライ』)

(2)リフレインを使う
例:イヌよ、イヌよ、お前たちはどこにいる?(『ベルカ、吠えないのか』)

(3)韻を踏む
例:襲撃者は顔を、顔だけを、女のほうにむける。確かめる。
少女を認める。(『ベルカ、吠えないのか』)

(4)体言止めを使う
例:これがキリル文字の──ロシア語で用いられる──エヌ。(『ミライミライ』)

遊び心溢れた様々なギミックをセンス良く組み合わせた古川日出男の文体は、音楽のように独特のリズムを伴って作品に込められた思想やメッセージの強さをまっすぐ読者の心に届けてくれます。
また、古川日出男の作品は、舞台や朗読、さらにはアニメーション化など、小説以外にも様々な方法で発信されているので、のめり込めばのめり込むほど世界が広がっていきます。
日常に刺激が欲しい、と感じている方は、ぜひ、古川作品を手にとってみてください。

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