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【入門編!】時代小説に登場する魅力的なヒーローセレクション。

いつの時代も変わらない人間の心理を描いている「時代小説」。さまざまな作品の中から、あらゆるタイプのヒーローが登場する作品を集めました。

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2017年12月、直木賞受賞作『蜩ノ記ひぐらしのき』をはじめとする歴史・時代小説で知られる作家、葉室麟はむろりんが亡くなりました。実写映画化もされた『蜩ノ記』や江戸時代の天才絵師、尾形光琳亡き後の苦悩を弟・尾形乾山の目線で描いたデビュー作、『乾山晩愁けんざんばんしゅう』のように、葉室麟の作品には時代に翻弄されながらも自分の生き方を貫き通した人物が生き生きと描かれています。

葉室麟の作品はもちろん、これまでにも時代小説にはさまざまなヒーローが登場してきました。「時代小説って、なんだか難しそう……」とこれまで苦手意識を持っていたあなたも、魅力的なヒーローが活躍する時代小説はきっと夢中になってしまうはず。

今回は職業や時代、生き方は違えど、読者を魅了してやまないヒーローたちを紹介します。

 

面倒くさがりで怠け者。それでも皆から愛される。/『ぼんくら』・井筒平四郎

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出典:http://amzn.asia/8P2KLtJ

ヒーローというと、私たちはしばしば「正義に燃え、悪を許さない熱血キャラ」を連想します。しかし、『ぼんくら』の主人公、井筒平四郎は、タイトルが示すようにぼんやりとした怠け者。一般的なヒーロー像とはかけ離れた人物です。

“働き疲れた馬があくびをしたような顔つき”のため、実年齢の46歳よりも老けて見える平四郎。そんな彼が、子どもは好きではないのに、妙に子供に好かれる理由を、細君は「平四郎自身が子どもだから」と分析しています。

俺のどういうところが子供なのだと、平四郎は口を尖らして細君に問いただした。彼女はころころと笑って、あれこれ並べ立てた。ご飯のおかずのなかから自分の好きなものばかりをって食べること。いただきものをすると、その場でさっそく開けること。柿の実がなっているのを見つけると、周りの人びとがいくら「あれは渋柿だからよしなさい」と止めても、自分でもいでかじってみなければ気が済まないこと。犬猫を見るとかまうこと。甘いものが好きで、餅菓子など、いくつか並んでいるもののなかからいちばん大きそうなものを選って手を伸ばすこと。

そんな平四郎はもともと四男坊で、家督を継ぐ予定はありませんでした。しかし兄たちが病弱で早世したり、養子に行ったことで平四郎が継がなければならなくなったのです。

家督を継ぐのはまっぴらごめんだと思った平四郎は、父親が女好きだったことから「よその女に生ませた子がいれば、そいつに押し付けられる」と考えます。そんな目論見からあちこち調べ始めた平四郎の行動は、やがて周囲に知れ渡ります。平四郎は父親や上役にしぼられますが、その発想と行動力を買われた結果、家督を継がされてしまいます。

やがて平四郎は同心(江戸幕府の下級役人のひとつ。庶務・見回などの警備のこと)として働き始めますが、相変わらずの怠け者でした。長屋を取り仕切る女性、お徳が営む煮売屋(手軽な食事や茶、酒を売った店)で油を売ることも珍しくなく、通り過ぎる人々から挨拶をされるのも長屋の住人にとっては日常となっています。

そんな平四郎でしたが、長屋で起こる揉め事の解決のために奔走します。ときに当事者の間に入って話をしたり、原因を調べたり……、普段の平四郎は怠け者ですが、実は誰かのために動くことも厭わない人物でもあるのです。

子どもっぽくて庶民的な平四郎は、長屋に住む多くの人から愛されるヒーローといえるでしょう。

 

新撰組の行く手を阻むのは、神出鬼没の侍。/『鞍馬天狗』・鞍馬天狗

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出典:https://www.shogakukan.co.jp/books/09352312

幕末の時代、反幕府勢力を取り締まっていたことで知られる“新撰組”。その新撰組の行く手を阻む、神出鬼没の侍“鞍馬天狗”の活躍を描いたのが、大佛次郎の『鞍馬天狗』シリーズです。

普段、倉田典膳くらた でんぜんと名乗っている鞍馬天狗の素性は謎に包まれているばかり。シリーズの人気エピソード『角兵衛獅子かくべえじし』では芸で稼いだ金を落としてしまった少年、杉作に金を与えるなど、鞍馬天狗は弱いものを救う優しさを持っています。

その反面、新撰組と対峙した際には「牛若丸に武術を教えたという鞍馬山の天狗が出現したものではないか」と杉作が思うほど、人間離れした雰囲気を見せるのでした。

「それまでに言われるからには、申し上げよう。覚えて帰ってお守りにでもしてもらおうかな、拙者の名は……鞍馬天狗!」
まさか先方から言い出そうとは、これッぽっちも予期していなかったことで、隼といわれた長七が不意をくらって、はッとして立ちすくんだのにかぶせて、
「わかったかな」
とじょうだんまじりな口調です。
途端に、
「うぬッ!」
と叫んで、樽の陰から躍り上がってさっと斬りかける一人を、風にひるがえり飛ぶ燕の身軽さ、ひらりとたいをかわすなり、刀持つ手をむんずとつかんで抑えながら、
「馬鹿めッ!」
舌から火が走るようにはげしい語気でした。

鞍馬天狗は交友関係も広く、それまで親方にいじめられていた杉作を西郷吉之助(後の西郷隆盛)のもとに預けています。

「あの男こそ、いわばこの火山だ。胸にたたえられておる大理想の火が、寸時もやすむことなく外にほとばしり出て、どちらかといえばあの鋭い剣に似つかぬ華奢きゃしゃな肉体を鞭打ち、人間とは思われぬ働きをさせている。渾身これ熱……といいたい男だ。」

「武士の家に生まれずとも、学問を通して偉くなれる」ような世の中にするために動いている西郷から、このように高い評価を受けている鞍馬天狗。剣の実力では誰にも負けず、弱い者を助けることを厭わない彼は、西郷のみならず多くの人に勇気を与えるヒーローです。

 

事件を解決するのは、海外帰りのハイカラ男。/『明治開化 安吾捕物帖』・結城新十郎

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無頼派作家のひとり、坂口安吾による推理小説『明治開化 安吾捕物帖』。文明開化が盛んな明治時代を舞台に、歴史上の偉人“勝海舟”と海外帰りのハイカラ探偵・結城新十郎ゆうき しんじゅうろうが次々と起こる難事件を推理するこの物語は、2011年に放送されたアニメ『UN-GOアンゴ』の原案にもなっています。

『明治開化 安吾捕物帖』は、勝が、推理マニアの剣術使い、泉山虎之助から聞いた事件の概要をもとに推理をするも、現場に立ち会っていた新十郎に真相を突き止められる……、というのがお決まりのパターン。勝はどんなに正解らしい結論を出したとしても、最後には新十郎に全てをひっくり返されてしまうため、毎度負け惜しみを言うしかありません。

つまり、新十郎は、どんなに不可解な事件も、ぴたりと真相を言い当てる名探偵として描かれ、隣人で劇作家の花逎家因果はなのや いんがとコンビを組み、推理は新十郎、逃げる犯人を捕まえるのは因果と各々の得意分野を活かして事件を解決に導きます。

西洋博士、日本美男子、紳士探偵、結城新十郎の名は津々浦々になりひびき、新聞の人気投票日本一、警視庁は、探偵長に迎えたいと頼んできたが、キュウクツな務めは大キライとあって、オコトワリに及んだが、しかし彼も好きな道、雇いという軽い肩書で、大事件の通報一下、出馬して神業の心眼をはたらかすことになっている。

新十郎はパリで作らせた洋服に身を包み、細身のステッキを持って事件現場に現れるおしゃれな人物でもあります。実力もさることながら、ルックスも優れている。そこで高い役職を得て調子に乗るのではなく、自ら雇われの身として推理に挑む新十郎には、謙虚さが見られます。実力もルックスも手にしていながら、謙虚な姿勢である新十郎は誰からも愛されるヒーローといえるでしょう。

 

辻斬りは当たり前。どこか魅かれるアンチヒーローの活躍。/『大菩薩峠』・机竜之助

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中里介山未完の大作、『大菩薩峠』。幕末を舞台に、甲州(現在の山梨県)の大菩薩峠から始まる剣士・机竜之助つくえ りゅうのすけの生き様を描いた超大作です。紙面を変えながら30年にもわたって連載されたこの作品は、芥川龍之介や泉鏡花をはじめとする文豪たちからも高い評価を受けています。

歳は三十の前後、細面ほそおもてで色は白く、身は痩せているが骨格は冴えています。この若い武士が峠の上に立つと、ゴーッと、青嵐あおあらしが崩れる。谷から峰へ吹き上げるうら葉が、海の浪がしらを見るようにさわ立つ。そこへ何か知らん、寄せ来る波で岸へ打ち上げられたように飛び出してきた小動物があります。

『大菩薩峠』の主人公、机竜之助は残忍かつ身勝手な男。登場シーンでは意味もなく老人を斬り殺し、武芸の試合で相手となる宇津木文之丞うつぎ ぶんのじょうの妻・お浜から「勝ちを譲ってくれ」と頼み込まれるも、文之丞の頭蓋骨を砕いて殺したあげくお浜を犯してしまいます。

「おれは人を斬りたいから斬るのだ」、「人の命を喰わねば生きてゆけない」と語る竜之助は、口論の末お浜も手にかけます。そんな矢先、新撰組も交えた戦乱に巻き込まれた竜之助は、追っ手の爆弾によって失明。虚無を抱えたまま、竜之助は放浪の旅を続けていきます。

机竜之助は、誰もが支持するようなヒーローではありません。しかし、それまでの罪を“失明”という形で背負い、味方もいない状況で孤独な戦いを続ける姿に心掴まれる読者が多いのも事実です。アンチヒーロー、机竜之助の活躍に夢中になる人もいるでしょう。

 

頭脳明晰、人形のようなイケメンヒーロー/『人形佐七補物帳』・佐七

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腕利きの岡っ引き(江戸時代において警察機能の末端を担った非公認の協力者)、伝次の息子である佐七。その人形のような美男子ぶりは「人形佐七」と呼ばれ、町娘たちを騒がせていました。

そんな佐七は、ただルックスがいいだけではありません。頭脳明晰であらゆる事件を解決に導き、度胸もある正真正銘のヒーローです。

佐七はある事件で元花魁の美女、おくめと知り合います。彼女は幼い頃に父親を失い、吉原に売られたという過去を持っていました。お粂に思わず一目惚れした佐七は、事件を解決した後、お粂を嫁にもらう決意を固めます。

「それにしても、お粂さん、おまえさんこれからさき、どうなさるつもりだえ」
長い遺書を読みおわって、佐七はほっとお粂をみる。
「はい、わたしのような因果なものは、尼にでもなろうと思います。どうせ行くところはなし、鎌倉へまいれば尼寺があるとのこと」
「尼になる? それもよかろう。しかし、お粂さん、行く先がないにもないわけじゃなし」
「え?」
「よかったら、おいらのところへきてくんねえな」
「あれ、親分さん、ご冗談ばっかり。わたしのようなものを」
「なにを冗談いうものか、どうせ割れなべにとじぶただあな。お粂さん、おれは、ひとめ、おまえを見たときから、おれは、おれは−−」

“どうせ割れなべにとじぶただ”と照れ隠しをしながらも、天涯孤独の身であるお粂と生涯をともにすることを誓った佐七。女好きの佐七ですが、お粂への想いは嘘偽りがありません。ルックスも実力も文句なし、表面上は遊び人でありながらも、愛した女性は守り抜く佐七に心を奪われる女性も多いはずです。

 

粋で活発な“若さま”が悪を斬る!/『若さま侍捕物手帖』・若さま

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時代劇では「身分を隠し、事件を解決する」といった主人公が多く活躍します。城昌幸の作品『若さま侍捕物手帖』の主人公、“若さま”もそのひとり。実は「さる大名の御落胤ごらくいん(私生児)」ですが、普段は居候をしながら船頭として働いています。

「うるさいなァ……誰だい?」
と、うたた寝侍が半身起した。なんにも心にかかる屈託のなさそうな、いかにものびのびと育って来たという感じのする三十前後のなかなかよい男前だ。血色のよすぎるように見えるのは酒のせいかも知れない。
「いや、これはご無礼。平に平に……」入って来た一人がこう詫びながら、「実はただいま、この部屋へ芸者が一名まいったはずゆえ、そやつをわれわれ……」
「来ないよ」
まだ相手の言葉がおわらないうちに、二本差す身には似合わぬ、ひどくいけぞんざいな口調で、こう簡単に遮った。
「芸者なんぞ……。来てれァ寝てなんぞいるもんかよハハハハ……」

若さまは居候先の娘、おいとを相手に、だらだらと酒を飲む不真面目な男。逃げ込んできた芸者を隠し、追手を煙に巻く様子からもうかがえるように、相手のペースを乱すことも珍しくありません。そのひょうひょうとした態度は、おおよそヒーローというには難しいかもしれませんが、悪事の証拠をつかむや否やその姿は一変。悪の本拠地へ着流し姿で乗り込み、ひとり残らず倒す姿はまさしくヒーローです。

普段はへらへらとしていながら、ここぞというときには悪をくじく強さを持つ若さまは、いい意味で読者を裏切ります。そんな「ギャップ萌え」要素すらも感じさせる若さまの活躍を、あなたもぜひ楽しんでみては?

 

時代は変われど、皆が求めているのは“ヒーロー”だ。

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行き先が不透明な現代社会、人々の心には暗い感情が渦巻くこともあるでしょう。しかし、いつの時代であっても、自分の信念を貫き通せば、未来が開けることは間違いありません。その揺るがない生き方を私たちに示してくれる存在こそ、時代小説のヒーローたち。弱い立場の者を救い、悪を倒す彼らの活躍がもたらしてくれるのは、爽快感ばかりではないのです。

これまで興味を持たなかったあなたも、彼らの活躍をきっかけに時代小説を読んでみてはいかがでしょうか。

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